幻の鉱物 「山梨県産 斧石」











         幻の鉱物 「山梨県産 斧石」

1. はじめに

    「日本を代表する鉱物は?」、と問われれば、読者の皆さまもすぐにいくつか思いつく
   はずだ。

    ・ 市ノ川鉱山の「輝安鉱」
    ・ 乙女鉱山の「水晶の日本式双晶」
    ・ 田上山や苗木の「トパズ」

    などを挙げる人が多いのではないだろうか。

    一方、外国のミネラル・ファンには、日本産の「パイロックス・マンガン石」などのマン
   ガン鉱物や「斧石」を欲しがる人が多い、と見聞きしたことがある。
    外国人ならずとも、「パイマン」や「斧石」が好きな石友は多い。かくいう私も、『山梨
   県産の斧石』を追い求め続けている。

    昔読んだ、櫻井先生の「幻の鉱物・幻の産地」シリーズにあった、『山梨県教来石の
   斧石』、を探しに、何度か教来石付近を彷徨(徘徊ではないので、念の為)したことを
   すでにHPに掲載した。

   ・ 鉱物採集の技(8)  電気的特性による鉱物鑑定
    ( Technology of Mineral Watching (8) Electric Circuit Tester , Chiba Pref. )

    改めて櫻井先生の「幻の鉱物・幻の産地」シリーズ全57件を読みなおしてみると、そ
   の内3件が「斧石」で、山梨県とその近傍の産地が取り上げられている。しかも、同一
   鉱物種で3回も取り上げているのは「斧石」だけで、櫻井先生も斧石には御執心だった
   のだろうか。

    ・ No13  「東京都川乗谷の斧石」
    ・ No17  「山梨県塩山の斧石」
    ・ No29  「山梨県教来石の斧石」

    2013年春、単身赴任から戻ってしばらくして、某氏のコレクションを拝見する機会が
   あった。そのとき、「良かったら差し上げます」、と見せてくれたラベルのついていない
   雑多な(失礼!)標本の中に、『斧石』があったので、遠慮なしに、「いただきます」、と
   マイ・コレに納めさせていただいた。
    ラベルをつける都合上、産地を聞くと、「山梨県○○峠」、らしい。初めて耳にする産
   地だ。「たぶん、今でも採れるでしょう」、との事なので、雪が溶けたら、新産地の探査
   を楽しみにしている。
    ( 2013年4月入手 2014年2月報告 )

2. 「幻の鉱物・幻の産地」連載の背景

    「幻の鉱物・幻の産地」は、櫻井先生が「鉱物情報」誌の創刊号(1974年6月)から
   No78号(1987年5月)まで、13年間、57回にわたって掲載したシリーズだ。

    櫻井先生は、「鉱物情報」誌の創刊号の巻頭で、「偶感」として、次のように記してい
   る。

    『 此の度、草下英明、池田重夫の両氏が中心となって”鉱物情報”なる小冊子を
     定期的に刊行し、鉱物の産地、鉱物の新産出、新刊、会合等の情報を紹介するこ
     とになった。鉱物学雑誌や岩石鉱物鉱床学雑誌は高級過ぎて手が出ず、地学研
     究が兎角不活発になtれいるので、この企画は私共アマチャには福音であり、発展
     を希(のぞ)むや切である。
      しかし、その半面、些(いささ)か気がかりの点がないでもない。最近アマチャとい
     われる者の中には、自己の欲望のため専門家の顰蹙(ひんしゅく)を買う人が目立
     ち、或る先生等は私に「アマチャに一寸しゃべると次から次に押かけ、サンプルは
     皆とられる上、口から口に伝えられるので折角研究しても発表するころには試料は
     なくなるし、新しさがなくなってしまう」、とこぼしていた。アマチャには絶対に産地を
     洩(も)らすなという方もあり、「近頃のアマチャは人の見つけた産地を荒らすばか
     りで、自分では何一つ鉱物学に貢献をしていない」、と嘆いている人も居る。殊に
     商売人の向うを張って石を売るアマチャが出て来た今日では産地の情報を流す
     ことについては余程の慎重さが要望され
なければならない。そこで私は草下、池田
     の両氏に三つの提案を示し、幸い両氏の受入れるところとなったので快く同人と
     して協力することにした。その条件とは、

