2013年春 長野県の水晶産地をたずねて<BR>     − ξ(クシー)面をもつ水晶−<BR>









        2013年春 長野県の水晶産地をたずねて
           − ξ(クシー)面をもつ水晶 −

1. はじめに

    私のHPを見て頂き、産地の情報を提供したり、案内して差し上げた人たちと恒例のミネラル・
   ウオッチングを開催し、初日に長野県の水晶産地を訪れたのは2012年の秋だった。
    ここは、私も訪れたことがなく、『健脚向きなので足弱の人には到達が厳しい』、との前評判
   に恐れをなし、私の妻やN夫妻は、手近な『昔乙女コース』を楽しんだ。
    ミネラル・ウオッチングの後、妻に初日に訪れた水晶産地が思ったより厳しくなかったことを
   伝えると、「行ってみたい!!」、となった。『昔乙女コース』のN夫妻にも声を掛けたところ、同
   行していただけることになり、『MWフォローアップ行』 、となった。
    秋のミネラル・ウオッチングとその後のフォローアップ行の模様は、次のページで報告した。

    ・ 2012年秋のミネラル・ウオッチング 2012年10月
      ( Mineral Watching , Fall 2012 , Nagano Pref. )

    このとき、私が日本式双晶を4枚採集し、その一部を次のページで報告した。

    ・ 2012年秋のMW フォローアップの標本
      ( Minerals from Mineral Watching Tour and Follow up , Fall 2012 , Nagano Pref. )

    湯沼鉱泉社長や石友・Yさんの話を総合すると、ここで日本式双晶を採集したのは、今のところ
   私とS氏の2人だけらしい。
    私しかいないなら、「あいつのことだから、どこかの双晶を持ってきて、採れた、採れた、と言
   ってんじゃネエか」、と言われかねないが、2人も採ったとなると、「ここには日本式双晶がある」、
   と皆さんの認識も変わったようだ。
    日本式双晶を採った私自身、採った場所は○坑の壁かズリくらいしか思い当らず、産出ポイン
   トを突き止めてみたいと思うようになっていた。

         
                               ハート型

              
                               軍配型
                         日本式双晶 【2012年11月採集品】
                              【サイズ 両翼2〜3cm】

    そんな訳で、「日本式双晶を採ろう」、という機運が生まれ、湯沼鉱泉社長、Yさん、そしてT元
   教授と2013年最初に産地を訪れたのは4月末だった。
    行けば必ず晶洞(ガマ)を開けているYさんの言葉通り、初日には2つの晶洞が開き、素晴ら
   しい群晶・単晶を分けて頂いた。肝心の日本式双晶は、T元教授が軍配型の片割れを△坑の
   入口で拾っただけだった。
    こうして、メンバーに出入りがあったりしながら、日をおいて、産地通いが数回続いた。行くた
   びに晶洞が開き、たまたま湯沼鉱泉に宿泊したH夫妻やAさんなどは、”美味しい”思いをした
   はずだ。

    ある日、Yさんが掘った群晶を選別していると、白濁した小さな日本式双晶が母岩に付いて
   いた。この標本はYさんが持ち帰った。石英脈が細くなり、大きな晶洞が出そうもなくなり、「日本
   式双晶探し」は、この日で一段落した。

    結局この数回の探索行で採集できたのは軍配型の片割れ1つと白濁した小さな双晶1つだけ
   だった。どうやら、△坑では出ないようだ。

    ミネラル・ウオッチングのスタイルには、大別して「ズリ派」と「晶洞派」があるが、従来「ズリ派」
   だった私だが、”晶洞(ガマ)開け”に挑戦し、師匠のYさんの指導宜しきを得て、『免許皆伝』
   となった。
    ガマを開けていると産地の産状や共生鉱物が良く判り、ズリではお眼にかかれないポイント
   (先端)にキズ1つない単晶や大きな群晶(双晶)などが採集でき、ハマリそうだ。

    手をハンマーでしたたか打つこと数限りなく、満身創痍になりながら、次のような標本を手に
   できた。

    @ ξ(クシー)面をもつ水晶
    A 長石と共生する水晶
    B 両錐平板水晶
    C 逆松茸群晶

    同行頂いた石友、とりわけ行くたびに晶洞を開けてくれたYさんに感謝している。
    ( 2013年4月〜5月 採集・観察 )

