山梨の峠と鉱物

1. 初めに

   2002年12月、最後の任地となった茨城県ひたちなか市で開かれた骨董市で
  若い店主が私の趣味を忘れずに、鉱物の絵葉書「著名ナル鉱物 天然記念物
  絵葉書 山梨県」をキープしてくれていた。
  ( この経緯と絵葉書については、HPに掲載してある )
   この絵葉書は袋に入ったもので、解説書と10枚の白黒写真の絵葉書で構成
  されている。その中に次のような一枚があった。

          
           八幡山産松茸水晶
       『産地 山梨県北巨摩郡増富村半鐘峠
           透明ナル松茸水晶ノ晶族ナリ。 』

   この絵葉書に私の”解説”の中で 『水晶産地としてのみならず、”半鐘峠”
  地名そのものが私にとって初見です』
 と書いた。

   2月に入って、私の住む山梨県甲府市でも10cmを超える積雪に見舞われるなど
  フィールドでのミネラルウオッチングが難しいこの時期、本屋を巡っていると「山梨の
  峠」と題する一冊が眼に入った。”半鐘峠”が閃き、索引を見るとあるではないか。

   『 半鐘峠(水晶峠) 』 とある。これなら、水晶産地としても納得である。
  ( HPにも書いたように、上の写真と説明は合っていない。写真の水晶は、長野県
   川上村川端下産である。また、半鐘峠(水晶峠)は、甲府市・旧宮本村にある )

   このように、山梨県に住みながら、地元のことで知らないことが多く、愕然とした。
  山梨県は水晶は言わずもがな、ライン鉱はじめ各種の鉱物を産することで有名で
  少しでも地元を知ろうと山梨の峠とそこ(近傍)で産する鉱物をまとめてみた。
  ( 2006年2月調査 )

2. 「半鐘峠」と鉱物

   「山梨の峠」には、水晶峠(半鐘峠)とあり、半鐘峠と水晶峠が同じものである
  ことを示している。
   今までに何回か水晶峠でミネラルウオッチングを開催し、それらについては
  その都度HPにも掲載した。ここでは「山入り水晶」「日本式双晶」「黄鉄鉱(武石)
  入り水晶」など各種の水晶のほか、「鋭錐石」「チタン(クサビ)石」など産出が
  知られている。
   手持ちの代表的な標本を示す。

       
       日本式双晶            緑水晶

         
    先細り水晶(群晶)          角閃石(山)入り

               
                    黄鉄鉱入り
               水晶峠(半鐘峠)産の各種水晶

    このように、山梨県の「峠」、あるいはその近くでは各種の鉱物が産出する
   ことが知られており、「山梨の峠と鉱物」についてまとめてみた。

3. 峠とは?

 3.1 峠とは
    「峠」という字は、中国にはなく、日本で創られた”漢字”、いわゆる”国字”の
   1つで、この字を分解すれば分かるように、『山の坂道を登りつめた所で、山の
   上りと下りの境目』を表している。
    「峠」の語源の1つとして、「たむけ(手向け)の転、通行者が(道祖)神に手向
   け(手を合わせる)することからいう」と言う説があります。言われてみれば
   「水晶峠」に至る林道の「焼山峠」には、多数のお地蔵様が並んでいる。

 3.2 峠の名前
    峠の名前がどのようにして付けられたのか、小林経雄氏は「甲斐の山山」の
   中で次のように分類している。

    @ 村落名(字名も含む)による
    A 山の名前に由来
    B 峠の姿・形から
    C 峠道の途中に存在するものによる
    D 峠道の特徴による
    E 峠に祀った神仏による
    F 鳥の飛翔コースによる
    G 伝説に因む

    「水晶峠」などは、付近で水晶が採れる所から名付けられたとされ、C の
   代表例でしょう。
    また、1つの峠に、2つ、3つと名前が付けられてい峠もあります。例えば
   私が湯沼鉱泉や甲武信鉱山に行くとき利用する「信州峠」は山梨県から信州
   (長野県)川上村に抜ける峠なので、「信州峠」あるいは「川上峠」と呼んでいる。
    一方、信州側の人たちから見れば、甲州・小尾の集落につながる峠なので
   「小尾(おび)峠」と呼んでる(呼んでいた)。

