異聞・奇譚「黒曜石」長野県の母岩付き「満バン柘榴石」 - Part3 -









             異聞・奇譚「黒曜石」
        長野県の母岩付き「満バン柘榴石」 - Part3 -

1. はじめに

    2014年の冬、山梨県甲府市内でも新記録になる114cmの積雪をみた。春の訪れが例年より
   遅く、桜の花と桃の花がほとんど同時に咲き、甲府盆地には『桃源郷』が現出した。
    リハビリの第2ステップとして、『自己再生する産地』でのミネラル・ウオッチングを思い立ち、何
   箇所か回ってみることにした。
    『自己再生』とは、自然に風化・崩落が進み、時間(年月)を置いて訪れると産地は以前と同じ
   ように採集できるという意味だ。当然、誰もが知らない、あるいは限られた人にしか教えていない
   丸秘のポイントだ。

    最初に訪れたのは、長野県の母岩付き「満バン柘榴石」産地だった。ここは、ちょうど一年前に
   訪れ、その結果をHPに掲載した。

    ・ 長野県の母岩付き「満バン柘榴石」 - Part2 -
     ( SPESSARTINE with Dacite - Part2 - , Nagano Pref. )

    1年ぶりに訪れると、産地の斜面には夏の暑さと冬の寒さを受けて自然崩落した母岩が落ちて
   いて、それらの表面を観察し、結晶が大きくて見栄えも良くて標本になりそうなものをいくつか採
   集して帰宅した。

    鉱物産地の荒廃が伝えられているが、このように『自己再生する産地』を何箇所か持っていると
   自然への影響を少なくできそうだ。
    ( 2013年4月採集 )
   

2. 産地

    「フィールドガイド」などにも掲載されている有名な産地なので詳細は割愛する。

3. 産状と採集方法
    上のページに紹介したので、割愛する。
4. 産出鉱物

 (1) 満バン柘榴石【SPESSARTINE:Mn3Al2(SiO4)3
      ここの柘榴石は赤黒いものから真っ黒で、成分的には鉄バン柘榴石と満バン柘榴石の
     中間のものといわれている。分離結晶には極々希に、偏稜24面体の完全結晶が採れた
     事もあった。
      結晶が成長した履歴を示す累帯構造を示すものや、特殊な結晶面【r(332)やo(111)】を
     もつ鉱物学的にも興味深い標本もある。

      母岩付きは流紋岩の晶洞の中に見られるが、全ての晶洞にあるわけではなく、圧倒的に
     私が『空(から)ガマ』と呼ぶ何も入っていない”スカ”が多い。
      硬い満バン柘榴石と言えども、分離結晶は多かれ少なから磨り傷があるが、晶洞(ガマ)
     から採集したものは、ガマ粘土に覆われ、傷1つなくピカピカだ。大きな結晶より小さいほうが
     美しいのが鉱物の常だが、下の写真のものは1センチで、これで不満を言えば罰(バチ)が
     当るだろう。

         
                    全体                       部分
                 【横 150mm】                  【横 50mm】
                           母岩付き満バン柘榴石

 (2) このほか、「方珪石/クリストバル石【CRISTBALITE:SiO2】」、「鱗珪石【TRIDY
     −MITE:SiO2】」などが観察できる。【以下、2014年の観察品】
      流紋岩の中に、球状の構造が見られ、これがクリストバル石だ。球の断面は写真のよう
     に同心球状(タマネギ状)を示し、帯の間に空隙がある。そこには、透明で六角板状の鱗珪
     石結晶を観察できる。

         
               クリストバル石                     鱗珪石
                【横 70mm】                   【横 15mm】

 (3) 黒曜石【Obsidian:(M)SixOy
      黒曜石はガラスと同じで、結晶していないため鉱物の定義に当てはまらないのだが、色や
     模様が美しいものがある。
      左のものは、透明感があり、そのままでも石器ではないかと思われる形状だ。右のは、
     まっ黒い黒曜石の中に、雪の花びらが舞い落ちているようで、俗に”スノーフレーク(Snow
     Flake:雪の花びら)”、と呼ばれるらしい。下の方には、層状になった”縞々”が見え、俗称とし
     て、バンデッド・オブシディアン(Banded Obsidian)、と呼ばれるようだ。
      白いフレークや縞の正体は、「クリストバル石」だ。
     ( この手のものは、”パワーストーン”、として人気が高いらしいが、” Mineralhunters ” と
      しては、一つあれば十分な標本だ。 )

         
                 黒色透明                 スノーフレーク+バンデッド
                【横 100mm】                   【横 55mm】
                               黒曜石

5. おわりに

 (1) 「黒曜石」、それとも「黒耀石」?
      以前、ビーナス・ラインの料金所があった辺りの土産物店で黒曜石を使ったアクセサリーを
     売っていた。以前もネックレスを妻のために買ったことがあったが、黒曜石を”柘榴石”風に
     カットし磨いた石をつけたブローチがあったので購入した。

