鉱物採集の技(3) 標本の整形(トリミング)

    鉱物採集の技(3) 標本の整形(トリミング)

1. 初めに

   長野県の石友・Yさんが採集した日本式双晶の標本を標本箱に収まるサイズにタガ
  ネとハンマで小さく整形(トリミング)したら、『 肝心の日本式双晶が欠けて、なくなって
  
しまった 』、と話してくれた。( ”しまった”の掛詞 )
   私自身も同じような苦い経験を繰り返し、「小川山のベローダ双晶」は、飛ばしてしま
  うのが恐ろしくて、不釣合いなほど大きな母岩のまま、玄関に安置してある。

   以前のページで、『 母岩付の方が標本の価値は高い 』、と書いたが、母岩付の場
  合、産状・成因(できかた)そして共生鉱物などががわかるので学術的に貴重なのがそ
  の理由の1つである。
   さらに、母岩付のまま存在する確率が低い上、採集するのが難しく、さらに適当な標
  本サイズに整形するのも難しく、それだけ存在するのが稀だからである。
   これは、日本式双晶として一番市場に流通している「奈留島産」のもので、分離単晶
  は1,000円以下で買え、母岩付は数万円していることで理解できるだろう。

   運よく母岩付で採集した標本を、バランス良い標本に整形する方法をお知らせしたい
  と思う。ただし、この方法は、騒音、粉塵を発生するので、マンション等、集合住宅に
  お住まいの方々には、残念ながらお勧めできかねる。
   ( 2007年8月作成 )

2. 適当な標本サイズ

   鉱物採集を始めた当時、『 標本は掌(てのひら)サイズが良い 』 、と本で読み、大
  きな標本を採集しても、最大10cm角ほどに整形していた。

   今の私の持論は、 『 標本は母岩付で大きいほど良い 』 である。なぜなら、小さ
  く整形するのはいつでもできるからである。
   ただし、母岩付の場合は、”主体鉱物と母岩のバランス”が重要で、母岩の部分が
  不釣合いに大きすぎると肝心な標本部分が”貧弱”に見えてしまう。
   また、母岩に不要な突起などがあると、見た目にも安定感が悪い。

   下の標本写真で、主体鉱物(この場合水晶)と母岩の大きさの割合がどのくらいがよ
  いのか、読者の皆さんにも判断していただきい。

        
        標本A【横9cm】         標本B【横23cm】         標本C【横20cm】
        【向山鉱山産】          【小尾八幡山産】          【小川山産】

    多くの読者は、標本Aは母岩がもう少し大きい方が良い、標本Bはバランスが良く
   標本Cは、母岩が大きすぎて、”間が抜けている”、と思われたのではないだろうか。

    ちなみに、主体鉱物の最大高さと母岩部分の高さは、つぎの表の通りである。

標本主体鉱物の最大高さ
    H1(cm)
母岩の高さ
  H2(cm)
高さの比
 H1/H2
私の評価  備  考
A    3.5    1.5 2.3 △   採集した時点で
母岩(ゲス板)の
厚さはこれしか
なかった
B    10.0   10.0 1.0 ○  
B     3.0   15.0 0.2 ×  整形待ち状態

   これから見ると、主体鉱物の高さと母岩の高さ(厚さ)の比は、1.0前後が良さそうで
  ある。
   全体としての形も、△(三角形)、台形、□(長方形【縦長〜横長】)そして○(球、楕
  円体)などがバランスも良いだろう。

3. 一般的な整形方法

   鉱物採集の入門書や採集案内の書籍を読んでも、整形後の寸法について書いて
  ある程度で、どのように整形するかについて書いてあるものは少ない。
   古い本に岩石標本の作成方法として、”ハンマで一撃、標本にハンマの打痕を残さ
  ない” 
とごく簡単に記述されている程度だ。

   私が従来実行していた標本の整形方法は、次の2通りだった。

No  方  法説明メリット(利点)デメリット(欠点)  備  考
ハンマで一撃  標本を手に持ったり
足で抑えてハンマで
一撃する
ハンマだけで簡単  割り損なうと肝心な
標本を飛ばしたり
母岩に醜い打痕が
残る
 フィールドでの粗い
整形に一般的に使わ
れる
タガネを当てて
割る
 標本を床面に置き
手に持ったタガネを
ハンマで叩き、タガネを
当てた箇所から
割る
 標本を片足で抑えて
おくと割りやすい
 簡単
 母岩が硬かったり
層理(われやすい方向)が
あると予定外の方法に割れ
標本を台無しにする
 一般的な整形方法
タガネには「角」「平」の
2種類あるが、整形には
「平」が良い

