山梨県産 水晶印材コレクション - その17 -
              「 露入り水晶印 」
              「 草入り水晶印 」

1. 初めに

    『水晶印材コレクション』 シリーズも17回を数え、いささかマンネリになってきたか、と自問
   自答しながら、このページを書いている。
    今から7年前、2003年3月に甲府市で開催された骨董市で水晶印材を出品しているお店が
   あり、早速8本まとめて購入した。たしか、△万円くらい出した記憶がある。
    この中に、インクルージョン入りが6本あり、その中に水晶峠産と思われる『山入り』のもの
   もあった。

     「山入り」【2003年3月入手】

    それ以来、ネット・オークションや山梨県は無論、各地の骨董市、骨董店そして古書店を
   訪れる毎に、山梨県産の水晶製品とそれに関連するものに眼を光らせていた。
    その結果、既に200本近くの水晶印材と「櫛」、「かんざし」、「帯留」そして「壺」などが集ま
   り、入手の経緯とコレクションを中心に「山梨県水晶細工【印材】のミニ歴史」についてHPに
   何回か記載した。

   ・山梨県産 水晶印材コレクション
   ・
   ・
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その16-

    2010年6月、山梨から単身赴任先に戻る途中訪れた東京の骨董市の店先に鰐(わに)皮
   模様のケースに入った”露入り水晶”できた印鑑が置いてあった。印材には、見事な草が
   入り、印面を保護するための印袴(いんばかま)も付き、一目で”良い仕事”だと見抜いた。
   長野県松本市の骨董商で、付いていた覚書から梓川村で仕入れたものらしかった。もう1つ、
   透明水晶印が並んでいたが、そちらには全く食指が動かなかった。

      露入り水晶印【印袴が付き、ケース入り】

    手に取って値段を聞くと、「 草入り水晶の方ですね 」、と念を押してきた。敵は価値を知
   っているな、と思い、「草入り水晶っていうんですか?」、と空惚け(そらとぼけ)た。△千円で
   お釣りがくる値段だったので、迷わず買った。もちろん、値引きしてもらうのはシッカリ忘れな
   かった。

    今回入手した印材に限らず、インクルージョンのある水晶を、「草入り」とか「水入り」などと
   呼んでいるが、このような呼び名がどのようなものを指しているのか調べたくなった。
    明治時代の「地質学雑誌」を検索すると2件の論文があった。「ススキ入り水晶」の名が起
   こった「甲斐國山梨郡玉宮村産水晶の包躰に就いて」と、「甲斐國産水晶の包躰に就きて」
   である。

    これらを読んで、今回入手した水晶印をよくよく見てみると、「草入り」ではなくて、『露入り』
   が相応しいのではないかという気になってきた。
    枯れたススキに、白玉のような露が宿った景色だ。そんな訳で、タイトルも変えた次第だ。
   ( 2010年6月入手 8月調査)
   

2. 「露入り水晶」をつかった印

    水晶印材を集めるようになって7年になる。水晶印材のほとんどが、断面が四角、丸、ある
   いは小判(楕円)形の柱状に仕上げてあり、ごく稀に、てっぺんの部分を薄く削り、穴をあけ
   て紐を通せるようにした、「時計提(とけいさげ)印」があるくらいで、規格化されていて、個性
   が少ない。
    そんな理由(わけ)で、私の水晶印材コレクションは「形」、「色」、「インクルージョン」が変
   わっていて2つと同じものがないものに絞っている。

    今回入手した水晶印は、一辺が四角い断面で、高さが36mm(1寸2分)ある。「露入り水
   晶」をできるだけ有効に利用しようとした跡が見られ、頭部は水晶の錐面(x面、r面)をその
   まま生かし、頂部は丸みを帯びている。

