山梨県産 水晶印材コレクション - その18 -
              「 露入り水晶印 」

1. はじめに

    『水晶印材コレクション』シリーズ を報告するのは2010年8月以来だから、5年半ぶりになる。この間、
   ”ポツリ、ポツリ”と手に入れてはいたのだが、それまでに手に入れたと同じタイプのものがほとんどだった
   ので、改めて報告しなかった。

    2016年の年が明けて、北関東で開催された骨董市を訪れると、水晶印材と字を彫った印鑑が15本
   ほどまとめて置いてあった。それらの中から、”インクルージョン入り”印材6本と”形が面白い”印鑑1本、
   合わせて7本を選んで値段を聞くと□千円だというので、言われるままに払った。
    最初に水晶印材をまとめて手に入れたのは、今から13年前だった。2003年3月に甲府市で開催され
   た骨董市で水晶印材を出品しているお店があり、早速8本まとめて購入した。たしか、△万円くらい出
   した記憶がある。
    その時に比べて値段が1/10近かったことやお正月のご祝儀の意味もあり、普段だったら2割くらいの
   値引きをお願いするのだが、この時だけは言われるままに払った次第だ。

    13年前に買った水晶印材中に、インクルージョン入りが6本あり、その中に水晶峠産と思われる『山
   入り』のものもあった。

    
       「山入り水晶印材」
       【2003年3月入手】

    それ以来、ネット・オークションや山梨県は無論、各地の骨董市、骨董店そして古書店を訪れる毎
   に、山梨県産の水晶製品とそれに関連するものに眼を光らせていた。
    その結果、既に200本を超える水晶印材と「櫛」、「かんざし」、「帯留」そして「壺」などが集まり、
   入手の経緯とコレクションを中心に「山梨県水晶細工【印材】のミニ歴史」についてHPにシリーズで記
   載している。

   ・山梨県産 水晶印材コレクション
   ・
   ・
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その17-

    今回入手した全ての印材の柱面に、同一人の筆になると思われる漢数字を書いた小さな紙片が
   貼ってあり、いくつかには印面にも同様の紙片が貼ってある。これらの数字の意味を探ったり、”インク
   ルージョン”の鉱物種を鑑定したり、さらに水晶産地を推定する楽しみがありそうなのも買った大きな
   理由だ。
   ( 2016年1月入手 3月調査 )
  

2. 入手した水晶印材と印鑑

    入手した水晶印材と印鑑を示す。印材の並びは、印材一つ一つに貼られている小さな紙片に書い
   てある漢数字の小さい → 大きい順だ。

         
                        印材                        印鑑

     印材は区別するため左から @、A・・・E と呼ぶことにする。全て断面が四角い角印で、Dのみ、
    水晶の頭の錐面に丸みを持たせ、水晶素材をできるだけ生かそうとした工夫の跡が見られる。頭の
    面取り寸法が大きいところから古い時代(明治時代)の印材だと思われる。
     印材にはすべてインクルージョン(内包物)が観察できる。

           印鑑は、時計提(とけいさげ)印と呼ばれるタイプで、皮製の紐(ちゅう)が取り付けてある。

3. 『インクルージョンのある水晶名』

    今回入手した印材に限らず、インクルージョンのある水晶を、「草入り」とか「水入り」などと呼んで
   いるが、このような呼び名がどのようなものを指しているのか調べておいた。
    明治時代の「地質学雑誌」を検索すると2件の論文があった。「ススキ入り水晶」の名が起こった
   竹森(現甲州市竹森)産水晶について記述した「甲斐國山梨郡玉宮村産水晶の包躰に就いて」と、
   山梨県産水晶のインクルージョンについて紹介した「甲斐國産水晶の包躰に就きて」である。

    これらの文献には、俗名(方言)、産状、インクルージョンとなっている鉱物について記述してあるの
   で、これらをまとめて下表に示す。「光線石」など、”死語”になっている鉱物名などについて、備考欄
   に注釈を加えた。

