水晶で作られた石器 その12

          ( Stone Implement made of QUARTZ  Part12
                       Kawakami and Minamimaki Village , Nagano Pref. )

1. はじめに

    近年毎年のことだが、『異常気象』が話題になる。私が住む甲府市内は、年明けからそれほど寒いという
   日が続かなかった。
    2月中旬、羽田空港からのテレビ中継では雪が降っているのに、甲府盆地は快晴で、窓越しの太陽の光を
   浴びて室内は暖かい。この時期、最高気温が東京より高い日はあるのだが、最低気温も高いのは、何だか
   変な気分だ。
    京都の旅友から、「今年は雪が2回積もった」、とメールを頂いたが、甲府市内は、”チラついた”ことはあったが、
   まだ一度も積もっていない。
    2月16日の読売新聞には、”農鳥 越冬?”という見出しで、富士山の7〜8合目(標高3,000m付近)に
   残雪が鳥の形に見える「農鳥(のうとり)」が冬を通して現れる珍しい情況が続いているようだ。そのくらい、山梨
   県全域で雪が少ないのだ。

    2月に入り、立春のころ、夕方のテレビで天気予報を見ていると、標高1,185mの甲斐大泉駅がある辺りの
   その日の最低気温がマイナスになっていないので驚いた。

    2010年3月に八ヶ岳周辺で水晶製の石器を探し始めて、9回目の春を迎えた。例年、3月に鈍った身体の
   リハビリの第一歩なのだが、今年は最適期が早まりそうだと思い、2月中旬に訪れた。

    まだ、訪れる人が少ないことがレタス畑に足跡がほとんどないことからも判り、一番乗りのようだ。そのお蔭か、
   「水晶片」のほか、「ナイフ形石器」や「大きな石核」などを採集できた。

    石器を探し回っていると、乗用車から降りてきた人に、「今日は!!」、と声を掛けられた。顔をよくよく見ると
   石友でもあり、石器探しの師匠の小Yさんだった。会うのは、3年、いや4年ぶりだろうか。
    鉱物採集は年に数回程度で、本来の趣味の”蝶”で忙しく、元気にしているようなので何よりだ。
   ( 2019年2月 体験 )

2. 産地

    ミネラル・ウオッチングで通っている長野県川上村の道路脇にあるレタス畑や原野に、数多くの旧石器から
   縄文時代の遺跡がある。もちろん、遺跡に指定されている範囲には立ち入りできないが、そこを外れた場所が
   観察ポイントだ。

     
                      石器観察地

3. 産状と観察方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が凍ったり、霜柱で持ち上げられてから溶けるのを繰り返し、バラバラに崩
   れ、雨にあたったり、風に吹かれたりして表層の土が取り除かれると、石器が畑の表面に露出していることがあ
   る。これらを観察するのだ。
    今年は雪や雨が極端に少なかったお蔭か、凍ったり、それが解けてぬかるんだりしている場所は日蔭くらいで
   サラサラの土の上なので例年より探しやすかった。

    畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器に出会えることがある。

        
                              ”キラリ”と光る石器

    この地域は、高原野菜、とりわけレタスの有名産地なので、野菜の栽培が終わった11月から苗の植え付けが
   始まる4月までの間で雪のない季節が適期だ。早い年だと11月中旬から2月下旬までは雪に覆われているから、
   実質、観察できるのは限られた期間になる。
    また、石器や土器を採集する愛好家は少なくないようで、畑には先行者が歩いた足跡を確認できることも
   少なくない。そんなこともあって、いつ行くかは重要なポイントになる。2019年は、例年より1ケ月早かった。

    また、石器や土器は南牧村や川上村にまんべんなく分布しているわけではない。それは現在でも人が住ん
   でいる場所と田畑や原野のままの場所があるように、1万数千年前でも人々にとって住みやすい場所とそうで
   ない場所があったのだ。
    それらの場所を先人に教えてもらったり、文献で調べたり、過去に訪れて成果があった場所を記憶しておいて
   そこを重点的に観察するのが良さそうだ。