    入手した印を2つの方向からご覧いただこう。

        
            正面             90°左回転
                  「露入り水晶印」
                【高さ36mm(1寸2分)】

3. 「露入り水晶印」アラカルト

 3.1 水晶の産地はどこか
      「 露入り水晶 」 の産地は、鉱物を多少なりとも知っている人なら、「山梨県塩山市
     (現甲州市)竹森だ」、と即座に答えるだろう。
      水晶印材の根元の方から、黒褐色の『ススキ』が生えていて、『ススキ入り水晶』、とも
     呼べる品だ。

 3.2 「露入り水晶印」の価値
      初めて水晶印を入手した2003年ごろ、「草入りなど、インクルージョンの入った水晶印は
     ”クズ水晶”を使った印材見本だろう」、と考えていた。
      しかし、その後、2006年に入手した水晶製品の通販カタログ「山梨物産会社商報」を読
     むと、「草入り水晶印」を『珍品水晶印章』としてPRしており、立派な商品であることが分
     かった。
      詳しくは、次のページを参照いただきたい。

    ・山梨県産 水晶印材コレクション-その7-
     ( Seals made of Quartz from Yamanashi -Part7- , Yamanashi Pref. )

      「高級水晶印」とされる白(透明)水晶を使ったものと、「草入水晶印」のカタログ価格を、
     今回入手した印に近い長さ(丈:たけ)のもので、比較してみる。

 印 材カタログ価格
(昭和8〜9年発行)
現在の価格備   考
白水晶3円50銭約 11,700 円  物価指数は
郵便料金の比較から
3,333倍とした
草入水晶(上等品) 8円約 26,700 円
草入水晶(優等品)14円約 46,700 円

      この表にある価格は、「サック(印章入れ)」を含んでいるので、印章単体のカタログ価
     格とは単純に比較することはできない。
      しかし、「サック」の価格は高級なものでも1円以下で、上の表の価格は、ほぼ水晶印材
     と篆刻料と考えられる。

      今回入手した「露入り水晶印」は、「ススキ」の入り方が見事であるばかりでなく、印面
     を保護するための「印袴(いんばかま)」が付いているなど、印材の価値が高いこと物語
     っていて、上の表の『草入水晶(優等品)』に相当するものだろう。

4. 『インクルージョンのある水晶名』考

    今回入手した印材に限らず、インクルージョンのある水晶を、「草入り」とか「水入り」などと
   呼んでいるが、このような呼び名がどのようなものを指しているのか調べたくなった。
    明治時代の「地質学雑誌」を検索すると2件の論文があった。「ススキ入り水晶」の名が起
   こった竹森産水晶について記述した「甲斐國山梨郡玉宮村産水晶の包躰に就いて」と、山
   梨県産水晶のインクルージョンについて紹介した「甲斐國産水晶の包躰に就きて」である。

    これらの文献には、俗名(方言)、産状、インクルージョンとなっている鉱物について記述し
   てあるので、これらをまとめて下表に示す。「光線石」など、”死語”になっている鉱物名など
   について、備考欄に注釈を加えた。

   出   典   俗  名
 (方言名)
     産     状  鉱物名  備     考
甲斐國産水晶の
包躰に就きて
「地質学雑誌」
第2巻第16号
明治28年
草入り   光線石 「光線石」とは、
「緑閃石のこと。
「日本鉱物誌
 (第1版)には、
「陽起石」とある。
苔入り   緑泥石  
ススキ入り 褐色にして毛状或は針状
電気石 「苦土電気石」  
露入り 微細にして鱗状のものあつまり
て球状をなす
白雲母  
綿入り 石絨或は石綿なると微細の
気泡の集合せるものを併称
せり
石絨
石綿
(微細な気泡)
針状〜毛状の
「角閃石」など
電気石入り 黒色針状 電気石 「鉄電気石」
硫黄入り 往々其長軸三分(10mm)位
の美晶を呈するものあり
硫黄  
金入り 時に完全の晶体を認むる 黄鉄鉱 自形結晶
銀入り 外観は硫安礦の如き状を
なせども、余は未だ其性質を
究めず
近来、御嶽より多量に産出
御嶽とは、黒平を
含む昇仙峡一帯の
こと。
方言不詳   方鉛鉱  
方言不詳   磁石  「鋭錐石」では
ないだろうか  
水入り 液体を含めるもの    
甲斐國東山梨郡
玉宮村産水晶の
包躰に就て
「地質学雑誌」
第5巻第48号
明治30年
電気石入り 黒褐色繊維状或は
毛状の鉱物
紫蘇輝石?
「鉄電気石」?
苔入り 緑泥質物の包躰となりたる
もの
(緑泥質物)
 
