水晶で作られた石器











               水晶で作られた石器

1. 初めに

    2010年3月、千葉県の電子部品メーカーから招請いただき、技術コンサルタントとして赴任し
   た。もう何度目かの単身赴任になるので、妻も手慣れたもので、仕舞い込んであった『単身赴
   任パック』を取り出して、それと新たに買い足したものを車に積み込んで着任と相成った。

    山梨を離れる前に心残りがいくつかあった。その1つは、鉱物もさることながら、蝶や石器の
   コレクターとして全国的に有名な長野県の石友・小Yさんに長野県での石器拾いを案内しても
   らっていないことだった。
    山梨を離れる2週間ほど前に案内していただける段取だったが、甲府市内でも10cmの積雪
   があり、長野県では20cmも積り、甲武信鉱山入口・梓川周辺の雪は一向に解ける気配もなく
   延期せざるを得なかった。それでも、その後暖かい日が続き、畑の雪も解けたので案内して
   いただけることになったのは、山梨を離れる前日だった。

    当日、日差しは暖かいものの、八ヶ岳から吹き下ろす”八ヶ岳颪(おろし)”は肌を刺す冷たさ
   だったが、このあたりの石器産地を知り尽くしている小Yさんの案内で、次々と珍しい石器が採
   集でき、一時寒さを忘れて採集に没頭できた。

    採集した石器の材料には、和田峠など、この近くで産出する「黒曜石」だけでなく、「水晶」、
   「チャート」そして「頁岩」など各種の鉱物・岩石があった。

    場所(=時代)によって、使われた石材に偏りがみられるようで、「水晶」は特定の場所でし
   か採集できなかった。
    小Yさんの昔の採集品には、石器の元になった結晶面やインクルージョンが観察できる水晶
   があり、これらの産地を明らかにするのが次なる課題だ。
    産地を案内していただき、貴重な採集品を恵与いただいた小Yさんに厚く御礼を申し上げる。
   ( 2010年3月 採集)

2. 産地

    日本で指折りの蝶と石器のコレクター・小Yさんは「長野県南佐久郡川上村や南牧村は旧石
   器時代から縄文時代の遺跡が他に見られないほど集中している」、と案内に先だって話してく
   れた。
    ミネラル・ウオッチングで通っている道路脇のレタス畑や原野に数多くの遺跡がある。もちろ
   ん、遺跡に指定されている範囲での採集はできないが、そこを外れた場所が採集ポイントだ。

      遺跡の1つ

3. 産状と採集方法

    畑を耕したときに掘り起こされた土が雨にあたったり、風に吹かれたりして、石器が表面に
   露出していることがある。採集方法は、表面から採集する、いわゆる”表採(ひょうさい)”だ。
    畑の表面を見ながら、くまなく歩き回ると”キラリ”、と輝く石器に出会えることがある。小Yさん
   の話では、”八ヶ岳颪”が吹きすさぶ日には、午前に見た場所を午後に見て回ると新しい発見
   があるようだ。
    この地域は、高原野菜、とりわけレタスの有名産地なので、野菜の栽培が終わった11月〜
   3月が適期なのだが、その多くが雪や霜に覆われ、今回のように3月中旬〜下旬が狙い目の
   ようだ。

        
        「ウの目、鷹の眼、○○の眼」                 産状
                             採集風景

4. 採集標本

 4.1 石器に使われた鉱物と岩石
      小学校の社会科で、古代人が『黒曜石』で作った石器を使っていた、と習った読者も多い
     と思う。( 関西では、『サヌカイト』なのだろうか )
      旧石器時代から縄文時代にかけて、どのような鉱物や岩石を使っていたのか、小Yさんに
     案内していただいた遺跡別に私と妻の採集品を分析してみた。

