福島県塙町矢塚の鉱物

1. 初めに

   福島県塙町矢塚では、透明で自形結晶をした緑簾石が産出する。ここは
  別名、長久木(ながくき)とも呼ばれている産地で、益富地学会館監修による
   「日本の鉱物」には、長島乙吉氏がここで採集し遺品となっている「ベスブ石」が
  掲載してある。

    長島乙吉氏採集ベスブ石【「日本の鉱物」より引用】

   ここを初めて訪れたのは1999年の秋も深まった頃で、ズリの表面採集やフルイ
  掛けで1〜2cmの頭付きが希に採集でき、初めてにして小さいながら頭付きの
  分離単晶を採集した。
   翌、2000年7月に訪れて見ると、1日だけで、延べ15名が訪れるフィーバ状態で
  露頭を崩したり、坑道(?)を掘っての本格的な採集となっており、それだけ良品を
  採集できる確率が高くなっていた。
   2000年12月には、一時のフィーバー状態は去り、落着きを取り戻したが、それでも
  訪れる人が絶えず、坑道も奥行きが7m、高さは最大では3mを超えていた。
   この頃であれば、ポイントを当て、1日頑張れば、2cm級を含め頭付きが20本
  程度採集できた。
   2002年4月に訪れたのが最後で、その直後山梨県に戻って以来、この産地を訪れる
  こともなく、坑道が落盤して塞がったとか、鉱物界の重鎮が訪れたとかを風の便りで
  耳にした。その後の産地の状況が知りたく、今回、湯平→下大能→矢塚のコースで
  訪れた。
   産地は、一面の雪野原であったが、勝手知ったる産地であり、1cmを超える頭付き
  透明、柱面完全の緑簾石をはじめ代表的な標本を採集できた。
   ここも、長島乙吉氏縁の産地の1つであり、1日に3箇所、氏縁の場所を訪れ
  有意義な1日であった。
  ( 2005年12月採集 )

2. 産地

   茨城県里見村を通り、 国道349号線を北上し、□□小学校の先で、高萩-塙線に
  入る。□□□□□分校の手前にある□□を渡り、約○kmで、左側に△△林道
  ( 2002年頃は、雑木や雑草が茂り通行できない状態だったが2005年12月現在
   すっかり整備されていて驚いた )があり、その手前に「□□□□□□□□」の
  看板( 2002年頃は倒れていたが、今はシッカリ立っている )がある。この先の
  左手が産地である。
  【 長島 乙吉氏縁の地なので、やや詳細に書きましたこと、ご了解ください 】

    産地【2005年12月】

   地元の人の話では、昭和20年代から30年代にかけて、珪石を目的に稼行したとの
  ことで、この近くで何個所も採掘(試掘?)跡がみられます。

3. 産状と採集方法

   ここは、スカルン鉱床と思われ、緑簾石や灰ばん石榴石そして石英が脈状に
  胚胎している。産地の状況は、福島県中津川や発地岡の緑簾石産地と同じです。
   ここでの採集は、次の3通りです。

採集場所 状 況(2005年12月現在)      説   明 備 考
坑 道  坑道内で緑簾石の脈を追い
晶洞を探す。母岩が比較的柔らかい
所にきていることが多い。
 逆に、柘榴石の脈にはないので
ここに突き当たったら、止めるか
そこを突き破るかの選択に
迫られる。
 晶洞のガマ粘土には、黒色と
黄白色(山皮?)があり
後者から出るものは結晶面もシャープで
透明感があり、準宝石級である。
 ”落盤” に注意
露 頭  基本的には坑道内での
採集方法と同じ
 ただ、ボロボロに風化している
ものが多く、結晶は大きいのだが
頭付き透明やピカピカを採集するのは
難しい。
 
ズ リ  坑道や露頭の前にはこの数年で
生れたズリが広がっている
 ここの土砂を熊手で掘ったり
フルイ掛けして探す。
 土砂を近くの沢や農業用水路まで運んで
フルイ掛けやパンニングを試みるのも
面白い。
(パンニングは未試行)
 

4. 産出鉱物

 鉱 物 名
 (英語名)
  化 学 式   説    明 採 集 標 本 備 考
緑簾石
(Epidote)
Ca2(Al,Fe)3
(SiO4)3(OH)
 灰緑〜暗緑〜黒色、ガラス光沢の
柱状で、頭が削ぎ落としたような
鋭いエッジ状になっている。
 灰緑色のものは不透明でもろく
暗緑〜黒色のものは、透明感が
あり、結晶もしっかりしている。
 柱面と平行に劈開が完全で
良品は縦に割れやすく、頭付き
透明でかつ柱面完全な結晶は
少ない。
 良品は、1cm前後のサイズに
多い。
 極々稀に、水晶の上に頭付き
緑簾石が共生するものが産したが
これは美しいものだった。
   
