x中学生とミネラルウオッチング in 山梨







      中学生とミネラルウオッチング in 山梨

1. 初めに

    私の持論の1つに、『鉱物採集は、水晶に始まり、水晶に終わる』がある。これは
   釣人の間で、「釣りは、鮒(ふな)に始まり、鮒に終わる」、と言われているのを聞き
   それをもじったものである。

    この意味は、”何たって、水晶はいい”、という、至極単純明快なもので、鉱物採集
   を始めたきっかけを聞くと、『道端で拾った水晶が美しかったから』、などと答えて
   くれる石友も多い。

    私のHPを読んだK県の私立小中一貫校のR・H先生から『クラスの小学6年生18名を
   鉱物採集に連れて行きたいのだが、適当な場所を教えて欲しい』、と相談のメールを
   いただいたのは、2007年9月の初めだった。
    一昔(10年)前なら、「塩山市(現在甲州市)竹森の水晶山」と即座に答えられたが
   すでに入山禁止になっていた。そこで、林道への大型車乗り入れ規制などあるものの、
   多くの生徒たちが大好きな「水晶」を安全・確実に採集できる場所を紹介し案内した。

    このミネラル・ウオッチングが生徒たちに好評で、以来学園恒例の行事になった。
   2011年5月、学園のI先生から、「今年も案内して欲しい」、とのメールがあった。6月
   末にI先生を含め3名の先生と下見を行い、7月初旬に生徒25名、引率の先生方5
   名を案内した。
    2つの産地を訪れ、全員がそれぞれを代表する特徴のある水晶や「武石」などを
   拾い満足そうだった。
    行きしなに、手が切れるような冷たい沢水に浸しておいて帰りに切り分け食べた
   スイカは皆さんに好評で、元気を回復し、全員無事に駐車場に戻ってきた。

    この日は、東京や神奈川県では雨が降っていたようだが、産地には薄日も差し、天候
   にも恵まれ、『晴れ男』 健在ぶりを立証することもできた。
    1週間ほどして届いた先生・生徒からの手紙には、ここで拾ったいろいろな鉱物や
   道中で拾った産業遺物、そしてみんなで食べたスイカの思い出が綴(つづ)られて
   いた。
    これを機に巡検に参加した生徒たちが自然を大切にする心を一層育んでくれれ
   ばと願っている。
   ( 2011年7月実施 )

2. 水晶産地を目指せ!!

 (1) 登山口へ
     I先生一行を道の駅で出迎えた。初対面の挨拶の後、5台の車を連(つら)ね、登
    山道の駐車場を目指した。
     日本百名山に数えられる山は深い霧のベールをかぶり、特徴のある岩体も見
    えない。登山道の駐車場に到着したのは、予定通り11時だった。

 (2) 難所を越えて
       水晶産地への道は、下り→平坦→下り→川渡り→緩やかな登り、で”行きは
      良いヨイ”のコースだ。
       ただ、難所は渓流の渡河だ。夏とはいえ、この日の気温は20℃以下、水温
      も10℃以下で、落ちてズブ濡れになったら、”風邪”では済まないかもしれない。

        渡河【下見のときのI先生一行】

      私が先に渡り『見本』を示し、注意事項を伝える。怖がる生徒もなく、次々と身
     軽に渡りきり、一安心。むしろ先生のほうが腰が引けて・・・・・・。

 (3) 「水晶鉱山跡」で水晶探し
      枯れ沢を2つ横切ると遠くから、”真っ白い水晶(石英)片”が一面に散らばる、
     「水晶鉱山跡」が見えてくる。
      生徒たちの間から、『 水晶だ!!』、と歓声が上がる。荷物を降ろし、思い思
     いの場所に陣取って探す。
      すぐに、『水晶があった!!』の声が上がる。結晶面がいくつか見えるものでも
     大喜びだ。やがて、六角柱状のもの、そして錐面もついた完全なものを見つけ
     見せ合っている。このようにして、水晶の理想形を現場で現物を見ながら理解し
     て行く生徒の能力の高さには眼を見張った。

       水晶鉱山跡【下見の一行】

      やがて、一人の生徒が茶褐色の大きな塊を発見し、鑑定に持ち込んできた。
     一部、金色の黄鉄鉱が残っており、『黄鉄鉱がゲーテ鉱に変化した武石(ぶせき)』
     と説明すると、あちこちから『武石があった!!』の声が上がる。
      私が探した大きな塊を小割りして、まだ採集できていない生徒に配ると大喜び
     だ。

      12時を過ぎ、ここで昼食をとることにする。生徒たちは、お弁当を食べる合間
     にも、周りを見回して水晶を追いかけている。
      食事の時間に、ここの水晶は約1,200万年前に生まれたことや江戸時代〜
     昭和に水晶を採掘していたことなどを説明する。皆が水晶を拾ったのは、採掘し
     ていたときに見逃したり、小さくて「印鑑」などに使えない水晶を捨てた”ズリ”だ
     ったことなどを理解してもらう。

 (4) 水晶坑道見学
      ここには、水晶坑道が残されている。生徒、特に男子生徒は坑道の中に入っ
     て見たいらしく、何人かから「入ったことある?」、「中で水晶は採れるの?」、
     などの質問が次々に飛び出す。しかし、安全を優先しし、外からの見学のみと
     する。

3. 「有名産地」で水晶採集だ!!