鉱物
岩石種
    採集標本例          遺跡 (時代)別石器数 (ケ、%)
柏垂
(旧石器)
矢出川
(旧石器)
中ツ原
(旧石器)
切草A
(旧石器)
葭の頭
(縄文)
合計
黒曜石 130(86%) 94(100%) 25(83%) 3(27%) 17(100%) 269
(88%)
チャート 13(9%) 1(0.3%)- 1(73%) - 22(7%)
頁岩 8(5%) 3(3%) 2(7%) - - 13(4%)
瑪瑙
(めのう)

  茨城県玉川の標本
- - - - - 0(0%)
水晶 - - 3(10%) - - 3(1%)
鉄石英     採集品なし - - - - - 0(0%)
合計   151
(100%)
98
(100%)
30
(100%)
11
(100%)
17
(100%)
307
(100%)
遺跡の特徴   尖頭器
(石槍)
細石片
   前期縄文  

     
 石器に使われている石材の90%近くが
「黒曜石」である。
 「黒曜石」は、和田峠はじめ長野県内で
入手しやすい、という理由もさることながら
刃物として必須条件である鋭利であること
と加工しやすい点で利用されたものと
考えられる。
 次いで多い「チャート」は、川上村を流れ
る千曲川の川床や転石に見られるようだ。
 「頁岩」は、泥が堆積したもので、熱で
変成を受けたものはチャートに似た性質を
示し、層に沿って割れるところから、加工
性も良いので使われたようだ。
 「鉄石英」「瑪瑙(めのう)」そして「水晶」は
割れ方が「黒曜石」に似ているところから
石器材料として利用されたと考えられる。

         石器に使われた鉱物・岩石内訳

 4.2 石材の産地はどこか?
      石器に使われた石材(鉱物・岩石)の産地がどこなのか、気になるところだ。石材別に
     産地を追いかけてみよう。

  (1) 黒曜石(Obsidian)
       ガラス質の火成岩で普通黒曜石と呼ばれているが、岩石学的には黒曜岩である。名の
      通り、黒色が基本だが、赤色、白色、灰色、緑色もある。他のガラス質の火成岩には、オ
      パールの産地・愛知県棚山高原などで見かける松脂岩(Pitchstone)や真珠岩(Pearlite)
      がある。
       内部に球状の「クリストバル石(方珪石)」【CRISTOBALITE:SiO2】を含むことも珍しくな
      い。黒く色づいている原因の1つは、細かい磁鉄鉱【MAGNETITE:FeFe3+2O4】結晶を含
      むため、とされている。

       南牧村美術民俗資料館には、矢出川遺跡の石器に使われた黒曜石の産地が図示して
      ある。これによると、良く知られている地元長野県産のほか、伊豆七島の1つ神津(こうづ)
      島のものが使われている、とある。

       
                   矢出川遺跡に運ばれてきた石材
                 【南牧村美術民俗資料館の展示から引用】

       この図にある「下呂石」は、岐阜県下呂町の東にある湯ヶ峰(1,067m)は、約12万年前
      に活動した火山から流れ出た溶岩を指す。流理構造を持つ流紋岩(またはデイサイト)で
      黒曜石と同じように、ガラス質になる場合もあり、これが石器として使われたようだ。

       長野県内産では、双子池、和田峠、霧ケ峰のものが使われたとあるが、柏垂遺跡の黒
      曜石は、クリストバル石を多く含み、和田峠のものより質が劣り、小Yさんは、「麦草峠の
      ものもあるだろう」、と話してくれた。

      
    「クリストバル石」を含む長野県産黒曜石
             (麦草峠産?)