      (1) 現在専門家または有能なアマチャが研究中か、または研究に着手しようと
         している産地および鉱物についてはその正式の発表後まで絶対に掲載しな
         いこと。
      (2) この小冊子に記載された記事が学術上の先取権を獲得しないこと。
         (謄写印刷の故、その心配はないと思うが)
      (3) 産出の少ない産地や、稀少鉱物の産地は研究試料保護のため取り上げな
         い。

     ことである。
      アマチャといえども鉱物学の恩恵を受けていることは専門家と異るところがない。
     人の探した産地へ何度も何度も押しかけて標本をあつめ、しまいこむより、自分で
     新しい産地を探し、鉱物を発見して専門家に提供し、以て学界に寄与すべきである
     のは論を俣(ま)たぬところである。                            』

    ちょうど、今から40年前の話で、文中に名前が出ている草下先生の「鉱物採集フィー
   ルド・ガイド」が1982年に出版され、鉱物採集がブームになる10年近く前の話だが、
   鉱物界の現状と酷似していないだろうか。

    櫻井先生は、「偶感」に続いて、「幻の産地、幻の鉱物」の連載の趣旨を述べておら
   れるので引用する。

    『 巻頭に憎まれ口を叩いておいたが、アマチャは忙しいといっても専門家に比し
     時間も、身体も自由である。
      行きたい時出かけ、行きたい所へ行ける点では極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ)に異な
     らない。そので、その自由な時間と身体を活(いか)し、幻の産地、幻の鉱物に挑ん
     で見ては如何ですか。幻というのは少しオーバーかも知れないが

      (1) 古い記載や口碑には残っていても現在その場所が不明で、鉱物を採集
         出来ぬ産地【例 茨城県不動坂の紅柱石産地】
      (2) 産出の報告があるが、標本を一向に見かけず或は誤報でないかと疑われ
         る鉱物【例 高知県室戸岬の角閃石】(之は存在しているという説があるが)
      (3) 標本があるが、その後一向に採集されず、或は他産地のものを誤ったので
         はないかと疑われる鉱物【例 大分県観海寺のストロンチアン石。同県木浦
         鉱山のルビー】

      このほか凡(恐)らく確実であろうと思われても、その後絶えて採集されていない
     鉱物などは長崎県大串の藍晶石、千葉県嶺岡山の遷色を有する亜灰長石(ラブラ
     ドライト)等数多い。まだこの他にも門外漢によって持ちこまれた鉱物の精確な産
     地や転石で見出された鉱物の産出箇所などアマチャが暇にあかし、足にまかせ、
     数をたのんで探査につくすべきことは多々ある。
 

      次号からそれ等を順不同で登場させて諸君の興味と奮起を促したいと思う。 』

    「偶感」の中で”商売人顔負け”や”人の探した産地へ何度も何度も押しかけて頭の
   ない水晶やトパズを集めて、しまい込んで嬉々としている”アマチャを手厳しく叩いた
   後で、”アマチャ”の一つのあり方として、「幻の産地、幻の鉱物」の探査を提案して
   くれている。

