鉱物採集の技(6) モース硬度計







        鉱物採集の技(6) モース硬度計

1. 初めに

    フィールドやミネラル・ショーなどで採集あるいは購入した鉱物を必要に応じて整形(トリ
   ミング)、クリーニングし、鉱物種(名前)が何かを鑑定し、ラベルを作成し、保管するまでが
   ミネラル・ウオッチングの一連の楽しみだと思っている。
    産地の現状、観察できた鉱物などを写真とともに『電子フィールドノート』にまとめておく
   のも違った楽しみだ。
    クリーニングし実体顕微鏡で観察すると泥や錆(さび)あるいは苔(こけ)などに覆われて
   見えなかった小さな結晶がハッキリと姿をあらわすことも多い。

    鉱物種を決める「鑑定」では、鉱物のもつ特徴のある、なしやその程度から絞り込んでい
   くことになる。
    鉱物の特徴の1つに「硬さ」がある。これを調べるには、『モース氏(あるいは式)硬度計』
   を使うのが一般的とされている。

    骨董市で、学校の備品だったと思われる硬度計が並んでいるのを何回か目にしたことが
   あった。モース硬度の10段階に合わせて10種類の鉱物が1箱にセットになっているのが
   基本で、「條痕板」が付属してものもある。
    ただ、申し合わせたように、『硬度10 金剛石(ダイヤモンド)』が抜けていて全部が揃っ
   た完品(かんぴん)はまず見当たらない。
    東京の骨董市で見かけたものも金剛石は抜けていたが、1つくらい持っていても良いか
   な、と軽い気持ちで購入した。

    半年ほどして、千葉県の骨董市を訪れると、モース硬度10の金剛石(ダイヤモンド)を使
   った『硝子(ガラス)切り』が置いてあった。店主と値段交渉の末、500円で入手した。
    こうして『モース氏硬度計』が完全な形になったのだが、はたと考えた。今まで、これを
   必要とし、使ったことがあっただろうか。
    ”皆無”なのだ。かと言って、「硬度」を調べたいと思ったことが全くない訳でもない。「硬
   度」を知りたいと思った時には、手近にあるもので代用して、なくても済んでいただけだ。

    手近なものの代表と言えば、身体の一部、硬度2.5とされる『指の爪』だろう。実体顕微
   鏡下で「自然金」か硫砒鉄鉱の錆びたものを区別するのには硬度5〜6の『カッターの刃』
   が一番だ。

    最近発見される新鉱物は、『モース氏硬度計』でキズを付けあって硬度が調べられるほど
   大きくて立派な結晶が出ることは期待できず、ありふれた鉱物なら「硬度」を調べるまでも
   なく、結晶の形、色、産状などで十分鑑定できるのだ。

    こうなってくると、『モース氏硬度計』は、実用的ではないが一部の趣味人が愛玩(あい
   がん)する『骨董品』扱いになってしまうのだろうか。
    ( 2011年11月 入手 )

2. 『モース氏硬度』とは

    ドイツの鉱物学者・フリードリヒ・モース(1773-1839)が、鉱物の”ひっかきキズ”の付き
   やすさを硬度の目安として、硬度1のタルク(滑石)から硬度10のダイヤモンド(金剛石)ま
   で10種類の鉱物を並べたものだ。
    モースが硬度計を発明したのは、今からちょうど200年前の1812年とされる。当時、鉱物
   によって硬度に違いがあることは知られており、鉱物学者はすべての鉱物の硬さを比べら
   れる”ものさし”を必要としており、これに応えたのが『モース氏硬度計』だった。
    現代の硬度計が、ダイヤモンドでできた角錐の圧子を一定の力で押しつけた時の凹み
   の幅を定量的に測定するのに対して、モース硬度は、軟らかい鉱物から硬い鉱物の順に
   並べただけだ。
    "Dana's Manual of Mineralogy"1912版を読むと、"relative hardness(相対的な硬度)"、
   と表現してあるとおりで、絶対的な硬度ではない。硬度10のダイヤモンドが硬度1のタルク
   よりも10倍硬い、というわけではない。