2. 産地

    ここは、石友に案内していただいた産地なので、詳細は割愛させていただく。

3. 産状と採集方法

    この産地は、山梨県北部から長野県川上村にかけて広がる花崗岩(閃緑岩)系の深成岩の
   割れ目(境界?)に生じた水晶で、一部には水晶採掘の坑道跡とその前にズリが残されてい
   る。

    露頭をつぶさに観察すると、塊状(時として写真のような球状)花崗岩体と岩体の境界に石英
   が溜まり、そこに晶洞があるようだ。
    愚考するに、花崗岩が固化する時に、抱えきれない成分が吐き出され、それらの塊の中に空
   洞(=晶洞)ができ、水晶などが成長したようだ。甲府市黒平などでは、カリ長石→水晶の順に
   生成するのだが、ここでは水晶→長石→絹(白)雲母(硫化鉱物の順だったようで、水晶の上に
   長石や絹雲母が観察できる。
    水晶の成長も何回かに分けて行われたらしく、最初にできた水晶を覆って成長した水晶が剥
   がれた面には、薄い石英膜があるようで虹色の『イリデッセンス効果』を示している。
    一度でも乙女鉱山の露頭で晶洞開けを見たり、やったことがある人なら、あまりにも産状が
   似ているのに驚くはずだ。

       産状

    元気のある人たちは、露頭を叩いて晶洞を開けて採集するのだが、非力な人は、ズリを掘って
   探すことにな。しかし、5月の中旬でも表面から10cm下はカチカチに凍っていて、少し掘っては
   氷が解けるのを待って掘り続けるありさまだった。
    ( 氷【ICE:H2O】は立派な鉱物なのだが、採集対象にはなりそうもない )

         
                    露頭                  ズリで採集するMs.H
                             採集方法

4. 採集鉱物

 (1) 水晶【QUARTZ:SiO2
      この産地のメインは水晶だ。Yさんは、自分が苦労して晶洞を開けたにもかかわらず、「前に
     に採集したものと変わり映えがしない」、と言って持ち帰った標本はこの数回の晶洞(ガマ)
     開けで、2つか3つだけだった。
      Yさんのように未だ達観できず、何でも持って帰りたい私だが、ミネラル・ウオッチングの
     玉手箱用標本や湯沼鉱泉のお姐さんへのお土産だけでもかなりの重量だ。
      そうなると、個人用標本として持ち帰るのは、色、形、結晶面、共生鉱物、内包物などの
     珍しいものだけに絞らざるを得なかった。

   @ 色
       ここの水晶の1つの特徴は、『ハーキマダイヤ』に勝るとも劣らない”透明”なものがある
      ことだ。
       また、薄らと茶色〜黄色くみえる『煙水晶』もあった。

          
                透明                     煙
              【長さ 38m】              【長さ 55mm】
                          水晶の色

   A 形
       「水晶の理想的な形は?」、と問われれば、大部分の人が「六角柱状」、と答えるだろう。
      しかし、断面が正六角形で根元と先のほうの太さが同じように均等に成長した水晶をフィー
      ルドで探してみると意外と少ないのに気づくだろう。
       左の写真は理想的な形に近い水晶だ。右の写真は、”ズングリ、ムックリ”が多いこの産
      地としては珍しく、細長い平板・両錐の水晶だ。

       
          
             六角柱状                    両錐
           【長さ 46mm】                 【長さ 43mm】
                       水晶の形

       下の写真の水晶は、上に行くほど細くなる、『逆松茸水晶』とよぶ群晶だ。

       
                 逆松茸水晶
                 【長さ 7cm】

   B 結晶面
       上の六角柱状結晶の頭に見られる三角形の錐面は、大きな方をr面、小さな方をz面と
      呼ぶ。
       極めてまれに、水晶の錐面にξ(クシー)面があらわれることがある。写真の水晶は
      晶洞から出した時には褐鉄鉱に汚れていたが、錐面に”切れ込み”があるのに気付き、優
      先的に(強引に?)頂いたものの1つだ。

