山梨県の緑水晶

                山梨県の緑水晶

1. 初めに

    2009年秋、山梨県内の骨董店を妻と訪れた。店内のテーブルの下に、埃(ほこり)にま
   みれた水晶の『人造群晶』が隠れるように置いてあった。
    その1本の埃を指先で拭(ぬぐ)うと、鮮やかな緑色が目に飛び込んできた。思わず、妻
   に”眼と眼で合図”した。

      「緑水晶」【長さ 6cm+α】
  

    「人造群晶」は、最大10cm+α(埋まっている部分)の緑水晶がちょうど30本、横43cm
   小判形をしたセメントの台座に埋め込まれている。この緑水晶は、山梨県○○○産特有の
   先細り(レーザー?)の形状で、黒平集落の人が昇仙峡あたりの観光地で売るのを目的
   に造ったもののようだ。◎万円以下なら買おう、と値踏みしていた。

      「緑水晶群晶」【洗浄前】
  

    店番の娘さんが不在の店主と携帯で連絡をとり、値段を聞いてくれた。「▲千円」、とのこ
   とで、驚くほど安い。( 予想の1/100だった )
    ここで、すぐ買っては、”骨董通”ではない。「もう少し、安くなりませんか?」、と頼むと、
   思案していた娘さんが500円安くしてくれた。水晶1本が100円以下の勘定になり、大満足で
   店を後にした。
    帰宅してすぐに、台所洗剤と歯ブラシを使って水洗いするだけで読み通り”ピカピカ”になり、
   往年の輝きを取り戻した。

      「緑水晶群晶」【洗浄後】
  

    こうして、『緑水晶の人造群晶』は、”Our Collection”に仲間入りした。

    ”Mineral Hunters”としては、『人造』ではなく『天然』の群晶が欲しいものだ、と思ってい
   た。同時に、
     @ 産地はどこか?
     A 「緑色」の原因は?
    を突き止めてみたいとも思っていた。

    同じ想いの石友・ASさんと「緑水晶」探査行の相談がまとまるのに長くはかからなかった。
   2009年10月、2人で○○○を訪れた。ここの水晶が、ネット・オークションにも売りに出され
   ているせいか、アチコチが掘り込まれている。その掘り跡を探していると、「緑簾石」と「緑閃
   石」が見つかった。
    やがて、”鮮緑色”〜”モス・グリーン(薄い緑色)”まで各種の「緑水晶」が現れ、緑水晶の
   産地がここで、「緑簾石」、「緑閃石」そして「透閃石」などが採集でき、着色の原因が内包物
   (インクルージョン)の鉱物種も究明できた。ただ、残念ながら、骨董店で入手したような大き
   な結晶や群晶は採集できなかった。
    産地は、紅葉の真っ盛りで、もうすぐ長い冬ごもりの季節を迎える。『緑水晶の天然群晶』
   来春以降の楽しみになりそうだ。
    同行いただいたASさんに、御礼申し上げる。
    ( 2009年10月採集 )

2. 産地

    ここは、有名産地なので、詳細は割愛する。

3. 産状と採集方法

    黒平の古老に聞くと、○○○では、マサ化した花崗岩に挟まれたペグマタイト脈の晶洞
   から水晶を掘ったようだ。産地には、コケに覆われたり木が生えた”窪地”がアチコチに見ら
   れるが、黒平の人々による掘り跡のようだ。

    ここでの採集は、ズリを掘るのが一般的だ。危険な場所が少なく、手軽に採集できるので
   女性や子供向きでもある。
    ズリの表面が白くなるほど、石英のかけらが落ちていて、表面採集でもそこそこの標本が
   期待でき、クマ手などでちょっと掘っても面白い。
    ( 過去に採集した良標本のほとんどは、表面採集で得られたものだった )

    しかし、「緑水晶群晶」を狙うとなると、花崗岩がマサ化した”ボロボロ”崩れる露頭を出し
   て、石英脈を追って『晶洞』を見つけるしかない。

      「緑水晶」産状【細い石英脈に伴う】
  

4. 産出鉱物

    今回の狙いは、「緑水晶」だった。マサ化した露頭に握りこぶし大の比較的風化が進んで
   いない部分があり、そこからは、「緑簾石」や「角閃石」グループの「緑閃石」(?)あるいは
   「透閃石」(?)が見られ、これらが内包物(インクルージョン)として緑色の原因になっている
   と推定される。

 4.1 共生鉱物
      今回の狙いは、「緑水晶」だった。マサ化した露頭に握りこぶし大の比較的風化が進ん
     でいない部分があり、そこからは、「緑簾石」や「角閃石」グループの「緑閃石」(?)ある
     いは「透閃石」(?)が見られ、これらが内包物(インクルージョン)として緑色の原因にな
     っていると推定される。
      これら共生鉱物を産状別に下表にまとめて示す。

 鉱物名
【英語名】
 化 学 式  産   状            写      真
緑簾石
【EPIDOTE】
Ca2Fe3+Al2
(Si2O7)(SiO4)
O(OH)
 石英の晶洞に
柱状結晶が
毬栗(いがぐり)状に
集合













