山梨県産 水晶印材コレクション - その16 -
         水晶原石をそのまま使った印

1. 初めに

    『水晶印材コレクション』 シリーズも16回を数え、いささかマンネリになってきたか、と自問
   自答しながら、このページを書いている。
    今から7年前、2003年3月に甲府市で開催された骨董市で水晶印材を出品しているお店が
   あり、早速8本まとめて購入した。たしか、△万円くらい出した記憶がある。
    この中に、インクルージョン入りが6本あり、その中に水晶峠産と思われる『山入り』のもの
   が1本だけあった。

     「山入り」【2003年3月入手】

    それ以来、ネット・オークションや山梨県は無論、各地の骨董市、骨董店そして古書店を
   訪れる毎に、山梨県産の水晶製品とそれに関連するものに眼を光らせていた。
    その結果、既に150本あまりの水晶印材と「櫛」、「かんざし」、「帯留」そして「壺」などが集ま
   り、入手の経緯とコレクションを中心に「山梨県水晶細工【印材】のミニ歴史」についてHPに
   何回か記載した。

   ・山梨県産 水晶印材コレクション
   ・
   ・
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その15-

    今まで入手した水晶印材は、すべてが水晶原石を四角、丸そして楕円形に研磨して作ら
   れていた。これだけ水晶印材があるのだから、中に『水晶原石』をそのまま使った印材があ
   ってもおかしくない、と思ってはいたが現物を目にする機会はこの7年間全くなかった。

    2010年6月、山梨から単身赴任先に戻る途中訪れた東京の骨董市の店先に”水晶が立っ
   ていて、根元が朱色”をしていたので、直観的に、”これは印材だ!!”、と気付き、思わず
   鳥肌が立った。
    素知らぬ顔で値段を聞くと、「△千円」、以外に安い。いつものように、値引きをお願いする
   と、500円安くしてくれた。

    単身赴任先に帰り、「手間なしブライト」に漬けて朱肉を落とし、彫りの具合を見ると、大雑
   把に”さらった”だけだが、水晶原石をうまく生かして篆刻しているのには、彫った人の腕の
   冴えを感じる。

    私が、一番知りたいのは、この『水晶原石』はどこの産か、である。ズバリ言うならば、これ
   は「乙女鉱山」産の水晶を使ったものだ。

    この2ケ月、「乙女坂水晶礦」や「乙女坂水晶礦採掘の実況」の絵葉書を入手したのを皮
   切りに、ここを代表する「日本式双晶」、そして今回の『水晶原石を使った印材』を入手でき
   乙女鉱山との縁が深い。
    このようにしながら、山梨県の特産である水晶製品の加工・販売に関する資料をまとめて
   現物と共に後世に伝えるのも私の余生の生かし方だと思っている。
    「乙女坂水晶礦」の入手にあたり、兵庫の石友・N夫妻に助けていただいたことに、厚く
   御礼申し上げる。
    また、印面の文字の解読についてご教示いただいた、fflounderさんと石友・Mさんに、厚く
   御礼を申し上げる。
   ( 2010年6月入手、2010年6月内容追加 )
   

2. 「水晶原石」をそのまま使った印

    水晶印材を集めるようになって7年になるが、ありそうでないのが、「水晶原石」をそのまま
   使った印で、今回入手したのが初めてだ。
    水晶印材のほとんどが、断面が四角、丸、あるいは小判(楕円)形の柱状に仕上げてあり
   ごく稀に、てっぺんの部分を薄く削り、穴をあけて紐を通せるようにした、「時計提(とけいさ
   げ)印」があるくらいで、規格化されていて、個性が少ない。
    そんな理由(わけ)で、私の水晶印材コレクションは「形」、「色」、「インクルージョン」が変
   わっていて2つと同じものがないものに絞っている。

    今回入手した水晶印は、高さ36mm(1寸2分)の水晶の原石の根元を平らにし、底の部分
   に字を彫っただけの簡単なものだが、これこそ世界に一つしかない究極のものだ。

    入手した印を3つの方向からご覧いただこう。

         
             正面              90°右回転              裏面
                           水晶原石を使った印
                             【高さ36mm(1寸2分)】

3. 水晶の産地はどこか

 3.1 水晶の特徴
     水晶産地を推定するのには、その水晶の特徴をできるだけたくさんとらえ、自分の持っ
    ている産地別水晶の特徴のデータ・ベースと比較・照合することになる。
     上の写真の水晶を見ると、いくつかの特徴があるのがわかる。

     (1) 透明感がある。根元の方に”雲”がかかったように”ガス(水?)”のインクルージョン
         が見られる。
     (2) 2本の水晶が『平行連晶』をなしている。
     (3) 隣り合う柱面の左肩に『x面』が認められ、「左水晶」であると同時に
         「ドフィーネ双晶」になっていることが容易に観察できる。
     (4) 黄褐色のシミが見られ、酸化鉄(褐鉄鉱)と共生して晶洞の中にあった。
     (5) 国内産水晶に見られる”ズングリ・ムックリ”の体型

 3.2 水晶の産地の推理
      上のような特徴をもつ水晶の産地は、『乙女鉱山』の可能性がもっとも高いだろう。

      なぜなら、すでに次のページですでに報告したように、乙女鉱山産の水晶の約80%は
     「右」 、「左」がハッキリ区別できる。たとえば長野県川上村川端下(かわはけ)のように
     肉眼では全く区別がつかない産地のものと際立った違いを見せているからだ。
      さらに、乙女鉱山産の水晶は、「日本式双晶」があまりに有名だが、「ドフィーネ双晶」
     は高い確率で採集でき、ときには「ブラジル双晶」まで目にすることができ、他の産地と
     大きく違っていた。

