山梨県産 水晶印材コレクション-その6-

1. 初めに

   2003年3月に甲府市で開催された骨董市で水晶印材を出品しているお店があり
  早速何本か購入した。
   それ以来、山梨県は無論、各地の骨董市や骨董店を訪れる毎に、山梨県産の
  水晶製品に眼を光らせていた。その結果、既に70本前後の水晶印材が集まり
  その経緯と「山梨県水晶細工【印材】のミニ歴史」については、HPに何回か記載
  した。

 ・山梨県産 水晶印材コレクション
 ・山梨県産 水晶印材コレクション-その2-
 ・山梨県産 水晶印材コレクション-その3-
 ・山梨県産 水晶印材コレクション-その4-
 ・山梨県産 水晶印材コレクション-その5-

   2006年5月、北関東で開かれた骨董市で、通信販売カタログ「山梨物産会社
  商報」なる、16ページあまりの小冊子を入手した。

     「山梨物産会社商報」表紙

   これには、
    @ 各種素材・形状の印章の名称と価格
    A 置物、眼鏡、玉など水晶製品の価格
    B 甲州印傳、雨畑硯などの地場産業製品価格
   などが、記載されている。

   こを読むと
    @ 2006年3月に、私が購入して、「銅鐸形」と名付けた印材は、『小判形時計提
      (さげ)印』
 が正式名で、その名の通り、印章として使われた。
    A 「草入水晶印」は、”珍品水晶印章”として、茶水晶のものと並んで、透明
      水晶製の約2倍の価格であった。
    B 「紫水晶印」も”珍品水晶印章”として、透明水晶製の4、5倍の価格であった。

   試行錯誤を重ねながら、一歩一歩、かつて山梨県の名産の1つであった、水晶
  印章の本当の姿に近づきつつある、と感じている。
   これからも資料を収集した結果をまとめて、後世に残したいもの、と思っている。
     ( 2006年5月調査 )

2. 水晶製品通信販売

 2.1 水晶製品通信販売の歴史
     山梨県の特産であった水晶細工を「甲州水晶」として、日本全国へ売り広め
    たのは、明治30年(1897年)前後からはじまった水晶行商人とカタログによる
    通信販売であった。
     明治34年(1901年)7月発行の「峡中文学」第7号に、甲府市に販売店を
    もっていた、国華堂の篆刻師・山田白峰が水晶印通信販売の広告を掲載した。
     これは、地方の文学雑誌を利用したもので、配布される範囲も狭く、宣伝の
    効果は薄かったと思われるが、代金決済に為替や代金引換小包を用いるなど
    現在の”通販”と、ほぼ同じスタイルである。
     本格的な水晶細工の通信販売は、明治36年(1903年)、甲斐物産商会の
    石原宗平によって開始された。彼は、ぶどう酒醸造販売業・土屋一郎、西島和紙
    取り扱い店・名取一作と図り、「甲斐物産商報」を発行し、甲州水晶、ぶどう酒
    手漉き和紙を並べて宣伝した。
     明治38年(1905年)日露戦争の勃発で、石原が出征、三者共同の宣伝は
    中断した。石原が凱旋し、明治39年(1906年)、単独で「甲斐物産商報」を発行
    した。同年4月6日付で、第3種郵便物の認可も得て、4月10日に第1号を全国
    各地に発送し、販路開拓に大きな成果を収めた。
     これにならって、各水晶店でも、同じようにカタログによる通信販売に力を
    入れるようになった。
      とくに、昭和6年(1931年)に噴砂篆刻法を考案した米沢良知は、下部(現在
    下部温泉)駅前に山梨水晶株式会社を設立し、通信販売一本に絞り、年間
    数十万円(現在の数億円に相当)を売り上げた。
     カタログ「山梨水晶」の編集には力を注ぎ、昭和10年(1935年)からは、毎月
    10万部発行した。
     このように、販売促進に効果の高かった通信販売も、昭和16年(1941年)初め
    太平洋戦争勃発を前に、戦局が緊張の度を高め、代金引換郵便が廃止され
    中止せざるをえなかった。

 2.2 「山梨物産会社商報」
     今回入手した、カタログの概要は次の通りである。

  (1) 発行時期
       このような印刷物を入手して”ハタ”と困惑するのは、いつ頃発行された
      ものか、である。
       カタログの写真や図は、その当時流行っていたデザインであろうし、価格は
      その当時(換算すると現在)どのくらいの価値があった(ある)ものか、の判断
      基準になるからである。
       カタログを隅から隅まで、眺めているといくつの手がかりが見えてきた。

