鉱物採集の技(2)  服装

       鉱物採集の技(2)  服装

1. 初めに

   私のHPの愛読者の一人、千葉・Mさんから、『鉱物採集のスタイル』と題する書き込み
  をしていただいた。

   Mさんと知り合うきっかけになった、『五無斎』こと保科百助は、写真のような姿で信州の
  山野を駆け巡り、採集した鉱物・岩石で「長野県地学標本」を調製し、県下の諸学校に
  配布した。

    
           五無斎の採集姿
     【「五無斎 保科百助評伝」より引用】

   Mさんの書き込みを、そのまま引用させていただく。

   『 寫眞は第二回信州地學標本配布の際に添布(ママ)したものの如く、氏の面目躍如
    たるものがある。
     つば廣の麦稈帽(むぎわらぼう)をかぶり、詰襟の洋服に半ズボン、紺はばき、甲掛
    (こうかけ)足袋にわらじ掛、右肩からカバンをたすきにかけ、左肩には前後に振分け
    に袋をかけ、右肩にハンマーをかつぎ゛、これも何か小さい袋をぶらさげている。
    ・・・・・・・・・・・・・・・
     ところで、採集の足にはどのような靴を履いているのでしょう。登山用の靴、長靴
    運動靴、等々予想されるのですが・・・・・・・・ 』

     この書き込みに答える形で、『鉱物採集の技(2)  服装』のページをまとめてみた。

    『服装』(ファッション)に関することなので、皆さんこだわりがあると思う。要は、”安全で、
   動きやすい”ものであれば、何でも良いと思っている。
    ( 2007年8月作成 2007年9月「メガネ」の重要性追加 )

2. 明治時代の鉱物採集の服装

   上の五無斎の写真が第二回信州地學標本採集旅行のものとすると、明治42年(1909年)
  今から100年余り前の採集スタイルである。
    この当時、鉱物採集が一般に普及していたとは思われない。そのための決まったスタ
   イルがあった、とも思われない。
    五無斎が鉱物採集を始めたのは、明治23年(1890年)で、以来20年近くの経験を積んで、
   写真の姿に到達した、と考えられる。

    五無斎が着用している服装で、現在では全く眼にできないもの、姿を変えて今も使われ
   ているものがある。それらを解説してみたい。

着用部位  装  備     説    明    備    考
つば広の麦稈帽
(むぎわらぼう)
 麦わらで編んだ
夏の日差しを避ける
つばの広い帽子
 軽くて通気性がよい
私も農作業などで
愛用している
 第二回信州地學標本
採集旅行は、4/5〜
9/18で、後半の暑い日に
特に役に立ったと
思われる。
 もともと、この帽子は
明治41年(1908年)3月19日
朝日村西洗馬の三村氏が
それまで被っていた
カンカン帽が哀れなので
差し出したもの
 丸1年以上使ったことに
なり、五無斎が物を大切に
した証左の1つ
上半身詰襟の洋服  現在も学生服として
一部の学生が着用
 北朝鮮男子の国民服?
 師範学校の制服?
下半身半ズボン  長ズボンを切った?
脛(すね)紺はばき  今も似たような機能の
ものが洒落た名前で
出ている
 栃木県の石友
Sさんの娘・Yさん(中2)が
着用
甲掛(こうかけ)足袋(たび)  底のない足袋で
足の甲を保護する
 京都の”大原女”も
着用したとされるが
今は白足袋を履いて
いるようだ
わらじ(草鞋)  稲藁で編んだ履物
時代劇で旅姿の男女が
履いて登場する
 五無斎の名の由来

 明治35年(1902年)
5,6月ごろ採集旅行の途中
諏訪郡瀬谷(現富士見町)
で草鞋を買おうとしたが
1厘(今の3円弱)足りなかった
 まけてくれ、と頼んだが
老媼「マケナシエ」
(「まけない」)

 そこで、五無斎一首

「 おあし(お金の別名と足の掛詞)なし
 草鞋なしには
 歩けなし
 おまけなしとは
 おなさけもなし

3. 現在の鉱物採集の服装

   鉱物採集の入門書や産地案内書を読むと、鉱物採集の服装や道具などについてイラスト
  (図)入りで、解説しているものがある。
   草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」に掲載されているものを引用させていただく。

    
                 採集の服装
              【「フィールドガイド」から引用】

4. 私の鉱物採集の服装

   鉱物採集を始めたころ、草下先生の本を読んだが、上記の服装はいまひとつピンと来な
  かった。”カッコ良すぎる”のだ。
   ( 本文に登場する、草下先生の服装との落差が大きすぎる )

   Mさんから書き込みがあったので、私が鉱物採集に出かけるときの服装を一覧表にして
  みた。

   服装は、採集する場所、採集する季節(寒暑)、その日の天候、そして採集する対象鉱物
  によって、臨機応変にそれに相応しいものに合わせるようにしている。

着用部位  装  備  採 集 場 所 採集季節    備     考
(OP)は、オプションで場に
応じて着用
表面
ズリ
露頭
坑内
パンニング
 
頭部 つば広帽子 ○  ○  ○ △ △日よけ、雨よけ
藪漕ぎには不向き
タオル    △ △ △藪こぎ時、頭にかぶる
冬は、頬かぶりや
首に巻いて防寒
毛糸の帽子       △ 
ヘルメット   ○    (OP)露頭や坑道内
ゴーグル  ○ ○    めがねでも可
ただし、レンズにキズがつく

