これらの石器を見て、次のような疑問が湧いてきた。
(1) 専門の職人が作ったのだろうか。それとも、個人で作ったり、補修したのだろうか。
2013年8月、長野県長和町にある「黒耀石体験ミュージアム」を訪れてみた。夏休みを
利用して、首都圏の小学生がバスを連ねて訪れていて、にぎやかだった。
こどもたちの作った「ヤジリ」などを見せてもらうと、不器用だといわれる現代っ子が作った
と思われないほど立派なできだった。
私も体験コースの1つ、「石槍」製作(3,000円)を申し込もうとしたが、締め切りの15時を
少し過ぎていたので次回のお楽しみとなった。その代り、12cmほどの木の枝に、直径3mm
長さ15mmの銅線を埋め込んだ、鹿の角の代わりになる石器作りの工具『石割り用のペン
シル』を100円で買ってきた。
ミュージアムから帰宅して数日たったある夜、テレビを見ながら、「石鏃(ヤジリ)」作りに
初めて挑戦してみた。2009年に、千葉県佐倉市にある「国立歴史民俗博物館」でみたビ
デオの記憶と私より前にミュージアムを訪れた妻がお土産に買ってきてくれた、「黒耀石の
原産地を探る」、などの本が頼りだ。
・国立歴史民俗博物館の鉱物
( Minerals of National Museum of Japanese History , Sakura City , Chiba Pref. )
石材はオーソドックスな黒曜石を使ったところ、10分足らずの短時間ででき、出来栄えも
マズマズだ。これに気を良くして、水晶(石英)とチャートでも作ってみた。
所要時間は似たようなものだったが、石材によって”癖”(くせ:特徴)があることを体感
できた。
冒頭の疑問に対して私なりに出した答えは、”必要な石器は自分で作った”だった。今回、
拾ってきた”剥片”を加工しただけで、剥片作りが私にも簡単にできるのか、などを体験し
てみる予定だ。
( 2013年8月〜9月 体験 )
No | 品 名 | 用 途 | 私の使った代用品 | 1 | 鹿の角 | 石器を整形する | ミュージアムで体験するこどもたちと同じく 「石割りペンシル」 「黒耀石体験ミュージアム」で 100円で販売 |
2 | 鹿の皮 | ・膝や手に傷がつかないように 保護する。 ・剥片が動かないよう固定する。 ・破片が飛び散らないようにする。 | 新聞紙と雑誌 ミュージアムでこどもたちは |
3.2 石器作りの手順
黒曜石の剥片を使って石鏃(やじり)の製作手順を説明する。使っている用語が考古
学界で使われている言葉と違う箇所があるかも知れないが御容赦ください。
(1) 石取(いしと)り
剥片からどのような石鏃をつくるか、”最終形をイメージする”。下の写真の三角形
をした剥片の場合、左側の尖った頂点が先端になるようにすると石材を一番有効に
利用できるだろう。
( 発生する破片(=ロス)が最少になるように石取りするのは、板金作業の板取り
と同じだ )
(2) 茎(なかご)加工
矢との接合部分を加工する。雑誌の上に新聞紙を置いて、左手で剥片を押さえ、
右手に持った「石割りペンシル」を剥片に押し付けて不要な部分を剥ぎ取る。
一度に大きな面積を剥ぎ取ろうとすると思わぬ方向に割れて”御釈迦(おしゃか
=不良品)になってしまうので、剥片をひっくり返しながら表裏から少しずつ剥ぎ取る。
(3) 整形と刃立て
完成した石鏃で大切なのは、次の3点だろう。
@ 獲物に喰い込みやすい形(三角形)になっている。
A 一度矢が喰いこんだら抜けない返しの機能がある。
B 食い込むときに、血管や肉を断ち切ってダメージを大きくするため、全周が
ナイフの刃のように切れ味が良い。( ”刃が立っている” )
@とAを達成するように、整形しながら、Bの”刃立て”を行うのがこのステップだ。
正確には、刃立てをしながら整形するという表現がピッタリするだろう。
石鏃を持って、エッジに「石割りペンシル」を押しつけて、剥がし、エッジがシャープに
なるようにする。
(4) 完成
この手順で完成した石鏃とこの作業で発生した破片(ロス)を下の写真に示す。
そこで、代表的な石器石材である「黒曜石」、「チャート」そして「水晶(石英)」を使って
石鏃を製作し、加工性を比較・評価してみた。
(1) 評価項目
整形性・・・・・思い通りの形に整えられるか。
剥離性・・・・・刃を立てる時や整形する時に、剥離しやすいか。
総合・・・・・・・整形性×剥離性
(2) 評価点
◎ : 優
○ : 良
△ : 可
石材 | 評 価 項 目 | コ メ ン ト | 整形性 | 剥離性 | 総合 | 黒曜石 | ◎ | ◎ | ◎ | 思い通りに整形でき、剥離性も良く 作業しやすい。 |
チャート | ◎ | ○ | ○ | 水晶 (石英) | △ | ◎ | △ | へき開はないとされるが、 力の入れ加減を間違うと 思わぬ方向に割れてしまい 失敗作となりうる。 |
3種類の石材で石鏃を製作してみて、”黒曜石は、石器に使われるために生まれてきた
石材だ” 、と確信した。
実は、関東地方の骨董市で、下の写真の「原始時代石器工場作業之図」という絵葉
書を入手していたからだ。
この絵は、大勢の男たちが集まって、「石器」を作っている様子を描いたものらしい。
この絵の通りに旧石器時代や縄文時代に石器の製作が行われていたとすると、専門
の職人がいたことになる。
ただ、この絵を見ると、人数は多いが、極めて非能率な感じだ。若いころ、足を骨折し
た縄文人の骨の写真を見たことがあるが、骨折した部分が関節になっていた。つまり、
骨折をしても休んでなんかおられず、骨が固まる前に狩猟や農耕などのために動き回
らねばならないほど、厳しい生活だったことを示している。
今回、自分で石鏃を作ってみて、初めての私でも、短時間にソコソコのものが作れる
ことを実証でき、冒頭の疑問に対して私なりに出した答えは、”必要な石器は自分で
作った” だった。
(2) 剥片の製作
石器の材料となる剥片も自分で製作したのか、については確信が持てない。2013年
8月の観光兼ミネラル・ウオッチングで北陸地方を訪れ、ヒスイ海岸で剥片製作に手ごろ
な「敲き石(たたきいし)」をいくつか拾ってきたので、剥片作りにも挑戦してみる予定だ。
その先には、石材を自分で取りに行ったのか、あるいは何らかの流通・交換システム
があったのか、など疑問は次から次と湧いてくる。
これこそ、専門家にお任せするしかないだろう。