4. 観察標本

 4.1 石器材料【旧石器遺跡周辺】
      川上村周辺で観察できる石器に使われている石材を紹介する。畑の中で、尖った石塊を見つけることが
     ある。ここに載せた以外の石材だと、近代になって道路や線路工事で外から持ち込まれた砕石の可能性が
     高い。

石材の種類 色など    写       真
黒曜石
灰色
(他県産)
頁岩
チャート 青白
石英(水晶)  
瑪瑙(めのう)    

      今回、遺跡別に観察できた石器の材料を分類した結果を2018年と比較して下表に示す。

石材 年度 2018年 2019年
遺跡名 KD KD NP BD YS 合   計
色など 観察数 比率 観察数 比率 観察数 比率 観察数 比率 観察数 比率 観察数 比率
黒曜石 黒〜灰 213 (72%) 250 (84%) 1 (100%)     14 (74%) 265 (83%)
赤茶 9 (3%) 3 (1%)             3 (1%)
小計 222 (75%) 253 (85%) 1 (100%)     14 (74%) 268 (84%)
頁岩 4 (1%) 5 (1%)     1 (33%) 4 (20%) 6 (2%)
チャート 青白 67 (23%) 38 (13%)     2 (67%)     44 (13%)
石英 水晶 2 (1%) 2 (1%)         1 (6%) 3 (1%)
合     計 295 (100%) 298 (100%) 1 (100%) 3 (100%) 19 (100%) 321 (100%)

      1) この地域で石器観察をはじめた2010年、4年後の2014年、前々回の2016年、2018年、そして
        今回(2019年)の調査結果を比較してみると、その比率に大きな変化は見られないことから、この
        地域の石器材料のおおまかな比率とみて間違いないだろう。

            
                2010年                   2014年                  2016年

                        

                                石器に使われた鉱物・岩石内訳

      2) 八ヶ岳周辺では、圧倒的に「黒曜石」の比率が高く、90%近くを占めている。以前単身赴任して
        いた千葉県の縄文遺跡では、「黒曜石」が15%、「チャート」が85%だったのとは対照的だ。

         ・ 千葉県で石器拾い
         ( Stone Implement Hunting in Chiba , Chiba Pref. )

         八ヶ岳周辺では「黒曜石」の入手が容易だったことと、割りやすく加工しやすい特性が相俟(あい
        ま)っての結果だろう。

      3) 水晶の比率は1%以下と少ない。以前、「石器作り」のページで報告したように、この地域には水晶
        が豊富にあるのだから、材料入手の難易度よりも、加工しにくいことがその理由だろう。

          ・ 石器作りに挑戦
           ( Challenge Making Stone Implement , Yamanashi Pref. )

         ただ、今回は訪れなかったがN遺跡のように、20%強が水晶の遺跡もあり、時代によって入手できる
        石材の制約や人による好みなどがあったのかも知れない。

 4.2 石器材料【縄文遺跡周辺】
      縄文時代のYK遺跡での石器や剥片の観察数を2018年と比較して示す。

石材 年度 2018年 2019年
遺跡名 YK YK
色など 観察数 比率 観察数 比率
黒曜石 黒〜灰 111 (95%) 3 (60%)
赤茶            
小計 111 (95%) 3 (60%)
頁岩 1 (1%) 1 (20%)
チャート 青白 2 (2%) 1 (20%)
2 (2%)      
小計 4 (4%)      
石英 水晶            
合     計 116 (100%) 5 (100%)

        多くの遺跡がある畑では、「客土(きゃくど)」と呼ばれる土質改良がなされ、違った場所から運んできた
       土で3、40センチ覆われている。このため、遺物が隠されてしまい、”産地が消滅”してしまっているところが
       増えていた。

 4.3 水晶製石器の産出状況
      川上村での石器観察を手ほどきしてしてくれた小Yさんに教えていただいた水晶石器の産地は、旧石器時代
     のKK遺跡だった。その後、文献やネットで調べて新しい産地を開拓した。

