”Y”のはなし」

            ” Y ”のはなし

1. 初めに

   このページでお話ししようと思っている ” Y ” とは、石友・Yさんのことでも
  なければ、ましてや「Y談」でもありません。( この言葉も、「エッチな話」に
  追いやられて、「死語」かそれに近い「半死半生語」かもしれません )

   ” Y ” とは、元素記号の1つ、イットリウム( Yttrium )のことです。イットリ
  ウム発見の蔭に日本の有田焼があったこと、この元素の名前は鉱物を
  産出した村の名前から採ったのだが、極めて”いい加減な命名”であった
  ことなどを知った。
   イットリウムは、フェルグソン石( Fergusonite-(Y) )、サマルスキー石
  ( Samarskite-(Y) )、そしてガドリン石( Gadolinite-(Y) ) などの希元素鉱物
  に含まれる文字通り”希元素”とされるが、地殻における存在度は、金(Au)
  に比べると1万倍近くあり、決して”希”ではないことも判った。
   イットリウムは、一昔(一昔を10年とすると、三昔くらいか)前に、YAG
  (イットリウム・ガリウム・ガーネット、通称ヤグ)レーザの発振器として脚光を
  あび、最近では話題の超伝導材料の有力候補の1つと考えられ、その開発
  競争の凄まじい裏側も知った。

   このページをまとめているとき、理化学研究所が発表した「新発見の113番
  元素」という論文を手にした。今回の発見が国際機関で評価されれば
  第一発見者として認定され、新元素の名前を提案できるらしい。この結果が
  どうなるのか、認定されたとしたら日本初の命名は何になるのか、楽しみで
  ある。
  ( 2006年2月 情報 )

2. ” Y ”の発見

 2.1 「有田焼(伊万里焼)」が引き金!!
    イットリウムという元素が発見される蔭に日本の有田焼があったことを
   知ったら驚く人も多いと思う。
    有田焼は、佐賀県有田を中心とした窯で焼かれ、玄界灘に面した伊万里の
   港から輸出されたので、別名、伊万里焼とも呼ばれ、名工・柿右衛門が赤絵
   磁器の開祖とされている。江戸時代、これらの磁器がヨーロッパに輸出され
   イギリス、フランス、オランダ、ドイツなどの製陶工場では、写し(ものまね)が
   作られ、世界の陶磁器界に大きな影響を与えた。ドイツのマイセン磁器もその
   1つである。

    有田焼赤絵壺(古伊万里)【「陶磁用語辞典」から引用】

 2.2 イットリウムの発見・命名
    スウェーデンでも、首都ストックホルム郊外の村、イッテルビー( Ytterby )の
   陶土が有田焼に近いものを焼くのに適していることが判った。ところが、この
   陶土用の珪長石中の「ガドリン石」などから、6種の新しい元素が発見されたが
   名前を付ける段になって、困り果てた。

    @ 村の名前、Ytterby (スエーデン語で”郊外”)から
             Ytterbium(イッテルビウム:Yb)

     ここまでは、順当であった。

    A はじめの”Yt”を取って、 Terbium(テルビウム:Tb)
    B さらに”T”を省いて、 Erbium(エルビウム:Er)

     さあて、困った。仕方なく、元の Ytterby に戻って、
    C 中ほどの”e”と”b”を取って、 Yttrium(イットリウム:Y)
      こうして、イットリウムが誕生した。

      まだ、2つ名前が付いていないが、もう、村の名前からは無理だ。そこで
     首都の名前から借りることにした。
    D ストックホルムの古名”ホルミア”に因んで、 Holmium(ホルミウム:Ho)

     最後の1つは、
    E スエーデンがあるスカンジナビア(Scandinavia)半島に因んで
                          Scandium(スカンジウム:Sc)

     なんともはや、当時の関係者は、いきなり ”6つ子”の名付け親になった
    心境だったであろう。

     この陶土を掘った場所には、現在坑道が残されているだけだが、それでも村の
    通りには、ここで発見された元素名を冠しているものがあるという。

        
         Ytterby村の入口          「テルビウム通り」の標識
             Ytterby風景 【「自然と人間」から引用】

3. 希元素鉱物とイットリウム

 3.1 希元素の定義
   長島乙吉、弘三氏による「日本希元素鉱物」では、”希元素”を次のように定義している。
   (1) 地殻中の存在量の少ない元素
   (2) 存在量はやや多くても、まとまった鉱床を造ることが少ない元素