3. 櫻井先生が取り上げた「斧石」

    冒頭にも書いたように、「幻の産地、幻の鉱物」に取り上げられた「斧石」は3つの
   産地のものだ。それらが、どのようなものなのか、一覧表にまとめてみた。

シリーズ
   No
 発行年月   産  地       産状と幻たる所以(ゆえん)      備     考
  13 1976年7月 東京都
奥多摩町
川乗谷
(かわのりだに)
 10年ほど前、石好きの小室少年が
奥多摩へ遊びに行って美しい斧石を
たくさん採ってきた。
 採集したのは、バラス材料の輝緑
凝灰岩からとのこと。
 櫻井先生が出動してみると、
二山ほど積み上げられた輝緑凝灰岩の
切石があり、その中に単独あるいは
方解石とともに美しい灰紫色の脈を
なしていた。
 露頭がどこか確認していなかったので、
凡地学の菊地氏の運転する車で
川乗谷を詰めたが斧石らしい脈を
見出すことができなかった。
この地域は古生層が大きく発達し
輝緑凝灰岩の露出も多い。
 幻となった斧石が再びあの美しい
薄紫の姿をあらわす機会も決してない
とはいえまい。
小室少年
→小室宝飾社長(?)
  19 1977年5月 山梨県
塩山
(現甲州市)
  神保、福地、滝本三先生の編になる
「日本鉱物誌第二版(大正5年)」に、
「甲斐國塩山の斧石は、花崗岩中の
小なる孔隙に産す(滝本観察)」、
とある。
 戦前、某先生に伺ってみたところ、
「石原という人が塩山産として持参したので
採用しておいた」、とのことだった。
石原とあるのは、石原忠正先生のことで、
長島乙吉先生の縁者である。
 無名会の席上で石原先生に
お訊ねしたところ、「塩山駅構内に
積み出されていた石材中から見つけたが
、詳細な産地はまだつきとめていない」、
とのことだった。
 櫻井先生の記憶では、塩山駅にあった切石は、
竹森川の川床で千野橋から下流の
大きな転石を割ったもので、
石原先生からいただいた斧石を含む母岩も
一部が磨かれ、明らかに転石であることを
示していた。
 斧石は、褐紫色半透明で、斧刃状の鋭い結晶を
なし、長さ数mm、緑簾石、緑泥石、長石、
水晶と共に花崗閃緑岩の小空隙に
着生している。 今から10年ほど前、
某氏が塩山市より10kmほど東北にある
裂石(さけいし)の採石場から斧石を
採集したといってきた。
某氏を訪問し、問題の斧石を見せて
もらったが、残念ながら疑いもなく
「くさび石」だった。しかし、
くさび石以外に緑簾石、魚眼石、
各種沸石などを採集していたので、ノコノコ
でかけて行った。
 その時思いがけなく、ダトー石の
結晶2ケ、そして斧石の結晶2ケを
採集した。
 この採石場がいつごろから稼行され
はじめたかのか知らないが、明治の
末か大正の初めごろ、石原先生が
塩山駅構内で採集されたものがここから
でたものだという保証がない。
塩山での斧石の産出は否定できないが、
石原標本の真の産地が
つきとめられない限り、まだ検討の
余地は残っている。
 幻は決して消え去ったわけでは
ない。
 
  29 1980年7月 山梨県
教来石
(きょうらいし)
 「日本鉱物誌第二版(大正5年)に、
甲斐國北巨摩郡鳳来村教来石の斧石が
記載され、「紫灰色にして、M,m,r,x,sの
面を有し、・・・・1センチほどの小結晶にして
花崗岩中の赤鉄鉱鉱床中にあり、
絹雲母様の集合体中に孤独の結晶を
なして産す」とある。
 我国は、大分県尾平、宮崎県山浦、土呂久
という世界に冠たる斧石の大産地を擁するため、
群小の斧石産地は影が薄くなっているが、
この3ヶ所とその周辺を除くと、
判然たる結晶を産する所は少なく、いわんや
四周完全の独立した結晶を示すのは、
この教来石産だけである。
私の知っている範囲では、
東大総合研究所資料館、国立科学博物館、
櫻井標本室に保存されているくらいだろう。
 昭和15年、櫻井先生は之の
探索を思い立ち、鳳来村に赴いたが、
教来村は、上と下があるうえに、人家も疎らで、
どの家もそんなもの知らぬという。
小学校にたどり着き、理科の先生に
聞くと、この先の川の上流で、最近
日曹鉱業株式会社が鉄を採掘しはじめたが、
そこではときどき褐色の鋭い刃のような
結晶を産し、私もとって家に置いてあるとのこと。
一件落着と考え、鉱山に向かった。鉱山は、
宝来鉱山と称し、鉱石は花崗岩中にある
硫砒鉄鉱で、約0.4%くらいのコバルト(Co)を
含み、コバルトの鉱石として稼行しているとのこと。
粘土脈の中からときどき褐色の結晶が出て、
事務所に置いてあるというので、
拝見すると、之は斧石にあらず、「菱鉄鉱」で
あった。
 この日は、これで時間切れとなり、それ以来
この地に足を踏み入れていない。
 ここの美しい斧石の小結晶は、
教来石のどこかで、同好の士の訪れるのを
待っているのであろう。
 昭和15年、
櫻井先生一行は、
この後、長野県
川上村に行った。

