雲山(ウンサン)金鉱の金鉱石

          雲山(ウンサン)金鉱の金鉱石

1. 初めに

 2005年1月の鉱物同志会の新年会に出席するため東京に行った。開会までの間
久し振りに、新宿の切手商に顔を出し、鉱物や鉱山に因んだ切手や消印を漁っていた。
 入手した切手の中に「雲山金(鉱)」郵便局の「朝鮮型」と呼ばれる消印を押した
菊4銭切手があった。

    雲山金鉱郵便局の消印
 

 この1枚の切手をキッカケに、「雲山(ウンサン)金鉱」なるHPをまとめてみた。
そのあとがきで、

 『北朝鮮にある北鎮の町を訪れ、鉱山遺跡をめぐり、河原でパンニングできる日が
  来るのだろうか。最近の北朝鮮の動きをみると考え込んでしまいます。』

  と書いた通り、”雲山金鉱の金鉱石”を生きている間に(チョッと大袈裟か)眼にすることは
おろか、手にするなどあり得ないと思っていた。
 ところが、"念ずれば通ず”と言うのか、ヒョンなことから、”雲山鑛山の金鉱石”を手に
入れることができた。
(2005年6月採集)

2. 入手の経緯

 2.1 益富壽之助編纂「日本鑛物資源標本」
   某オークションに「日本鑛物資源標本」が出品された。今から60年以上前の昭和16年
  (1941年)益富壽之助先生が編纂した120種類の鉱物がセットになったものと、説明があった。
   どの産地のどの鉱物が入っているか判らなかったが、益富先生が選ばれたものなら
  間違いないだろう、と思い比較的強気の入札をしたところ何とか落札できた。

 2.2 「日本鑛物資源標本」の内容

 (1)標本概要
    送られてきた鉱物標本は、4段の木箱に木の蓋がついたもので、標本説明書が1冊
   付属している。説明書の表紙中央下には、”2601”とあり、紀元2601年(1941年)に作成した
   ことを示している。
    1段の木箱は、木枠で5行×6列=30ます に仕切られている。ますの大きさは、横36mm
   ×縦45mm×深さ21mmで、1寸2分×1寸5分×7分 となっており、他の「鉱物標本」が1寸
   (30mm)以下に仕切られていることが多いのに比べ”大ぶり”な標本が格納されている
   ところに、益富先生の「鉱物標本」の有るべき姿に対する妥協を許さない態度が感じられる。

       
        標本箱蓋          説明書表紙
              「日本鑛物資源標本」

 (2)説明書
     説明書表紙見返しには、『注意 肩書の数字は片山信夫氏著・鑛物資源便覧の
    頁数なり』
とあり、片山先生の著書をベースに標本を調製したことが窺える。
     裏表紙の見返しには、『昭和16年(1941年)10月25日印刷 昭和16年(1941年)
    11月1日発行』とあり、日米開戦のまさに1ケ月ほど前に発行されたことを示している。
     また『編纂者 鉱山科学研究所長 日本礦物趣味の会  益富 壽之助
    発行所 日本鉱山科学研究所』
となっているが、表紙には『製作所 東京都麹町区
    麹町 金属社』というゴム印が押された紙が後から貼り付けられている。

 (3)標本の内容
     標本は、次のような順序で並べられ、それぞれその当時の(あるものは現在でも)代表的な
    産地の標本が、収納されている。
     これらの、先頭、金鉱の部にNo1「雲山鉱山の金鉱石」が収まっている。