   出   典   俗  名
 (方言名)
     産     状  鉱物名  備     考
甲斐國産水晶の
包躰に就きて
「地質学雑誌」
第2巻第16号
明治28年
草入り   光線石 「光線石」とは、
「緑閃石(ACTINOLITE)」
のこと。
「日本鉱物誌(第1版)」
には、「陽起石」
とある。
苔入り   緑泥石  
ススキ入り 褐色にして毛状或は針状
電気石 「苦土電気石」  
露入り 微細にして鱗状のものあつまり
て球状をなす
白雲母  
綿入り 石絨或は石綿なると微細の
気泡の集合せるものを併称
せり
石絨
石綿
(微細な気泡)
針状〜毛状の
「角閃石」など
電気石入り 黒色針状 電気石 「鉄電気石」
硫黄入り 往々其長軸三分(10mm)位
の美晶を呈するものあり
硫黄  
金入り 時に完全の晶体を認むる 黄鉄鉱 自形結晶
銀入り 外観は硫安礦の如き状を
なせども、余は未だ其性質を
究めず
近来、御嶽より多量に産出
御嶽とは、黒平を
含む昇仙峡一帯の
こと。
方言不詳   方鉛鉱  
方言不詳   磁石  「鋭錐石」では
ないだろうか  
水入り 液体を含めるもの    
甲斐國東山梨郡
玉宮村産水晶の
包躰に就て
「地質学雑誌」
第5巻第48号
明治30年
電気石入り 黒褐色繊維状或は
毛状の鉱物
紫蘇輝石?
「鉄電気石」?
苔入り 緑泥質物の包躰となりたる
もの
(緑泥質物)
 
露入り 白色鱗状の雲母にして
其繊維状の褐色通称電気石
の晶面に付着するの状は実に
草に露を帯べるの状ある
による
雲母  
磁石 黒色粒状をなし緑泥質物に
伴へども往々八面体或は
四面体に結晶せるものあり
(磁鉄鉱)
その色、結晶形
から「鋭錐石」と
考えられる。
銀入り 繊維状をなし、多くは片状に
してRの一面に平行に包ま
れるものなり
硫安礦 「硫安礦」とは、
硫(S)と安
(アンチモニー:Sb)
なので、現在の
「輝安鉱」?
硫黄入り 片状をなし、Rの一面に平行
して包まる
硫黄  
?(硫化鉄入り) 概ね層状をなして包躰となる
硫化鉄  

 (1) インクルージョン(内包物)による分類
      今回入手した印材は、インクルージョンの違いで3種類に分類できる。インクルージョンは水晶産
     地ごとに特徴があり、このことから産地を推測することも可能だ。

 名  称
 俗  称
該当印材 インクルージョン
  (内包物)
   写       真
推定産地   備      考
ススキ入り @ E 電気石
または
角閃石

水晶峠
バッタリ
針状〜毛状
綿入り A 気泡、液体
黒平向山鉱山 気泡の中には
液体の可能性あり
露入り B C D 電気石+雲母
竹森水晶山 針状は電気石

六角薄板状
透明なのが
雲母の単結晶

 (2) 『 露入り水晶 』
      今回入手した「露入り水晶印」の拡大写真を見ていただくと、褐色、透明の針状の「苦土
     電気石」のまわりに、白い球状の鉱物が付着している。六角板状の結晶もいくつか観察でき、
     この鉱物が「白雲母」だとわかる。

      秋の日の早朝、「ススキ」の葉に宿った玉のような露が朝日を浴びて輝いているかのようで、
     蓋(けだ)し、『 露入り水晶 』とはピッタリの命名だ。

4. 『 露入り水晶印 』の価値

     今回入手した全ての印材の柱面に、同一人の筆になると思われる漢数字を書いた小さな紙片が
    貼ってあった。

     
                   印材に貼ってある紙片
 

     白い紙片には、「五〇」、「一三〇」、「一五〇」、「二四〇」などの漢数字が書いてある。この数
    字が、「五〇」は50銭、「二四〇」は2円40銭、と ”印材の値段” を表わしているのだと思い至るのには
    さほど時間はかからなかった。

     これとは別な柱面と印面に別な紙片が貼りつけてある印材が2本ある。(@とAだ)。そこにも漢数
    字や”記号”が書いてある。紙片には赤い細線で枠のようなものが印刷されているので、現在でも見
    かけることがある”インデックス”を切ったものだろう、とおもわれる。
     柱面に貼られた紙には、「百二十三」、「百五十五」など、”番号”と思しき漢数字が書いてある。
    印面に書かれているのは数字ともカナともつかぬ”記号”だ。

