こうして、ブレーメンへの旅は始まった。
(2016年5月26日 体験 )
列車が入ってくる時間が近づいてホームを見ると”あねご”と私しかいない。列車の到着ホームが変わったのでは
ないかと表示を見るとさっき見たのと同じだ。隣のホームを見た”あねご”が、「MH、ハンブルク行きはあっちのホーム
みたい」、と言ったときに列車が入ってきて、それがハンブルク行きだった。
来るときも、表示と入ってくるホームが違うことがあったので、ドイツを鉄道で旅行される方は注意が必要だ。
2階建て列車のせいか客が分散し、ゆったりと座ることができた。
一度通った路線だし、車内から見えるのはどうということもない景色なので、朝ハンブルクの駅でもらったパンフレ
ットを眺めていた。私達が買ったチケットは、” GUTE FAHRT "、「良い旅きっぷ」とでも呼ぶチケットで、家族や
仲間でのグループ旅行の特典があるのだ。
大人5人の場合、最初の人が 23ユーロ 、2人目から5人目の人はそれぞれ 4ユーロ になるというのだ。そうだと
すると大人2人だと、23 + 4 = 27 ユーロ のはずだが、29 ユーロ 取られたのは何故なのか判らない。
再びハンブルクに戻り、ブレーメン行きの列車に乗り換え、ブレーメン中央駅に着いたのは17時を少し回っていた
から、乗り換えを含めて2時間40分くらいかかったことになる。
事前に調べた範囲でブレーメンでの観光ポイントは、@ 「ブレーメンの音楽隊」像 A 豚飼いの銅像 くらい
だった。地図を見ると、「音楽隊」像まで1キロくらいだから、わけもない距離だ。
旧市街の方を見ると、石や赤レンガ造りの建物と曲がりくねった石畳の道を見ると、中世の世界にに迷い込ん
だのではないかと錯覚させられる。場違いのようなモダンなトラム(路面電車)と道路の上に蜘蛛の巣のように張
られたトラムの給電線や道路標識がせっかくの風景を台無しにしている気もするが、今となってはこの地の風景
に溶け込んでいるようだ。
せっかくだから、市内を縦横に走るトラムに乗ってみようということになった。「音楽隊」像は、「市庁舎」を目標
に行けば良いので、何番に乗れば良いのか教えてもらい、その番号のトラムに乗り込んだ。
車内の自動販売機でキップを買うのだが、1回だけ、1日券など何種類もあって、どれを買えばよいのか判らな
いで”マゴマゴ”していると、英語のわかる若い人が助けてくれ、買うことができた。
トラムを下りて少し歩くと、広場に面して市庁舎があった。市庁舎は改築中とののことで、武骨な足場で囲わ
れていて、「音楽隊」像の写真にもパイプの足場が写ってしまった。ロバの上に犬、その上に猫、その上にニワトリ
が4段重ねになった像だ。「ロバの前足を持って願い事をすれば叶う」、という言い伝えがあると聞き、さっそく試し
てみる MH だった。
大勢の外国人観光客が順番を待ち、次々に願い事をするせいで、ロバの前足は”ピカピカ”に光っていた。
「音楽隊」の話は、日本の昔話「桃太郎」など同じくらい有名で、あらすじを紹介する8枚の切手が西ドイツ
から統一前の1972年に発行されている。左上から右、次に左下と”Z形”に絵を追って行けばストーリーが理解
できるはずだ。
この一角は観光客が集まる広場になっていて、土産物を売るテント風やワゴン風の店が並んでいた。孫娘に
送る「音楽隊」の絵が入った絵葉書やマグネットなどを買う。
時刻は18時近くになっていた。これからハンブルクまで帰るのに余裕を見て2時間かかると思うと、ノンビリしてい
る閑はない。急ぎ足で駅に戻ることにした。ただ、来る時と違って歩いているとユックリ景色が見れれるせいか、こ
こも、あそこも写真に撮って置きたい、と思うとついつい足が止まってしまう。
”あねご”が、「MH、あそこにポストがあるよ」、と教えてくれた。リューネブルクでは”ポスト違い”で、赤恥をかいた
ばかりだったが、その建物にはヨーロッパで郵便のシンボルになっている『ラッパ』が書いてあるので、間違いなさそう
だ。
ブレーメンで投函するつもりで日本で買ったドイツ切手を貼って持ってきた「記念封」と、先ほど買った絵葉書に
孫娘の住所ラベルを貼って投函準備をする。
窓口に並んで、「記念封」を差し出すと、局員は料金を確認し、”Perfect!!”、と言ってそのまま受け付けて
くれた。孫娘宛の絵葉書分の切手代を支払って、局を後にした。
【後日談】
