秩父鉱山後山 -伝説の灰鉄ざくろ石-
秩父鉱山後山 -伝説の灰鉄ざくろ石-
1.初めに
鉱物には、草鞋(わらじ)にまつわる話(伝説)が、いくつか残されている。
(1)某名人は、草鞋履きで、田上山の尾根を歩き回り、ここぞと思う場所で
”トントン”と踏みつけ、その音で晶洞のあるなしが解ったと言われている。
(2)佐渡金山に坑夫の古草鞋を無料で新しいものに取り替えてくれる店屋が
あった。実は、この店では、坑内で働く坑夫の古草履のワラの目に入り
込んだ金を回収し、草鞋代以上の収益を上げていたと言われている。
(3)「鉱物採集フィールドガイド」に、『秩父地方の奥の奥、大滝村中津川の
後山というところでは、かつて磁鉄鉱を掘っていた鉱山跡から、緑色の
かなり大きな灰鉄ざくろ石が出たことがある。鉱山の調査に行った
鉱物採集家の長島乙吉先生が、宿屋に着いてわらじを脱ごうとしたら
わらじの裏に緑色のざくろ石がくっついていて、あわてて元の道を
たどって発見したという伝説がある。今は、その場所も埋没して
よく分からず、幻の産地となってしまった。』
秩父鉱山での採集会の最後に、横浜市のMさんの案内で、長島先生ゆかりの
灰鉄ざくろ石産地を探し出し、母岩付や分離結晶を採集すことができた。
案内していただいた、Mさんに、厚く御礼申し上げます。
(2003年3月採集)
2. 産地
中津川集落の公衆便所の先に、沢があり、2つ目の砂防ダムの上に貯水舛が
ある。その脇を渡ると、左岸に山道があり、これを登ると、墓地、お堂がある。
その前を通り抜け、山道をたどると、約20分(途中休憩すると約30分)で
両側が切り通しになった鉱山跡に着く。ここは、地形から見て接触鉱床鉱体が
褐鉄鉱化した部分を露天掘りした跡と思われ、付近には、坑道もいくつか
残っている。
後山坑跡
切り通しを抜け、さらに山道を50mもたどると、朽ちかけた木の標識がある。
「??山頂」と「??山」と書かれており、「??山」に向かう。50mも行くと
「 山主」の標識があり、そこから、山道を5mも登り、直ぐに右に折れ
50mも行くと分岐しており、上の道を途中やや危険なところを約200mも行くと
またまた「 山主」の看板が2、3枚立ち木に打ち付けられている。
この上、約50mにある露頭の前が産地である。
後山露頭
3. 産状と採集方法
ここも秩父鉱山の一部の接触交代鉱床で、石灰岩に石英閃緑岩などの高温の
マグマが貫入してできたと言われ、磁鉄鉱などの金属鉱物と灰鉄ざくろ石などの
スカルン鉱物が見られます。
晶質石灰岩(大理石)の露頭は崩落しており、露頭から直接灰鉄ざくろ石を
採集することはできず、露頭前で表面採集かざくろ石を含む土砂をビニール袋に
入れて持ち帰り、自宅で水洗いしながらフルイ掛けします。
採集風景
4. 採集鉱物
(1)灰鉄ざくろ石【Andradite:Ca3Fe2(SiO4)3】
斜方12面体の結晶で、磁鉄鉱に伴う赤褐色〜黒色のものと晶質石灰岩に
伴う灰緑色〜暗緑色の2種類があり、鉄の含有量が多くなるに従い黒色に
近くなります。
中には、累帯構造をなすものもあり、結晶成長過程でカルシウムと鉄の組成に
変化があったことを示しています。
大きなものは、結晶が不完全で、1〜4mm程度のものに、稀に四周完全な
結晶がみられることがあります。
黄緑色 赤褐色〜暗緑色【累帯構造】 母岩付き
後山産灰鉄ざくろ石
(2)磁鉄鉱【Magnetite:Fe2O4】
黒色塊状で産出する。すぐ近くの渦ノ沢(ベッドの沢)の磁鉄鉱が
綺麗な八面体で産出するするのと対照的です。
ここの磁鉄鉱は、渦の沢のものと同じように少量の黄銅鉱を伴い
2次鉱物の孔雀石もみられます。
後山産【塊状】 渦の沢産【八面体】
秩父鉱山産磁鉄鉱
(3)このほか、小さな水晶などがみられます。
5.おわりに
(1)長島 乙吉先生ゆかりの灰鉄ざくろ石かと思うと、採集品の有難味も
格別です。
フィールドガイドの記述に従い、”後山”と呼んでいますが、文献や
地元の方に確認した地名ではないことをお断りしておきます。
(2)途中の鉱山跡には、褐鉄鉱が豊富にあり、坑口脇には、菊花状に石膏が
結晶しており、燕尾式双晶(Swallow Tail)もみられます。
帰途、ここで採集したが、母岩が脆いので、運搬には気を使います。
石膏
(3)巡検路の途中や露頭の先には、滑落すると重大な事故につながりかねない
危険な箇所があり、安全には充分注意して下さい。
秩父鉱山は、多種多様な鉱物が採集できる魅力的な産地ですが、鉱物採集で
亡くなられた方がいる産地の1つであることをお忘れなく。
6.参考文献
1)草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
2)工業技術院地質調査所編:日本鉱産誌(BT−C) 鉄・鉄合金および軽金属
東京地学協会,昭和29年