露入り 白色鱗状の雲母にして
其繊維状の褐色通称電気石
の晶面に付着するの状は実に
草に露を帯べるの状ある
による
雲母  
磁石 黒色粒状をなし緑泥質物に
伴へども往々八面体或は
四面体に結晶せるものあり
(磁鉄鉱)
その色、結晶形
から「鋭錐石」と
考えられる。
銀入り 繊維状をなし、多くは片状に
してRの一面に平行に包ま
れるものなり
硫安礦 「硫安礦」とは、
硫(S)と安
(アンチモニー:Sb)
なので、現在の
「輝安鉱」?
硫黄入り 片状をなし、Rの一面に平行
して包まる
硫黄  
?(硫化鉄入り) 概ね層状をなして包躰となる
硫化鉄  

      

 今回入手した「露入り水晶印」の
インクルージョン部を拡大して
見ていただこう。

 褐色、透明の針〜毛状の「苦土
電気石」のまわりに、白い球状の
鉱物が付着しているかのようだ。
 六角板状の結晶もいくつか観察
でき、この鉱物が「白雲母」だと
わかる。

 秋の日の早朝、「ススキ」の葉に
宿った玉のような露が朝日を浴びて
輝いているかのようだ。


5.おわりに

 (1) 「インクルジョン入り水晶印」
      今まで、骨董市などで入手した印材をみて、古い文献にもとずいた推測や一部の水晶
     加工に携わる人々の意見を聞き、HPに継続的に記載している。
      2006年3月に「ススキ入り水晶印」、そして今回「露入り水晶印」を入手して、以前の
     ページに、

      『 ススキ入りなどインクルージョンの入った印材は、商品価値がなく、”屑水晶”を使っ
     た商品見本として使われた 』 と書いたが、これは間違いだった。

      「甲斐國産水晶の包躰に就きて」の中にも、次のような記述があるほどだ。

      『 甲州産の水晶には種々の鉱物を含めり。就中(なかんずく)著名なるものを掲ぐれば
       方言草入、綿入、苔入、ススキ入、露入、電気石入、………此等は甲府水晶店に於
       て一般奇石と称し普通包体なきものより価貴し。・・・・・                  』

 (2) 「 草入り水晶 」
     しからば、「草入り水晶」とは、どのようなものを指すのか、以前、「山梨県の緑水晶」とし
    て次のページに掲載した。

     ・山梨県の緑水晶
      ( Green QUARTZ from Yamanashi Pref. )

     その中から、「草入り水晶」の代表的なものをご紹介しよう。

      
             「草入り水晶」
            【山梨県北部産】

     現在でも、「草入り水晶」、しかも「日本式双晶」が採集できるのは、長野県甲武信鉱山
    で、地元湯沼鉱泉の「水晶洞」では、「草入り日本式双晶」が産出した状態のまま観察でき
    る。夏休みに訪れてみるのも良いだろう。
     社長に新しい産地を教えてもらえるかも知れないし、運が良ければ宿泊客が産地を案内
    してくれることもあるようだ。

6.参考文献

 1) ?:「甲斐國産水晶の包躰に就きて」 地質学雑誌 第2巻第16号,日本地質学協会,
                                              明治28年
 2) ?:「甲斐國東山梨郡玉宮村産水晶の包躰に就て」 地質学雑誌 第5巻第48号,
                                     日本地質学協会,明治30年
 3) 山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
 4) 六郷町印章誌編さん委員会編:合併二十周年記念誌 六郷 第二部 六郷町印章誌
                        六郷町,昭和50年


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