投函した「記念封」には適正な位置に消印が押され、見栄えも良いものになっている。” キチン ” と物事を
処理する能力に長(た)けるドイツ人らしい仕事ぶりが見て取れる。EU圏でのドイツの優位は当分続くだろう。
フライべルク大学は、明治6年に来日したお雇い外国人ネットーの母校で、小坂鉱山の開発に貢献したのち
東京大学で教鞭をとった。教え子でフライベルク大学(当時は鉱山学校?)に留学した者もおり、日本の鉱物学・
鉱山学と非常に縁の深い大学だ。
駅に向かって歩くと、上の市内地図にある「豚飼いの銅像」が見えてきた。東京渋谷の忠犬ハチ公の銅像と同じよう
に待ち合わせの場所になっているのか、地元の若い女性たちが豚の像に座って楽しそうにダベっていた。
そのせいか、さきほどのロバの前足と同じように、豚の背中も”ピカピカ”に光っていた。
1人の運転手で100台以上を運搬できるのだから、道路の渋滞は減るし、人的効率は日本に比べて10倍
1時間ほど乗っていると、列車は大きなエルベ川を渡る。この下流(進行左手)がハンブルク港になっていて、
列車の中でトイレを済まそうと思って行ったら、鍵が閉まっていて使えなかった。中に人がいるようでもない。終着
落ち着いたところでハンブルクでやっておきたいのは両替だった。”あねご”に借りていた50ユーロも返さないといけ
若い女性2人だけで大金を扱っているので大丈夫なのか気になったが、それだけドイツの治安が良いということ
20時を回り、”あねご”に、「これから、『飾り窓』に行くから、ここで失礼します」、とは言えなかった。地下鉄に
ここで採集できたのは鉄の製錬の過程で出来た滓(かす)の鉱滓【こうさい:スラグ(Slag)】だ。日本語では、
加藤先生の「鉱物採集の旅 東海地方をたずねて」の岐阜県加茂郡の金属鉱床の章に、次のようにある。
「 ・・・精錬所跡には鉱石はまったくなく、カラミといって金属をとったカスが多量にころがっています。ときどきこの
あと、2,000年もすれば、各地の鉱山跡の鉱滓も鉱物として認められるかも??
両国に共通なのは、街中が安全、消費税は20%前後と高いが人々は豊かに見え、経済活動も活発で、
明治維新で日本は、法律や鉄道・郵便などの社会インフラをイギリスに、鉱山はじめ製造技術をドイツに学び
5.2 今夜は”アルコールなし!!
後で掲示板を見ると、「当局の指示により、ハンブルク港を出るまで、アルコール類の提供はできません」、と
ブレーメン中央駅8番ホーム 自動車陸送専用列車
以上良いはずで、その上排気ガスを出さないから環境にも優しいはずだ。
(発電時の地球温暖化影響はあるにしても・・・)
停泊しているわれわれの船が見え、まもなくハンブルク中央駅に到着だ。駅に着いたのは20時少し前で、天井が
ついたホームはうす暗くなっていて、古い映画のワン・シーンを思い起こさせるような雰囲気が漂いっていた。
列車からオーシャン・ダイヤモンド号が見える 宵闇せまるハンブルク中央駅構内
駅が近くなると使えないようだ。駅に着くなり、トイレを探すことになる。ようやく探したトイレは当然有料で、しかも
1ユーロと普段のところの倍だった。
教訓 『いつでも使えると思うな列車のトイレ』
ないし、この先、訪れる国々の内、スウェーデン、ロシア、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、カナダは独自通貨
を使っているので、念のため、10,000円か20,000円分を現地通貨に両替しておこうと思ったのだ。中央駅近くに
両替店があるのは朝調べておいたので、そこに直行する。20時の営業終了時間まで10分チョットしかないので、
忙しい。
だろうと納得した。気になるレートは1ユーロが129円と、観光地レートでなくビジネスレートだから、”マズマズ”だ
ろう。
フランスのモンサン・ミッシェルで米ドルをユーロに両替したら、1ユーロ=1.41米ドルだった。ハンブルクでは1.16
米ドルだから、20%弱レートが良いことになる。
各国通貨交換レート
乗って船に戻るだけだ。
地下鉄の長いエスカレーターに乗り、外に出ると20時40分くらいだが、まだ薄明るかった。船のターミナルに行く
途中の赤茶けて盛り上がった場所が気になった。”あねご”には先に船に戻ってもらい、そこに行くとそれは製鉄で
出た”鉱滓”だった。
長いエスカレーター ハンブルクでミネラル・ウオッチング!!