         
                  ブローチ                        ラベル
                             黒曜石製アクセサリー

      ラベルには、『信州特産品 黒耀石とある。そういえば、諏訪方面から和田トンネルを抜け、
     1kmも走ると国道142号線沿いに黒耀石という食事処がある(あった?)。どうやら、
     この辺りでは、「黒曜石」と「黒耀石」が混在して使われているようだ。
      「黒曜石」は鉱物ではない、としても、「黒曜石」、それとも「黒耀石」のどちらを使うべきか、
     チョッピリ気になってくる。

       1) 最初は「黒羊石(こくようせき)」
           江戸時代、「黒曜石」はどのような名前で呼ばれていたのかを調べるため、木内重
          暁小繁(きのうち しげさと こはん)こと『石亭(せきてい)』の著書「雲根志」を紐解い
          てみた。
           安永8年(1779年)に出版した「雲根志後編」の「巻之一 光彩類 七十七種」の35番
          目に「漆石(うるしいし)」がある。

           『 丹後國宮津の人 予に漆の化石なりとて恵めり 其色潤黒 光澤玉のごとし
            外に標目(ひょうもく)ありて 割れ肌は鏡のごとし 此類所々にありとみえて
            京師島田氏の秘玩に「駒の爪石」というもの これ也 江府田村氏の黒羊石
            及び 大坂本教寺の「雷公墨(らいこうぼく)」というもの すべて同種也
            和名も又所々に於て異(こと)といへども 大方は一物なり
            詳(つまび)らかに「唐墨(からすみ)」の條に載す 格古要論(かっこようろん)
            所謂(いわゆる) 「烏石(うせき)」も恐くはこの類なるべし            』

            * 標目 → 目じるし(目印となる、クリストバル石などの”斑晶”のことか)
            * 格古要論 → 煎じ詰めれば

           色、光沢、破断面の記述を読むと、「漆石」とは「黒曜石」のことだろう。地方によって、
          「駒の爪石」、「黒羊石」、「雷公墨」、「唐墨」、「烏石」などと呼ばれていたが同じもの
          だと石亭は断じている。現在に繋がる呼び名を「黒羊石(こくようせき)」、と書くことも
          あったようだ。
           寛政5年(1793年)、田邨三省(たむら さんせい)は、「会津石譜」を著わし、「黒半石」
          あるいは「星糞(ほしくそ)」、「漆石」と呼ばれる石が、「烏古瓦(うこがわら)」=土器が
          出る畑から採集できると書いているが、「黒半石」は「黒羊石」の書き間違え(ミスプリ?)
          だろう。

       2) 「黒曜石」の登場
           石亭が享和元年(1801年)に出版した「雲根志第三編」の「巻之六 像形類 五十四
          種」の25番目に「胡椒石(こしょういし)」があり、この中に『黒曜石』が登場する。

           『 胡椒石 一名 煎豆石(いりまめいし)
            洛法泉寺 奇石を玩(もてあそ)ぶ事年あり
            明和9年(1772年)3月 予院主を訪(とぶら)う
            蔵(かく)せるところの奇石百余品を出して饗應あり
            中にも奇なるは 「黒曜石」、「饅頭石(まんじゅういし)」、・・・・・・・・・   』

           18世紀の終わりごろには、「黒曜石」という書き方も使われていたことになる。

       3) 「黒耀石」の初出は?
           単行本や論文のタイトルに「黒耀石」の名を見るのは昭和、それも戦後になってから
          で、「黒曜石」の用法が200年以上の歴史を持っているのに比べると、ごく最近のこと
          だ。
           それでも、「黒耀石」に愛着(こだわり)を持つ考古学者や芸術家は少なくないようだ。
          たしかに、味気ない「曜日」にしか用例を思い出せない「曜」に対して、「耀」の方が、
          ”光耀く”イメージが一見して伝わってくる「耀」の字にも捨てがたいものがある。

      原義に立ち返って調べてみると、「曜」と「耀」、どちらも、「かがやく」や「ひかる」という同じ意
     味を持っている。どちらを使って同じ意味なのだが、科学の世界では、最初に使われた用字、
     用語にならうべきで、私は「黒曜石」を使っている。

 (2) 春はすぐそこまで
      和田峠の産地近くの「ビーナス・ライン」の斜面にはまだ残雪があった。実は、半分以上は
     山菜を期待して行ったのだが、全くみられなかった。

      
            ビーナス・ラインの残雪

      この日は気温も上がり、霧ヶ峰辺りの路面には雪解け水が小川にようになって流れ、標高が
     2,000m近い高地にも、春はすぐそこまできている。
      本格的なミネラル・ウオッチングのシーズン到来だ。

6. 参考文献

 1) 上田 万年ほか編:大字典,講談社,昭和45年
 2) 地団研地学事典編集委員会編:地学事典,平凡社,昭和45年
 3) 益富 寿之助:鉱物 −やさしい鉱物学−,保育社,昭和60年
 4) 黒石 晋:柘榴石の結晶2題 水晶第3号 ,鉱物同志会,1989年
 5) 中川 清:和田峠のざくろ石 水晶第4号 ,鉱物同志会,1992年
 6) 堤 隆:黒曜石 3万年の旅,日本放送出版協会,2004年
 7) 加藤 昭:日本産鉱物分類別一覧 −無名会七十五周年記念−,無名会,2008年
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