     ・山梨県乙女鉱山の水晶双晶あれこれ
      ( Quartz Twin a la carte of Otome Mine , Yamanashi Pref. )

      また、乙女鉱山では、双晶の一種の「平行連晶」が比較的容易に採集でき、私が初め
     て「平行連晶」を採集したのは20年ほど前の乙女鉱山であった。

      乙女鉱山の水晶が透明感があって美しいのは、万人が認めるところだろう。

4. 何が彫ってあるか

    ミネラル・ファンにとっては、蛇足になるかもしれないが、何が彫ってあるのかも、紹介して
   おこう。

 4.1 印影
      手間なしブライトに2、3日漬け、朱肉を綺麗に洗い落し、新しい朱肉をつけ印影を押し
     てみた。水晶の基本形である六角形の中にバランス良く二文字が配されていて、篆刻し
     た人の腕の冴えが感じられる。

      

 「?(けい)埼」と彫ってあり
雅号か落款なのだろう。

 ?は、罫の”卜(ぼく)”を とったもの

般若心経の一節に

「心無?礙 無?礙故 無有恐怖」

と、あるらしいが、意味は良く
わからない。


      【後日談】
       このページをアップして1週間経つか経たない内に、このページを読んだfflounderさん
      から、「掲示板」に次のような書き込みがあった。

       『 通りがかりで失礼します。
         印影は、「黒埼」 じゃないかと思います。
         黒の下の点四つは、烈火(れっか)すなわち火が起源の部首ですよ。 』

       追いかけるように、千葉の石友・Mさんからも次のようなメールがあった。

       『 ところで、例の不明な名字は白川静先生の著書や康煕字典 に拠ると印章の文字
        は 「黒の正字の篆書体」 黒崎らしいですね。
         BBSに書き込みのfflounderさんに感謝です。                      』

       なるほど、「黒崎」なら決して珍しくない名字で、意味が通じる。
       このように、知識のある人からない人(私)への情報提供の形で「掲示板」がこれからも
      活用される事を願いつつ、お二人には、厚く御礼申し上げます。

 4.2 印面
      朱肉をつける前に撮った印面の写真を見ていただこう。彫った底の部分が荒々しく、
     小さな刀で、コツコツと手で彫ったことがわかる。
      拡大した印面は一見”雑”とも思えるのだが、印影の文字は”滑らか”で、篆刻した人
     人の腕が並みのものでなかったことを証明しているようだ。

         
            全体                   拡大
                      印面

5. おわりに

 (1) 「乙女鉱山」月間
      この1ケ月ほど、乙女鉱山にちなむ品々が次々と出現し、まるで「乙女鉱山」月間の
     様相を呈している。
      「乙女坂水晶礦採掘ノ実況」なる絵葉書を入手したことに始まった。この絵葉書は単独
     ではなく、少なくても「乙女坂水晶礦」というものを含む組として発行されたことを知り、そ
     れも入手する事ができた。
      この蔭に、兵庫県の石友・N夫妻のご支援・ご協力があったことを改めて御礼申し上げ
     る。

         
            「乙女坂水晶採掘の実況」             「乙女坂水晶礦」

                       乙女鉱山を描く絵葉書【明治末〜大正初】

      「乙女坂水晶採掘の実況」の絵葉書を入手したとき、この写真は甲府の町近くで撮った
     ”ヤラセ”ではないだろうか、と一抹の不安と疑いを持っていた。その後、追いかけるよう
     に、「乙女坂水晶礦」の絵葉書を入手し、乙女鉱山のある一帯に多い大きな樅(もみ)の
     木の脇に坑口が開いているのを見て、”本物だ!!”、と確信した。
      水晶鉱山、まして採掘の様子を撮った写真は珍しく、”マイ・コレクション”の逸品の1つ
     になりそうだ。
      入手にお骨折りいただいたN夫妻に改めて御礼申し上げる。

      さて、そうこうするうち、「ミネラルマーケット・2010」が開かれた。会場に、「乙女鉱山の
     日本式双晶」がさりげなく置いてあった。
      私が手にした後も、何人かが見ているようだが買おう、という人はいなかった。私も迷
     いに迷った。

      乙女鉱山に何十回と通ったベテランの、「自力で採集した最大が70mmだった」、という
     昔話を思い出した。入山が禁止になった現在、採集できる訳もなく、仮に採集が許された
     としても、非力な私が採集できる可能性は限りなく”ゼロ”に近い。

      そこで、”迷わず、買いだ!!”、となった次第だ。

      

 両翼71mm

 右側の翼は、”両錐”になっている。
 左の翼の裏側が少し欠けて
いるが、今どき、無傷のものを
求めるのは、虫が良すぎるだろう。

 ところどころに、黄褐色の鉄錆様の
汚れがついているのも、乙女鉱山の
風情を残していて、好きだ。


 「乙女鉱山産 日本式双晶」


      そうこうしていると、今回の「水晶原石をそのまま使った印」の入手となり、何か一本の
     糸を手繰っていると次々と素晴らしい品に巡り合えているようだ。

6.参考文献

 1) 山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
 2) 六郷町印章誌編さん委員会編:合併二十周年記念誌 六郷 第二部 六郷町印章誌
                        六郷町,昭和50年
 3) 山梨水晶館編:ドルジェコレクション カタログ,同館,2010年


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