 2007年8月
向山鉱山の露頭を
叩いていたとき
岩片が飛び、メガネを
直撃
 もし、メガネがなかったらと
考えると”ゾ〜”

上半身 長袖シャツ  ○ ○ ○ ○  ○ ○ 
ジャンバー  ○ ○ ○   ○(OP)表が防水
裏に毛を植えたものが具合良い
ダウンジャケットはダメ
レインコート   △    (OP)雨のとき
坑内の水滴
ウインドブレーカー   △  ○  ○ (OP)にわか雨や雪にも対応可
ゴム手袋  △ △ ○   ズリを掘ったり、
ハンマを振るときなど
道具を持つ手が滑らないし
指先を保護
ゴム引き軍手       
軍手     ○ ○ ○ (OP)採集には不向き
防寒、手指の保護用に
産地への往復時のみ着用
下半身 長ズボン ○ ○ ○ ○ ○ ○ゆったりしたもの
Gパンはダメ
ベルト  ○ ○ ○ ○ ○ ○幅広い皮か布製
カメラのケースを付けたり
短距離の移動時に
ハンマや熊手を腰に差す
レインコート  ○ ○    (OP)朝下草の露で濡れない
ズリに座り込んでも
ズボンを汚さない
ウエーダー(胴長靴)    △   (OP)パンニング時や
深い川を渡るとき
靴下  ○ ○ ○ ○  ○ ○夏冬、厚手のもの
長靴  ○ △ ○ △ △  △ひざ近くまである長いもの
沢を遡上したり、川を渡る場合
運動靴      

   石友・Mさんから質問があった「採集の足」は、私の場合、次の3つを使い分けている。

種類  利点 (メリット)  欠点 (デメリット)使用頻度 価 格   備    考
運動靴軽い
長距離歩いても疲れが少ない
防水性がない
石に挟まれると怪我の危険性
50%1,000円前後妻はズック製の軽登山靴
長靴防水性
 泥濘(ヌカルミ)、水溜りなど
どのような産地状況にも
対応できる
長距離は歩きにくい
石に挟まれると怪我の危険性
45%1,000円前後 
ウェーダー
(胴長靴)
防水性完璧
2、300m歩くのが限界
長時間はいているとムレる
5%2,980円
1,980円も有
 冬は、足の冷え予防に
断熱材のインナー
ソックス併用

        
          運動靴              長靴              胴長靴
                           採集の足

5. おわりに

 (1) 私の持論の1つに、『 鉱物採集は、知力体力を駆使した、科学的スポーツ 』がある。
    産地情報の収集・解読、鉱物の鑑定などは知識が必要で、産地では鉱物のありかを
    探り出したり、採集方法を瞬時に決める知恵も働かせねばならない。
     その上、重たい採集道具を携えて、片道2、3時間歩き、産地では採集道具を振るい
    その道具に加えて採集した重たい石を背にして、同じ時間歩いて帰ってくるのは、生半
    可な体力では勤まらない。

     スポーツと言えば、古代オリンピックが原点だろう。その当時の競技者(=採集者)は
    円盤、槍などの競技用具以外何も身につけず、つまり裸だったことは読者の皆さんも
    ご承知だと思う。

        
    第一回オリンピック切手    円盤投げ
          【1896年 ギリシャ発行】

     私は、採集の道具は極力少なくする性格(たち)で、手袋は使わず素手でガマに手を
    突っ込み、雨が降れば濡れるに任せる採集スタイルを20年近く続けてきた。最近、同行
    する機会が増えた”YYコンビ”に心配されたり、あきれられたりで、スタイルに変化が生ま
    れ(進化?)、上の表のような形になっている。

 (2) 『服装』(ファッション)に関することなので、皆さんこだわりがあると思う。要は、”安全で
    動きやすい”ものであれば、何でも良いと思っている。

     実際にフィールドに行って、雨、風、寒暑など自然環境の変化や産地の違いなどの
    経験を積めば、自分なりのスタイルが出来上がっていくものだ。

 (3) 「パンニング」に続いて、「鉱物採集の技」の2作目として「服装」を取り上げてみた。以
    前のページで、鉱物採集の楽しみについて書いたが、採集用具、標本整形〜クリーニ
    ング、そして鑑定から保管まで、石友それぞれその人のやり方がある。
     それらについて、「鉱物採集の技」シリーズとして、少しずつまとめてみたいと考えてい
    る。

6. 参考文献

 1) 佐久教育会編:五無斎 保科 百助評伝,同会,昭和44年【非売品】
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 3) 日本郵趣協会編:郵趣 2007年8月号 ,同協会,2007年
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