鉱物採集の技(12) 精密パンニング







          鉱物採集の技(12) 精密パンニング

1. はじめに

    2013年10月、山梨県に住むNさんから、「子どもを水晶拾いに連れて行きたいのだが」、
   とメールをいただいた。Nさんと私の日程があう11月中旬に長野県甲武信鉱山の貯鉱場
   を案内することにした。すでに山梨県や長野県の2000mを超える山の頂は雪に覆われ
   本格的なミネラル・ウオッチングは難しい、と判断したからだ。

    9時に「湯沼鉱泉」にNさん親子と友人家族と集合したが、8時過ぎの川上村の気温が
   0℃で、レタス畑の表面は真っ白い霜におおわれ、貯鉱場のズリも凍っていると予想され
   た。

     気温0℃!!

    そこで、湯沼鉱泉の「水晶洞」を、一時間ほどかけて案内し、川上村の鉱物の成り立ち
   や特徴、そして産出鉱物などを理解していただいた。
    「水晶洞」の出口では、隠しておいた千葉県の石友・Aさんが送ってくれた長野県産の
   水晶を探すサプライズには子どもたちだけでなく、大人も大喜びだった。

    
                 Nさん一行
             【 at 湯沼鉱泉「水晶洞」 】

    貯鉱場手前の梓川を子どもたちを背負って渡り、ズリに着くと、予想通り”カチンカチン”
   に凍っていた。持参した”つるはし”で凍ったズリの土石を砕き、パンニング皿に入れ、
   梓川の水に浸して氷を溶かし、泥水を流して水晶やザクロ石を探し子どもたちに進呈した。
    パンニング皿の底に残った比重の大きな重い鉱物の中からピック・アップした肉眼サイ
   ズの自然金やホセ鉱などは持参したガラスの小瓶に入れ、これらも進呈した。
    パンニング皿に残った重鉱物は、持参した蓋付きタッパーに回収し、私の唯一の採集
   標本になった。帰宅後に、『精密パンニング』を楽しもうという魂胆(こんたん)があってだ。

    
          タッパーに回収した重鉱物と土砂
                 【横 5cm】

    お昼を回ったので湯沼鉱泉に戻り、陽溜りのテーブルで昼食を摂る。そそくさと食事を
   終えた子どもたちは、残っている2匹の川上犬の子犬たちと遊ぶのに夢中だ。湯沼鉱泉
   で飼っている川上犬の後足には、”狼爪(ろうそう)とよぶカギ爪”があるのが特徴で、
   子犬たちにもあるのを教えると興味深く観察していた。

     ”狼爪”

    Nさん一行と別れ、社長とお姐さんと茶飲み話をしていると、『水晶盗掘容疑で逮捕』
   れた人が前の日に来たと話してくれた。
    一か月近く拘留され、罰金△十万円、買った瑪瑙(オパール?)なども含めて水晶類は
   全て没収されたらしい。
    山梨県警から湯沼鉱泉に聞き取り調査があったのは、LEDを使った鉱物展示器具を
   置いて販売してくれと持ち込んだことがあったかららしい。押収したPCにあった”盗掘”し
   た水晶などの譲渡先データを元に、警察は裏付け捜査したようだ。

    いろいろな情報を総合すると、採集方法が悪質で、お金のために採集品を売却してい
   たことが逮捕という事態を招いたようだ。
    このような事態を招かないために次のように自戒している日々だ。

    (1) 『 少欲知足 』
    (2) ”皆が欲しがるもの”ばかりを追いかけない。

    精密パンニングでの採集方法は(1)の条件、得られる鉱物標本は(2)の条件を満足し
   これからも続けていきたい私のミネラル・ウオッチングのスタイルの一つだ。
    ( 2013年11月 採集・編集 )

2. 必要な道具・部品

    精密パンニングに必要な道具で特別なものと言えば「塗り盆」くらいだ。ほかのものは
   各家庭にあり、ミネラル・ウオッチングが趣味の人ならば、たいがい持っているはずの品
   物だ。
    

 (1) 「塗り盆(皿)」
      長島乙吉氏は、「日本希元素鉱物」の中で、「木地盆」と「吸い物椀の蓋」をフィール
     ドに持参する、と書いているが、これは鉱石と一緒にリュックの中に入れても破損しな
     い丈夫なものとの観点で選んだものらしい。
      自宅で行う精密パンニングには頑丈さは不要で、小さくて軽い「塗り盆」や「塗り皿」
     がピッタリだ。

