長野県川上村湯沼『朝飯前』の鉱物









            長野県川上村湯沼『朝飯前』の鉱物

1. 初めに

    2013年4月末、リハビリの第2ステップとして、私たちの定宿・長野県川上村の「湯沼鉱泉」の
   近くの水晶産地をT元教授、A氏、S氏を案内した。
    ここは、私が湯沼鉱泉に宿泊した人たちを早朝、朝飯前に案内する事から、いつの間にか産
   地名が 『朝飯前』 、と呼ばれるようになった。

    ・2010年月遅れGWミネラルウオッチング
     ( Mineral Watching , May 2010 in Yamanashi and Nagano Pref. )

    私がここを最後に訪れたのは3年近く前の2010年の6月だった。その後、産地の手前に、
   従来からあった高電圧の電気防護柵に加えて、獣除けのフェンスが張り巡らされ、入口には
   施錠されるなど、変貌していた。
    皆さんを無事に案内する自信がなく、社長に案内を頼むと渋っていたが、「女の人だと喜んで
   案内するのに」 、と言うお姐さんの一言で腰を上げてくれた。

    社長の案内で駐車スペースに行くと、フェンスの扉には施錠されている。入口が以前よりも、
   数100m北東に変わっている。錠を開けてもらい、社長の後を300mも進むと見馴れた場所だ。

      社長の案内で産地に向かう

    社長に産地をくまなく案内してもらうと、私が皆さんを案内していたのは産地のごく一部だった
   ことを初めて知った。
    山の斜面の一番上の崩れた坑道(?)前から一番下の「貯鉱場」(?)まで採集しながら降り
   て行くことにした。
    それぞれのポイントによって産出する鉱物種や同じ水晶でも色、形、インクルージョンなどに
   バリエーションがあることを改めて認識した。

    同行した皆さんも満足して産地を後にした。産地を案内していただいた湯沼鉱泉社長に厚く
   御礼を申し上げる。
    ( 2013年4月 採集 )

2. 産地

    湯沼鉱泉に立ち寄り、社長に挨拶し、産地の場所を教えてもらうと良いだろう。女性なら社長
   が産地を案内してくれるかも知れない。

     産地

3. 産状と採集方法

    湯沼鉱泉の社長の話では、ここでは、戦後間もない昭和23年(1948年)ごろ、褐鉄鉱か水晶
   を採掘したらしい。
    晶洞の水晶を渇鉄鉱が埋めたようで、水晶が無数に入った渇鉄鉱の大きな塊が転がっている。
   板樋で、鉱石を山裾まで落とした際に、こぼれたものが、ズリになっているようだ。落ち葉の下の
   赤玉土状のところを、熊手で掘り返して採集する。

     産状と採集方法

4. 産出鉱物

 (1) 普通角閃石【Hornblende】
      苦土普通角閃石【MAGNESIOHORNBLENDE:Ca2Mg4AlSi7AlO22(OH)2】または鉄普通
     角閃石【FERROHORNBLENDE:Ca2Fe4(Al,Fe3+)Si6Al2O22(OH)2】を「普通角閃石」、と呼
     んでいる。
      この産地では、水晶のインクルージョンとして針状結晶が普通に見られるが、どちらなのか
     明確ではない。
      しかし、普通角閃石が単独で産出するのは稀だ。10年ほど前、T元教授が学生を連れて
     ここを訪れた時、”針状〜綿毛状”の「普通角閃石」が多産したが、当時、『アスベスト問題』
     があり、少ししか持ち帰らなかった、と話してくれた。その時の標本を恵与いただいたので
     紹介する。

      
          普通角閃石【T元教授恵与品】
                【横 35mm】

 (2) 鋭錐石【ANATASE:TiO2
      水晶の表面に最大1mm程度の鋭錐石が観察できる。複(両)錐形で、c軸方向と直角方
     向に反復双晶の条線が観察できる。純粋なTiO2であれば無色透明なはずだが、飴色透明
     ガラス光沢〜鋼黒色不透明金属光沢と外観に違いがあるのは、鉄(Fe)などの元素の影響
     だろう。

      
                 鋭錐石
                【横 3mm】

 (3) 板チタン石【BROOKITE:TiO2
      黄褐色透明ガラス光沢の六角板状で水晶の上に産出する。鋭錐石とは化学組成が同じ
     だが結晶の形が違う『同質異像』の関係にあるのは読者も御存知だろう。

      
                 板チタン石
                 【横 2mm】

       酸化チタン鉱物【TiO2】の3兄弟(姉妹?)に「ルチル(金紅石)」があるのだが、ここでは
      見かけたことがない。
       それぞれ生成温度や圧力が違うので、3兄弟が揃って産出する例は少ないようだ。

       2001年ごろ、当時神戸大の医学生・Tさんから、『角閃石入り水晶に、鋭錐石がついて
      いるものがあり、確率は10%弱。未確認情報では、板チタン石も可能性あり』
 とのメールを
      いただいたことがあった。
       今回調べてみると、鋭錐石は16%、板チタン石は6%の水晶で確認できた。ただ、頭付き
      で表面がキレイな水晶には少なく、ビンタ切れ(頭のない)、表面が痘痕(あばた)状のもの
      に多いようだ。