 3.2 元素の存在度
    アメリカの地球化学者・クラーク(1847-1931)は、多くの火成岩、堆積岩
   海底堆積物などの分析例から、それらの化学組成をを定め、地殻の化学組成を
   推定した。地下16qまでの元素の重量百分率を”クラーク数( Clarke number )”
   という。当時は、地殻の定義が不明確であったことなどから、現在ではあまり
   使われていない。
    彼の考え方はその後も引き継がれ、現在では、”元素の存在度”から、より
   厳密な存在量を知ることができる。
    私のような、”甘茶”が元素の存在度を知るのであれば、クラーク数で十分で
   あろう。
    ここに、クラークの表を一部引用してみる。赤い元素名は「日本希元素鉱物」で
   希元素としているものの一部である。
    
原子
番号
元素名元素
記号
クラ
ーク数
(重量%)
多さ
の順
 原子
番号
元素名元素
記号
クラー
ク数
(重量%)
多さ
の順
8酸素O49.5 130亜鉛Zn4×10-331
14珪素Si25.8 239イットリウムY3×10-332
13アルミニウムAl7.56 360ネオジムNd2.2×10-333
26Fe4.70 441ニオブNb2×10-334
20カルシウムCa3.39 557ランタンLa1.8×10-335
11ナトリウムNa2.63 682Pb1.5×10-336
19カリウムK2.40 742モリブデンMo1.3×10-337
12マグネシウムMg1.93 890トリウムTh1.2×10-338
水素H0.87 9・・・・・・・・・・・・・・
22チタンTi0.461073タンタルTa1×10-340
17塩素Cl0.19115硼素B1×10-341
25マンガンMn0.0912・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・4ベリリウムBe6×10-447
37ルビジウムRb0.0318・・・・・・・・・・・・・・
56バリウムBa0.0231933砒素As5×10-449
40ジルコニウムZr0.0220・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・92ウランU4×10-453
29Cu0.012518アルゴンAr3.5×10-454
74タングステンW6×10-326・・・・・・・・・・・・・・
3リチウムLi6×10-32747Ag1×10-569
58セリウムCe4.5×10-328・・・・・・・・・・・・・・
27コバルトCo4×10-32978白金Pt5×10-774
50Sn4×10-33079Au5×10-775

     この表から、次のようなことが判る。

    @ イットリウム(Y)は、クラークの表に掲載されている88種の元素の中で
      32番目に多い。私たちが、稀少なるが故に価値を見出している金(Au)に比べ
      約6,000倍も多く、地殻に含まれている。
       そういう意味では、”希”な元素ではない。

       金は、殻中の存在度は少ないにもかかわらず、砂金として漂砂鉱床を
      形成したり、石英の中に銀黒脈として濃集しているので、比較的容易に
      採掘できている訳で、知らず知らずのうちに、自然の営みの恩恵を受け
      ている。

    A 酸素(O)と珪素(Si)で地殻の75%余りを占めている。これは、地殻の93%を
      占める岩石圏の主たるものが二酸化ケイ素(SiO2)であり、7%近くを占める
      水圏が海水(H2O)だからである。
    B この表では割愛したが、後から出てくる”レニウム(Re)は、金属の中では最も
      存在量が少なく、クラーク数の多さの順では88元素中81番である。