No区分標本 産地  説明
1金銀鑛石金鉱平安北道雲山鑛山石英脈中に硫化鉱物と共に含金す
2金銀鑛静岡県河津鑛山銀黒の中に微粒の金
3金銀鑛大分県宇佐鑛山馬上鉱山に準ず
銀は濃紅銀鉱
4金銀鑛兵庫県竹野鑛山氷長石を多く伴う
5金鑛鹿児島県赤石(あけし)鑛山多孔質鉱染鉱床
6テルル金銀鑛北海道手稲鑛山シルバニア鑛
7自然金岐阜県大平金山樹枝状、リボン状をなす
8砂金北海道天塩川小粒、鱗片状
9銅鑛石黄銅鉱秋田県尾去沢鑛山俗称:菜種ノ
10黄銅鉱石川県尾小屋鉱山網状脈
11黄銅鉱秋田県花岡鉱山黒鑛
12黄銅鉱愛媛県別子鉱山金銅硫化鉄鉱鉱床
13含銅硫化鉄鉱愛媛県別子鉱山前者の銅分鮮少なるもの
14斑銅鉱徳島県東山鉱山俗称:紫蘇ノ
15硫砒銅鉱台湾金瓜石鉱山金銀を含む
16鉛・亜鉛鑛石方鉛鉱岐阜県神岡鑛山ヘディンベルグ輝石を伴う
17閃亜鉛鉱岐阜県神岡鉱山方鉛鉱と同じ産状
18方鉛鉱及閃亜鉛鉱宮城県細倉鉱山裂罅充填鉱床
19黒鉱秋田県花岡鉱山方鉛鉱、閃亜鉛鉱に富める
20錫鑛石錫石(砂錫)岐阜県苗木町・蛭川村黄玉、苗木石を伴う
21錫石兵庫県明延鉱山鉄重石と共に石英脈中にあり
22アンチモン鑛石輝安鉱愛媛県市ノ川鉱山石墨片岩中の裂罅に鉱脈をなす
23輝安鉱奈良県神戸鉱山粘土中に黄鉄鉱叉は石英と共出
24蒼鉛鑛石自然蒼鉛兵庫県生野鉱山銅の鉱脈中に産す。屡々輝蒼鉛鉱を伴う
25砒鑛石自然砒福井県赤谷鉱山金米糖状
26硫砒鉄鉱(毒砂)兵庫県琢美鉱山塊状
27硫砒鉄鉱愛知県稲目鉱山粘土中に小なる結晶
28鶏冠石群馬県西牧鉱山雄黄を伴うことあり
29水銀鑛石辰砂奈良県大和水銀鉱山鉱染状叉は網状
30アルミニウム鑛石ボーキサイト南洋ポナペ島豆状、円柱状
31ボーキサイト蘭領東印度鉄分を夾雑
32明礬石全羅南道玉埋山鉱山カリを含み
33明礬石静岡県田方郡ソーダ分多くカリ分少き故
前者より不利
34燐酸鉄礬土鑛沖縄県北大東島アルミニウム及燐の資源
35礬土頁岩満州国復州炭鉱石炭層の下層に存する
36マグネシウム鑛石菱苦土石(マグネサイト)満州国官馬山石灰岩中に層をなす
微紅色を帯ぶ
37菱苦土石咸鑛(鏡?)北道暘谷白色なり
38鉄鑛石磁鉄鉱長野県大日方鉱山強磁性を有し鉄粉を吸着す
39磁鉄鉱満州国弓張嶺鉄山縞状の磁鉄石英片岩をなす
40砂鉄山陰地方砂鉱
41赤鉄鉱岩手県仙人鉱山雲母鉄鉱
42赤鉄鉱馬来半島スリメダン鉱山交代鉱床
43赤鉄鉱満州国大象山燐分低き純良鉱
44褐鉄鉱黄海道ニ浦鉱山葡萄状、腎臓状をなす
45マンガン鑛石軟マンガン鉱北海道目津府(めっぷ)鉱山団塊状をなす
46硬マンガン鉱高知県穴内鉱山菱マンガン鉱、バラ輝石を伴う
47緑マンガン鉱滋賀県梅ノ木鉱山直ちに褐変す
48菱マンガン鉱滋賀県梅ノ木鉱山炭マン
49クロム鑛石クロム鉄鉱北海道日東鉱山蛇紋岩中に産す
50クロム鉄鉱鳥取県若松鉱山蛇紋岩中に産す
51ニッケル鑛石紅砒ニッケル鉱兵庫県夏梅鉱山紅色を帯たる真鍮色を呈す
52硫砒ニッケル鉱兵庫県夏梅鉱山鉛灰色
53含ニッケル磁硫鉄鉱長野県天龍鉱山磁硫鉄鉱時に黄銅鉱中に含む
54ニッケル角閃岩京都府大江山鉱山蛇紋岩中に含む
55泥ニッケル鉱兵庫県大屋鉱山ニッケル蛇紋岩の風化分解せるもの
56タングステン鑛石鉄マンガン重石京都府鐘打鉱山黒色板状
57鉄重石兵庫県生野鉱山銅鉱に伴い薄き葉片状
58灰重石山口県大宝(金越)鉱山飴色なり
59モリブデン(水鉛)鑛石輝水鉛鉱岐阜県白川鉱山石英脈中に板状をなして散布す
60輝水鉛鉱岐阜県洞戸鉱山接触変質鉱床
61白金鑛自然白金、イリドスミン北海道雨龍川河底叉は海岸の砂礫層中
62硫酸鑛黄鉄鉱岡山県柵原(やなはら)鉱山塊状をなす
63硫黄鑛硫黄北海道知床硫黄鉱山溶融硫黄
64硫黄秋田県川原毛火山の噴気孔に
昇華せる鉱染鉱床のもの
