岐阜県中津川市の「山口石(変種ジルコン)」

      岐阜県中津川市の「山口石(変種ジルコン)」

1. 初めに

    長野県の石友・Mさんと、中部地方の希元素鉱物を主としたミネラル・ウオッチングの
   初日に訪れたのは、岐阜県北部の産地だった。狙いは希元素鉱物で、変種ジルコンの
   1種・「山口石」だった。

    この産地については、長島乙吉・弘三親子の「日本希元素鉱物」で読んだことがある
   だけで、訪れるのは初めてだった。
    あらかじめ「日本希元素鉱物」の記述を地図に落として作成したルート・マップを持参
   し、産地探索を開始した。
    この本が出版されたのが1960年で、すでに半世紀が経ち、産地の変貌振りは激しく
   「日本希元素鉱物」にはない巨大な砂防ダムがいくつもあり、いくつかの産出ポイント
   はそれらの下に埋もれてしまったようだ。

    とある沢筋を遡ると、先頭を行く私の眼に”青緑色のカリ長石”が飛び込んできた。
   思わず、「アマゾナイト(天河石)があった!!」、と後続のMさんに向って叫ぶ。辺りを
   良く見ると、アチコチに大人の頭大から拳大の「アマゾナイト」がある。やがて、約10cm
   もある”結晶”も現れた。
    沢を遡ってペグマタイト質の転石が見られなくなったり、源頭まで詰めきると沢の合流
   点まで引き返し別な沢を攻めることを何回か繰り返した。

    別なポイントで、「チンワルド雲母」を伴うペグマタイト塊を割ると、破面に茶褐色の四
   角柱状結晶があり、その周囲の長石には”ピンク色のハロ”が来ていて、狙っていた
   「山口石(Yamaguchilite)」に間違いなさそうだ。
    ほかにも、Mさんが「褐簾石」、私も「イットロ蛍石」など、「日本希元素鉱物」に産出が
   報告されている鉱物をいくつか採集できた。

    ルート・マップに実際歩いたルートを重ねてみると、この日訪れたかった目的地よりも
   はるか手前を探索していたことになるようだ。
    1日も早く再訪したいのだが、これからイベントが続き、次回探査は来春以降になりそ
   うだ。

    案内、同行いただいたMさんに厚く御礼申し上げる。
   ( 2009年10月 採集 )

2. 産地

    この産地は、文献などにも紹介されているので、詳細は割愛する。

    今回、初めての産地ということもあり、「日本希元素鉱物」の記述をもとに、”目印”と
   ”距離”を地図に落としたルート・マップを作成して持参した。そして、実際に歩いたコー
   スと産出した鉱物をマップに書き加えてみた。

     ルート・マップ

3. 産状と採集方法

    この地域は、随所に花崗岩が風化してマサ化した箇所(この地方の方言で”ぞれ”
   呼ぶ)が見られ、その一部には風化に耐えて残った露頭もある。
    露頭が自然に崩れたり、かつて砂防ダム用の石材を掘った場所からでた(?)、ペグ
   マタイトの塊やカケラがかなりの量、沢筋に落ちている。
    ペグマタイトの露頭を掘ると、”晶洞”がある。山梨県なら10cmクラスの水晶が出ても
   おかしくない大きな晶洞ですら内部は”空っぽ”(空(から)ガマと呼ぶ)のことが多い。

       
          ”ぞれ”           露頭と晶洞
                  産状

    この地域の「アマゾナイト」も乾くと青緑色が薄れ普通の長石と見分けが付きにくい
   ものが多いので、沢筋など、水分を含んだ場所で採集するのが良いようだ。
    逆に、「紫色の蛍石」は、乾燥すると紫色に見えるのだが、水に濡れていると煙石英
   のように見えて見逃してしまう。何とも、悩ましい限りだ。

4. 産出鉱物

    「日本希元素鉱物」には、「変種ジルコン」、「チンワルド雲母」、「アマゾナイト」、「錫石」
   そして「イットロ蛍石」など、幅広いペグマタイト鉱物が産出するとある。
    今回、私が採集した標本を紹介する。

 (1) 山口石/変種ジルコン【Yamaguchilite/ZIRCON:ZrSiO4
      帰宅後、採集した標本を実体顕微鏡下で観察したところ、「山口石」の産状には、
     いくつかあるのが判明した。

      @ 曹長石ペグマタイトの中に産する。茶褐色の正方柱状で、周囲の長石が
        ”ハロでピンク色”に染まっている。【現地で気づいたタイプ】
      A 黒雲母に埋もれて産する。【明るい場所でルーペで確認できた】

         
             長石に伴う           黒雲母に伴う
        【ピンク色のハロを伴う】      【錐面も確認できる】
                      山口石