4. 山梨の峠と鉱物

 峠 名
 (読み)
 【別 称】
  所 在 地     出   典    産 出 鉱 物
木賊峠
(とくさ)
甲府市下黒平
〜北杜市岩下
 付近のガレ場から
煙水晶・電気石
アマゾナイト(天河石)など
饅頭峠
(まんじゅう)
甲斐市大明神
〜北杜市大内
「甲斐叢記」巻之六道路之四
『団子石』の項に
「また上手村の域内の
長者窪の上饅頭嶺に
産するは状大なり
里人長者の饅頭と云ふ」

      饅頭石
   (加水ハロイサイト)
ホッチ峠甲斐市神戸
〜韮崎市古森

      ホッチ峠
「甲斐叢記」巻之六道路之四
『団子石』の項に
「団子は新居村(旧双葉町)の
域より産づ本草綱目の
太一餘糧の條下に載せたる
卵石黄と云もの即ちこれなり」
饅頭峠と同じ地層

饅頭石
(加水ハロイサイト)

水晶峠
(すいしょう)
【半鐘(はんしょう)峠】
甲府市黒平
〜甲府市御室小屋
〜金峰山
     2005年10月
「甲斐国志」巻之二十山川部
第一の『金峰山』の項に
「水晶嶺ニ小石英、燧石等ヲ産ス」
各種水晶(含む双晶)
鋭錐石などのチタン鉱物
武石
六本楢峠
(ろっぽんなら)
山梨市柳平
〜甲府市荒川上流
   ここから左に荒川上流に向かうと
甲府市との境が乙女鉱山
水晶(日本式双晶)
ライン鉱、灰重石、輝水鉛鉱など

 峠の先の大楢の木を右折すると
鶏冠山林道で「京ノ沢」に至る
苦土フォイト電気石(新鉱物)
デュモルチ石など

天神峠
(てんじん)
【団子(だんご)峠】
甲府市竹日向町
〜甲府市塔岩町
「甲斐叢記」に
「卵石黄乃ち是なり
平瀬村、竹日向村の間団子嶺にも
あり」
饅頭石
(加水ハロイサイト)

竹日向町側の
ペグマタイト脈から
ガドリン石など

金子峠
(きんす)
甲府市上帯那町
〜甲府市塚原町
「甲斐国志」巻之十村里部
第八『塚原村』の項に
「・・・上帯那ヘ壱里許
金子峠ト云」
「甲斐国志」百二十三附録に
「金子峠ニ水晶金鉱アリ」とある
白山峠
(はくさん)
【梨ノ木(なしのき)峠】
甲府市羽黒町
〜甲府市千代田湖
「甲斐国志」巻之十村里部
『羽黒村』の項に
「・・・頂上に梨ノ古木一株アリ
梨ノ樹峠ト名ツク」

「甲斐国志」巻之二十一山川部
第二の『片山』の項では
「羽黒山宮ヨリ越ス嶺ヲ梨ノ木坂ト云」

花崗岩からなる白山の
ペグマタイト脈から
鉄礬ザクロ石など
岩堂峠
(いわどう)
甲府市上積翠寺町下
〜笛吹市徳条
「甲斐国志」巻之三村里部
第一の『山根村』の項に
「石水寺ノ岩堂ト云渓ヨリ
岩堂峠ヲ越ヘ本村ニ出ル
径アリ」
「甲斐国志」百二十三附録に
「石水山ニ水晶金鉱アリ」とある

山本・山梨県知事が子供のころの
思い出として、「積翠寺近くで
水晶を拾って遊んだ」とある

坂脇峠
(さかわき)
甲州市平沢
〜甲州市滑沢
  峠から下りの途中、左側に
「鈴倉(庫の誤り)鉱山入口」の
標識がある(あった?)