モース硬度 鉱物名
英語名 和名
1 タルク 滑石
2 ジプサム 石膏
3 カルサイト 方解石
4 フルオライト 蛍石
5 アパタイト 燐灰石
6 オーソクレイズ 正長石
7 クオーツ 水晶(石英)
8 トパズ 黄玉
9 コランダム 鋼玉
10 ダイヤモンド 金剛石

3. 『モース氏硬度計』

    2011年のある日、東京の骨董市で、学校の備品だったと思われる硬度計が並んでいる
   のを目にした。モース硬度の10段階に合わせて10種類の鉱物が1箱にセットになっている
   はずだが、これも『硬度10 金剛石(ダイヤモンド)』が抜けていたが、1つくらい持っていて
   も良いかな、と軽い気持ちで購入した。

       
              外観               中身(金剛石は抜けている)
                     『モース硬度計』

    これには、モース硬度を示すリストが裏ブタに糊づけしてあり、ます目の”埋め草”でも
   あるまいが、『条痕板』が入っている。

     鉱物硬度

    半年ほどたった2011年11月、千葉県の骨董市を訪れると、モース硬度10の金剛石(ダ
   イヤモンド)を使った『硝子(ガラス)切り』が置いてあった。店主と値段交渉の末、500円で
   入手した。

       
     全体          ダイヤモンド部分拡大
          『硝子切り』

4. 『モース氏硬度計』の使い道

    こうして『モース氏硬度計』が完全な形になったのだが、はたと考えた。今まで、これを
   必要とし、使ったことがあっただろうか。

     『モース硬度計』完品

    ”皆無”なのだ。かと言って、「硬度」を調べたいと思ったことが全くない訳でもない。「硬
   度」を知りたいと思った時には、手近にあるもので代用して、なくても済んでいただけだ。

    "Dana's Manual of Mineralogy"では、身近な品物の硬度を次のように規定している。

     over2     指の爪
     3        銅貨
     over5     ナイフ
     5.5       窓ガラス

    私が愛用する(?)手近なものの代表は、身体の一部、硬度2.5とされる『指の爪』だ。ほ
   かには、実体顕微鏡下で「自然金」か硫砒鉄鉱の錆びたものを区別するのには硬度5〜6
   の『カッターの刃』が一番だ。これだと、へき開の有無なども調べられる利点もある。

    最近発見される新鉱物は、『モース氏硬度計』でキズを付けあって硬度が調べられるほど
   大きくて立派な結晶が出ることは期待できず、ありふれた鉱物なら「硬度」を調べるまでも
   なく、結晶の形、色、産状などで十分鑑定できるのだ。

    こうなってくると、『モース硬度』は死語になってしまい、『モース氏硬度計』は私が手に
   入れた経路からも解るように、『骨董品』の部類に入ってしまうのかも知れない。

5. おわりに

 (1) 硬度で鑑定
      硬度で鉱物種を鑑定したことが一度だけあった。それは、2003年5月に開催したミネ
     ラル・ウオッチングの初日、小尾八幡山を訪れた時のことだった。

     2003年5月鉱物採集会【ダイジェスト版】
      (Digest Version of Mineral Hunting Tour in May 2003 , Yamanashi & Nagano Pref.)

      このとき会の長老・Tさんが、円柱状、縦に条線があり、頭は円錐面の見馴れぬ鉱物
     を採集した。鑑定を頼まれた私は、ハタと困ってしまった。真っ先に「トパズ」が思い浮か
     び、乱暴だが手近にあった水晶で擦ってみると簡単に傷が付く。指の爪ではキズが付か
     ないから硬度は3〜6で、これが幻(まぼろし)の『小尾八幡山の燐灰石』(硬度5)だと
     思い至った。