          
                   「塗り皿」                         「木盃」
               【”段”が付いている】

      私が愛用しているのは、骨董市で100円で買った、木地の上に黒と赤の漆を塗った
     直径17cm、深さ1.7cmの「塗り皿」だ。「吸い物椀の蓋」や「木盃(もくはい)」のように、
     底から縁にかけて連続した曲面になっているものより、パンニング皿のリッフルに相
     当する”段”がついているもののほうが使いやすい気がする。
      赤や黒色の漆は、自然金などの鉱物との色の違いが際立つのでお勧めだ。

 (2) 洗い桶
      プラスチック製の洗い桶に水を張り、この中でパンニングする。桶の大きさや入れる
     水量は「塗り皿」の大きさに合わせて選ぶ。
      精密パンニングで逃がした鉱物は洗い桶の中にあるので、もう一度パンニングを
     やり直せば拾い上げられる可能性が大きいので気が楽だ。

        洗い桶

      写真のものは、内径22cm、深さ8.5cmだ。バケツのように深いものは使いにくい。

 (3) 無地紙
      精密パンニングで「塗り盆」の底に残った重鉱物を移して水分を吸収させ乾燥させ
     ための紙で、A4からB4サイズくらいの印刷されていない広告チラシが一番だ。文字
     や図柄が印刷されたものだと、乾燥した後に回収残りがでるおそれがあるので不適
     だ。

 (4) ピンセット
      精密パンニングの初期の段階で、大きな(2mm以上)重鉱物を無地紙の上に移す
     のに使用する。先がとがった、金属製、できればステンレス製が水に濡れても錆び
     ないので使いやすい。百均で自分の使いやすいものが手に入るはずだ。

        ピンセット

 (5) 磁石
      「磁鉄鉱」などの磁性を持つ目的外鉱物を除去するのに使う。小さなビニール袋に
     磁石を入れて置くと磁石に小さな磁性鉱物が吸いつかず便利だ。

        磁石

 (6) 実体顕微鏡かルーペ
      精密パンニングで拾い上げる鉱物は小さいので、肉眼では識別しにくい。ルーペ
     (できればライト付き)で拡大し、ピックアップする。
      実体顕微鏡なら、両手が空く(ハンズ・フリーになる)ので作業が一段と楽だ。

          
                実体顕微鏡                   ルーペ
                                       【左 LEDライト付き】

 (7) フルイ
      揚げ物のかすなどを掬う(すくう)のに台所で使う”オタマ”のような形状の網で、対
     象鉱物によって目の大きさが約0.5mmのものと約2mmくらいのものの2種類があると
     便利だ。

        フルイ

 (8) 標本箱
      乾燥させた後の重鉱物を仮保管するための標本箱。紙の上に置いておくと、風で
     吹き飛んだり、ペットにひっかきまわされたり、ひどい場合は家人(奥さん)が掃除機
     で吸いこんでしまうなどのリスクが少しは軽減できる。

 (9) つま楊枝(ようじ)
      唾液で先端を濡らしたつま楊枝で鉱物を拾い上げる。濡らし過ぎると、周りの不要
     なクズ石まで吸いつけてしまうし、足りないと拾い上げる途中で落ちてしまい”行方
     不明”になってしまう。
      つま楊枝の先端は、購入したままでも良いのだが、切れ味のよいナイフで細く削っ
     ておくと、より楽にピックアップできる。

 (10) 標本ケース
      回収した標本を入れるケースで、書類に綴(と)じ穴を開けるパンチで厚紙に穴を開け
     これを厚紙の台紙に接着してプラスチックのケースに入れておく。
      厚紙の色は、自然金の場合黒色、のように鉱物が目立つ色を選び、穴開けで地が
     出た箇所には塗料(マジックなど)を塗って使う。

          
                    全体                        鉱物収納部拡大
                               標本回収ケース

      希元素鉱物産地のように、何種類かの鉱物が産出する場合、鉱物種+αのケース
     を準備しておくと拾い上げながら分類できるので好都合だ。

3. 精密パンニングのやり方

    順を追って精密パンニングのやり方を説明する。

 (1) タッパーから塗り盆に移す。
      タッパーの蓋や内側面に付いた重鉱物を水で洗いながらタッパーの底に沈める。
     タッパーを塗り盆の上で静かに傾けて、重鉱物を塗り盆に移す。一回では全部の重
     鉱物を移し切らないので、塗り盆の水だけをタッパーに戻し、重鉱物がタッパーに残
     らなくなるまで繰り返す。

