鉱物採集の技(4) タガネ

          鉱物採集の技(4) タガネ

1. 初めに

   鉱物採集の用具といえば、先ず「ハンマ」と「鏨(タガネ)」だろう。この2つは、”武士の
  大小(大刀と脇差)”
みたいなもので、産地でお会いする人の「ハンマ」や「タガネ」を拝見
  すると、採集の技量、経験年数など”レベル”がほぼ推察できる。

   山梨県甲府市黒平向山鉱山の露頭で晶洞を開け、水晶の巨晶・美晶を採集したのは
  既報の通りである。この露頭は、堅いのなんの、話の他で、持参したタガネの先がすぐ
  丸くなったり、下手に叩くと”3叩き半”で、折れて、使い物にならなくなってしまう。
   いつも、最低5、6本は新品状態のタガネを持参するが、帰りは丸坊主で使い物になる
  のは、全く残っていない日も多かった。
   何回か向山鉱山の露頭に通っていると、あることに気付いた。

   @ タガネは、形状・サイズによって、丸まり、あるいは折れにくいものがある。
       そもそも、タガネで岩を割る理論はどうなっているのだろうか。理論を知ってお
      けば、『百戦危うからず』
   A タガネの上手な使い方
       下手にタガネを使うと、”3叩き半”で、肝心な先端が折れて使い物にならなくな
      ってしまう。折れる原因が解れば、対策できるはずだ。
   B 折れたり、丸くなったタガネの再利用
       先が丸くなったタガネを1回使っただけで”ポイ”と捨ててしまうのは、わが家の
      財政状況が許さないし、資源の無駄使いは慎まねばならない。
       産地に捨てられていたり、岩に刺さったままのタガネは回収・再利用してあげ
      れば、タガネも”成仏”できるだろう。

    @〜B について、私なりの理論と経験をお伝えしたい。
    ( 2007年11月作成 )

2. タガネで岩を割る理論

 (1) 岩石の特徴
      昔、材料力学だったかの授業で、岩石の特徴と利用法を学んだことがあった。鉱
     物採集の対象となる岩石で手こずるのは、花崗岩(御影石)、火山岩、変成岩(フォ
     ルンフェルスなど、堆積岩が変成作用を受けたもの)だろう。
      岩石の特徴とそれを生かした利用法は、次のとおりである。

      @ 圧縮に強い。・・・・・・・・・・積み重ねて石垣、建物など
      A 引っ張りに弱い・・・・・・・・1枚岩で橋などを造る場合、アーチ(弓)形に反った
                        形状にして、引っ張り力を分散させる
      B 衝撃に弱い・・・・・・・・・・・”ガツン”という衝撃でなく、”ジワ〜”っと加重が掛か
                        る土台など
                        ( 逆に言えば、割るのには”衝撃”を加える )

      これらの強みを封じ、弱点を攻めれば、割りやすいことになる。

 (2) タガネの種類と形状
      下の表に、タガネの種類と形状を示す。

 呼称(よび名)     写      真   主 な 用 途  備  考
直(ちょく)タガネ
チスタガネ
     
      直タガネ
穴をあける
岩を割る
   
平(ひら)タガネ   
    正面     側面
      平タガネ
割れ目を広げる
岩を割る
岩を切る
   

 (3) タガネの形状
      読者の皆さんは、タガネの先端を”マジマジ”とご覧になったことがあるだろうか?
     先端のクローズ・アップ写真を見ていただこう。テーパー(細り)が”2段”になっている
     ことに気付くだろう。これが、タガネの秘密なのである。
      この先端部分は、炭素(C)の含有率が高く、モリブデン(Mo)やバナジウム(V)などの
     特殊元素を含み、強靭さを与えている。製造過程では、高温から水や油などに急激に
     入れて冷却する”焼入れ”と呼ばれる熱処理を施し、硬さを得ている。
      折れたタガネの断面を見ると、銀灰色で金属と言うより瀬戸物などを思い起こさせ
     微細な粒状(マルテンサイト)組織になっていることがわかる。

      タガネの先端

      反対端の叩く部分は、炭素(C)の含有量を少し減らし、特殊元素を含まなくても
     粘り強さを与えている。長く使い込んでいくと、塑性変形(粘土細工のように”ぐにゃ
     ぐにゃ”に変形する)し、鼓形に広がり、やがて”メクレ”てくるが、決して折れたりは
     しない。

 (4) タガネに働く力
      タガネの先端は、”くさび形”をしている。これは、力学的には身近な”ネジ”などと
     同じように加えた力で何倍かの力を生み出す『増力機構』と呼ばれる。さらに打ち
     込んだ力を直角方向の力に変換し、硬い岩石を割る。
     ( ネジを使ったジャッキで、1トン以上もある自動車が持ち上げられる原理と同じ )

      タガネの力学

      ハンマで叩いた力を与で、得られる割る力は、次の式で与えられる。

          R=(F/2)/sin(θ/2)・・・・・・・・・・・・・(式1)