 3.3 原子の発見
     物質が何からできているのか、”元素”という考え方は古くからあった。ある人は
    ”水”、ある人は”空気”、そして別な人は”火”を元素と考えた。
     ギリシャのエムペドクレスは、水・空気・水・土を元素とする”4元素説”を唱え
    これにアリストテレスは修正を加え、”4原素説”として、中世まで信じられて
    いた。
     中世の錬金術では、水銀・硫黄・食塩を”3元素”と考えたりもした。
     フランスのラボアジェ(1743-1794)は、化学反応において、「質量不滅の法則」が
    成り立つことを明らかにし、元素としての酸素(O)の存在を知らしめ、近代化学の
    幕を開いた。
     ドルトンが、「一つの元素のある一定量と化合する他のいくつかの元素の質量の
    比は、整数比となる」という、”倍数比例の法則”にたどりついたのは、19世紀の
    はじめであった。
     この”整数比”こそ、元素を1つ、2つと数えられる”粒”であることを示した。この後
    ”原子”がどのような構成になっているのか、そのベールを1つずつ剥がしていった。
     1897年、トムソンが「電子(Electron)]を発見し、続いてラザフォードが原子の
    芯である「原子核」を捉えた。ラザフォードは、原子核を太陽に、電子を惑星に見立て
    太陽系のような原子像を描いた。同じころ、日本の長岡半太郎も同じような原子模型を
    考えていた。これを描く切手が発行されている。

     
   長岡半太郎と原子模型を描く
       【2000年発行】

     この後、ニールス・ボアは、量子力学により、電子を惑星ではなく、”雲”として描き
    現在の原子像を完成させた。

 3.4 元素周期律表
     化学の進歩に伴って、いろいろな元素が発見され、ある意味では新しい元素の
    発見競争の様相を呈し、後で述べるように、それは現在でも続いている。
     イギリスのニーランズは、お互いに性質の似た元素があることから、元素の世界
    にも周期性がありそうだと考え、「元素の音階律」と呼んだ。これは、音楽の音階が
    ”ドレミ・・・・”に始まり、1オクターブ高い”ド”に戻るのに似ている。
     ロシアのメンデレーエフも同じことに気付き、何を基準に周期性を整理すれば
    良いかに頭を悩ませていた。1869年3月1日の朝、チーズ工場に視察に行く前に
    朝食をとっていた彼は、”原子量”の小さいものから順に元素を並べ、周期性を
    整理してみたらどうか、とのアイデアがひらめいた。
     当時知られていた63の元素を並べて周期律表を埋めてみると、どうしても空欄に
    しておいた方が良さそうな個所がいくつかあり、彼はこれを”未発見”の元素とした。
     一方で、当時知られていたベリリウム(Be)の原子量は14で、これだと窒素と等しく
    なり、原子量が同じ元素が2つあることになり、彼はベリリウムの原子量を9.4と
    推定した。(現在9.0となっている)
     これらを整理し、その後発見された”希ガス”や元素を加えるなど大勢の科学者に
    よって改良が図られ、現在眼にするような形になっている。

     
          周期律表 【「日立技術士会ニュース」から引用】

     この周期律表をもとに、「日本希元素鉱物」で定義している”希元素”をマッピング
    してみると、次のようになる。

族番号元素名【元素記号】備  考
1リチウム【Li】
ルビジウム【Rb】
セシウム【Cs】
  
2ベリリウム【Be】  
3スカンジウム【Sc】
イットリウム【Y】
ランタニド15元素

アクチニド元素2種
トリウム【Th】
ウラン【U】

 ランタニド15元素とは
ランタン【La】〜ルテシウム【Lu】
までの15種類を指す
 その中で、プロメチウム(Pm)は
半減期が短く、天然には存在しない
4ジルコニウム【Zr】
ハフニウム【Hf】
  
5ニオブ【Nb】
タンタル【Ta】
  

     このように、希元素鉱物の”希元素”は性質の似通った、特定の”族”に集中して
    いることが判る。

 3.5 イットリウムを含む日本産希元素鉱物
     2002年現在、日本でイットリウムを含む希元素鉱物種がいくつ産出しているのか
    「日本産鉱物種」から拾いだしてみた。【英語名のABC順】

    鉱物名
   【英語名】
     化 学 式 主な産地備考
○:採集
△:購入
エシキン石
【Aeschynite-(Y)】
(Y,Fe,U,Th)(Ti,Nb,Ta,W)2(O,OH)2山梨県黒平
岐阜県蛭川
 
