鉱物採集の技(9) 塩酸クリーニング法







       鉱物採集の技(9) 塩酸クリーニング法

1. 初めに

    採集した標本の保管・保存の一般的な手順は、採集→整形(トリミング)→クリーニング(洗浄)
   →鑑定→ラベル書き→標本箱に収納→記録 ではないだろうか。
    珍奇性が高いと思われる標本は、まず鑑定が先、からもお分かりのように、この手順が絶対
   的なものでない。
    ただ、コレクションとして永く保存する上でも標本の見栄えを左右するクリーニングは避けて
   通れないプロセスだ。

    以前、2次鉱物のクリーニング(洗浄)について、次のページで紹介した。

    ・ 鉱物採集の技(5)
      標本のクリーニング(二次鉱物の洗浄)
    ( Technology of Mineral Watching (5) " Cleaning of Specimens " ,
      Cleaning of Secondary Minerals , Yamanashi Pref. )

    2012年10月、私たちの定宿である長野県川上村の「湯沼鉱泉」を拠点にして「秋のミネラル・
   ウオッチング」を開催し、20余名の老若男女(もちろん、全員善男善女)と2日間を楽しく過ごした。

    ・ 2012年秋のミネラル・ウオッチング 2012年10月
     ( Mineral Watching , Fall 2012 , Nagano Pref. )

    初日に訪れた産地の水晶は、褐鉄鉱が付着していたり、ひどい場合は褐鉄鉱に埋もれた状
   態で、クリーニングには手こずっている、と何人かのブログやメールにあった。

    私は、採集した標本を塩酸に漬けておいたところ、1週間ほどで、褐鉄鉱がきれいになくなり
   素晴らしく透明な水晶に生まれ変わり、ビックリしている。今回、塩酸を使ったクリーニング法を
   紹介したい。
    ( 2012年11月作成 2013年1月 洗浄後写真追加 )

2. 褐鉄鉱が付着した水晶

    晶洞や晶洞が崩れたようなポイントから採集した水晶や長石などは往々にして”褐鉄鉱”が
   付着しているケースが多い。極端な場合、湯沼鉱泉近くの「角閃石入り水晶」の場合、大きな
   褐鉄鉱の塊の中に、分離した単晶や群晶が埋もれている産状も珍しくない。
    今回訪れた産地の水晶の産状もこれに似たようなものだった。

    
                  褐鉄鉱で汚れた水晶【洗浄前】

                   
                            洗浄後の水晶

3. 塩酸クリーニング法

 3.1 前提条件
      塩酸は腐食性が強い酸で、塩酸クリーニング法を行うには、次のような条件を満足する
     ことが前提だ。
      もし、これらの条件の中に”No”が1つでもある場合、塩酸クリーニング法は諦めて
     欲しい。

      @ 1戸建てに住んでいる。
      A クリーニング場所から隣の家の建物まで、7m以上離れている。
      B 塩酸容器や塩酸の入ったバケツを屋外に置いても、さわる子どもや他人がいない。
      C 家人には、塩酸が危険なことを伝えて、了解がとれている。
      D 屋外に水道がある。
      E 排水マスが自宅敷地内にある
      F 隣近所との関係が良好で、トラブルはない。

 3.2 準備するもの

   (1) 「塩酸」
        20リットル入り、鼠色のプラスチック容器に入ったもの(3000〜4000円)
        「塩酸」は劇薬なので、購入には、印鑑が必要
   (2) フタ付きプラスチック容器【クリーニング容器】
        「ホームセンター」などで売っている直径30cm高さ40cm前後のフタ付きプラスチック製
       バケツ(500円前後)
   (3) プラスチック容器
         「ホームセンター」などで売っている風呂場の洗い桶のようなもので、直径30cm
        ×高さ15cm(300円前後)
   (4) ゴーグルまたは、メガネ
   (5) ゴム手袋
        「ホームセンター」などで売っている家事や農業用のもので、厚手のもの(400円前後)
   (6) 覆面代わりのタオル(事前に水でぬらしておく)