       @ 上に示した、表紙の「報商社会産物梨山」は右書き(右から左に読む)
         であり、戦前(1945年以前)
          しかも、「代金引換」とあるところから、昭和16年(1941年)以前
       A 裏表紙の「所張出」に『満州国奉天省本渓湖』とあるところから、満州国が
         成立した昭和7年(1932年)以降
       B 「日付印」のページの捺印実例に『8.12.31』とある。
          これは、”昭和8年12月31日” を表わしている。

            
             出張所                日付印実例

       以上のことから、昭和8年(1933年)〜9年(1934年)に発行されたものだろうと
      推定した。

  (2) 構成
       このカタログの構成を目次形式で紹介したい。

       ■ 水晶雅印及び蔵書印・改良携帯認印・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(イ)
       ■ 印影見本
       ■ 上等水晶印・実用水晶印・時計提印・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
       ■ 模様付印章・獅子付印章・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)
       ■ 実印と認印の2本入・高級水晶印 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(3)
       ■ 紫水晶印・草入水晶印 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(4)
       ■ 瑪瑙印章・虎眼石印 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(5)
       ■ 新案外出用水晶認印・水晶五重塔置物・水晶観音床置 ・・・・・・(6)
       ■ 水晶眼鏡・水晶玉・サック・水晶守玉・水晶オヂメ・・・・・・・・・・・・・(7)
       ■ 水晶念珠・水晶富士山・水晶数珠・水晶風鎮 ・・・・・・・・・・・・・・・(8)
       ■ 最新流行昭和ピン・束髪差・水晶カンザシ・水晶中差
          水晶根掛・水晶クシ・ヨーヨーピン・水晶玉首飾 ・・・・・・・・・・・・・(9)
       ■ 高尚なる帯止・カフス釦・ネクタイピン・水晶パイプ・・・・・・・・・・・(10)
       ■ 甲州印傳 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(11)
       ■ 水牛印・象牙印・会社印 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(12)
       ■ ゴム印・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(13)(14)
       ■ 和文日付印・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(15)
       ■ 最高級優秀エス万年筆・上製朱肉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(16)
       ■ 雨畑硯・上製金指輪・水晶指輪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(ロ)

     以下に、赤字”で染めた「時計提印」と「紫水晶印・草入水晶印」について
    お知らせしたい。

3. 時計提印

 3.1 時計提印とは
    「時計提印」のページの写真をみて驚いた。私が2006年3月に、骨董市で購入して
   その形から、「銅鐸形」と名付けた印材は、『小判形時計提(さげ)印』 の正式名で
   記載されているではないか。

      
     2006年2月購入品             「山梨物産会社商報」
       【草入り】
                   小判形時計提印

    ”印”とあるところから、印章として使われたのは間違いないらしい。”小判形”は
   印面の断面が”楕円形=小判形”をしているからである。同じ目的のもので、五重塔が
   浮き出るようにした、”五重塔時計提”もあった。
    不思議なのは、他の印章には、長さと価格の対応が記述されているのに
   『時計提印』だけは、長さが書かれていないことである。その当時、『時計提印』
   には、”デファクト・スタンダード”があり、購入しようとする人には、大よその大き
   さが想定できたのであろうか。

    問題なのは、『時計提(さげ)』である。「提(さげ)時計」とは、別名「懐中時計」の
   ことで、貴金属の鎖や組紐で時計をとめて、その他端をチョッキの釦などに留めて
   紛失や盗難を防止した。
    これは想像でしかないが、組紐の輪の中に、印鑑を通しておく人のための印が
   『時計提印』だったのでは、ないだろうか。

         
          全体               印章部分拡大
        復元した時計提印【父の遺品の懐中時計と組合せ】

 3.2 時計提印の価値
     いつもながら、この『時計提印』がどのくらいの価値があったか、を知りたい
    ものである。

 印 材カタログ価格現在の価格        備      考
白水晶50銭約 1,700 円  カタログ発行時期を昭和9年(1934年)と想定
その当時のハガキ郵便料金が1銭5厘(0.015円)
現在(2006年)のハガキ郵便料金 50円
物価指数=50/0.015=3333倍
草入水晶1円約 3,300 円
紫水晶1円50銭約 5,000円