          ここで
          R : 割る力(岩石に働く引っ張り力)
          F : ハンマで加えた力
          θ : くさびの角度

      理論的には、くさびの角度【θ】が小さいほど割る力【R】は大きくなるのだが、機械
     的な強度が低下し、折れやすくなるので、その兼ね合いで上の写真のような先端の
     形状になっている。

3. タガネの上手な使い方

   タガネを使った場合に遭遇するトラブルは、次のようなものだろう。その原因と対応策
  を一覧表にまとめてみた。

   @手を打つのが怖くてタガネの下の方を持つ → ”ぐらぐら”する → タガネに横方
  向の無理な力が働く → タガネが折れる、ハンマがそれて手を打つ → @

    という”悪循環”に陥っているのが初心者なのではないだろうか。

  ト ラ ブ ル     原     因    対  応  策  備  考
手を打ってケガをする 怖くて、タガネの先端に
近い部分を握る

タガネの頭だけ見ていて
タガネの先端がすべって
手を打つ

握った手から10mm程度
タガネの頭が出るように
持つ

タガネの先端を見て、確実に
岩に食い込んでいるのを確認し
ハンマで打つ

上を持ちすぎて
ハンマとタガネの間に
手を挟まないように注意

自分の手を打つような
積りでハンマを振るう

タガネを折る 怖くて、タガネの先端に
近い部分を握る

最初から太くて長いタガネを
用いるため、食い込まない内に
”ぐらぐら”動いてタガネを
折る無理な力を加えるく

岩を割るため、打ち込んだ
タガネの横からハンマで
強打する

同上

最初は、細くて短いタガネ
(径16mm×長さ190mm)を
打ち込み、割れ目ができたら
順番に太いタガネを打ち込む

バールを打ち込んで
”テコの原理”で割る

 
タガネが減る
(磨耗する)
タガネに頼りすぎる  
 
 
 
 
 
ただ岩を割ろうとする
凸部を落とすときはタガネを
使わず、ハンマだけで落とす

岩石の面をハンマで強打し
”ヒビ”を入れてから、タガネで
落とす

母岩の弱いところ(割れ目
岩石の境目など)を攻める

昔は、露頭の前で火を焚き
熱した岩石に水を掛け急冷し
”ヒビ割れ”をこしらえてから
タガネを使った、と言われて
いる

4. タガネの再利用

   先が欠けたり丸まったりして捨てあるタガネや岩に打ち込んで抜けなくなったタガネを
  産地で見かけることがある。
   ”まだ使えるのに、もったいない”という気がする。私は、先が欠けたり、丸まったりした
  タガネを『研磨』して、再利用(Reuse)するように心がけている。
   何回か研磨して、どうにも使えなくなったタガネは、『鉄くず』として、リサイクル(Recycle)
  にまわすようにしている。

 4.1 使用するもの
  (1) グラインダ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホームセンターで売っている。
                         特売で3,980円(通常5,000円以下)
                         「グラインダ」の代わりに、HPの「採集の技・整形」で
                         説明した「ディスクグラインダ」でも良い。ただし、
                         ダイヤモンドカッタの代わりに、「刃とぎ用砥石」を
                         取り付ける。

       グラインダー

  (2) 水をいれた容器・・・・・・・・・・・・・・イチゴのパックなどでよい。
                          熱くなったタガネを急冷する

 4.2 研磨手順
     タガネ全体が、新品と似た形状になるよう、タガネをグラインダの砥石に押し付け
    削っていく。時々(1分に1回程度)、タガネの先約5cmを水に急に入れ、焼きが鈍(な
    ま)る(鉄の質が軟らかくなる)のを防ぐ。
     ( 水に入れたとき、”ジュ”と音がすればよい )
     強く押し付け過ぎるとグラインダの回転が止まるので、時々離して、砥石が正規の
    回転数になるのを待つ。

       研磨作業

 4.3 研磨前後比較
     研磨前後のタガネの先端を比較して示す。”新品同様”になること請け合いである。

         
             前                 後
                  研磨前後の比較

5. おわりに

 (1) インターネットを見ると、石友から良いと言われた「△△△印チスタガネ」なるものが
    1本1,000円以上で売られている。地方都市に住む私が、あちこちのホームセンターで
    探しているが、眼にしたことがない。
     しかたがないので、いくつかのメーカのものを購入し、どれが良いのか、試してみる
    事にした。値段はいずれも、△△△印の1/4〜1/3以下である。

     結論は、『 弘法、筆を選ばず 』 である。

     つまり、メーカーの違いよりも、使い方やタガネのサイズの選択などの方が重要だと
    言うことである。良いと言われる「△△△印チスタガネ」が”3叩き半”で折れるのを
    目撃したこともある。

 (2) タガネをグラインダで研磨していると、削り取られた鉄粉が燃えて、線香花火のような
    火花を出す。
     この火花を見れば、炭素の含有量が何パーセントか凡そ見当がつき、”斬れる”か
    どうかも感触でわかる。

     まさにタガネは、”武士の大小(大刀と脇差)”みたいなものである。
     ( 女性の場合、”薙刀と懐剣” であろうか )

6. 参考文献

 1) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
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