      今回は、旧石器遺跡の近くで水晶製石器を観察できた。ここでは、過去にも結晶面が見える水晶や
     水晶塊を観察した場所だ。

     
                  石英剥片【2019年2月】

      今までに訪れた産地の水晶製石器確認状況を一覧表に示す。

                        ◎:数個確認    ○:産出確認     ×:産出未確認
 区 分          遺   跡 (時代)    備考
  YD
(旧石器)
  KD
(旧石器)
  KK
(旧石器)
  YK
(縄文)
  YS
(旧石器)
  BD
(旧石器)
 
水晶製石器   ×   ×   ○   ×   ×   ×  
水晶(石英)塊   ×   ○   ○   ×   ○  ○  
水晶剥片   ×   ◎   ○   ○   ○   ◎  
結晶面が見える水晶   ×   ○   ×   ×   ○  ×  
備      考 2010年に初訪問
コンスタントに観察
2016年も観察
2017年は、KDのみ訪問
2019年は、KDで観察
 2013年初訪問
2016年は未訪問
2017年は未訪問
2019年に観察
2015年初訪問
2016年未確認
2017年は未訪問
2019年未確認
 

 4.4 観察石器と遺物
     今回の訪問で、観察できた石器は次のとおりだ。

     @ ”石槍”に先行する、ナイフ形石器と呼ばれる旧いタイプの石器
     A 石鏃(矢じり)
     B 石核(せっかく:コア)と呼ばれる、剥片を剥がして残った芯の部分

      これら、観察できた石器の一部を紹介する。

石器名 観察地
(時代)
材質 写真 説明
ナイフ形石器
KD
(旧石器)
黒曜石(赤)        
              長さ 43mm
「一側縁調製」
(片面にのみ刃付け)
石槍
(ポイント)
KD
(旧石器)
チャート      
              長さ 20mm
石槍としては
小型
石鏃
(矢じり)
Y
(縄文)
黒曜石       
             長さ 20mm
縄文時代になって
狩猟で使った矢じり
石核
(コア)
KD
(旧石器)
黒曜石       
            長さ 82mm
大きなもの
石核
(コア)
NP
(旧石器)
黒曜石       
            長さ 43mm
中ぐらいの大きさ

5. おわりに

 ■ リハビリ
    暖かさに誘われて、1日置いて2回訪れた。1日目8,086歩、2日目12,025歩、歩き回ってもほとんど疲れを
   感じず、これからの農作業やミネラル・ウオッチングの大きな自信になった。

    来週、人間ドッグが終わったら、近くの産地を歩いてみようと思っている。

 ■ まだまだ隠れている?!
    確かに、場所によっては「客土」の影響で採集が難しくなっている遺跡も少なくない。小Yさんは、「某氏など、
   2週間に3回は通っているので、採れるわけない」、とおっしゃる。
    確かに、落ちている1万数千年前の石器の数が増えるはずはないのだから、採ればそれだけ残りは少なくなって
   行く計算だ。レタスの収穫が終わった秋や苗を植える前の春に畑を耕すので、その時に土中深くに埋まっている
   石器が掘り出されることもあるようだ。

    今回の2日目、”真っ黒くて角柱状の塊”が目についた。まるで、太い黒水晶が埋まっているようだった。

     
               土から飛び出している「石核」

    拾い上げてみると、長さ80mm以上、長径55mmもある大きな石核だった。周りの状況から、昨年秋に
   地中深くぼり返したときに出てきたもののようだ。
    このように、畑の耕作者の”気まぐれ”で、”ヒョッコリ”とんでもないものがでてくる可能性はまだまだ残されている
   ようだから、これからも楽しめそうだ。

6. 参考文献

 1) 戸沢 充則執筆:矢出川遺跡群,長野県考古学会 矢出川遺跡群保存委員会,1983年
 2) 白石 浩之:旧石器時代の石槍,東京大学出版会,1989年
 3) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 4) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 5) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 6) 堤 隆:黒曜石3万年の旅,日本放送出版協会,2006年
 7) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 8) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年


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