        塗り盆に移す

 (2) 大きな重鉱物をピンセットで無地紙に移す。
      精密パンニングの早い段階で、径2mm以上の大きな重鉱物をピンセットでつまんで
     無地紙の上に移す。

        ピンセットで摘み上げる

 (3) 磁性鉱物除去
      洗い桶に水を張り、塗り盆を水の中に一度沈めてから、塗り盆に磁石を近づけて、
     磁性鉱物を取り除く。
      甲武信鉱山貯鉱場のように、重鉱物の中に磁性鉱物をほとんど含まない産地の場
     合、この工程をスキップしても差し支えない。

 (4) 揺り分け
      パンニングの要領で、軽い土砂を塗り盆の外に揺り分ける。一度にやろうと思わず
     ”段”の内側まで重鉱物を戻して、塗り盆を傾けて揺り分ける。これを十回以上、重鉱
     物の中に石英などが残り少なくなるまで繰り返す。

          
                   途中                            終了
                                  揺り分け

 (5) 無地紙に移し替え
      塗り盆の底の隅に、少量の水を含む重鉱物を集め、無地紙の上に盆を裏返しにして
     叩き付け、重鉱物を無地紙の上に移す。
      重鉱物が流れないように注意しながら、水だけ流し去る。無地紙の下に、一日分の
     古新聞を敷いて置くと、速く乾燥できる。
      塗り盆は、水で洗い、布で拭いて水気を切り、日蔭で乾燥する。

          
                無地紙に移し替え                     乾燥終了

 (6) フルイ掛け
      苗木地方の「流れ錫石」などのように、ある大きさより小さな標本は不要な場合、
     フルイ掛けして、フルイの目より小さな重鉱物は捨ててしまう。

 (7) 標本箱に移し替え
      乾燥したら指先で重鉱物をかき集め、標本箱に移し替える。箱の色は顕微鏡下で
     の選別がやりやすい白色が良いだろう。

        標本箱に移し替え

 (8) 実体顕微鏡(ルーペ)下で選別
      標本箱を実体顕微鏡下に置き、約20倍に拡大して観察しながら、目的とする鉱物
     を先を唾液で濡らしたつま楊枝に吸いつけて、鉱物種別の標本ケースに回収する。
      写真のつま楊枝の先端は、使いやすいように自分の好みに合わせて、カッターナ
     イフで細く削ってある。

        つま楊枝で「自然金」を回収

4. 精密パンニングでの採集品

    今回、採集した緑水晶や方解石、そしてざくろ石など、この産地を代表する鉱物は全て
   Nさんや子どもたちに進呈してしまい、「精密パンニング」で確認した標本だけを紹介する。

 (1) 自然金【Native GOLD:Au】
      甲武信鉱山は金山として栄えた時期があったことからわかるように、貯鉱場では
     ざくろ石やホセ鉱に伴う母岩付き、あるいは母岩から分離した自然金が採集できる。
      下の写真は、分離品で、最大でも1mm弱しかなく普通のパンニングでは採集対象
     にしないだろう。

        「自然金」【分離品】

 (2) ホセ鉱Aと自然金【JOSEITE-A & GOLD:Bi4TeS2,Au】
      黒色から鋼灰色、へき開は完全で、その面は虹色なのが特徴。モース硬度 で柔
     らかく、縫い針等で突っつくと簡単にキズがつく。比重が7.9と重く、精密パンニングで
     確実に採集できる。
      写真の標本の左が”黄金色”になっているのは、皮膜状の「自然金」で、この産地
     のホセ鉱Aに伴う特徴的な産状だ。

        自然金を伴う「ホセ鉱A」

 (3) 灰重石【SCHEELITE:CaWO4
      白色、脂ぎったガラス光沢で石英に似ているが、比重が4.7と重く、パンニングで
     容易に揺り分けられる。何よりも、ミネラタイとの紫外線を照射すると青白く光るので
     石英と簡単に区別できる。

          
                白色光(太陽光)                  ミネラライト(紫外光)
                              灰重石

5. おわりに

 (1) 『精密パンニング』
      「精密パンニング( Precision Panning )」なる言葉が世の中にある訳でなく、私の
     造語だ。パンニング皿や揺り板などを使ってフィールドで砂金や希元素鉱物などの
     重鉱物を揺り分ける所謂(いわゆる)パンニングに対して、持ち帰った重鉱物をじっく
     りと時間をかけてパンニングし直すやり方を「精密パンニング( Precision Panning )」、
     と定義している。