     これから、「白(透明)水晶」製のものに比べ「草入水晶」製のものは、約2倍
    「紫水晶」製のものは、約3倍価値が高かったことがわかる。

4. 紫水晶印・草入水晶印

 4.1 紫水晶印・草入水晶印の実物
     過去に入手した、紫水晶印と草入水晶印を示す。入手した当時は、”屑水晶”を
    使った、販売見本品だろうと考えていたが、今回入手した「山梨物産会社商報」
    を読むと『珍品水晶印章』としてPRしており、立派な商品であることが分かった。

        
   紫水晶印36mm(1寸2分)  草入水晶印36mm(1寸2分)
     【2003年3月購入】       【2006年2月購入】

 4.2 紫水晶印・草入水晶印カタログ
     「山梨物産会社商報」の『珍品水晶印章』のページを「高級水晶印」のページと
    比較して示す。

       
            珍品水晶印章              高級水晶印

 4.3 紫水晶印・草入水晶印のキャッチ・フレーズ
     それぞれ、『珍品水晶印章』のタイトルのもと、次のようなキャッチ・フレーズが
    ついています。篆刻師の名前が載っているのは、この2種類だけです。

  (1) 紫水晶印
     ■ 篆刻師 望月 景峯先生刀
     ■ 紫水晶は天然に色合生じたる
       人工あたわざる高雅の物にして上等品
       が少ないので皆様の御手に入り兼ねます

  (2) 草入水晶印
     ■ 茶水晶同値段
     ■ 篆刻師 宮澤 華城先生刀
     ■ 草入水晶は茶水晶共も天然に出来たる珍
       品で立派なる品であります。下等品は時に
       は地方へも行ますが上等品の御求めが難
       事ですから當社へお申越下さい

 4.4 紫水晶印・草入水晶印の価値
     「高級水晶印」とされる白(透明)水晶を使ったものと、「紫水晶印」そして
    「草入水晶印」のカタログ価格を、私が以前購入した認印、長さ36mm(1寸2分)
    に近い長さ(丈:たけ)のもので、比較してみる。

 印 材カタログ価格現在の価格        備      考
白水晶3円50銭約 11,700 円  物価指数は、上と同じように
 3333倍とした
紫水晶(上等品)18円約 60,000 円
紫水晶(優等品)32円約 106,700 円
草入水晶(上等品) 8円約 26,700 円
草入水晶(優等品)14円約 46,700 円

     この表にある価格は、「サック(印章入れ)」を含んでいるので、「時計提印」の
    ように、印章単体のカタログ価格とは単純に比較することはできない。
     しかし、下表のように「サック」の価格は1円以下で、この表の価格はほぼ水晶
    印材と篆刻料と考えられる。

 材質カタログ価格 備  考
ワニ皮  70銭  
印伝  40銭  
マブル  30銭  

    (1) 「草入水晶印」は茶水晶製と同じように、”珍品水晶印章”として、上等品でも
       白(透明)水晶製の約2倍、優等品なら約4倍の価格であった。
    (2) 「紫水晶印」も”珍品水晶印章”として、上等品で透明水晶製の約5倍、優等品
       なら、約9倍の価格であった。

     「時計提印」に比べ、価格差が大きくなっているのは、大きな「草入水晶」や
    「紫水晶」は、得難かった、ことによるのだろう。

5.おわりに

 (1) 今まで、骨董市などで入手した印材をみて、古い文献にもとずいた推測や一部の
    水晶加工に携わる人々の意見を聞き、HPに何回か記載した。
     2006年3月に、「ススキ入り水晶印」や「銅鐸形」と名付けた印材を入手して、
     『ススキ入りなどインクルージョンの入った印材は、商品価値がなく、商品見本
    として使われた 』 と書いたが、これは訂正する必要がありそうだ、との認識をもつ
    ようになった。

 (2) 今回、「山梨物産会社商報」のカタログを入手し、次のようなことが明らかになった。

     @ 私が、「銅鐸形」と名付けた水晶印は、『小判形時計提(さげ)印』 が正式名で
       その名の通り、印章として使われた。
     A 「草入水晶印」は、”珍品水晶印章”として、茶水晶のものと並んで、透明
       水晶製の約2倍の価格であった。
     B 「紫水晶印」も”珍品水晶印章”として、透明水晶製の4、5倍の価格であった。

 (3) 試行錯誤を重ねながら、一歩一歩、かつて山梨県の名産の1つであった、水晶
    印章の本当の姿に近づきつつある、と感じている。
     これからも資料を収集した結果をまとめて、後世に残したいもの、と思っている。
 

6.参考文献

 1)山梨物産会社編:山梨物産会社商報,同社,昭和8〜9年
 2)山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
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