          
               全体                    結晶面
            【長さ 8cm】                【横 40mm】
                    ξ(クシー)面をもつ水晶
       

       ξ(クシー)面のミラー指数は、( 1 1 -2 2 ) で、下の図に示すように、r面( 1 0 -1 1 ) と
      z面( 0 1 -1 1 ) が交わる稜を面にしたものだ。

          
              r面( 1 0 -1 1 )                z面( 0 1 -1 1 )

                    
                          ξ面( 1 1 -2 2 )

       なぜξ(クシー)面が珍しいかというと、ξ(クシー)面は「日本式双晶」の2つの水晶が接
      合する面だからだ。そのありかは『縫合線(ほうごうせん)』、として横から見ることはあって
      もこの面は双晶の完形では見ることは不可能なのだ。T元教授が採集した日本式双晶の
      片割れで運が良ければ『縫合面』で見ることができるかもしれない。

       「日本式双晶」を構成する2つの水晶のc軸とc軸の間の角度が84度33分だ、ということを
      知っている読者は多いと思う。しからば、どうしてこの角度になるのかを計算してみよう。

       a3軸を横軸に、c軸を縦軸にとってξ(クシー)面がc軸となす角度(αの2倍)を計算して
      みる。

               
                        ξ面( 1 1 -2 2 ) 説明図

       ξ(クシー)面は、-a3軸の-1/2 と c軸の1/2の点を横切る。a軸とc軸の長さの単位が
      同じだったら、底辺と高さが同じなのでβ=α=45度、2α=90度となり簡単なのだが、
      そうは問屋が卸さない。

       結晶学では、”ミラー指数が整数”になり、話が簡単になるよう 、それぞれの軸の長さの
      比率を決めている。この比率の事を、『軸率(じくりつ)』 、と呼ぶ。

       「輓近(ばんきん)鉱物学」をひも解くと、水晶の軸率は、次のようになっている。

       a(a1=a2=a3):c=1:1.09997

       つまり、c軸の方がa軸に比べ約10%長いのだ。したがって、ξ面が-a3軸となす角度β
      (ベータ―)は45度よりも大きくなる。正確には、

       β=arctan(1.09997) ・・・・・・・・・・・・・・(式1)

       昔は、「三角関数表」なるものがあって、そこから大まかな角度を出して、あとは計算尺
      で按分して近似値を求めたものだが、今日では、パソコンのエクセルの関数、「ATAN」を
      使うと瞬時に計算してくれる。

       β=0.83296769181109・・・・・・・

       ただ、この計算結果の数字は、度(°)ではなく ラジアン(rad)、という単位なのだ。
      ラジアンは、円周(360度)を 2π(パイ)ラジアンと決めているので、これを角度に直して
      やる。

       360:2π=x:0.83296769181109

       内項の積=外項の積
       2πx = 360×0.83296769181109
       x = 360×0.83296769181109/2π

       πの桁数をどこまで取るかで誤差が決まる。最近までの小学生のように、π=3で計算
      したら誤差が大きすぎる。小数点以下、5桁は欲しい。

       x = 360×0.83296769181109/(2×3.14159)
         = 47.72557 (度)

       β + α = 90 度 だから
       α = 90 − 47.72557 = 42.27443

       双晶のなす角度は、
       2α = 84.54886 (度)

       84度と85度の間くらいだ。度の小数点以下の部分を「分」に計算する。
       1度 = 60分 だから、

       1:60 = 0.54886 : y
       y = 60×0.54886 = 32.93 ≒ 33 (分)

       双晶のなす角度が、 84度33分 になる理由が上の計算からご理解いただけただろうか。

       かの五無斎こと保科百助は、高等数学が苦手だったので、鉱物学に進むのを断念した、
      と伝えられているが、上の計算なら気の利いた中学生(今の高校生か)でも理解できる
      だろう。

   C 共生鉱物
      山梨県の水晶は、カリ長石と共存していることが多いのだが、長野県の水晶で長石を伴う
     例は、甲武信鉱山の「氷長石」を伴う水晶くらいだろう。
      長石は水晶に比べ格段に風化しやすく、水晶が誕生して1,000万年以上の時が経つにつれ
     粘土鉱物などに変化してしまったようだ。