65硫黄岩手県松尾鉱山火山の噴気孔に
硫化鉄鉱と共出
66燐鑛燐鑛(グアノ)沖縄県沖大東島(ラサ島)珊瑚礁の岩頸間に堆積す
67弗酸鑛蛍石黄海道下聖鉱山外観珪石叉は石灰岩に類似す
68蛍石中国広東省
69窯業原料鑛物ノ一
(耐火煉瓦)
耐火粘土
(木節粘土)
岐阜県多治見町石炭層の下盤に沿い層状をなす
70復州粘土満州国復州炭鉱炭層の下盤に層状をなす
71ヂアスポル岡山県三石礦山眼玉石と俗称す
72蝋石岡山県三石礦山石英粗面岩叉は頁岩の一部を交代
73珪線石香川県長尾ペグマタイト中に脈状をなす
74赤白珪石兵庫県大芋村層状をなす
75苦灰石(ドロマイト)愛媛県中津山石灰岩の苦灰石質なるものなり
76苦灰石満州国官馬山灰色にして石灰岩に類す
77黒鉛(石墨)セイロン島葉片状の塊
78ジルコン米国フロリダ砂鉱
79紅柱石京畿道朔寧面ペグマタイト中に産す
80窯業原料鑛物ノ二
(陶磁器及琺瑯)
カオリン
(白陶土)
岐阜県多治見町正長石より化生
81カオリン岡山県三石礦山蝋石と共出
82蛙目(がいろめ)粘土岐阜県土岐口炭層に伴ないて出づ
83カリ長石福島県石川町ペグマタイト脈の一成分をなす
84天草土熊本県天草郡石英粗面岩の分解せるものなり
85窯業原料鑛物ノ三
(硝子)
珪砂和歌山県鉛山(かなやま)地方砂鉱をなし海岸に成層
86白珪石(石英)福島県石川地方ペグマタイト脈をなす
87窯業原料鑛物ノ四
(セメント)
石灰岩東京府五日市町白亜紀層中に層状をなす
88石灰岩岐阜県赤阪町化石を包含する
89風化玄武岩
(天然セメント)
佐賀県唐津市附近石灰を混じセメントを製す
90石灰土石川県七尾化石の遺骸よりなる
91石膏(雪花石膏)秋田県小坂鉱山黒鑛鉱床に接し鑛塊をなす
92燃料及勇気薬品原料鑛物無煙炭山口県大嶺炭坑中生層に挟まる
93瀝青炭(黒炭)福岡県筑豊炭田第三紀層に挟まる
94褐炭宮城県亙理郡地方第三紀層に層状をなす
95石油(原油)新潟県西山油田砂質頁岩層中に潴留せり
96天然アスファルト
(土瀝青)
秋田県槻木鳥巻第四紀層中に不規則なる
塊叉は層をなす
97オイルシェール
(油母頁岩)
満州国部順炭田平均5.5%の油分を含む
98充填料及顔料鑛物重晶石黄海道東南面石灰岩を置換せるもの
99滑石(タルク)満州国安東県粉末とし紙に漉き込む
99凍石満州国青山寺滑石の緻密なるもの
101磁硫鉄鉱岡山県吉岡鉱山紅柄をつくる
102トノコ土京都府山科古生層の粘板岩、砂岩の分解せるもの
103研磨用鑛物金剛砂(柘榴石)奈良県二上村砂鉱
104鋼玉香川県長尾凍石中に紫色の塊をなす
105吸着濾過用鑛物珪藻土島根県西郷町層状をなす
106酸性白土(晒土)新潟県小戸可塑性を欠く
107ベントナイト新潟県川口膨潤土ともいふ
108保温耐熱鑛物アスベスト
(角閃石石綿)
福島県小倉金山脈状をなして産す
109アスベスト
(蛇紋石綿)
関東州和尚山脈状をなす
110電気用鑛物金雲母咸鏡道砲手鉱山六角叉は三角の板状の結晶
111水晶ブラジル 
112光学用鑛物方解石(米州石)満州国媽々街無色透明なるもの
ニコルに使用す
113含希元素鑛物リシヤ雲母(紅雲母)福岡県長垂ペグマタイト中に脈状をなす
114プロトリシオナイト咸北(道)細川洞ペグマタイト中に淡褐色の葉片をなして産す
115ベリル(緑柱石)福島県野木沢村ペグマタイト中に緑色六角柱状の結晶をなす
116モザナイト福島県新屋敷ペグマタイト中叉は附近の河床に出づ
117コルンブ石福島県新屋敷ペグマタイト中に散在し板状の結晶をなす
118恵那石岐阜県福岡村ペグマタイト地方にて砂鉱となりて産す
119褐簾石山口県石井ペグマタイト中に散在す
120燐灰ウラン鉱山口県石井ペグマタイトの裂罅に黄緑色の鱗片状結晶をなす