4. 新しい整形方法

   従来の2通りに加え、最近「ダイヤモンドカッタ」を用いた整形方法を使い、良好な
  結果を得ているので、ご紹介したい。

 4.1 使用するもの
  (1) ディスクグラインダ・・・・・・・・・・・・・・「ディスクグラインダ」などの名称でホーム
                          センターで売っている。
                          特売で1,980円(通常3,000円以下)

      
               ディスクグラインダ
         【ダイヤモンドカッタを取り付けた状態】

  (2) ダイヤモンドカッタ・・・・・・・・・・・・・・CDのような薄い円盤で周辺にダイヤモンドの
                          粒子を埋め込んである。
                          特売で5枚980円(1枚売りで500円前後〜)
  (3) 平タガネ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ダイヤモンドカッタで付けた溝に平タガネの
      ハンマ                先端を入れて、ハンマで叩き標本を割る。

 4.2 整形手順
     私が甲武信鉱山・第3松茸産地で採集した「まりも入り松茸水晶の群晶」を例に
    整形の手順を説明する。

        
                 前                     後
           右半分母岩が目障り         正面には頭付き結晶のみ
                       整形前後の比較

No 手 順 説 明写      真  備  考
ダイヤモンドカッタで
溝を入れる線を決める
@標本の正面を決める
Aどこを残すか
  (=どこを捨てるか)を
  決める
B標本の裏側に境界線
  (=カット予定線)を引く
   写真省略  一番時間をかける

カットした線が正面から
見えないように切る

ダイヤモンドカッタで
線に沿って溝を入れる
        【注意】
 切断時、粉塵を吸わないよう
風向きを考え、必要なら
防塵マスクを付ける

 騒音がするので、隣近所から
クレームが来ないように

 平タガネを溝に入れ
ハンマで軽く叩きながら
溝に沿って割る
      平タガネの先端くさび部が
溝にかろうじて入る程度
だと、割る力が有効に
働く

 標本の下にはクッション
(ぼろ布など)を置く

完成
  左:捨てる    右:残す
 カットした面が気になるなら
小さな角タガネで表面を
割って、わざと凹凸をつけ
ても良い

 この後、「クリーニング」

5. おわりに

 (1) この方法を石友・Yさんにお知らせしたところ、早速実行し、”具合が良い”との評
    価をいただいた。

     石友・Mさんにこの話をしたら、『 私も使っています 』、とのことで、知っている
    人は”密かに愛用”しているようだ。

 (2) 私の趣味の1つに、切手や古い封筒、葉書などを収集する「郵趣」がある。収集
    分野の呼び名の1つに「エンタイア」がある。
     これは、もともと英語の”Entire"から出た言葉で、”完全な”という意味から、切手
    を貼った封筒が実際に郵便局で印を押され、あて先に送られ、内容物の手紙等も
    残っている状態のものを指している。

     私が切手収集を始めた今から50年ほど前の中学生だったころ、『切手収集は、
    家にある封筒から切手の部分だけを切り抜いて切手だけを集める』、とされていた。
     これによって、全国の小中高生が家にあった明治時代からの貴重なエンタイアを
    この世から消滅させてしまったのは返す返す残念なことだ。
     今になって、「エンタイア」は、単片切手の数倍〜数十倍で取引されている。
    ( この裏に、商業主義の魔手があったかどうかは知らないが )

     『 鉱物標本は地底からの便り 』、というようなことがある本に書いてあった、と
    記憶している。
     母岩付き標本は、母岩(封筒)と鉱物(手紙)が完全に揃ったいわば”エンタイア”
    である。

     これが、私の持論の1つ、 『 標本は母岩付で大きいほど良い 』 の理由で
    ある。

6. 参考文献

 1) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 2) 柘植 久慶:奇妙な書簡,並木書房,1990年
 3) 塚本 治弘:鉱物 地底からのたより,あかね書房,1993年
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