水晶で作られた石器 その2

             水晶で作られた石器 その2

1. 初めに

    2010年3月、千葉県の電子部品メーカーから招請いただき、技術コンサルタントとして赴任す
   る前日、心残りの1つだった、川上村での石器拾いを長野県の石友・小Yさんの案内で妻と楽し
   み、HPで報告した。

    ・水晶で作られた石器
     ( Stone Implement made from QUARTZ , Kawakami Village , Nagano Pref. )

    赴任して、3週間が過ぎた週末、初めて甲府に帰った。石友・小Yさんと某産地でミネラル・
   ウオッチングを楽しむ予定だったが、産地付近では数日前に雪が数センチ積もった、とのことで、
   急きょ「石器拾い Part2」を楽しむことにした。

    この日は、私たちの定宿・湯沼鉱泉の襖・障子をボランティアで張り替えてくれている横浜・
   Kさんも加わり、和気あいあいの「石器拾い」になった。
    前回のコースに、石英製石器が多数出土したC遺跡を加えてもらい、遠くに鶯の声を聞きなが
   ら、穏やかな春の光の中で日ごろの忙しさを忘れて楽しむことができた。
    私たちの採集成果は、十分満足のいくものだった。

    @ 結晶面が見える水晶原石と水晶でできた「石刃」
    A 尖頭器(Point)、とも呼ばれる”石槍”3ケ
    B ”石核(Core)”と呼ばれる、細石刃(Micro-blade)を剥いだ残りカス
    C 石鏃

    日本でも指折りの蝶と石器のコレクターでもある小Yさんから、「Bのコアは、細石刃数百個
   に1個という確率でしか採れず、しかも形が珍しい」、との評価をいただいた。

    今回案内していただいた遺跡の多くで、水晶製の石器やその材料の水晶、そして加工の過
   程で出た水晶片を採集できた。今から5千年〜2万年もの昔、川上村周辺に居た人々が水晶
   で”道具”を作って生活していたことが実感できた。
    『結晶面が見える水晶』は、山梨県産のような感じだが、どこなのかを突き止めるのも今後の
   課題だ。
    産地を案内していただき、貴重な採集品を恵与いただいた小Yさんと同行いただいたKさんに
   厚く御礼を申し上げる。
   ( 2010年4月 採集)

2. 産地

    日本で指折りの蝶と石器のコレクター・小Yさんは「長野県南佐久郡川上村や南牧村は旧石
   器時代から縄文時代の遺跡が他に見られないほど集中している」、と案内に先だって話してく
   れた。
    ミネラル・ウオッチングで通っている道路脇のレタス畑や原野に数多くの遺跡がある。もちろ
   ん、遺跡に指定されている範囲での採集はできないが、そこを外れた場所が採集ポイントだ。

      遺跡の1つ【2010年3月】

3. 産状と採集方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が雨にあたったり、風に吹かれたりして、石器が表面に
   露出していることがある。採集方法は、表面から採集する、いわゆる”表採(ひょうさい)”だ。
    畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器に出会えることがある。小Yさん
   の話では、”八ヶ岳颪”が吹きすさぶ日には、午前に見た場所を午後に見て回ると新しい発見
   があるようだ。
    この地域は、高原野菜、とりわけレタスの有名産地なので、野菜の栽培が終わった11月〜
   3月が適期だ。今回、川上村には中国などからの研修生が多数おり、すでに機械で耕し終わっ
   た畑での採集は断念せざるを得なかった。
    前回、いくつもの遺跡を訪れ、採集品の産地がゴチャゴチャになりそうだった反省を踏まえ
   ビニール袋と油性ペンを持ち歩き、袋に遺跡名を書き、遺跡ごとに袋を替えるようにした。
   ( ミネラル・ウオッチングでは、産地別にビニールの買い物袋に入れている応用 )

     

 麓の雪は消え、中腹以高にだけ
雪を被った八ヶ岳連峰を遠くに見て
ひたすら畑の表面を見ながら探す。

 前回、2010年3月に訪れたときは
朝は凍って”カチカチ”で陽が当たると
あたると”ドロドロ”に溶けて始末に
負えなかったが、3週間過ぎた今回は
”パサパサ”に乾燥した畑の土の上
だったので、歩きやすく探しやすか
った。

              採集風景

4. 採集標本

 4.1 水晶製石器の産出状況
      前回、この付近の遺跡を知り尽くしている小Yさんの案内で、”ド素人”の私たち夫婦に
     は過ぎたる石器を手に入れることができた。そのお蔭で、今回は、『水晶製石器』の産出状
     況を見て回る余裕があった。