3. 雲山鉱山の金鉱石

 (1) 地質と鉱床
     北鎮をはじめとする雲山金鉱は泰川・博川付近から東北のい川に跨る一帯の花崗岩地帯に
    散在する。
     北鎮西方の鎮後坑より東北方の橋洞坑および大岩坑付近にわたる地質は先カンブリア紀に
    属する花崗岩で、その割れ目に胚胎する裂罅充填鉱床で黄鉄鉱・方鉛鉱・閃亜鉛鉱および
    磁硫鉄鉱ならびに微量の硫砒鉄鉱を随伴する乳白色石英脈で金は一部自然金として石英中に
    存在するがほとんど硫化鉱物中に微粒として含有される。
     鉱脈の幅や品位は変化が多く、多くは扁豆状を呈するが時には嚢状あるいは団塊状を呈し
    膨大する箇所もある。
     その特異性を認められるのは、脈肌に近く土状の黒鉛層を介在していることである。

 (2) 雲山鉱山の金鉱石
     標本の金鉱石は、調製されて60年近くが経過しているため、硫化鉄鉱が錆びて褐鉄鉱に
    覆われている。
     外観をルーペや実体顕微鏡でザッとみたところでは、自然金は認められない。

       
        表【ラベル痕跡】              裏
                 雲山鉱山の金鉱石

4.  おわりに

 (1)落札した鉱物標本は、益富先生が編纂されただけのことがあり、期待に充分応えるもので
   1点あたり、500円弱になったが、決して高いものではなかった、と思っている。

 (2)この標本が発行された昭和16年(1941年)11月1日から1ケ月あまり後の12月8日に
   日本は、米英に対して宣戦を布告したのだが、この標本の産地には、交戦国のアメリカ
   イギリス、中国をはじめ海外のものが四分の一弱、28種を占めており、この戦争が
   いかに無謀なものであったかを示している。
    【 アメリカ1、イギリス2(馬来1、セイロン1)、オランダ(蘭領東印度1)、中国2、満州10
     南洋1、ブラジル1、台湾1、朝鮮9】

 (3)編纂者の益富先生の肩書は、『日本礦物趣味の会』の前に『鉱山科学研究所長』と付け
   加えられており、”趣味”で鉱物標本を作製するなど許される雰囲気になかったのだろう。
    また、この標本を製作したのは、『東京都麹町区麹町 金属社』となっており、この当時
   長島乙吉氏がこの辺りに住んでおられた筈(息子の弘三氏は麹町のお生まれ)なので
   この標本に関わりがあったのでは、と推測している。
    なぜなら、この標本には含希元素鉱物が8種と異様に多く含まれており、希元素鉱物は
   長島乙吉氏が最も得意とする分野だからである。

5. 参考文献

1)朝鮮総督府地質調査所編:朝鮮鉱物誌,三省堂,昭和16年
2)酒井敏雄:日本統治下の朝鮮 北鎮の歴史,草思社,2003年
3)益富壽之助:日本鑛物資源標本 説明書,日本鉱山科学研究所,昭和16年
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