  (2) チャート(Chert)
       チャートは、堆積岩の一種。主成分は石英と同じ二酸化ケイ素(SiO2)で、この成分を
      持つ放散虫・海綿動物などの動物の殻や骨片(微化石)が海底に堆積してできた岩石
       非常に硬い岩石で、層状をなすことが多く、石器として加工しやすい。
       チャートには赤色、緑色、淡緑灰色、淡青灰色、灰色、黒色など様々な色のものがある。
      赤色系のものは、酸化鉄鉱物に起因し、黒色系のものは硫化鉄や炭素化合物に起因す
      る。緑色のものは、緑色の粘土鉱物を含むためである。これらは、堆積した環境が違うた
      めのようだ。

       川上村の地質図をみると、村北部の秩父古生層やその南に広がる中生代の地層の中
      に、”長芋状”のチャート塊が点在している。周りの地層が風化した結果、チャートの塊は
      沖積層にも見られ、古代人はこれらを利用していた可能性もある。

      
                   川上村地質図【川上村先土器時代から引用】

  (3) 頁岩(Shale)
       堆積した粘土が圧力を受けて固結した泥質岩の1種で、泥岩・頁岩・粘板岩がなかま。
      「層理面に沿う割れ目の少ないものが泥岩,層理面に沿う割れ目がやや多く剥げやすい
      ものを頁岩,層理面に斜交する劈開面が発達するものが粘板岩」、と専門家は分類して
      いるようだが、”へき開”の有無の判定はプロにも難しいらしい。

       川上村甲武信鉱山周辺には、熱変成を受けたホルンフェルス(Hornfels)とも呼べそうな
      泥質岩があり、薄く平らに割れ、割れ口は鋭利で、古代人が利用した可能性もある。

  (4) 水晶/石英【QUARTZ:SiO2
       石器製作に使われた水晶片は、中ツ原遺跡で3点採集しただけだった。しかし、この遺
      跡で採集した石器の10%を占めていた。
       「水晶」製石器を探そう!! というバイアスが多少働いたことは否めないが、他の遺跡
      で今回全く採集できなかったことを考えると、”多産”するようだ。

       水晶産地として、「川上村誌」には、水晶産地と石器材料としての水晶の特徴を次のよ
      うに述べている。

       『 ・・・・水晶の大結晶の産地があり、上質なものを多産している。赤顔山穴沢、長尾金
        山付近、野辺山三沢奥山梨県境、金峰山南斜面などである。硬度7、透明美麗、黒曜
        石ほど剥離加工はしやすくないが、切削用具刃物に適する・・・・             』

       ここに載っている水晶産地がどこなのか、調べてみた。

        ・ 赤顔山穴沢・・・・・・・・・あかずら(赤面)山の「扁平苦土電気石」の有名産地
        ・ 長尾金山・・・・・・・・・・・武田氏時代に金山があった。
                         甲武信鉱山の尾根を挟んだ川端下側
        ・ 野辺山三沢奥・・・・・・・川上村、南牧村、山梨県北杜市の境らしいが産地不明
        ・ 金峰山南斜面・・・・・・・山梨県「水晶峠」や「小尾八幡山」を含む

       これらは、水晶の産地として一般に知られているだけで、ある遺跡から出土した水晶が
      どこのものか科学的に立証されていないらしい。

  (5) 鉄石英【Ferrunginous QUARTZ:SiO2
       酸化鉄を含む石英で、佐渡の「赤玉石」が良く知られている。今回訪れた産地では採
      集できなかった。

 4.3 採集した石器
      今回、小Yさんの案内で採集できた石器の一部を紹介する。

  (1) 細石刃(さいせきじん:Micro Blade)
       南牧村にある矢出川遺跡は、日本で最初に細石刃が発見された場所である。地元研
      究者の由井茂也と明治大学の芹沢長介らによって、昭和28年(1953年)に発見された。
       細石刃は、長さ3cm足らず、幅数mmの石屑のようなもので、骨や木で作った柄に溝を
      掘り、これに埋め込んだ強力な狩猟具だった。
       刃が欠ければ剃刀の替え刃のように新しい刃と交換すればよい。いくつかの部品を組
      み合わせてモノをつくる現代の科学技術の原点がここにある。

     


 骨で作られた柄に細石刃を
埋め込んだ槍のような石器

 シベリアで発見されたもの
 【矢出川遺跡群から引用】


 日本の土壌は酸性なので
骨製品は溶けてしまい、今まで
発見されていないようだ。




細石刃を使った石器


       1つの円錐形の細石核(せっかく)を準備し、その端を鹿の角などで叩きながら薄く剥が
      すように、細石刃を多数作った。
       細石刃は珍しく、採集に訪れる学生たちは1つ見つけると”バンザイ”ものらしい。細石
      核はさらに産出が少なく、貴重なものらしい。