「からみ」、「かなくそ」、あるいは「のろ」などと呼ばれている。
鉱滓の空洞部には、直方形や菱面体、そして葉片状の結晶が見られ、溶鉱炉から流れ出た鉱滓が冷え固
まる過程で、これらの”鉱物”が生まれたわけで、自然界を大きな溶鉱炉と考えることもできそうだ。
鉱滓(からみ)
【産地 ドイツ・ハンブルク港】
カラミの表面に緑色の物質がついていることがありますが、これは鉱物とはいえませんので採集する価値は
ありません。一般に、人造物の上に生成した物質は、たとえ自然界でその生成がおこなわれたとしても鉱物
として扱わないことになっています。
しかしギリシャのローリオンから産する古代の鉛の製錬カスと海水との反応でできた物質は、昔から堂々と
鉱物として扱われてしまっています。・・・・・ 」
5. おわりに
5.1 英独に学ぶ
イギリス、ドイツと続けて回ってきて、両国がそれまで見て来た南ヨーロッパの国々との違いが膚で感じられた。
イギリスが、EUからの脱退の動きを見せるのも理解できたし、事実その後の国民投票では僅差だが脱退賛成が
多かった。
ドイツは、第2次大戦でヨーロッパの多くの人々に途端の苦しみを味合わせたという歴史認識を持ち続け、犠牲
を払ってでもEUを空中分解させまいとするメンケル首相の強い意志が感じられる。
日本との差を感じてしまう。
急速に近代化に成功し、他のアジア諸国のように植民地にならずに済んだ。
日本が成熟した今こそ、両国に学ぶべき点はたくさんあるように思える。
船に戻りシャワーを浴びると22時近かった。この日、船の食堂で食べられるのは20時までだったから、9階の「居
酒屋」に直行だ。すると、雰囲気がいつもと違う。いつものこの時間なら、テーブルの上にビールのグラスや、ワイン
の瓶が林立し、皆さん赤い顔をして出来上がっている頃なのだが、”シラー” っとしているのだ。まずは、「ビール、
アサヒスーパードライ!!」、と注文すると、店の女の子が申し訳なさそうに「スミマセン、今日は、アルコールダメ
です」という。「なぜ?」と聞くが、要領を得ない。
張り紙があった。私が知りたい「なぜか」については、一言も説明がなかった。
これから先、アルコール類の提供ができない港がいくつかでてきて、いろいろな憶測を呼ぶことになる。半年飲ま
なくても大丈夫な私には、願ってもない”休肝日”になったが、お酒がなければ困る人たちは、いろいろと自衛策
をとることになる。
6. 参考文献
1) 加藤 昭ほか:Rainer Bode編:鉱物採集の旅 東海地方をたずねて,築地書館,1979年
2) 宮脇 律郎監修:徹底図解 鉱物・宝石のしくみ,新星出版社,2008年
3) 谷澤 毅:北欧商業史の研究,知泉書館,2011年
4) エリック・シャーリーン著、上原 ゆうこ訳:図説 世界史を変えた50の鉱物,原書房,2013年
5) 高橋 理:ハンザ「同盟」の歴史,創元社,2013年
6) 地球の歩き方編集室編:各国編2013〜15,ダイヤモンドビッグ社,2015年
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