 3.2 クリーニング手順
  3.2.1 クリーニング

   (1) 標本の水洗い(前洗浄)
        私は、持ち帰った標本を古い歯ブラシで擦りながら水洗いし、新聞紙の上に並べ軽く
       水を切る。

   (2) 雨が降っていなくて、風がある日を選ぶ。
        雨が降っていると、硫酸の霧(ミスト)が立ち込めます。雨が降っていなくても霧は発生
       しているが、風下に流れ、拡散し、濃度が薄くなる。

   (3) 皮膚を露出しないように身支度する。
       @ 長袖、長ズボン、長靴着用
       A ゴーグル(メガネ)を掛ける。
       B タオルで覆面し、顔面の皮膚の露出を最少にする。
       C ゴム手袋をする。

   (4) フタ付きポリバケツ【クリーニング容器】に標本を入れる。

   (5) 風上に立って、標本が”ヒタヒタ”に隠れるレベルまで、塩酸を注ぐ。
       塩酸を繰り返し使う場合は、この項はスキップ可
       足りない分だけ塩酸を追加する。

     
                塩酸に漬ける
      【繰り返し使っているので、茶褐色になっている】

   (6) フタ付きポリバケツと塩酸容器にフタをして、屋外の安全な場所に保管する。

   (7) ゴム手袋などを屋外の水道で洗い、屋外に干す。
       汚水は、バケツに受け、屋外の汚水(排水)マスから捨てる。

     
                  汚水(排水)マス

  3.2.2 クリーニング標本の取り出し
   (1) 塩酸に漬けて約1週間、容器のフタを開け、褐鉄鉱が落ちたことを確認する。
       落ちていなければ、更に1週間漬けておく
   (2) クリーニングの時以上に完全防備して、ゴム手袋で、標本をつかんで空容器に取り出す。

     
               空容器に取り出し

   (3) クリーニング済の標本の入った容器にたまった塩酸をクリーニング容器に戻す。

   (4) クリーニング容器にフタをして元の場所に保管

   (5) クリーニング済の標本の入った容器に屋外の水道で水を入れ、水を排水マスに捨てる。
       これを、3、4回繰り返す。

   (6) ゴム手袋やクリーニング済の標本の入った容器の周囲や横〜底も水洗いする。

  3.2.3 クリーニング標本の水洗
       塩酸で洗浄した場合、その後の水洗を十分に行わないと、標本が”黄色く”色づいたりす
      るので、水洗を十分に行う。

   (1) 塩酸洗浄効果を確認する。
        洗浄後の標本を1つ1つ歯ブラシで洗い、塩酸で取れないドロ等を落しながら褐鉄鉱が
       落ちているか確認する。
        褐鉄鉱が残っているものは、クリーニング容器に戻す。

   (2) 水洗
        容器に一杯標本を詰め込まない。
        水の体積 >> 標本の体積

     
                  水洗

   (3) 毎日容器の水を交換する。

   (4) 1週間後に、水から出して、新聞紙の上に並べ、水を切る。
        黄色く着色している標本は、水洗をさらに1週間継続する。

   (5) 塩酸で黄色く色づいてしまって落ちない場合、新しい蓚酸液をつくり、その中に入れておく
      と色が取れてきれいになるはず。

4. クリーニングの効果

    冒頭に掲載したクリーニング前の標本がきれいになったのを示したかったが、写真の準備の
   都合で、それは別な機会にさせていただく。

    塩酸でクリーニングした標本を1つ紹介する。

      塩酸クリーニング後の水晶

5. おわりに

 (1) 注意とお願い
      この方法は、褐鉄鉱が付着したすべての標本に対しての有効性と安全性(標本にダメージ
     を与えない)を確認できていない。
      不安な場合、小さな標本で効果と安全性を確かめてから一級標本をクリーニングして下さ
     い。

      塩酸はわれわれの”胃液”の主成分とされるくらい身近な酸だが、危険なことは、「蓚酸」
     などの比ではない。
      塩酸ミストを吸い込むなどは論外だし、万が一、皮膚についたら、すぐに水洗いするなど、
     自分自身の安全にも十分配慮して欲しい。

6. 参考文献

 1) 桜井 欽一、加藤 昭:鉱物採集の旅 関東地方とその周辺,築地書館,1972年
 2) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
inserted by FC2 system