      ある晶洞から出てきた水晶の形が面白かったので頂いて帰り、塩酸で洗浄してみると、
     裏面に「微斜長石」【MICROCLINE:KAlSi3O8】と思われるカリ長石の自形結晶が見られた
     ので、紹介する。

          
                     横松茸?                   「微斜長石」?
                   【長さ 85mm】                  【横 50mm】
                             カリ長石と共生する水晶

      絹雲母【sericite】、と呼ぶ、白雲母【MUSCOVITE:KAl2(AlSi3)O10(OH)2】の細かい結晶に
     なったものが水晶を覆うように成長しているものもあるが、塩酸で洗浄すると、ほとんどが
     脱落してしまった。

   C 内包鉱物
      インクルジョンとして、黄鉄鉱と思われる硫化鉱物が観察できる標本もある。Yさんが以前
     採集した標本には、毛状の金属鉱物が見られ、鑑定が待たれる。

5. おわりに

 5.1 『 晶洞いろいろ 』
      もう四半世紀(25年)以上も昔、島倉 千代子が ♪♪ 人生いろいろ〜 ♪♪ という曲を
     歌ってヒットした。今回、延べ5日間で5か所以上の”晶洞(ガマ)開(あ)け”を体験し、『 晶洞
     いろいろ 』 、だという感想を持った。

      開けてみて初めて判ったことだが、晶洞と晶洞の間隔は、50センチも離れていないのに、
     出てくる水晶の色・形・結晶面そして共生鉱物が晶洞ごとに、まるで違うのだ。

      ξ(クシー)面をもった水晶が出たのは、たった1つの晶洞だけで、その晶洞から少なくとも
     3つを確認した。その内の1つはT元教授に差し上げたはずだ。褐鉄鉱にくるまれていて気づ
     かずに、湯沼鉱泉のお姐さんに渡したお土産の中に紛れ込んでいるかも知れない。

      「○○の産地の水晶は□□状だ」 、などと書かれることが多いが、晶洞ごとに産出する
     水晶の顔が違うので、タイトルのように書いた次第だ。

 5.2 『 水晶あるところに双晶あり 』
      私の持論の1つに、『 ミネラル・ウオッチングは水晶に始まり水晶に終わる 』 、がある。
     松原先生の近刊、「これだけは知っておきたい 世界の鉱物50」の「石英」の章に、”水晶に
     始まり水晶に終わる?”
 、と書かれている。
      ”・・・釣りの世界では、「フナに始まりフナに終わる」・・・・” 、という説明まで引用されている。

      今回、長野県の水晶産地で双晶を探し、小さいながらも双晶を採集でき、最終的にはT元
     教授のコレクションに納まった。

      湯沼鉱泉社長やT元教授の話を総合すると、もっと大きな双晶が近くの場所に隠れていそ
     うなので、探索する楽しみが増えた。

 5.3 月遅れGWミネラル・ウオッチング
      各地で「梅雨入り」が報じられたが、雨は降らず、この産地のように少し標高が高いと暑くも、
     寒くもない。
      いよいよ、本格的なミネラル・ウオッチングのシーズン到来だ。ここのところ、毎週のように
     川上村の湯沼鉱泉に集合して産地に向けて出発している。連れは、湯沼鉱泉の社長だった
     り、宿泊者だったり、その日の出たとこ勝負だ。
      一日のミネラル・ウオッチングを終え、続きが楽しみな時には、急遽宿泊をお願いし、お姐
     さんを困惑させることもある。

      さて、恒例の月遅れGWミネラル・ウオッチングがもうすぐだ。この春、湯沼鉱泉に川上犬の
     子犬(お姫様)が誕生し、皆さんが来るのを社長、お姐さんともども待ってくれている。

      
        お姐さんに抱かれる子犬

6. 参考文献

 1) 木下 亀城、青山 信雄:輓近鉱物学,一進堂所書店,昭和14年
 2) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 3) 松原 聰、宮脇 律郎:これだけは知っておきたい 世界の鉱物50
                  ソフトバンク クリエイティブ株式会社,2013年
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