イットリウムアガード石
【Agardite-(Y)】
(Y,Ca)Cu6(AsO4)3(OH)6・3H2O広島県瀬戸田 
褐簾石
【Allanite-(Ce)】
(Ca,Ce,Y)2(Al,Fe,Fe3+)3(SiO4)3(OH)】山梨県大菩薩峠
ベータ・フェルグソン石
【β-Fergusonite-(Y)】
YNbO4秋田県大平
福島県烏川
イットリウムブリソ石
【Britholite-(Y)】
(旧 阿武隈石)
(【Abukumalite】)
(Y,Ca)5(SiO4,PO4)3(OH,F)福島県水晶山 
チャーチ石
【Churchite-(Y)】
(YPO)4・2H2O  
ユークセン石
【Euxenite-(Y)】
(Y,Ca,Ce,U,Th)(Nb,Ta,Ti)2O6福島県石川
フェルグソン石
【Fergusonite-(Y)】
YNbO4岐阜県苗木
茨城県大能
ガドリン石
【Gadolinite-(Y)】
Y2FeBe2Si2O10山梨県竹日向
三重県宮妻峡

ヘランド石
【Hellandite-(Y)】
(Ca,Y)4Y2(Al,Fe3+)Si4B4O20(OH)4岐阜県田原
宮崎県大崩山
 
ヒンガン石
【Hinggaite-(Y)】
(Y,aCe)BeSiO4OH岐阜県田原
滋賀県田ノ上
 
飯盛石
【Iimorite-(Y)】
Y2(SiO4)(CO3福島県水晶山 
石川石
【Ishikawaite】
(Y,Fe,U)NbO4福島県石川 
カイノス石
【Kainosite-(Y)】
Ca2(Y,Ce)2Si4O12(CO3)・H2O愛媛県立岩 
河辺石
【Kobeite-(Y)】
Y(Zr,Nb)(Ti,Fe)2O7京都府河辺
ピータース石
【Petersite-(Y)】
(Y,Ca)Cu6(PO4)3(OH)6・3H2O滋賀県灰山 
ポリクレース石
【Polycrase-(Y)】
(Y,Ca,Ce,U,Th)(Ti,Nb,Ta)2O6  
サマルスキー石
【Samarskite-(Y)】
(Y,Ce,U,Fe3+3(Nb,Ta,Ti)5O16福島県猫啼
岐阜県苗木
イットリウムシンキス石
【Synchysite-(Y)】
(ドーバー石)
(【Doverite】)
(Y,Ce)Ca(CO3)2F福島県水晶山 
テンゲル石
【Tengerite-(Y)】
Y2(CO33・2_3H2O福島県飯坂 
タレン石
【Thalenite-(Y)】
Y3Si3O10(OH)山梨県竹日向
福島県水晶山
ゼノタイム
【Xenotime-(Y)】
YPO4福島県川辺
茨城県大能
イフティシ石
【Yftisite-(Y)】
(Y,Dy,Er)4(Ti,Sn4+)O(SiO4)2(F,OH)6宮崎県大崩山 
イットリア石
【Yttrialite-(Y)】
(Y,Th)2Si2O7福島県水晶山 
イットロタンタル石
【Yttrotantalite-(Y)】
(Y,U,Fe)(Ta,Nb)O4滋賀県田上山 

     これらの中には、私が初めて名前を眼にするもの(当然見たこともない)ものも多い。

 3.6 イットリウムの埋蔵量と主要産出国
     「鉱物資源百科辞典」によれば、イットリウムの埋蔵量は酸化イットリウム
    (Y2O3)純分で、5億トン余りで、その半分が中国に存在する。中国はレアアース
    (希土)元素大国でもある。

4. イットリウムと新元素をめぐる話題

 4.1 YAGレーザ
     イットリウムは、一昔(一昔を10年とすると、三昔くらいか)前には、YAG
    (イットリウム・ガリウム・ガーネット、通称ヤグ)レーザの発振器として脚光を
    あびた。
     YAGは、【Y3Al5O12】の化学式で表される酸化物で、「*バン石榴石
    【*3Al2(SiO4)3】の*をY(イットリウム)が、SiをAlが置き換えたものと見なすと
    ガーネット(柘榴石)と呼ばれるのが理解できる。
     YAGレーザは、効率がよく、大きな出力が得られる固体レーザとして、溶接など
    レーザー加工などに広く使われている。
     大出力の特性を生かして、レーザー(昔のSFの光線)兵器への応用もある
    らしい。