      今回訪れた産地で確認できた水晶製石器の状況を一覧表に示す。

                        ◎:数個確認    ○:産出確認     ×:産出未確認
 区 分          遺   跡 (時代)
A(旧石器) B(旧石器) C(旧石器) Dの近く(縄文)
水晶製石器 × × ×
水晶片 ×
結晶面が見える水晶 × × ×

      この結果から、「水晶製石器」は、C遺跡周辺で採集できる可能性が最も高いことが分か
     る。

 4.2 採集石器
      今回、小Yさんの案内で採集できた石器の一部を紹介する。

区分 採集地
(時代)
 材 質      写    真   説       明    備考
石刃 C
(13,000年前)
水晶
(石英)
     透明感のある水晶を
鹿の角などで作った
工具で叩いて剥い
だ石刃
小Yさん
恵与品
尖頭器
(石槍)
A
(18,000年前)
黒曜石  石鏃(矢じり)と同じ
ような形だが、厚みが
あってやや大きなもの
   
石核
(Core)
B
(14,000年前)
黒曜石  細石刃を剥いだ残り
カスだが、細石刃に
比べ産出は極めてまれ
 右は、前回採集し
今回見直して気付いた
 
細石刃
(Micro
 -blade)
 骨や木で作られた柄に
埋め込んで槍のような
石器を作った
妻の採集品
石鏃
(矢じり)
B
(5,000年前)
黒曜石  矢じり
 採集地はBだが
1万年くらい後に
狩りでここを訪れた
D遺跡の人が放った
矢についていたもの
と推測

 4.3 石器の原石
      今回、石器に伴って、石器の材料となった原石や加工の段階で生じた石屑(中には石器
     があるかも?)が石器の数倍から数十倍観察できた。
      それらについて、紹介したい。

  (1) 水晶/石英【QUARTZ:SiO2
       透明感のある水晶で、「結晶面」が観察できるものもある。

          
                  原石                   結晶面
                              水晶

  (2) 黒曜石【Obsidian】
       前回の報告でもお分かりのように、石器の材料として圧倒的に多いのが「黒曜石」であ
      る。
       小Yさんによれば、黒曜石の産地としては、長野県内以外にも、遠く東京都神津島産や
      岐阜県の「下呂石」なども運ばれてきたようだ。
       黒曜石は、大きな塊で運んできて、剥片をはいで石器を加工したようで、今時珍しい10
      cmを超える大きな塊が採集できた。また、「黒曜石」、と言いながら”赤い黒曜石”も小Y
      さんが採集し、恵与いただいた。

          
                 大塊                     ”赤い”
                                    【長野県双子池産】
                             黒曜石

5. おわりに

 (1) 『 水晶の産地 』
      今回初めて訪れた遺跡で初めて「水晶で作った石器」を採集することができた。同時に
     結晶面が観察できる水晶原石を採集できた。
      これらを観察すると、@ 透明感が高い A インクルージョンが見られない B 石片の
     大きさから推定して、直径5cm以上 などの特徴がある。これに似た水晶は、地元長野県
     では観察したことがなく、やはり山梨県の可能性が高い。

      何とかして、水晶の産地を明らかにしたいものだ。

      それにしても、このところ鉱物採集から遠のいていて、埼玉の石友・ASさんには、MHは、
      Micro-blade Hunters に変身ですか 』
、と言われそうだ。

 (2) 川上村の春
      3週間前に訪れたとき、0℃を示していた川上村の道路わきの温度計が12℃になり、梅の
     蕾が大きく膨らんでいた。
      千葉に戻る車窓から見た甲府盆地は、花冷えで長持ちしている桜と桃の花が一緒に満開で
     ”三春”ならぬ”桃源郷”状態だった。

       桃源郷【2010年4月】

      川上村も、あと1ケ月もすれば遅い春を迎えるだろう。恒例になっている、『月遅れGW
     ミネラル・ウオッチング』
で、全国の石友とお会いできるのを楽しみにしている。

6. 参考文献

 1) 柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
 2) 戸沢 充則執筆:矢出川遺跡群,長野県考古学会 矢出川遺跡群保存委員会,1983年
 3) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 4) 相模原市立博物館編:相模原市立博物館 常設展示解説書,同館,平成8年
 5) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 6) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 7) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年


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