6月10日、朝5時に起きてデッキに出ると曇っている。6月7日にノルウェーを離れてからというもの、毎日の
ように曇りか小雨で太陽を拝んでいない。雨が降っていなければデッキでやる「太極拳」も船内のラウンジに
場所を移動することが多かった。
この日の航海のハイライトは『北極圏航行』だ。北緯66度33分より北を『北極圏』と呼んでいる。2015年の
「南極探検」では、『南極大陸』に何回か上陸したので、これで両極を制覇することになる。
またアイスランド沖はホエール・ウオッチングのメッカになっているので、この海域で鯨などの大型海洋生物と
遭遇できるチャンスがある。否が応でも期待が高まる。
( 2016年6月9日〜12日 体験 )
6月9日から12日にかけての船の航跡を地図に示す。
船はアイスランド最西端をかすめる経度線まで出ると真北に舵を切って北上した。6月10日の10時頃、
「北極圏に入った」、という情報が伝わってきた。
あねごの発案でデッキで記念写真を撮ろう、ということになった。あねごが持参したビニール製の地球儀に
空気を入れたが、気温が低いのすぐに萎(しぼ)んでしまう。
【後日談】
この時居合わせなかった人たちにこの写真を見せたところ、「私も仲間に加えて」、という要望が強かった。
チャコちゃんもその一人だった。写真を撮って、後から”合成”する裏技を駆使し絵葉書を作成した。こうして
何人かのお土産に加えていただいた。
このとき、霧が深く景色は時々刻々と変化していき、視界は100m〜500mくらいしかなかった。海面には
氷のカケラも見当たらなかった。流氷域が西にあることはわかっているので船は西に舵を切って進む。
「鯨が見えた!!」、という声で左舷後方デッキに走って行きビデオを撮る。海洋生物が見えるのは1、2秒か
ほんの一瞬なので、シャッターチャンスを捉まえるのは神業で、ビデオで撮るのが一番確実なのだ。しばらく待っ
て、ようやく鯨の背中だけをとらえることができた。
外はあまりにも寒いので、暖かい8階左舷デッキの定位置で談笑していると、スマホで海面を写していた人が、
「流氷が見える!!」と叫んだ。海面を見ると小さな、と言っても数百キロはありそうな氷塊が漂っている。近く
にいたほとんどの人がデッキに出た。進行方向で流氷を観たいと思い、右舷前方デッキに急ぐ。
船はすぐに流氷域の真っただ中に突入し、人が歩くくらいのゆっくりしたスピードに減速し、やがて停船した。
船首方向を見ると流氷がビッシリと海面を埋め、砕氷どころか耐氷構造にもなっていないこの船でこれ以上
前進するのは無理だと素人目にもわかる。
船尾側に行ったあねごにもらった写真を見ると、船が停まったのは流氷が密集している海域に入ってすぐだっ
たようで、船の後方約200mから先には大きな流氷は見られない。
この流氷は、グリーンランドの氷河の氷が崩れて、海流や風によって大西洋に押し流されたもので、大きな
ものだとタイタニック号ほどの大きな船を沈没させる危険性を潜んでいるから油断できない。
そんなことが頭の片隅にあるせいか、ときどき、船に流氷がぶつかる”ゴン”という音や、船腹を擦る”ギ〜”と
いう音がなんとなく不気味だ。氷塊の大きな物は長さ10m、幅10m、海面から出ている高さが50センチくらい
ありそうだから、単純計算でも500トン前後の重量がありそうだ。
流氷の中には波長が短い青い光を反射するせいか、ブルーに見えるものもある。
流氷群の真っただ中に1時間ほどいて船は再び動き始めた。流氷群に頭を突っ込んだ形になっているので、
ユックリと後ずさり(後進)してから、南西に向きを変えて動きはじめた。
ビデオ画像を再生しながら、気に入った画面を”プリントスクリーン”でキャッチし、パワーポイントに貼りつけ、