灰ばん石榴石
(Grossular)
Ca3Al2
(SiO4)3
 淡黄色〜褐赤色、ガラス光沢の
偏菱12面体で晶洞の中に集合体
として産する。
 四周完全なものはなく、数面が
見えるものがほとんどである。
 

   このほか、水晶が採れることがあったが、頭付きが少なく、透明度も今一つです。
  希に、両錐なども出た。インクルージョンとして、灰バン石榴石や緑簾石を含む
  ものもあり、緑簾石を含むものは緑水晶(緑石英)です。

5. おわりに

 (1) ベスブ石遺文
     古い「地学研究」を読んでいると、「日本の鉱物」に掲載されている長島乙吉氏採集の
    ベスブ石が益富地学会館に収蔵される経緯が標本の写真と共に載っていたので、以下
    引用させていただく。
     原文のままとし、(  )内に私の注記を加えた。

     『 福島県東白川郡塙町矢塚産 1985年の筑波万博の年、故長島父子御遺愛の標本を
      同志の熱望に応えてコレクターにとの御遺族の特別のお計らいで放出していただくことに
      なり、頒布の方法については斯界の長老桜井博士に委ねられ、頒布の実務は堀ミネラ
      ロジー(現 鉱物科学研究所)と凡地学研究社(2002年廃)が当たられた。
       この矢塚産ベスブ石は長島父子御遺愛の標本の1つであるが、このベスブ石は筆者
      (故益富博士)が16,7才の少年時代(益富博士は、1901年のお生まれなので、1917、8年
      大正6、7年の頃)に三条通りの足袋屋でありながら、日本鉱物誌を丸暗記しておられた
      沢田伊三郎氏のコレクション中にみたもので、此の時の記憶は約70年の年月を経た
      今日でも瞼にはっきりと焦げついていた。それ程の執念深き標本なので、事情を桜井
      博士に手紙し、この標本中最良のものを優先分譲いただきたき旨を要請し、特別の
      お計らいで入手の運びに至ったもので、ここに桜井博士、堀秀道氏の御厚情に感謝
      申し上げます。
       標本写真でご覧のように木浦(大分県)や帚沢(神奈川県)のベスブ石に比べ、晶形は
      簡単、面は粗慥(そぞう)でただ結晶が馬鹿でかいというだけで大阪人のいわゆる
      ”わて 好きやねん” の一語に尽きるゲテモノ
      趣味だと笑われるかもしれない代物。
      淡褐色不透明 晶面粗慥 m,a,c の最単純結晶形、a軸5cm、c軸5cm、m(柱面)に
      弱い縦条線を認む。母岩は付いていないがスカルン帯の石英中に晶出している。 

       
     福島県塙町矢塚産長島父子の
    御遺愛品として、また沢田伊三郎氏
    思い出の最愛の標本                                          』

       この産地を訪れる度に、「ベスブ石」も探しているのだが、未だに”カケラ”にもお目に
      かかっていない。
       冒頭にも述べたように、この付近にはいくつか珪石の堀場があったようで、もしかしたら
      緑簾石を産出する今回訪れた場所と違うのかも知れない。
       上記の文を読むと、乙吉氏が採集されたのは、少なくとも大正の初め以前で、ベスブ石の
      標本はいくつかあったらしい。
       いつか、実物を見たいものと念じています。

 (2) 坑道が落盤して塞がったなどと聞いたが、数年ぶりに訪れても頭付き四周完全な
    緑簾石標本が得られるなど、産地は今でも、健在です。
     以前、足繁く通った頃、ブリキ製のバケツで約40杯(1000kg)の鉱石を坑外に運び
    フルイ掛けして、約1kg(0.1%)の透明緑簾石がえられ、一応頭付きが280g
    (0.03%)、更に標本として展示できるものは40g(0.004%)ですから、含有量は
    40g/トンと、やや品位の高い金山並みの含有量です。
     従って、頭付き完全品が1本でも採集できたら、”ラッキー” と考えましょう。

 (3) この日も、3人組と出会うなど、大勢の人が今も訪れている様子です。
    以前、採集に行った人から、地元の人に立ち入りを断られたと聞きましたので
    トラブルの無いように注意が必要です。

 (4) 以前、この近くの沢の転石から、自然蒼鉛、ホセ鉱、自然金、柘榴石などが産出
    したとの情報を鉱物同志会のW氏から頂いていたので、今回初めて沢の土砂を
    パンニングしてみた。
     一回だけだったので、結論付けるのは早計だが、磁鉄鉱(砂鉄)は多量にあるが
    それ以外の重鉱物は見当たらなかった。

6. 参考文献

 1)益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂,1994年
 2)益富 寿之助:’85地学標本新着目録・寄贈者芳名録(3)
            地学研究第37巻7〜9合併号,日本地学研究会,1986年
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