      その後、この産地を何回か訪れたのだが、「燐灰石」の破片すら発見できず、2010年
     12月のミネラルショーで”現金採集”することになった。

      「燐灰石」【小尾八幡山産】

      ミネラル・ウオッチングの後、Tさんは堀先生を産地に案内し、このことは「水晶」誌だ
     ったかにも掲載され、公知になっていると思い披露した次第だ。

 (2) 『語呂(ごろ)合わせ』
      最近、小中学生の学力向上を図るため教育方針が見直されたのは喜ばしいことだ。
     算数で学ぶ円周率(π:パイ)を最近の子どもたちは、「3」と教えられていたらしい。私
     が子どもの頃は、「3.14」と教えられたし、会社に入って設計をする際には「3.14159・・」
     あたりまで使っていた。

      学生時代、化学の先生から、『アメリカ人の円周率の覚え方』なる話を聞いたことが
     あった。(なぜか、この手の話は、40年以上たっても覚えている。)

      『 アメリカ人は、円周率を Yes I have a number と覚える 』、という話だ。つまり、
     単語の文字数が、順に 31416、つまり 3.1416 と覚えるらしい。

      円周率は機械的に覚えたが、人間が丸暗記で覚えられる数列の桁数は”マジカル・
     ナンバー”とされる、7±2 だという記事が2011年11月11日の読売新聞朝刊に掲載さ
     れていた。

      そんなことからか、「ルート3」を「ひとなみにおごれや 1.7320508」と語呂合わせで
     覚えた人も多い筈だ。

      モース硬度の6から10は私にとって比較的なじみのある鉱物のせいかシッカリ記憶し
     ているのだが、硬度1から5が怪しくなることがある。そこで、語呂合わせで覚えること
     にしたので紹介する。

      『 貸せ(かっせき)
        先公(せっこう)
        カりル(カルサイト)
        ぼったくる(ほたるいし)
        隣は(りんかいせき)
        正に(せいちょうせき)
        ごおーつう(クオーツ:せきえい)
        横行【おうぎょう:よこしまなおこない】な(黄玉)
        子らなんだ(コランダム:鋼玉)
        今後(こんごうせき)
        

                モー知らネ(モース氏)     』

      品のない語呂合わせで、失礼しました!!

 (3) 近況
      最近、仕事が忙しく、本格的なミネラル・ウオッチングから遠ざかっている。9月の某日
     本部長から、「MH 生産のほうはどうですか?」、と聞かれ、私の職務の中に生産管理
     の支援も入っていることになった。
      改めて生産状況を調べてみると、増産への対応も良くなく、生産の必須要素である、
     人・設備・材料の管理や生産方法などに改善すべき点が見られ、管理・監督者にOJT
     ( On the Job Training ) でこれらの現状把握する簡単な仕掛けや指標の取り方、そして
     改善のやり方を支援させていただくことにした。
      10月初旬から早朝会議を提案した手前、8時前には出社するようにした。帰りも遅い
     時には22時過ぎまで残ることもあり、もちろん休日に出勤することもある。

      こんな訳で、本格的なミネラル・ウオッチングからは遠ざかっており、山梨に戻るのも
     子ども等や石友を山に案内するときくらいだ。
      こんな生活での楽しみは、休日出勤前の早朝、「骨董市」をのぞいたり、広々とした
     畑の中で古代遺物の表面観察くらいだ。
      2011年11月、骨董市でダイヤモンドの『硝子切り』を手に入れた後に回った遺跡で
     写真のような「有溝土錘(ゆうこうどすい)」を観察した。
      今は台地のような場所だが、温暖だった縄文時代にはすぐ近くが水際で、魚を採る
     網の下部に”錘(おもり)”として付けたもののようだ。

      「有溝土錘」

      骨董市で出会うのは何も古びた無味乾燥な『骨董品』だけではない。たまには、生身
     の美女に逢えることもあるのだ。
      東京・某所の骨董市で、女優・Mを見かけたので写真を撮らせていただいた。

       女優・M

6. 参考文献

 1) W.E.Ford:DANA'S MANUAL OF MINERALOGY,JHON WILER & SONS ,INC,1912年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
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