”JPG"に落とし、それらのいくつかを絵葉書にしてみた。これらを次の寄港地カナダ・プリンスエドワード島で投函
した。
【後日談】
「南極探検」で鯨は何回も見たが、オルカ(しゃち)を見たのは、1回しかなかった。そのくらい珍しいのだ。
そんなところから、「オルカは、おるか!?」、てな駄洒落が生まれたくらいだった。
翌日、アメリカ人のTeresaさんにこのビデオを見せた。彼女は、「これはイルカだ」という。私は珍しいモノを
見た、と言いたいばかりにか、「あれはオルカ(しやち)だ」、と言い張った。
【後日談】
2017年12月を目前にし、この時から1年半が過ぎている。イルカ・オルカ論争に決着をつけておかねばなら
ない。東京に出た時、趣味の切手店でアイスランドが発行した鯨などを描く切手シートを入手した。
縦 2 × 横 2 = 4種の切手が印刷してある。左上が オルカ(Orcinus orca)、右下がネズミイルカ
(Hnisa)だ。
オルカの特徴は、まっすぐに立った背びれで、”寝た三角形”をしているイルカとの大きな違いだ。ホエール・
キラー(クジラ殺し)の別名があるオルカは、餌食の周りをジョーズと呼ばれるサメと同じように、背びれだけを
海面上に出して取り囲む不気味な泳ぎ方をする。
私が撮った写真の背びれをよく見直すと、”寝た三角形”だ。すると、これはイルカだ。「Teresaさん、あな
たが正しかった!!」
夕食を終えてロビーに行くと、航路変更の掲示が出ていた。『 「ケープフェアウエル」沖付近が悪天候の
ため観光を取りやめて、明朝(12日)朝5時ごろ「プリンス・クリスチャンサウンド」フィヨルドに入り悪天候を
避けるコースをとる 』 とあった。
このフィヨルドは、グリーンランド南部にある世界最大のフィヨルドで、この掲示を見た(全員ではない)船客
は大喜びだ。
翌6月12日の5時ごろ起きてデッキに出てみると、霧はないが曇り空で、少し風がある。世界最大の島・
グリーランドの景色がハッキリ見える。雪をいただく山肌には、氷河の痕跡と思われるカール(圏谷:けんこく)
地形があちこち観察できる。
寒い中、デッキでフィヨルドにいつ入るのか心待ちにしていたが船は一向にその気配を見せずに、フィヨルド
の入り口と思われる場所を通り過ぎた。
どうやら、フィヨルドを航行するというのは、船長の”リップ・サービス”だったようで、変更前のコースをとるようだ。
グリーンランドの南端に近づくと、風が強まり、その風に流されてくる大きな流氷が点々と見える。その大きさは
乗っている船と同じか、それ以上の物も珍しくない。これだけ大きな流氷を見るのは、2015年の南極探検以来
だ。「白鳥」を思わせるものやいろいろな形・色のがあって見飽きないせいか、デッキに人影は絶えなかった。
10時過ぎに船は進路を南にとり、カナダ・プリンスエドワード島のシャーロット・タウンを目指す。いよいよアメリ
カ大陸上陸が間近だ。
昔地理で習ったと思うが、これまでに訪れて来た大西洋の諸国は「メキシコ湾流」の恩恵を存分に受けてい
る。赤道付近で温められた海水が高緯度まで到達しているので、緯度の割に暖かいし、海流が運ぶ豊富な
プラントンが豊かな漁場を育んでいる。世界○大漁場の一つに、「ニュー・ファンドランド沖」があったと記憶する。
この日の20時ごろ、最後の流氷を見た。この先は、暖かくなり、そして暑くなる一方だから、寒さとはお別れだ。
21時ごろ、夕日が見えた。夕日を最後に見たのはいつだったか忘れてしまうくらい久しぶりだ。茜(あかね)色
に染まったかと思うと薄紫色、そして再び茜色と変わっていく。しばし、見とれていた。