山梨県産 水晶印材コレクション -その3-

1. 初めに

  「山梨県産 水晶印材コレクション」と題して、HPや同好会 会報などに何回か掲載した。
 水晶印材が作られ販売されていた当時、どの位の価値があったのかを調べてみたいと
 思っていた。
  そんな矢先、2005年9月に北関東で開催された骨董市をのぞくと、”紙くず”の中に
 山梨県の宝石会社が今から60年近く前、昭和23年(1948年)に発行した印章(印鑑)の
 通信販売カタログがあり、早速購入した。

       
         表              裏
            通信販売カタログ

  これには、水晶、新象牙(?)などの実印や認印の価格が記載されており、その当時の
 物価と比較してみると、現在の価値に置き直す事ができると考えた。
  さらに、このカタログには、「水晶」を歌いこんだ甲州音頭の一節とその替え歌や戦後の
 世相を髣髴とさせる一コマ漫画があるなど、販売促進にあの手この手と智慧を絞った
 ”甲州商人”の姿を垣間見ることができる貴重な資料で、大切にしたいと考えています。
  (2005年10月入手)

2. 「水晶印」のカタログ

    カタログは、濃い青と赤色インクを使い、両面に印刷されたB5サイズより一回り大きい
   ものである。
   『 夏季特別大奉仕号 』 と銘打ち、 『 本カタログの有効期間 』として、『昭和23年7月
    31日 』 とゴム印が押されているところから、昭和23年(1948年)6、7月ごろに配布された
   ものと思われる。

    裏面の下1/3は、注文書になっており、金額欄には、”円”の欄の下に”銭”の欄もあり
   古い版を手直しして、急遽こしらえた印象です。

3. 「水晶印」の価格

3.1 実印
    『天然水晶実印(一等品)』の印面部分とカタログ部分を示します。丸印(直径13mm)
   と角印(11mm角=対角15mm)は同じ価格で、長さによって価格が違っている。
    長さ1寸3分(約4cm)で150円、長さ1寸8分(約5.5cm)で220円と、長さが40%長く
   なると価格は50%弱アップしており、大きな水晶の入手が難しかったことを示して
   います。

       
         印面見本               価格
                    実印

3.2 認印
    『天然水晶認印(一級品 小判型)』のカタログ部分を示します。認印は、長径10mm
   短径8mmの小判型(楕円形)で、長さによって価格が違っている。
    長さ1寸3分(約4cm)で95円、長さ2寸(約6cm)で130円と、長さが55%長くなっても
   価格は40%弱のアップで、細長い水晶の入手は、さほど困難でなかったと思われる。
    同じ長さ、1寸3分(約4cm)の実印は認印に比べ60%弱高くなっており、単に文字数が
   多くなっただけでなく、別な理由もありそうです。

    認印の価格

3.3 水晶印の価格分析
  (1)価格分析のアプローチ
    いくつかの水晶印の価格を眺めていると、水晶の印鑑の価格はどうなっているのかを
   分析してみたくなります。

    水晶印鑑の価格=材料費+加工費+一般管理費+利益・・・・・・・・・(1)式
              =@水晶の原材料費+A(研磨費+名前の篆刻費)
               +管理費+利益・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2)式

     となるはずです。

    印鑑の長さと価格の関係を実印と認印について、グラフに書くと下図のようになり
   長さと価格はほぼ比例している。当然ながら、実印の方が認印より高くなっている。

    価格分析

    実印と認印の価格差は、@文字数の違いで篆刻費が違う A印面寸法が違い水晶
   材料費が違う B利益率の違い などが考えられる。

    文字数の差・・・・・・・カタログには、篆刻文字数が1文字増えるごとに10円増しと
                なっており、認印は苗字だけなので平均2文字、実印は氏と名を
                彫るので平均4文字。その差は2文字となり、20円実印の方が
                高くなります。

    水晶使用量の差・・・印材をつくるには、印面に外接する断面をもつ四角柱を水晶から
                切り出し(材料取り)、これを荒削りして所定の断面形状にし
                最後に磨きをかける。
                 材料使用量は、 丸印>角印>小判(認印) の順となる。
                 角印は、角を僅かに落とすだけなのでロスが最も少なく、丸印は
                材料ロスが最も大きい。
                 ロスの多少は、加工に要する時間の長短、最終的に加工費の
                高安につながる。材料の水晶をたくさん使い、加工費も高い丸印が
                角印と同じ価格になっているのは理解に苦しむが、角、丸合わせて
                損をしない価格設定にしたと推測する。

                 印材材料取り

                 水晶の原材料費や加工費は、使う水晶の量(重さ あるいは 体積)に
                比例すると考えられる。

    利益率の差・・・・・・・利益率は、実印と認印で違っていた可能性が高い。認印は”薄利多売”を
                目的とし、利益率を低く抑え、実印を購入する層は、比較的裕福と
                考えられ、利益率を高めに設定したと考えられる。
                 また、一般管理費と利益は、製造原価に比例すると考えるのが原価
                計算では妥当な考え方とされるが、ここでは1本あたりいくらで算出してみる。
                 上の図で、認印より実印の方が傾きが急になっており、その分、約10%
                実印の方が利益率が高目に設定されている。

    以上のようなことを頭に置きながら、水晶の原材料費を計算してみる。

<印鑑の長さ> 体積(cm3)単価(円)備  考
実印認印実印認印篆刻代除き差
1寸3分
(約4cm)
5.73.12.61509555   35実印4文字
認印2文字
1寸5分
(約4.5cm)
6.53.62.918011070   50  同上
1寸8分
(約5.5cm)
7.8200   −  
2寸
(約6cm)
4.8130   −  

     篆刻代除き実印と認印の価格差=水晶材料体積の差×水晶単価
                          +(一般監理費・利益の差)