 (1) 「有名産地」に到着
      あまり距離はないのだが、登山道の急な坂を木の根や岩角にすがって登りき
     ると最終目的地の「有名産地」だ。

       有名産地への道

      1年ぶりに下見で訪れると、「水源林保護」の真新しい標識があり、ここでは
     地面を掘ったりせず、落ち葉を掻き分ける程度で表面に落ちている水晶などを
     拾うだけにするよう全員に徹底する。

 (2) 「山入り」「緑」そして「緑山入り」
      採集ポイントに移動し、「山入り」や「緑水晶」が産出するポイントを説明。それ
     ぞれ、お目当ての場所に散らばった。

      間もなく、『山入り水晶があった!!』、と喜びの声を上げた。
     これを皆さんに見てもらうと、次々に鑑定依頼が舞い込む。ほとんどが「山入り」
     だ。まだ採っていない生徒には、私の採集品を渡す。

     やがて、『緑水晶があった!!』、と元気な男子の声がする。大事そうに手に持った
    標本は、小さいが紛れもない”緑水晶”だ。皆、緑水晶を見つけた周辺に集まる。
    この後、『緑山入り』なども飛び出した。

 (3) 帰りはコワイ
      皆さん、いつまでも採集していたい気持ちのようだが、帰りの時間を考え、14
     時過ぎに、産地を後にした。
      帰りは、来たときと違うコースで、第2の難所「急坂」を下りる。一部の女子生
     徒や先生はお尻が地面に付きそうな慎重な姿勢で下ってくる。男子生徒は、
     駆け下りてくる元気さだ。

       急な坂【下見のときのI先生と同僚】

 (4) スイカで疲れを癒す
      渓流に到着すると大きなスイカ2ケが程よく冷えてみんなを待っていた。持参
     した包丁で切り分けると独特の甘い香りが広がる。
      皆さん黙々と食べている。元気な男子生徒たちは”種飛ばし”に興じる。来年
     の今頃は”スイカ畑”になっているかも。(そんな訳ないか)

       スイカ

 (5) 登山道入口に無事帰還
      渓流の場所から、急な登り→平坦→そして急な登り、を乗り越えて、登山道の
     入口に着いたのは、16:30だった。
      ここから途中でトイレ休憩の後、道の駅まで30分あまりのドライブだ。坂道を
     下り市街地が近づくと”ムッ”とした暑さが迫ってくる。

      道の駅に到着し、名残惜しいが、生徒たちとお別れの挨拶をして、私も帰路に
     ついた。

4. 後日談

 (1) 生徒たちからの手紙
      山梨県での鉱物観察が終わった翌週、郵便受けにI先生からの手紙が入っていた。
     封を切ると、中には、先生と生徒たちからの「水晶」などのイラストも入った手紙が
     入っていた。

      手紙の束

      生徒全員からの手紙を読むと、産地で拾ったいろいろな鉱物や道中で拾った
     産業遺物、そしてみんなで食べたスイカの思い出が綴(つづ)られていた。

          
                            先生・生徒たちからの手紙

      一人、ひとりの手紙を読ませてもらうと、生徒全員が、素晴らしい体験ができた
     ことや、本人だけでなく、両親や兄弟姉妹までが水晶の美しさに感嘆し、それを
     分かち合って喜んでいる様子が読み取れた。

      これらの手紙は、”私の宝物”だ。

 (2) 今回の観察品
      私が、大勢の皆さんを案内すると、面白い産状の標本や珍しい鉱物に出会うこと
     も少なくない。
      それらを見せていただき、デジカメで記録に残せるのは私の”役得”だろう。今回
     の観察品のいくつかを紹介したい。

         
            紫水晶                  山入り水晶
                        観察品

5. おわりに

 (1) 下見、本番とも、幸い事故もなく、梅雨時には珍しく天候も持ってくれ、皆さんが
    拾った「水晶」、「武石」、「森林トロッコの犬釘(イヌクギ)」そしてみんなで食べた
    ”冷え冷え”の「スイカ」などが楽しい思い出になった様子が「感想文」から読み
    取れた。

         
                  水晶                     スイカと水晶
                          生徒たちの手紙

     生徒たちが、いつまでも鉱物を通じて自然に愛着を持ってくれることを祈ってい
    る。

 (2) 現在、技術コンサルタント千葉県に単身赴任しているが、いつかは現役を引退
    する日が来るかも知れない。
     技術コンサルタントの傍ら、県のパソコン・ボランティアとして、障害をお持ちの
    方々のPCのトラブルを解決するお手伝いもさせていただいている。
     今回のように、小中学生など、鉱物に興味を持ち始めた人々を産地に案内する
    ことも私の”余生の生かし方”の1つだと考えている。

6. 参考文献

 1) 山梨県・山梨県地質図編纂委員会編:山梨県地質誌 山梨県地質図説明書
                           同委員会,昭和45年(1970年)
 2) 益富 壽之助:鉱物  −やさしい鉱物学 -,保育社,昭和60年(1985年)
 3) 中川 清:山梨県の水晶 水晶Vol.11 No.1,鉱物同志会,1998年
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