長野県川上村
川端下(かわはけ)
附近の鉱物
( Minerals around
 Kawahake , Kawakami
 Village , Nagano Pref. )

 現在では、
埼玉県秩父鉱山、
静岡県入島(にゅうじま)、
上落合などで斧石の
良晶を産することが
知られている。

     これら3ヶ所の産地とその後知られるようになった3ヶ所の産地を地図の上にプロッ
    トしてみた。

       
                        中部地方 斧石産地

    何となく、産地の配置に傾向が見られると思いませんか。ちなみに、某氏にいただい
   た斧石の産地はこれらのいずれでもなく、『新産地』の可能性が高い。

4. 山梨県某所産の「斧石」

    山梨県某所産「斧石」の表裏の写真を示す。表・裏は便宜的に付けただけで意味は
   ない。

          
                   表                              裏
                              山梨県某所産の「斧石」

    大きさは、全長16mmと小さなものだ。淡灰紫色、透明でガラス光沢。扁平な楔(くさ
   び)状の自形結晶が幾枚も重なり合っている。一枚、一枚を見ると、鋭利な打製石器
   の”石斧”を思わせ、「斧石」と名付けられたのもうなづける。
    わが国で産出する斧石【axinite】には、鉄斧石【FERRO-AXINITE:Ca2(Fe,Mn)Al2
   BSi4O15(OH)】、マンガン斧石【MANGANAXINITE:Ca2MnAl2BSi4O15(OH)】そして
   チンゼン斧石【TINZENITE:CaMn2Al2BSi4O15(OH)】などがある。
    分析していないが、水晶、緑泥石などと共生していることから、鉄斧石だろうと考えて
   いる。
     

5. おわりに

 (1) 念願の「山梨県産斧石」
      念願叶って、山梨県産の斧石をマイ・コレに加えることができた。次なるステップ
     は、産地を探索し、自力採集だ。雪が早く融けてくれるのが待ち遠しい。

 (2) 大雪
      2014年2月8日の未明から、東日本や北日本では大雪になった。山梨県でも、
     目が覚めたら雪がしんしんと降りしきり、止んだのは夜が更けてからだった。甲府
     気象台の発表では積雪量は41cmだったが、近所の子供たちが計ってくれた結果、
     28cm+αだ。
      あまり積もらないうちに雪かきして、集めた雪の山に穴を掘り、”かまくら”ならぬ
     ”MH晶洞”をこしらえてみた。どうせならと、石友にいただいた乙女鉱山産の大きめ
     の水晶を手に、記念写真を撮ってみた。写真を絵葉書にして、横浜と千葉の孫娘に
     送るという、”爺バカ”ぶりだ。

       今年も、ガマ(晶洞)開けに 挑戦だ!!

           
                  積雪量計測                       MH晶洞
                               2014年2月8日 大雪

6. 参考文献

 1) 小出 五郎:長野県川上村川端下附近の鉱物 我等の鉱物,昭和16年
 2) 櫻井 欽一:鉱物情報 No13 幻の産地、幻の鉱物 No13「東京都川乗谷の斧石」
                                     鉱物情報,1976年
 3) 櫻井 欽一:鉱物情報 No18 幻の産地、幻の鉱物 No17「山梨県塩山の斧石」
                                     鉱物情報,1977年
 4) 櫻井 欽一:鉱物情報 No37 幻の産地、幻の鉱物 No29「山梨県教来石の斧石」
                                     鉱物情報,1980年
 5) 草下英明:鉱物採集フィールド・ガイド,草思社、1988年
 6) 加藤 昭:スカルン鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
 7) 松原 聰、宮脇 律郎編、日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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