     

 強度を持たせるため
中央部が厚くなり、両側に
刃があるように剥がして
ある。
 透明感があり、「水晶」と
間違えそうだが、黒曜石だ。

 和田峠産でなく神津島産と
思われる黒曜石も使われ
ている。
(最下段の2つ)

 黒曜石以外にチャート
なども使われている。
(最下段の右)

        細石刃【矢出川遺跡産】

  (2) 石鏃(せきぞく)
       俗に、”やじり”、と呼ばれ、弓矢の矢の先端に差し込み植物繊維で縛りつけたり、アス
      ファルトなどの接着剤で固定して使用した。
       ”飛び道具”の発明によって、狩猟生活の効率が飛躍的に向上したと思われる。

          
                装着例               採集品(完全品)
          【国立歴史民族博物館展示】      【葭の頭・柏垂遺跡】
                                 (右:小Yさんの恵与品)
                            石鏃

  (3) 磨製石器
       葭の頭遺跡は、5000年以上前の前期縄文時代のもので、縄文土器が採集できる。こ
      こで採集した黒曜石を洗浄したところ、”研磨面”と思われる滑らかな曲面をもつものが
      あった。

     


 黒曜石は組成が違ういくつかの
部分から構成されている。
 それらがすべてある曲面になるよう
滑らかに研磨してある。

 自然に割れた面が風化したため、
かとも考えたが、人為的に磨いて
あるようだ。
 何に使ったものか、想像するのも
楽しい。


 次回、小Yさんに会ったとき
鑑定をお願いする予定だ。


5. おわりに

 (1) 『 水晶で作られた石器 』
      今回、水晶で作った石器を探したいものだと思ったが、採集できたのは、石器を作る過
     程でできた石屑のようだ。
      石器に使われた水晶片は、特定の遺跡周辺で観察できることがわかったので、何回か
     通って、これぞ水晶で作った石器、というのを探したいと思っている。
      欲を言えば、水晶の産地が突き止めてみたいものだ。

      「石鏃」や「細石刃」なら形を見て石器かどうか解るようになったのだが、「ナイフ形」、「尖
     頭器(石槍)」、「掻器(スクレーパー)」などなど、単なる石の破片なのか石器なのか判断
     ができない。

      私や妻のような素人は、「石鏃」のようにハッキリわかるもので楽しむのが良さそうだ。川
     上村での石器拾いが永年の夢だった妻は、不完全ながら「黒曜石製の石鏃」を自力採集
     でき、大満足だった。
      案内し、貴重な採集品を恵与いただいた小Yさんに、改めて御礼申し上げる。

 (2) 黒曜石ロード
      海のない長野県のしかも標高1,000mを越える山の中で、伊豆七島の1つ神津島産の黒
     曜石を使って石器をこしらえていた人々がいたのは驚きである。
      10,000年以上の昔、どのようなルートで黒曜石が運ばれたのか、考えるだけでも楽しく
     なる。

6. 参考文献

 1) 柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
 2) 戸沢 充則執筆:矢出川遺跡群,長野県考古学会 矢出川遺跡群保存委員会,1983年
 3) 柴田 直子他編:川上村先土器時代 −由井茂也先生に感謝をこめて−,同氏,1992年
 4) 相模原市立博物館編:相模原市立博物館 常設展示解説書,同館,平成8年
 5) 山梨県立考古博物館編:第23回特別展 縄文時代の暮らし 山の民と海の民
                     同館,2005年
 6) ミュージアムパーク茨城県自然博物館編:第44回企画展 ザ・ストーンワールド
                               −人と石の自然史−,同館,2008年
 7) 国立歴史民族博物館編:企画展示 縄文はいつからか!?,同館,2009年


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