      1寸3分の場合    35×0.9=2.6×M    → M=12円/cm3
      1寸5分の場合    50×0.9=2.9×M    → M=16円/cm3

     水晶の価格は、1cm3(約2.3g)当り、約14円となります。

   以上のことから、(2)式は、次のように変形することができる。

    水晶印鑑の価格=V×M+P+C×10円/ケ+α・・・・・・・・・・・・・(3)式
          ここで
                V:水晶の体積               (cm3)
                M:材料単価=14                (円/cm3)
                P:篆刻代除く加工単価          (円/cm3)
                C:文字数(実印=4、認印=2)      (ケ)
                α:般管理費+利益           (円)

  (2)実印の価格分析
      実印について、次の2つの式が成り立ち、未知数が2つですから、この連立方程式を
     解けばそれぞれの値が求められます。

      1寸3分の場合    150円=80円+P+40円+α
      1寸5分の場合    180円=91円+1.14P+40円+α

          P= 136円     α= ‐106円

  (3)認印の価格分析
      認印についても、同様に求めることができます。

    1寸3分の場合     95円=43円+P+20円+α
    1寸5分の場合    110円=50円+1.16P+20円+α

          P= 50円     α= ‐18円

  (4)印鑑の価格分析のまとめ
      実印も認印ともに、利益(α)は、マイナス、つまり ”赤字”になっています。このままでこの
     会社がやっていけたのか、他人事ながら心配になります。
      しかし、その秘密はカタログの中に隠されていました。
      昭和23年(1948年)ごろは、敗戦から3年、ものすごいインフレーション(物価騰貴)で
     カタログには、次のようなゴム印が押されている。

     『 新価格体系により値上りとなりますが、弊社は在庫豊富のため・・・・今号に限り
      従前の価格にてサービス・・・・・・・・・・・・』

      この当時のインフレの凄まじさを、郵便料金の推移で追いかけてみよう。公共料金は
     ほかの物価の騰貴を追いかける形で改正されるのが常ですから、一般の物品の物価は
     このグラフよりも先行して値上がりしていたと考えられる。

      郵便料金(封書)の推移

      このカタログが配布された昭和23年(1948年)6、7月ごろには、1年前に比べて4倍強
     2年前に比べると20倍近くにアップしています。
      戦争中は、奢侈品禁止令で、水晶印材などは加工できなかったはずですので、戦後
     1年後、つまり2年前に加工したものを在庫として持っていれば、原価数円のものに
     20円〜40円の篆刻費をかけるだけで100円〜200円で売れるのですから、充分採算が
     とれたと思われる。

4. 水晶印鑑の価値

 (1)2005年現在、封書の郵便料金は80円で、昭和23年(1948年)当時5円であった。従って
    単純に物価は16倍アップしている。
    その当時、認印が120円くらいですから、現在 2,000円と言ったところでしょうか。
    実印は、3,000円くらいになりそうです。

 (2)以前、私が骨董市で購入した水晶印材に付いていた”正価 2、20”は、2円20銭を
    表示していると考えられます。
    ラベルが”左書き”であることから、第二次世界大戦以前に作られたものであることは
    間違いなく、昭和初期の雰囲気です。
    この当時の、2円20銭がどの位の価値があったのか、米の値段で比較してみますと
   昭和初期の米1俵(60kg)が、15円だったそうですから、米が10kg弱買える計算に
   なります。現在の値段で、5,000円と言ったところでしょうか。

 (3)これらから、水晶印鑑は時代が変わっても現在の価格で3,000〜5,000円くらいであった
   と思われます。

5. おわりに

 (1)山梨県から遠く離れた北関東の地方都市で入手した山梨県製 水晶印鑑のカタログは
   今から60年近く前の敗戦直後の印鑑の価格とその内訳を教えてくれる貴重な資料で
   あった。
    これらの資料を収集し、私なりにまとめておくと同時に後世に残したいと考えています。

 (2)敗戦によりアメリカ軍が進駐し、日本の民主化に着手し、数々の施策が施行された
   当時の世相を彷彿とさせる1コマ漫画がカタログの片隅に載っていますので、ご紹介
   いたします。
    ”男女同権””NHK"などの言葉とともに全文漢字・カタカナ表記で、”外人”が話して
   いるような錯覚にとらわれます。

      一コマ漫画

 (3)このカタログには、水晶を歌いこんだ「甲州音頭」の歌詞とこれを印鑑にちなんで書き
   換えた[替え歌」も掲載されていますので、併せてご紹介いたします。
   地元、甲府に住む私でさえ、「甲州音頭」を知らないくらいですから、まして「替え歌」は
   その存在すら知りませんでした。

            「甲州音頭」(正調)

     透(すん)で明るい水晶の光よ
     同じ甲州のひとごころ
     山ぢゃ かっこかっこ かんこ鳥
     観光山梨
     はんでめた めた
     来てお呉れ
     来ておくれ

            「甲州音頭」(変へ歌)

     技術すぐれた 甲斐のはんこよ
     押して綺麗な出来のはえ
     日本(くに)は はんこはんこ はんこ島
     はんこ山梨
     はんでめた めた
     買っと呉れ
     買っとくれ

     このカタログは、敗戦後の混沌とした中、販売促進にあの手この手と智慧を絞った”甲州商人”の
    バイタリティ溢れる姿を垣間見ることができる貴重な資料であり、大切にしたいと考えています。

6. 参考文献

 1)甲斐宝石商会:印鑑 通信販売カタログ,同社,昭和23年
 2)山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾誌,甲府商工会議所,昭和43年
 3)日本郵趣協会カタログ委員会編:日本切手専門カタログ2000年版
                       日本郵趣出版,1999年
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