 鈴庫鉱山は、カニュク石などの
産出で知られている

「日本希元素鉱物」誌に
長島乙吉氏は「坑内のペグマタイトから
結晶結晶の褐レン石を見出した」

横手山峠
(よこてやま)
【横手(よこて)峠】
主要鉱山(金山)への
山道峠で塩山市落合集落から
黒川金鉱前を経て
三重(三条?)河原へと至る
「甲斐国志」巻之二十三山川部
第四の『鶏冠山・黒川金山』の項で
「入会山ノ内黒川ニ在ル大岩山ナリ
高サ数千丈白雲常ニ覆ヘリ
本州鬼門ノ鎮ニシテ実ニ霊山ナリ
此ノ辺金坑多シ」
 黒川金山跡では
自然金が採集できる
柳沢峠
(やなぎさわ)
甲州市裂石
〜甲州市後屋敷
「甲斐国志」巻之二十三山川部
第四の『鈴鞍山』の項に
「鈴鞍山(鈴庫山)ト萩原山トノ間ニ
黒川ヘ越ル峠アリ
「日本希元素鉱物」に
「柳沢峠のすぐ西の沢に水晶坑跡があり
このペグマタイト中に褐レン石、緑レン石
チタン鉄鉱があり、内部が褐レン石で
表面が緑レン石になっているものも
産する
 ・・・・沢をパンニングすると灰重石が
みられる」
大菩薩峠
(だいぼさつ)
【丹波山大菩薩
(たばやまだいぼさつ)峠】
甲州市裂石
〜小菅村・丹波山村
「甲斐国志」巻之二十三山川部
第四の『萩原山』の項に
「峠ヲ大菩薩ト云州人ノ口碑ニ
新羅三郎奥州ヲ征スル時此路ニ
由リ・・・・・・・・即チ軍神擁護ノ
験ナリトテ遥拝シテ南無八幡大菩薩チ
高声ニ讃嘆ス是ヨリ遂ニ峠名トナル」
峠の入口「勝縁(しょうえん)荘」の東の
小沢に褐簾石を産する
石丸峠
(いしまる)
【小菅大菩薩(こすげだいぼさつ)峠】
【石(いし)まら峠】
甲州市日川
〜大月市深城
  「日本希元素鉱物」に
「大菩薩峠より石丸峠に行く「長兵衛小屋」の
西の小沢にはパンニングで少量の
灰重石が見出された」
トズラ峠
(とずら)
【天神(てんじん)峠】
【葛籠(つづら)峠】
大月市金山
〜大月市日影
  金山側の林道入口から
少し下ると金山橋という
古い橋が保存されており
その先に金山鉱の跡もある
という

 ここから流れる浅利川で砂金が
採集できる

地蔵峠
(じぞう)
【金山(かねやま)峠】
身延町湯之奥
〜富士宮市猪之頭
「甲斐国志」巻之三十四山川部
第十五の『金山嶺』の項で
「湯之奥村ヨリ駿州井ノ頭ヘ
至ル界ニ在リ・・・・・・
金砿三所湯之奥村ニ在リ
中山、内山、茅小屋ト云」
金山の坑道(露天掘り)や
製錬所跡から金鉱石や砂金が
採集できる
ドノコヤ峠
(どのこや)
芦安村
〜早川町奈良田上
   芦安鉱山跡への通り道に
なっていて、芦安鉱山跡では
銅鉱などが採集できる

5. おわりに

 (1) 山梨県の峠には、水晶峠、饅頭峠、金山峠などのように、その近辺で採集
    できる鉱物に因んで名付けられたものが数多くあることがわかった。
     これら以外でも、金堀(かなほり)峠など、鉱山との関係を匂わせる個所も
    いくつかある。

 (2) 「乙女鉱山」は、なぜ”乙女”という一見鉱山と縁のない名前がついたのか
    以前から気になっていた。
     「乙女坂」の説明の中に、『乙女ハ御留デ昔時往来ヲ禁ズ』 とあるのを読み
    少し納得ができた。
     しかし、「水晶峠」の別名が「半鐘峠」とあるが、何故なのか全く分からない。
     少し暖かくなったら、メッキリ数が少なくなった黒平の古老に聞いて見たいと
    考えている。

 (3) このページをまとめてみて、甲府盆地の北方の峠で鉱物の産出が多いのに
    比べ、それ以外の場所での産出が少ないのに気付いた。私が訪れる頻度が
    影響しているのかも知れない。
     黒平や水晶峠など何度も訪れている産地がある反面、名前は知っていても
    一度も訪れたことがない産地も多いので、少しずつ回ってみたいと考えている。

6. 参考文献

 1)小林 栄ニ:山梨の峠,三愛印刷,平成15年
 2)小林 経雄:甲斐の山山,新ハイキング社,1992年
 3)石田 高:山梨の奇岩と奇石  石のロマンを追って,山日ライブラリー,2002年
 4)甲府商工会議所編:水晶宝飾史,同所,昭和43年
 5)長島 乙吉・弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,昭和35年
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