     
        別な柱面と印面に貼ってある紙片
 

     このラベルを見て思い出したのが、『山梨県産 水晶印材コレクション』シリーズの - その11 -で
    報告した、「水晶印判注文書」だった。

    ・ 山梨県産 水晶印材コレクション- その11- 「水晶印判注文書」
    ( Seals made of Quartz from Yamanashi -Part 11-
      QUARTZ Seal Order Form Book by A.Mochiduki , Yamanashi Pref. )

     ふるさと山梨を離れて、日本国内だけでなく朝鮮・満洲・台湾など各地を歩き回り水晶印材や
    水晶製品の注文を取った『外交さん』が請けた”注文番号”と”スペック(仕様)”を印材に貼り付けて
    刻字するため、注文書と一緒に工場(自宅)に送り返した水晶印材だろうと思い至った。

     透明な水晶であれば、形状(丸、角、楕円)とサイズ(寸法)そして刻字する文字と字体などが
    わかれば用が足り、注文書だけを送れば良かったのだが、インクルージョン入り印材の場合、同じも
    のが2つとないため、注文書に現物を添えて送り返す必要があったのだ。

     初めて水晶印を入手した今から13年前の2003年ごろ、「草入りなど、インクルージョンの入った水晶
    印は”クズ水晶”を使った印材見本だろう」、と考えていた。
     しかし、その後、2006年に入手した水晶製品の通販カタログ「山梨物産会社商報」を読むと、
    「草入り水晶印」『珍品水晶印章』としてPRしており、普通の白(透明)水晶に比べ値段が2倍から4倍する
    立派な商品だったと解った。

    ・山梨県産 水晶印材コレクション-その7-
     ( Seals made of Quartz from Yamanashi -Part7- , Yamanashi Pref. )

    このことは、参考文献の「甲斐國産水晶の包躰に就きて」の中にも、次のような記述があることから
   客観的な事実と言えよう。

      『 甲州産の水晶には種々の鉱物を含めり。就中(なかんずく)著名なるものを掲ぐれば方言
       草入、綿入、苔入、ススキ入、露入、電気石入、………此等は甲府水晶店に於て一般奇石と
       称し 普通包体なきものより価貴し。・・・・・         』

5.おわりに

 (1) 1年が早い
      新しい年を迎えたと思っていたら、3月の声を聞き、庭の蝋梅はとうに散り、開花が遅い豊後梅
     も花がほころび始め、窓際の君子蘭が満開だ。

       
                満開の君子蘭

      北関東の骨董市に行ったときに、神社では古くから伝わる神事が行われていた。一つは、「茅
     (ち)の輪くぐり」で、茅の輪をくぐると今年一年が無病息災で過ごせるというので、潜(くぐ)ってきた。
      もう一つは、「おもかる(重軽)コイ石」だ。願い事を念じながら、石でできた鯉を持ち上げてみて、
     思ったより軽く感じれば願いが叶い、重く感じれば叶わないと伝えられている。

      ふだん石を持ち上げるのに慣れているせいか、思ったより軽く感じられ願いは叶いそうだ。

          
               「茅の輪くぐり」                      「おもかるコイ石」

      冷えた体を甘酒でも飲んで温めようと神社の売店に行くと、「白水晶」という名の飴を売っていた。
     名前が気にって3袋思わず買ってしまった。説明書きを読むと、兵庫県赤穂の塩を練り込んだ塩飴
     というので、夏場のミネラル・ウオッチングの参加者に味わっていただこうと思っている。

       
               塩飴「白水晶」

6.参考文献

 1) ?:「甲斐國産水晶の包躰に就きて」 地質学雑誌 第2巻第16号,日本地質学協会,
                                              明治28年
 2) ?:「甲斐國東山梨郡玉宮村産水晶の包躰に就て」 地質学雑誌 第5巻第48号,
                                     日本地質学協会,明治30年
 3) 山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
 4) 六郷町印章誌編さん委員会編:合併二十周年記念誌 六郷 第二部 六郷町印章誌
                        六郷町,昭和50年


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