長野県南木曽町田立 ―伝説の天河石―

長野県南木曽町田立 ―伝説の天河石―

1.初めに

 古い鉱物図鑑で「天河石」のページを見ると、長野県西筑摩郡田立(ただち)
村【現在、南木曽(なぎそ)町田立】産の青緑色・両錐結晶が掲載してあります。
田立産天河石【原色鉱物岩石検索図鑑より引用】
 しかし、保科五無斎の長野県地学標本採集旅行記、明治42年8月21日の件に
『元来長石の標本は是非共無くては叶はぬものなれども、南佐久郡茂来山の
ものも西筑摩郡田立村のものも、既に採集し尽くしたるの今日・・・・』
とあり
明治末期には、すでに採集が難しかったようです。
 1960年(昭和35年)、長島乙吉・弘三父子の著になる「日本希元素鉱物」には
『今は崩壊しているが、日本で一番美しい天河石Amazon-stoneを沢山拾うことができ
フェルグソン石、苗木石、ゼノタイム、トパーズなどが嵌在する。長石に付着した
チンワルド雲母を拾うこともできる。』
と記述してあります。
 石友のMさんが、田立の天河石を採集に行ったが、産地を探しきれなかったとの
連絡をもらい、石友のS博士が「田立なら、いつでも案内する」と言ってくれていた
ことを思い出し、私も伝説の天河石産地を是非とも訪れたいと思い早速案内して
頂いた。
 天河石をはじめ、水晶、トパーズを採集できた。案内していただいたS博士に
厚く御礼申し上げます。
(2003年4月採集)

2.産地

 狭い産地なので、S博士から、公表しないようにとのことですので割愛させて
いただきます。

3.産状と採集方法

 田立は、日本3大ペグマタイト産地の1つ、中津川・蛭川に隣接するかのように
位置しており、随所に花崗岩や風化してマサ化した箇所が見られます。
 産地は「やんぞれ」と呼ばれていたようですが、Mさんの話では、今では地元の
年配の人でも何処なのか、分からないようです。
 別な文献を読んでいると、『・・・途中ニ表ハレテイル風化セルペグマタイト脈ノ
ゾレ中ヨリ産出スル』
との引用があり、「ゾレとはこの地方(南佐久)の方言で
鉱山のズリあるいは花崗岩が風化してマサ状になった部分を意味していると思います」
との解説がある。
 同じ長野県ですので、”ゾレ”は同じような意味に使われたようで、天河石は
花崗岩が風化してマサ化したペグマタイト脈の中に産出します。
 新たに脈を発見するのは難しく、既に掘られた(掘り尽くされた?)露頭の
前から下にかけて、雪崩落ちているズリの中から採集します。
田立天河石産地

4.産出鉱物

(1)天河石【Amazonite:KAlSi3O8】
   カリ長石の一種、微斜長石で白〜黄〜緑〜青色の柱状結晶で産出する。
  図鑑にあるような分離単晶の採集は難しく、塊状天河石の晶洞部分に数面の
  結晶面が見られるものを採集できれば、”御の字”です。
   結晶よりも文象長石や塊状の方に、美しい青色や緑色を示すものがあります。

      柱状結晶       文象(ぶんしょう)長石     塊状
                   田立産天河石
(2)水晶【Rock Crystal:SiO2】
   天河石の晶洞部分に、希元素鉱物の存在をうかがわせる、やや煙かかった
  透明結晶として産出するが、大きさは1cm未満であった。
水晶
(3)トパーズ【Topaz:Al2SiO4(OH,F)2】
   晶洞の天河石の表面に、庇面式結晶が晶出しているのに気付いた。結晶面の縦方向の
  条線とガラス光沢で輝きが強い。全ての結晶が、画面の左右方向に統一された方向に
  成長しており、結晶成長のときに、何らかのルールがあったことをうかがわせます。
   増富博士の著書、「鉱物」の「正長石の単晶」の解説で、『数個共生の黒水晶が
  すべて平行しているのに疑問をもちたい。』
と述べておられたのを思い出します。
トパーズ
(4)このほか、フェルグソン石、苗木石、ゼノタイムやチンワルド雲母など各種の
   希元素鉱物が採集できるとの報告がありますが、今回は採集できなかった。

5.おわりに

(1)伝説の産地と思っていた古い産地を訪れ、代表的な標本を採集でき、肌寒い雨の中
  案内していただいた、S博士に改めて御礼申し上げます。
(2)田立では、希元素鉱物が採集できるとされ、中津川、蛭川からも車で約30分と近く
  また訪れて見たいと考えています。

6.参考文献

1)柴田秀賢、須藤俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
2)増富 寿之助:鉱物 ―やさしい鉱物学―,保育社,昭和60年
3)佐久教育会編;五無斎 保科百助全集 全,信濃教育会出版部,昭和39年
4)佐久教育会編;五無斎 保科百助評伝,同会,昭和44年
5)宮島 浩;長野県茂来山正長石 水晶 VOL.15,鉱物同志会,2002年
6)長島 乙吉・弘三;日本希元素鉱物,日本砿物趣味の会,1960年
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