      「山口石」の名は、ここに産するリン(P)を多量に含む変種ジルコンに東大・木村
     教授などが付けたものだが、「苗木石」同様に、鉱物種としては認められていない。
      同じ中津川市にある苗木地方(高山や蛭川を含む)で採集できる「苗木石」との
     外観的な違いは、下の表に示すように色しかない。

鉱物名俗 名理想的な化学式外観色   結 晶 図
ジルコン
(変種ジルコン)
苗木石(Zr,Hf,Y,etc)(Si,Nb,Ta)O4緑色
        結晶図
 【日本希元素鉱物から引用】
山口石(Zr,Hf,Y,etc)(Si,P)O4褐色

      これにより、変種ジルコンの内、緑色のものを「苗木石」、褐色のものを「山口石」と
     簡単に呼ばれているが、色だけで決定するのは危険、ともされてもいる。
      しかし、私のような”甘茶”が判断できる基準は色しかないので、「山口石」として
     ある。

 (2) アマゾナイト/天河石(微斜長石)【Amazonite(MICROCLINE):KAlSi3O8
      カリ長石の一種、微斜長石で白〜黄〜緑〜青色の柱状結晶で産出する。図鑑
     にあるような分離単結晶の採集は難しいが、今回、ほとんど結晶面で囲まれた美晶
     を表面採集できた。残念ながら、青緑色は薄く、塊状のものの中には、濃い色のも
     のがある。

        
          結晶               塊状
       【長さ 10cm】
             アマゾナイト(微斜長石)

      青緑色に着色しているのは、微量に含まれる鉛(Pb)の影響とされている。希元素
     鉱物に含まれるウラン(U)やトリウム(Th)などの放射性元素は、崩壊し最終的には
     安定な鉛(Pb)になる。
      「アマゾナイト」は、希元素鉱物の”道しるべ”となりそうだ。

 (3) チンワルド雲母【TINNWALDITE:KLiFeAl(AlSi3)O10(F,OH)2
      「長島鉱物鉱物コレクション」には「(六角)厚板状」の分離結晶と「薄板状母岩付」
     の写真が記載されている。
      今回採集できたのは、厚板状の母岩付きだ。

       チンワルド雲母

 (4) 蛍石【FLUORITE:CaF2
      透明〜紫色で、小結晶が集合した脈〜塊状でペグマタイトの石英、長石に接して
     見られる。
      ”甘茶”の私が、「イットロ蛍石」ではないだろうか、と考える根拠は、次の3点であ
     る。

      @ 近接する黒雲母の中に、(1)で紹介したイットリウム(Y)に富む「山口石」が
        ある。
      A 紫外線(短波長)で蛍光しない。
      B 紫色(通常、黄色とされるが、福島県水晶山産に”紫色”もあるらしい
             ただ、「日本希元素鉱物」のイットロ蛍石の項に、この産地のものは
             『ザクロ石に伴って産し、淡黄緑色・・・・・』、とあるので・・・・・)

         
              全体              拡大
                 蛍石(イットロ蛍石?)

5. おわりに

 (1) 『ぞれ』
      以前紹介した、長野県西筑摩郡田立(ただち)村【現在、長野県南木曽(なぎそ)
     町田立】の「アマゾナイト(天河石)」産地は、方言で”やんぞれ”、と呼ばれる地区
     に近かった。
      花崗岩が風化してマサ化した箇所をこの地方の方言で”ぞれ”と呼ぶようだ。
      今回訪れた場所も、まさに”ぞれ”、と呼ぶのが相応しい地形だった。

      ミネラル・ウオッチングを終えて帰宅するとき、国道19号線を北上すると、長野県
     南木曽町に『柿其(かきぞれ)渓谷』があるのを知った。”ぞれ”には、”其(それ)”
     の漢字をあてている。

      インターネットで調べると、静岡県の飯田線に『大嵐(おおぞれ)駅』がある。

      どちらも訪れたことがないので判らないが、”ぞれ”、と呼ばれる地形から名付けら
     れたのだろうか。

 (2) 産地再訪
      これから、小学生の出前授業、恒例の秋のミネラル・ウオッチングがあり、それが
     終わると3男の嫁さんの出産、そして姪の結婚式とイベントが続く。
      冒頭に、次回探査は来春以降になりそうだ、と書いたが「菱柱状の錫石」や益富、
     桜井両先生が発見したという「トパズ」の魅力も大きく、再訪のチャンスをうかがって
     いる。

6. 参考文献

 1) 長島 乙吉、弘三:日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
 2) 中津川鉱物博物館編:第10回企画展 長島鉱物コレクションと蛭川の鉱物
                  同館,2006年
 3) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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