 花崗岩の隙間に
塊状(脈状)で
産する













 柱状結晶の
分離品





          毬栗状


          塊状(脈状)

   
           柱状

緑閃石
【ACTINOLITE】





または
透閃石
【TREMOLITE】
Ca2(Mg,Fe)5
Si8O22
(OH)2

Mg/(Mg+Fe)が
緑閃石は、0.5-0.9

透閃石は、1.0-0.9

 花崗岩の隙間に
繊維状で産する













 繊維状結晶の
分離品





          母岩付


           分離品

      「透閃石」と「緑閃石」は、化学式が同じで、鉱物学的には同じグループに属している。
     前者は、鉄(Fe)をほとんど含まない端成分に近いもので、一般に白っぽい。
      後者は、マグネシウム(Mg)の一部が鉄(Fe)に置き換わったもので、鉄分の割合に応じ
     て暗い緑色を帯びる、とされている。

      ”甘茶”が肉眼で鑑定するのは困難だが、緑色が濃ければ「緑閃石」、白っぽければ
     「透閃石」としても大きな間違いはないだろう。

      「透閃石」と「緑閃石」は、「角閃石」グループに属し、”紡ぐ(つむぐ)ことができる繊維状
     の鉱物”を指す『石綿(アスベスト)』として利用されてきた。
      近年、『アスベスト』は、肺がんなどを引き起こすとして社会問題化しているのはご承知
     と思う。国際労働機関(ILO)では、『角閃石族造岩鉱物に属するケイ酸塩鉱物であるアク
     チノライト(緑閃石)を石綿の1種と定義している』ので、取扱いは注意したほうが無難だろ
     う。

      ASさんは、「繊維状鉱物」を、『毒石(どくいし)』、と呼んでいるが、あながち間違いでも
     なさそうだ。

 4.2 緑水晶/石英【Green QUARTZ/QUARTZ:SiO2
     この産地の水晶は、「山入り水晶(ファントム水晶)」と呼ばれるものが有名だ。すでに”山
    入り”
になる原因については、何回か報告したとおりである。

    ・小学生とミネラルウオッチング in 山梨
         Aug.2009
     ( Mineral Watching Guide for School Children , Aug.2009 ,Yamanashi Pref. )

     水晶の成長過程で、成長が停止する期間があり、その後、前に成長した水晶を覆うよう
    に水晶が成長したため、前の水晶が後からできた水晶の中に封じ込められたように見える
    訳だ。

     「緑水晶」も同じで、後から成長した水晶ができる時に、「緑簾石」、「透閃石」そして「緑
    閃石」などの微細な結晶も同時に取り込まれて色がついたようだ。

     下の写真は、この状況をよく示している。中心は透明だが、外側の水晶は、”淡い緑色”
    〜”濃緑色”になっていることがわかるだろう。

     
          累帯構造【C軸方向から見る】

     今回採集できた各種の「緑水晶」の内包物(インクルージョン)を推測してみた結果を下の
    表に示す、

 タイプインクルージョン      採集品  備考  
緑簾石
濃い緑色
針状インクルージョン
緑閃石淡い緑色
針状インクルージョン
透閃石乳白色に近い
針状インクルージョン

5. おわりに

 (1) 「昇仙峡」土産
      千葉の石友・Mさんから、「昇仙峡で売られていた人造群晶のようだが、それにしても
     大きい!!」、とのメールいただいた。
      昭和の終わりころ、黒平集落のある方を尋ねると、人造群晶を造っておられた。それら
     が、昇仙峡の土産物屋の店頭に並んでいた。最近、地元産水晶が入手できない上に造
     る人もいないのか、土産物屋でも全くと言って良いほど見かけない。

      以前、某所で、同じような「緑水晶の人造群晶」を目にしたことがあった。緑水晶が20本
     ばかりセメントの台座に埋め込まれたもので、安ければ買おうと思って主人に値段を聞く
     と、「100万円なら売ってもいい」、とのことで諦めた。
      ( 水晶1本が5万円の勘定だ )

      山梨の水晶は、今からちょうど100年前の大正の初め(1910年ごろ)、ブラジルからの
     輸入が始まり、現在昇仙峡あたりで売られている「天然群晶」は、ほとんどがブラジルを
     中心とした外国産だ。
      堀先生の著書に『 セメントの台座に埋め込まれた水晶は、地元・山梨県産のもの 』
     とある通りだ。

      今回入手した「緑水晶人造群晶」は、鉱物学的には価値が低いものかもしれないが、
     「水晶印材」をはじめとする『水晶製品』のなかまであろうと考え”Our Collection”に加え
     た次第だ。

 (2) 山梨の秋
      2009年の秋の紅葉は、一段と鮮やかだ。10月に入って急に冷え込んだのとその後、
     台風の直撃がなかったのが良かったようだ。

      産地近くの木々の葉はすっかり紅葉し、富士山は真っ白に冬化粧し、ミネラル・ウオッ
     チングシーズン終了が間近いことを知らせている。

        山梨の紅葉

6. 参考文献

 1) 益富 寿之助:鉱物 −やさしい鉱物学−,保育社,昭和60年
 2) 中川 清:山梨県の水晶 水晶Vol.11 No.1,鉱物同志会,1998年
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