茨城県里美村湯平の希元素鉱物

1. 初めに

   茨城県北部には、長島 乙吉・弘三両氏の「日本希元素鉱物」に紹介された
  希元素鉱物が採れるペグマタイト堀場跡がいくつかある。
   その1つが、里美村湯平(ゆだいら、または、ゆのたいら)で、この本には
  長島 乙吉氏がここで採集した5cmを超える(2寸)のコルンブ石完全結晶の
  写真が添えられている。

    コルンブ石【「日本希元素鉱物」より引用】

   この産地は、愛知県の石友・KDさんと1998年12月に行ったのが最初で
  そのときは、小さな鉄礬柘榴石を採集したに過ぎず、ズリの表面採集では
  コルンブ石は難しいだろうと思い、その後足が向かなかった。
   2005年夏、岐阜県苗木地方でパンニングにより念願の「苗木石」をいくつか
  採集できたのを皮切りに、各地の希元素鉱物産地でパンニングの威力を実感し
  湯平でも採集できるのではないかと思い、再び訪れた。
   その結果、「鉄コルンブ石」そして「ジルコン」を採集でき、ようやく「日本希元素
  鉱物」に記載された鉱物を確認できた。
   「地学研究」誌のバックナンバーに記載された長島 弘三氏ほかの「茨城県
  里美村湯平のコルンブ石について」 という論文を読むと、今回私が希元素鉱物を
  採集したと同じ場所でコルンブ石を採集したとある。しかし、ここの字は「苗ノ平」
  (なえのたいら、あるいは、いなのたいら)であり、乙吉氏がコルンブ石を採集した
  湯平とは違う。
   両氏が亡くなった今、乙吉氏が採集した「湯平のコルンブ石」はどこで採集した
  ものなのか、永遠の謎ですが、ここでは、「湯平の希元素鉱物」としておきます。
  ( 2005年12月採集 )

2. 産地

   今回私が採集した場所は湯平の集落から1kmほど離れた「藤崎の沢」である。

   「地学研究」誌によれば、「茨城県発行の地下資源調査報告書に、東北大学の
   竹内 常彦教授による調査報告書がある。それには、『上大能(かみおおの)の
   西方6.5km、久慈郡里美村苗ノ平藤崎の沢に位置する当鉱床は、里美鉱山によって
   昭和34年(1959年)8月から探鉱が試みられ、現在(昭和34年)まで約50トンの珪長石を
   常磐交易産業(福島県郡山市)に出荷している。
    旧坑、右1坑、左1坑、左2坑、左3坑、立坑及び新立坑など7箇所に於て、小規模な
   坑道堀が行われている。何れも前記黒雲母花崗岩(鳥曽根、大能、湯平一帯に広く
   分布する花崗岩)を母岩とする層状〜直立円筒状ペグマタイトである、云々』
とある」

    坑道跡とズリ【白いのは珪長石】

3. 産状と採集方法

   坑道や露頭(堀場跡)が鬱蒼とした杉木立の中に点々と見え、その付近に真っ白い
  珪長石が散乱するズリが広がっている。産地は、晴れた日でも薄暗く、表面採集では
  母岩に付いた真っ黒い鉄礬柘榴石を採集するのがやっとで、早々にパンニングに
  切り替えた。
   ここには、この時期でもチョロチョロと沢水が湧き出し、それらを溜めてパンニング
  する場所を作るのが一苦労です。この日は、道路脇の気温表示がマイナス1℃を示して
  いたが、沢水は、温かく感じられ、パンニングそのものはさほど苦になりません。

    パンニング場所

4. 産出鉱物

 (1)鉄コルンブ石【Ferro-Columbite:(Fe,Mn,Mg)(Nb,Ta,Ti,Zr)2O6】
    真っ黒い亜金属光沢を示す板状結晶の集合で産する。

    コルンブ石

    「地学研究」誌には、乙吉氏採集湯平産と福島県石川産、そして福岡県長垂産の
   コルンブ石を誘導結合プラズマ(ICP)発光分析法で定量分析した結果が掲載してあり
   それを引用させていただく。

 項 目     産      地
石川(a)石川(b)長垂(a)長垂(b)湯平
FeO12.016.60.6170.2512.2
MnO8.963.8216.817.25.39
MgO -0.38 - -0.15
Al2O3 - -0.170 - -
Nb2O569.464.034.441.134.2
Ta2O510.615.249.238.947.0
ZrO20.180.140.2290.470.31
TiO20.411.49 - -0.49
WO30.701.00 - -0.50
 計102.3102.6101.097.9100.2
密度
測定値
(g/cm3)
 5.68 5.86 6.64 6.35 6.68

    湯平産のものは、鉄(Fe)の多い点で石川産に、ニオブ(Nb)とタンタル(Ta)の量
   そして比重が大きい点で長垂のものに似ている。

 (2)ジルコン【Zircon:ZrSiO4】
    暗緑色透明、錐面の発達した四角柱状で産する。また、結晶内部には微細な
   気泡もしくは水泡のインクルージョンが観察できる。

    ジルコン

 (3)鉄礬柘榴石【Almandine:Fe''3Al2(SiO4)3】
     真っ黒いガラス光沢の24面体結晶で、母岩の石英、曹長石あるいは黒雲母に
    埋もれて産出する。パンニングによって分離結晶も採集できる。量的には
    多いのだが、大きさは最大でも5mm程度で、しかも表面に”鉄錆び”を生じて
    いるものがほとんどで、標本としての価値しかない。

    鉄礬柘榴石

5. おわりに 

 (1)このHPでは、藤崎の沢=「日本希元素鉱物」の湯平、としてありますが、「地学研究」
   誌によると話は単純ではなさそうです。
    弘三氏が藤崎の沢で採集したコルンブ石の比重は5.6であった。乙吉氏が湯平で
   採集したものは上表に示すように6.6であり差が大きすぎる。
    藤崎の沢で、比重が6.6近いコルンブ石が採集できれば、藤崎の沢=湯平説が
   確実なものとなる。
    私が今回採集したものは、小さい上に石英を噛んでいるもので比重測定には
   耐えられない。もう少し大きくて、比重測定に適した標本の採集が次なる課題である。

 (2)この産地には、1998年12月、2000年3月、そして今回と3回目の訪問であった。
   3度目の正直というか、ようやくパンニングによって希元素鉱物を採集することができた。
    以前と同じように、表面採集だけでは、希元素鉱物の採集は難しかっただろう。
    2005年は、長島 乙吉氏が希元素採集にあたって多用した「パンニング」の効用を
   つくずくと思い知った年となった。

6. 参考文献

 1)長島 乙吉、弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
 2)長島 弘三、鈴木 保光:茨城県里美村湯平のコルンブ石について 
                  地学研究第32巻7〜12合併号,日本地学研究会,1981年
 3)松原 聰:日本産鉱物種,砿物情報,1992年
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