鉱物採集の技(10) 塩酸クリーニング法【その2】







       鉱物採集の技(10) 塩酸クリーニング法【その2】

1. はじめに

    単身赴任から山梨に戻って3ケ月が過ぎた。時々、以前勤務していた会社から技術的な相談が
   持ちこまれたり、野外研修の下見に先生方を案内したりする以外、(耕)の生活を過
   ごしている。

    フィールドに出る回数も単身赴任中のブランクを取り戻すかのように増えている。石友と訪れた
   長野県の水晶産地の標本は、「褐鉄鉱(ゲーテ鉱)」に覆われたものが多く、内包物が何なのか、
   結晶がどのようになっているのかなど外から見ただけではよく判らないし、見栄えも今一つ
   だった。

    
         「カクタス水晶」
         【長さ 56mm】

    以前、「褐鉄鉱」などで汚れた標本のクリーニングに、塩酸を使うのが有効なことを次のページ
   で紹介した。

   ・ 鉱物採集の技(9)  塩酸クリーニング法
    ( Technology of Mineral Watching (9)
         Cleaning by Hydrochloric Acid , Yamanashi Pref. )

    石友や湯沼鉱泉のお姐さんのクリーニング方法を見ていると参考になる点があったので紹介し
   たい。
    ( 2013年7月作成 )

2. 準備するもの

    上のページに準備するものを一覧にしてあるが、下記のものを追加する。

    (1) ナイロン網(ネット)
         網に入れて売っているタマネギやニンニクなどを食べ終わった後のものを流用
    (2) 楊枝(ようじ)
         いわゆるつま楊枝
    (3) 竹串
         焼き鳥用の竹でできた串
    (4) 歯ブラシ

3. 塩酸クリーニング法

    上のページに手順が書いてあるが、下の手順を追加する。

    (1) 水洗い(前洗浄)後の標本を網(ネット)に入れる。
         単晶や小さな群晶などがバラバラにならず、塩酸容器から取り出すのも短時間で
        でき、塩酸ミスト(霧)を吸い込む危険も少なくなる。
         いくつかの産地の標本を同時にクリーニングする場合、網(ネット)ごとに分けておけば
        混入して産地を取り違える恐れも少なくなる。

         「ネット」に入れる

    (2) 塩酸に1日〜2日(1週間待たなくても良い)漬けておいた標本を取り出す。
        水洗いして、標本全体を見渡す。
    (3) 茶褐色土状の「褐鉄鉱」が残っていたら、広い部分は竹串、狭い箇所は楊枝でこすり落と
       し、さらに水の中で茶褐色の泥水が落ちなくなるまで歯ブラシでこする。
        狭い隙間に入り込んだ黒い「木の根」や塩酸との反応で生じた白いカルシウム分やゼラ
       チン(寒天)状になった雲母などを楊枝や歯ブラシで気長に掘り出したり、こすり落とす。
     

        
         「竹串」で細かい隙間の「褐鉄鉱」をほじくる

    (4) 茶褐色の部分が残っていれば、網に入れてもう一度塩酸に漬けておく。
    (5) (2)→(4)を繰り返し、クリーニングが終わった標本は水洗に回す。

4. クリーニングの効果

    2013年6月、恒例の「月遅れGWミネラル・ウオッチング」で、長野県の水晶産地を訪れたのは
   既報の通りだ。

   ・ 2013年月遅れGWミネラルウオッチング
    ( Mineral Watching Tour , Jun. 2013 , Nagano Pref. )

     このとき晶洞(ガマ)を開け、初日に採集した単晶2本と群晶1つを優先的にいただいた。
    単晶、群晶とも結晶面の一部が見えるだけで、まるで”「褐鉄鉱」の塊”だった。
     上記のクリーニング手順を踏んで、数回塩酸に漬けておいたところ、全部の「褐鉄鉱」を取り
    去ることができ、標本の全貌が明らかになった。

 (1) 単晶
      この産地の水晶は、「カクタス(サボテン)水晶」、だという触れ込みだった。しかし、褐鉄
     鉱を落して観察すると、鉱物学的には「平行連晶」だ。幾本かの水晶の結晶軸が同じ方向
     を向き平行になっている。
      また、ここの水晶は、反面は”ピカピカ”で綺麗なのだが、もう反面は”ガサガサ”で、落
     胆した石友も多いのではないだろうか。2日目に分配してもらったいく本かは、褐鉄鉱を
     つけたまま標本箱に納めてある。

     
      「平行連晶」【長さ 73mm】

 (2) 群晶
      群晶の場合、見える側結晶面は”ピカピカ”で、花が開いたような”フラワー状”の素晴ら
     しい標本に変身してくれた。

     
                         「群晶」【横 14cm】

5. おわりに

 (1) 湯沼鉱泉を訪れたとき、お姐さんが、塩酸洗浄後の水洗中の水晶を見せてくれた。その
    とき、数十本の単晶がネットの中に入っているのを見て、”これだ”、と思った。

     それまで私のクリーニング法では、単晶、群晶とも”バラバラ”な状態で塩酸のバケツに
    放り込んでいた。洗浄後に、”ゴワゴワ”のゴム手袋で小さな単晶をつまみ上げるのに手間
    取り、息を止めているのが辛く、濡れタオルで覆面をしているとはいえ、塩酸ミストを吸い
    込んでしまうこともたびたびだった。

     女性ならではの台所(調理場?)の片隅にあった”廃品”を活用したクリーニング法を教え
    てくれた湯沼鉱泉のお姐さんに感謝している。

 (2) 注意とお願い
      この方法は、褐鉄鉱が付着したすべての標本に対しての有効性と安全性(標本にダメージ
     を与えない)を確認できていない。
      不安な場合、小さな標本で効果と安全性を確かめてから一級標本をクリーニングして下さ
     い。

      2012年秋、石友・Yさんが甲武信鉱山の緑水晶産地付近で大きな晶洞(ガマ)を開けた。
     ここからは、緑水晶の単晶・群晶そして日本式双晶も産出したらしい。共生鉱物として、
     「灰鉄輝石」を伴っていた。まっ黒い、ガマ粘土に覆われていたので、クリーニングしようと
     塩酸に漬けたところ、”骨粗鬆症”のようにポーラス(Porous:多孔質)”な灰鉄輝石なので、
     ”白濁”、”ボソボソ”になり、標本にならなかった、と後でYさん本人から聞いた。

      今回、長野県の水晶産地で採集した褐鉄鉱に覆われた水晶の一部を塩酸に漬けづに
     せず、そのまま保存したのは、このような背景があってのことだ。

      『 秘すれば華 』

 (3) 塩酸の危険性
      塩酸はわれわれの”胃液”の主成分とされるくらい身近な酸だが、危険なことは、同じく
     クリーニングに使われる「蓚酸(蓚酸)」の比ではない。
      感覚的だが、湯沼鉱泉近くにある『朝飯前』産地の褐鉄鉱に覆われた「角閃石入り水晶」
     など、蓚酸だとキレイにするのに1ケ月近くかかるが塩酸だと1、2日で済む。つまり、30倍
     くらい洗浄能力が高い事になる。

      塩酸ミストを吸い込むなどは論外だし、万が一、皮膚についたら、すぐに水洗いするなど、
     自分自身の安全にも十分配慮して欲しい。

6. 参考文献

 1) 桜井 欽一、加藤 昭:鉱物採集の旅 関東地方とその周辺,築地書館,1972年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
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