 (4) チタン鉄鉱【ILMENITE:FeTiO3
      水晶のインクルージョンとして、銀白色、厚みの薄い”液体入り状”で観察できる。

      
                   チタン鉄鉱
                  【横 10mm】

 (5) 鉄雲母【ANNITE:KFe3AlSi3O3(OH,F)2
      水晶の表面やインクルージョンとして、黒色”球状”結晶が観察できる。水晶表面のものは
     抜け落ちて、クレーター状の凹みができている。その中に、「鋭錐石」が観察できることがあ
     る。

      
                    鉄雲母
                  【横 10mm】

 (6) 褐鉄鉱/針鉄鉱(ゲーテ鉱)【Limonite/GOETHITE:FeOOH】
      茶褐色の”土状”、”葡萄状”あるいは”腎臓状”で、水晶を取り囲むような状態で産出する。
     部分的に、真っ赤な”ベンガラ”【Fe2O3】のような部分もあり、酸化や水酸化作用が一様で
     なかった可能性がある。

      
              葡萄状針鉄鉱(ゲーテ鉱)
                  【横 57mm】

 (7) 水晶/石英【QUARTZ:SiO
      ほとんどの水晶にインクルージョンとして”針状結晶”が見られ、この産地の水晶が多くの
     石人に『角閃石入り』 、と呼ばれる所以である。

      インクルージョンの種類や量によって、無色透明〜黄褐色〜緑色〜青色〜乳白色に色づ
     いている。
      分析した訳ではないが、緑色のものは「透緑閃石」、青いのは「石綿系の閃石」などでは
     ないだろうか、と愚考する次第だ。
      各種の色つき水晶を紹介する。

               
          黄褐色          緑色            青色              乳白色
        【長さ 38mm】     【長さ 30mm】       【長さ 48mm】       【長さ 30mm】

      色つき部分と透明部分がクッキリと分離するといわゆる「山入り水晶」になるが、産出は希
    だ。

      「山入り水晶」

      水晶の形の観点から観察品を見てみよう。この産地の水晶は、晶洞内でバラバラになった
     ため分離単晶が多く、水晶の両端に錐面がある俗に「ダブルポイント(両錐)」は極めて少な
     い。下の写真に、「両錐」と「平行連晶」の例を示すが、どちらも産出頻度は1%未満のようだ。
      右の平行連晶のものは長さ60mmで、この産地としては最大クラスだ。

          
             両錐              平行連晶
           【長さ 45mm】        【長さ 60mm】

      この産地では、”奇妙”な水晶が観察できる。それは、c軸に斜め、あるいはほぼ平行に、
     ”くびれ”や”段差”があることだ。
      S氏によれば、この種の水晶を『インターラプテド・クオーツ(Interrupted QUARTZ)』 、と呼び、
     結晶の成長過程で中断する時期があったためと推測されるらしい。
      別に、方解石などの鉱物が後で抜け落ちた、『抜け殻水晶(石英)』 、との考え方も否定
     できないだろう。いずれにしても、このような形状がどのような成長過程で生まれたものなのか
     は興味深い。

       
           インターラプテド・クオーツ
                【長さ 51mm】

      「貯鉱場」の一部に、赤く色づいた水晶があった。インクルージョンで色づいているわけでは
     なく、酸化鉄で鉱染されて赤く見えるだけのようだ。

       
                 赤い水晶
                【横 51mm】

5. おわりに

 (1) 『朝飯前』
      新潮国語辞典で「朝飯前」を引くと、2つの意味で使われるようだ。
      @ 起きたばかりで、まだ朝食を食べていない時
      A 朝飯前でもできるほど容易なこと。

      恒例の「ミネラル・ウオッチング」の2日目の朝、湯沼鉱泉に宿泊した人たちを早朝、朝飯前
     に案内する事から、いつの間にか産地名を『朝飯前』、と呼ばれるようになった。文字通り、
     @の意味だ。

      また、ここは女性、子ども、「前期高齢者」でも、手軽に採集できる産地の1つで、「ミネラル・
     ウオッチング」の”昔乙女コース”としても人気が高い。
      GW明けに湯沼鉱泉を訪れると、17時過ぎから『朝飯前』の産地に向かう女性の宿泊客が
     いたほどで、Aの意味も兼ね備えている。
      ( 朝飯ならぬ夕飯前だったが )

      産地そのものは小さく、『 採集は、1人数本にとどめ、採り過ぎないように 』 注意して
     多くの人が永く楽しめるようにしたいものだ。

 (2) 「朝飯前」集大成
      2013年3月末に山梨に戻り、今まで訪れた産地データのまとめに着手した。
      ・ 産地位置を国土地理院の地図に落とす
      ・ 産地の歴史や口碑を書き残す
      ・ 産出鉱物を写真に残す

      今まで何回も訪れた「朝飯前」の産地だが、これで集大成にしたいものだ。

6. 参考文献

 1) 久松 潜一監修:新潮国語辞典,新潮社,昭和40年
 2) 松原 聰ほか:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 3) 加藤 昭:日本産鉱物分類別一覧 −無名会七十五周年記念−,無名会,2008年
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