北極圏をめぐる地球一周の旅 【帰国】 ( Tour around the World & Arctic Circle 2016 - Return to Yokohama - )









      北極圏をめぐる地球一周の旅  【帰国】

      ( Tour around the World & Arctic Circle 2016 , - Return to Yokohama -)

1. はじめに

    7月26日、いよいよ横浜港に入港だ。106日ぶりに日本の土を踏むかと思うと興奮してし、夜中に目が覚めて
   しまった。時計を見ると3時前だったがデッキにでてみた。
    外は真っ暗でどのあたりを進んでいるのかよく分からなかったが、このページをまとめるために写真のGPSデータを
   地図に落としてみると、房総半島の先端・館山沖を北に向かって進んでいた。

      
                     横浜港着岸までの航路(7/26)

    デッキにいても仕方がないので、船室に戻りベッドに入ると二度寝してしまった。

    ( 2016年7月26日 体験 )

2. 横浜港入港

   再び目が覚め、時計を見ると5時過ぎだった。デッキに行くと、夏の太陽は高い位置にある。すでに大勢の人
  たちが出ている。船は横浜港まで数キロの位置をゆっくりと北に進んでいて、行きかう船が多い。

      
                      多くの船が行き交う浦賀水道

    右舷後方から近づいてきた水先案内船がわれわれの船を追い越し右舷前方で誘導してくれる。左舷前方
   が横浜港のはずだ。

      
                       水先案内船に従って進む

    船が左に舵を切ると、前方に優美なつり橋「横浜ベイブリッジ」が見えてくる。この下をくぐると横浜港だ。

      
                     「横浜ベイブリッジ」が見えた!!

      
                          橋をくぐると横浜港

    6時近くになって接岸する「大桟橋ふ頭」が見えてきた。

      
                           「大桟橋ふ頭」

    船が接岸すると船客の荷物を船の乗組員が総出で運び出してくれている。荷物が運び出され、下船の指
   示が出るまで待つだけなので、この間に朝食を済ますことにした。
    その後、パスポートを受け取り、8階のデッキに行く。ここが私の「指定席」だったが、これでお別れかと思うと、
   寂しい。

      
             『指定席』ともお別れ

3. 下船

    8時ごろ「下船開始」の放送があった。ただし、1等船客から順番にというのだが、舷門に行ってみると下船
   するために並んでいる人は”チラホラ”しかいない。立っていると、チーフパーサーが、「降りてください」、と言うので
   ”サッサ”と舷門を出た。

    荷物の集積場所に行き、自分の荷物が積んであるキャリーカートを探し、それを押して入国審査の列に並
   ぶが、順番を待っている人はいない。入国審査は何事もなく済んだ。

      
           カートを押して入国審査へ

    そのまま、税関に行く。アルコールや貴金属など申告するものは何も持っていない。昔、海外出張が多かった
   ころ、怪しげな雑誌、ビデオ類を持ち込むときは”ヒヤヒヤ”したものだが、そんな思いをしないで済む歳になって
   しまった。

4. 山梨に戻る

 ■ 横浜で帰国記念印
    横浜港の大桟橋ふ頭から地下鉄「日本大通り」駅まで荷物を持って歩くことにした。距離にして1キロ弱だ
   ろう。

      
                           埠頭周辺地図

    旅に出発するときは、「シルクセンター」と「横浜港(みなと)」郵便局で記念印を押したのだが、シルクセンター
   局は開局時間が10時と遅いので、横浜港局でだけ記念印を押すことにした。横浜港局に着いたのは8:35で
   開局まで30分近く待たされる積りでいた。おまけに、エスカレータが動いていなかったので、重たいバッグを抱え
   て階段を上り下りせねばならなかった。
    この局には夜間受付窓口があり、局員がキビキビと働いていた。ダメ元で記念押印を依頼するとあっさり引き
   受けてくれ、押印して返してくれた。8:40だった。