      フィールドでは限られた時間の中で、できるだけ多くの土砂をパンニングしようと
     するため、パンニングが雑になり、希産鉱物などを逃してしまう恐れが大きい。
      そこで、フィールドでは最後の詰めまでやらずに、パンニング皿の底に残った重鉱
     物をソックリ持ち帰り、自宅でジックリとパンニングし直すと、次のようなメリットがある。

      (1) 希産重鉱物を見逃すことが少なくなる。
      (2) パンニングする土砂の量が増え、希産鉱物を採集できる確率が高くなる。
      (3) 自宅に帰ってもパンニングする楽しみがあり、一つの産地を長く楽しめる。

      具体的には、苗木地方で発見した「木錫(もくしゃく:Wood Tin)」は、フィールドでは
     気付かなかったが「精密パンニング」で産出を確認した好例だ。

      ・ 岐阜県苗木地方の 「 砂金 」 その2
      ( Placer Gold(GOLD) from Naegi Area - Part 2 -, Nakatsugawa City , Gifu Pref. )

 (2) 『王侯・貴族の趣味』
      昔、鉱物を集めるのは、王侯・貴族の趣味だった、と読んだことがある。王侯・貴族
     とまでいかなくても、鉱物を集めたのは”お金と時間に余裕のある人々”だったようだ。

      私の住む山梨県は、古くから『甲斐の名産は葡萄と水晶』、と言われるように、日本
     式双晶をはじめ、形・色・インクルージョン・共生鉱物の変わった水晶や鉱物が産出し
     た。明治から大正にかけて、甲府市の薬種商・百瀬氏は、坑夫たちが採掘し持ち込
     んだ珍しい水晶や鉱物などを買い上げ続けた。その膨大な蒐集品は、「百瀬コレクシ
     ョン」、として山梨大学に寄贈された。
      これが”本当のコレクターのあり方”ではないだろうか。

     ・山梨大学 「水晶館」のミネラルコレクション
      ( Mineral Collection of Hall of Quartz , Yamanashi University
                                      Kofu City , Yamanashi Pref. )

      鉱物採集がブームになった1980年代後半から、あいつぐ採集ガイド本の出版で産地
     情報が公開され、高速道や林道が整備され遠方の産地でもアクセスが容易になった
     のも相俟(あいま)って、誰でも気軽に鉱物標本を採集できる環境になってきた。

      2013年9月、新しい産地の情報交換のため、古い石友・X氏に電話した。ひとしきり
     産地について話し込んだ後、

      X氏 「MHは永くミネラル・ウオッチングをやっているから、標本もたくさん溜まって
          置き場所に困るだろう? 」
      MH 「ひと部屋占領していますヨ」
      X氏 「標本は売らないの?」
      MH 「売りませんヨ。売るのはどうも・・・・・」
      X氏 「MHはそうだろうな〜。○○○○会の連中なんか、金のないやつバッカリで、
          採ってきたのを片っぱしから売ってるよ」
      MH 「そうなんですか、・・・・・・・・・・」

      こんな会話を最後に、この日は受話器を置いた。

      「西に綺麗なざくろ石、東に新産鉱物」が採れると聞いて遠路駆け付ける人が増え
     ている。このこと自体は非難されるべきものではなく、むしろ日本や鉱物産地地域の
     経済の活性化に貢献してしている、と誉められるべきかも知れない。
      X氏の話を裏付けるように、遠くまで採集に行けば、高速代、ガソリン代、宿泊代と
     費用(コスト)も嵩(かさ)みそれを回収するために売る、という輩がいるようだ。
      これらの綺麗だったり珍しい鉱物はネットや鉱物展示即売会などで簡単に高く売れ
     るので、はな(最初)から売るのを目的に採っている、としか思えない輩も増えている。
     なぜなら、本人が、「持ち帰った採掘品は一回で○十キロ」、と言うように半端な量で
     はないのだから。
      このように、多量に採ることで産地の自然を荒らすという別の弊害を引き起こして
     地元の反発を招いている場所もあるようだ。

      ミネラル・ウオッチングは趣味なのだから、変な経済観念など働かせずに、純粋に
     楽しむようにしたいものだ。そのため、冒頭の2つを自戒している。

6. 参考文献

 1) 櫻井 欽一、加藤 昭:鉱物採集の旅 関東地方とその周辺、筑地書館,1972年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールド・ガイド,草思社,1988年
 3) 益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
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