 4.2 高温超伝導体
     1911年、オランダの物理学者カメリン・オンネス(1853-1926)は水銀(Hg)の
    電気抵抗の温度依存性(温度によって電気抵抗値がどう変わるか)を調べて
    いた。4k(4度ケルビン=-269℃)付近で、電気抵抗が急に小さくなり、”ゼロ”
    になることを知った。0k(絶対零度)では水銀でなくても、どのような”金属”も
    電気抵抗が”ゼロ”になる。これが”超伝導”の発見である。
     一度電気を流せば、抵抗がないのだから永久に流れ続ける夢のような話
    である。しかし、4kは、液体ヘリウムで冷却して達成できる極低温である。
    Heの液化に膨大なエネルギーを使っては、入力>>出力となって、経済的に
    ペイしない。そこで、超伝導状態が起る温度(転移温度)を上げる努力が
    開始されたが、初めは、1度上げるのに3年もかかる状況だった。
     1986年、IBMチューリッヒ研究所のベドノルツとミューラーの2人は、金属で
    なくセラミックの(LaBa)2CuO2で超伝導がおきることを発見した。
     この後、いよいよイットリウムの登場である。
     アメリカのチューは、イットリウムを含む、YBa2Cu3Oxなるセラミックが高温で
    超伝導が起る”大発見”をした。用心深い彼は、学会誌に発表する際、意識的に
    ”Y”を”Yb(イッテルビウム)”と書き換えておいた。”Yb”なら上の周期律表から
    わかるように同じ3族にあることを利用した。縁もゆかりもない元素にしておくと
    原子価からおかしいと思われたり、最悪投稿を拒否されることある。語源も
    同じで、元素記号も似ている。チューは、査読や編集の段階で原稿を読む人に
    アイディアを盗用されるのを恐れたのであった。案の定、投稿後数日して
    ”イッテルビウム超伝導体”ができたらしいという噂が広がった。チュウのところに
    校正刷りが送られてきた段階で、予定通り”Yb”をすべて”Y”に訂正し、この
    成果はチューのものとなった。これほどまでに、最先端の開発競争は熾烈である
    ことの見本のような話である。
     チューが発見した、YBCO系の高温伝導体の転移温度は100kであり
    安価に得られる窒素の液化温度77kに比べると20度以上温度が高く、これが
    ”高温超伝導体”と呼ばれる所以である。
     その後、”常温超伝導体”などの話題があったが、これは”ガセネタ”だった
    らしい。

     
  超伝導体転移温度の推移 【「自然と人間」から引用】

 4.3 「新発見の113番元素」
     上の周期律表をみると、111番〜116番と118番が空欄になっているのに気付
    かれると思う。これは、ここを埋める元素の存在は予告されながら、未発見で
    あることを示している。
     メンデレーエフの偉大なところは、ここにもうかがえる。ちょうど、太陽系の惑星の
    運行の”揺らぎ”から、海王星や冥王星の存在が予告され、発見が後追いになった
    のと状況は似ている。
     自然界には、ウラン(U)より重い元素はほとんど確認されておらず、上の周期律表で
    黄色で染めたネプツニュム(Np)以降の元素は、原子核の反応によって、人工的に
    つくりだすことによって発見されている。
     理化学研究所が発表した「新発見の113番元素」という論文によれば、重い元素で
    あるビスマス(Bi)の原子核に亜鉛(Zn)の原子核を100兆回衝突させ、80日間かけて
    わずか1つの原子を確認した。しかも、この元素の寿命は0.0003秒で、既にない。
     今回の発見が国際機関で評価されれば第一発見者として認定され、新元素の
    名前を提案できるらしい。この結果がどうなるのか、認定されたとしたら日本初の
    命名は何になるのか、楽しみである。

5. おわりに 

 (1) Ce(セリウム)と並ん希元素鉱物の一方の旗頭であるY(イットリウム)という元素と
    それにまつわる話をつれづれなるままに書き流してみた。
     若い頃にみた、元素の周期律表は「短周期律表」だったのか、W族にシリコン(Si)や
    ゲルマニウム(Ge)などがあって、これらにV族やX族の元素を加え、半導体が作ら
    れる、と学んだ記憶がある。