         
              横浜港郵便局                       紀念押印完了!!
                                                【時に、8:40】

      
                          横浜帰国記念封
                        【横浜港局 平28.7.26】

     【後日談】
      この船の終点は神戸港だ。出発する時、神戸港で記念封筒を作成したかったのだが、船の外に出ること
     が許されず、手紙を投函できなかった。
      せめて帰国の記念封だけでも作って置こうと、船内で知り合ったY夫妻に投函を頼んでおいた手紙が
     数日後に到着した。

      
                          神戸帰国記念封
                       【神戸中央局 平28.7.27】

 ■ 甲府に無事帰宅
    横浜港郵便局に一番近い「日本大通り」駅から地下鉄に乗り、横浜線で八王子に出て、中央線の特急
   に乗り、甲府駅に着いたのはお昼前だった。
    甲府盆地を出た時には春まだ浅く、桃の花が満開だったが、その桃の実も大きくなり熟して食べられるように
   なっていて、106日間の時間の流れを感じ、『浦島太郎』の気分だった。

5. おわりに

 ■ 大団円??
    このページで地球一周の旅はひとまず完結だ。旅行に出発する前は、旅の進行とHPの作成を同期させたい
   と思っていたが、旅にでて早々に、これは無理だとギブアップした。
    しからば、2016年内にと思っていたが、これもできず、結局帰国して1年7か月かかってしまった。

    しかし、まだまだやり残していることがある。

    ・ 採集した鉱物標本の整理
    ・ 撮影した写真・ビデオの編集
    ・ 寄港地で投函した絵葉書・封書類のアルバム化

    などなど、だ。

    船内で世界一周の旅日記をHPにまとめているが遅れていることを旅友に話すと、「100歳までかかる」、と冷や
   かされたが、何とか大団円を迎えることができた。
    これらも " SLOW but STEDY ( wins the race ) " で進めたいと思っている。

    【後日談】
    1月中旬、都内に出たついでに古書店で杉森久英の「能登」を購入した。杉森は少年時代を能登・七尾町
   旧制中学から高等学校を金沢で過ごしたその思い出を綴った私小説だ。このページをアップするのと相前後
   して「あとがき」を読んだ。

    『 自分の一生は一度きりのものだし、人ひとりの経験は掛け替えのないものだから、記憶のはっきりしている
     うちに、どうしても書いておかねば、と思って、私はこれを書きはじめたのだが、途中で何度も、こんなつまら
     ないことを、書き残す必要があるのだろうかと、懐疑に襲われた。偉大な人物の波乱万丈の生涯ならとも
     かく、一人の市井売文の徒の歩いて来た道を、どうして記録しておくことがあろうかと、何度も迷った。
      ・・・・・・・・・
      ・・・・・・・・・
      ・・・ただ私には、明治末期から大正へかけての特定の時間の中で、能登の特定の町で育った一人の
     少年の目に映った風景を描いておくことに、何かの意味があるかも知れないという気がしたのである。
      どんな意味があるかと聞かれても、私には答えられない。何の意味もないかもしれない。何の意味もなく
     ても、人は自分の見たこと、して来たことを、誰かに話さずにいられないもののようである。         』

    このシリーズをまとめているときに、NHKのスタッフの方からメールをいただいた。2015年に行った「南極探検」の
   HPを読んだ上での問い合わせだった。
    私が理解している「小平浪平」の日立製作所創業の志は、某大の研究者が引用してくれている。などなど

    私がHPをまとめている理由や書き続けている上での迷いは、杉森氏のものと同じだとういことに気づいた。
   理由(意味や意義)は、私のHPを読んだ人々が、それぞれに見つけ出してくださっているようだ。

6. 参考文献

 1) 杉森 久英:能登,集英社,1984年
 2) 地球の歩き方編集室編:ペルー 2013〜14,ダイヤモンドビッグ社,2013年


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