 (2) 2005年夏から、希元素鉱物を追いかけているのだが、私の住む山梨県に産すると
    「日本産鉱物種」にあるエシキン石【Aeschynite-(Y)】は、聞いたこともなければ
    ましてや見たこともなかった。
     2006年は、今まで以上に地元産のものも、追いかけて見たいと考えている。

 (3) 「幻の元素 ニッポニウム」
     松原先生の「日本の鉱物」のコラムに”まぼろしの元素「ニッポニウム」”があるので
    引用してみよう。

     『 ・・・・小川正孝(後東北大学総長)は、1908年に43番目元素を発見したと考え
       これに、「ニッポニウム」という名前を与えた。しかし、1937年にこれは天然に
       存在せず、人工的に作られるテクネチウム(Tc)であることがわかり、新元素
       「ニッポニウム」は抹消されてしまった。ところが、小川が発見した元素は
       質量数がテクネチウムのほぼ2倍のレニウム(Re:75番元素)であることが
       後からわかった。
        しかし、時すでに遅く、レニウムは1925年に発見されてしまっていた。結局
       「ニッポニウム」は、質量数計算のミスからまぼろしの元素になってしまった。
        レニウムは、モリブデンに伴うことが多く、輝水鉛鉱(MoS2)には微量ながら
       含まれている。レニウムを主成分とする鉱物は・・・・1990年、択捉島の火山
       昇華物として、硫化レニウム(ReS2)が存在することがわかった。・・・・・・
        「ニッポニウム」がまぼろしになったうえ、それをそれを主成分とする最初の
       鉱物が、今はロシア占領下にある択捉島で発見されるという、日本にとって
       まるで75番元素から見放されてしまった感がある 』

       今回の理化学研究所の発見が、まぼろしに終わらないことを、願っています。
       輝水鉛鉱は、岐阜県恵比寿鉱山などで比較的採集しやすい鉱物である。次に
       眼にする機会があったら、”レニウム(Re)”を想い出してみよう。

 (4) このページでは、のっけから「エッチな話」などに、話が飛んでしまった。新聞の
    書評欄を読んでいると、最近出版された菅野聡美著「<変態>の時代」を関西大学
    竹内教授が次のように評している。

     『 ・・・・「エッチな人」とか「エッチな話」のように「しもがかった」という意味に使われた。
       このエッチの語源が「変態(性欲)」(Hentai)。
       ・・・・大正時代から昭和5年ころまでは、「変態」を冠した学術書のブームがあった。
       ・・・・「変態心理」や「変態社会」のように異常というひろい意味での「変態」本である。
       変態性欲本もあるが、当時は変態本ジャンルの一部。しかし、次第に変態性欲に
       特化し、「猟奇」本の氾濫を促す。そして、総力戦の中で「正常」(常態)の逆襲に
       より変態(性欲)本や猟奇本の居場所がなくなる。・・・・・・・・・
        変態言説を掬(すく)い上げたユニークな近代日本社会史 』

      最近の新聞・テレビで報じられているニュースは、まさに”変態社会”そのものだと
     思い、この本を読んでみたくなりました。

6. 参考文献 

 1)中條 利一郎編:自然と人間,内田老鶴圃,2002年
 2)高木 仁三郎:新版 元素の小事典,岩波書店,1999年
 3)長島 乙吉・弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,昭和35年
 4)地学事典編集委員会編:地学事典,平凡社,昭和45年
 5)松原 聰:日本産鉱物種,鉱物情報 第5版,2002年
 6)牧野 和孝:カラー版 鉱物資源百科辞典,日刊鉱業新聞社,1999年
 7)森田 浩介:「新発見の113番元素 〜日本初の新元素発見なるか?〜」
           日立技術士会ニュース No.44,鞄立製作所,2006年
 8)松原 聰:日本の鉱物,学習研究社,2003年
 9)俵 元昭:半死半生語集 次の番,学生社,1995年
 10)野村 泰三:陶磁用語辞典,保育社,昭和53年
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