山梨県産 水晶製 瓶

1. 初めに

   2003年3月に甲府市で開催された骨董市で水晶印材を出品しているお店があり
  早速何本か購入した。
   それ以来、山梨県は無論、各地の骨董市や骨董店を訪れる毎に、山梨県産の
  水晶製品に眼を光らせていた。その結果、既に60本前後の水晶印材が集まり
  それらの解説と「山梨県水晶細工【印材】のミニ歴史」については、HPに何回か
  記載した。

   ・山梨県産 水晶印材コレクション
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その2-
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その3-
   ・山梨県産 水晶印材コレクション-その4-

   2005年12月、長野県川上村・湯沼鉱泉社長、長野県の石友・Yさんと一緒に
  山梨大学の「水晶館」を見学した。

   ・山梨大学 「水晶館」のミネラルコレクション

   そこには、水晶原石などの鉱物のほか、印材、硯、花瓶などの水晶細工品が
  並べられ、このような水晶宝飾品を1つは欲しいものだ、と思った。
   2006年2月、山梨県で開かれた骨董市の初日に訪れると、とある店先に水晶製と
  思われる「瓶」がヒッソリと並べてあった。”欲しい”とは思ったが値段が値段なので
  その場では購入を見送らざるを得なかった。
   しかし、忘れることができず、市の最終日に訪れると、未だ売れずに残っていた。
  「口にキズがあるのが気になる」と店主に話すと、「安くする」というので、清水の
  舞台から飛び降りるつもりで、購入した。
   最大径7cm、高さ14cmで、もともとはよほど大きな水晶だったろうと思う。獅子を
  あしらったつまみのついた共蓋や象の頭部をあしらった耳(飾り取っ手)の鼻の作る
  輪の中に水晶環が左右につくり込まれた細工の技は非凡なものをうかがわせ
  その加工の困難さは想像に難くない。
   このような、水晶宝飾品は、作られることも少なく、今後も眼にする機会は多くないと
  考えられ、大切に保管するとともに、機会があれば、その都度入手したい。
   ( 2006年2月入手 )

2. 「水晶瓶」採集品

   今回入手した瓶は次のようなものである。
    


全  高    :136mm

口までの高さ :100mm

蓋の高さ    :40mm

蓋のつまみ  :獅子(唐獅子か?)

耳        :象の頭をモチーフにし
(飾り取っ手) 鼻がつくる輪の中に
         水晶環が嵌めこまれる
         ように作り出されている


3. 水晶瓶の謎

 3.1 本当に水晶か?
     このような、水晶製と思われる加工品を買うときに一番悩むのが”本当に水晶
    製か?” ということである。
     ガラス製のものを買わされたので、泣くに泣けないし、”Mineralhunters”の
    名折れで、末代までの恥となる。
     今回、水晶製と判断したポイントは次の通りである。

     @ 割れ口が不規則
        幸か不幸か、蓋をすれば見なくなる小さなキズが口の部分にあった。
       ルーペでこの断口を観察すると、”ギザギザ”の不規則な面で、ガラス製品に
       起る”貝殻状破面(シェル・クラック)”をしていない。
     A 研磨痕
        16倍ルーペでのぞくと、凹み部分などに研磨の時についたと思われる毛状
       (ヘアライン)の痕跡が残っており、研磨して作ったことが判る。
        ガラス製品で多量に作られたものは、表面が不自然なほどツルツル
     B 内包物
        水晶に良く見られる”ヒビ”が何箇所かにあるが、ガラス品に見られる”気泡”は
       全くない。
     C 重量感
        瓶であるから、中が空洞になっているのだが、比重が大きな水晶製らしく
       ズシリとした重量感があり、水晶であることをうかがわせる。
     D ”ヒンヤリ”とした触感
         比熱が大きい水晶らしく、持った感じが”ヒンヤリ”とする。

       何よりも決定的であったのは、購入してすぐ、持参した水晶の尖ったところで
      瓶の底の目立たないところを少し引っ掻いてみたが、”つるつる”滑って傷が
      つかない。やっぱり、本物の水晶製だ。
       買う前に、この方法が試せれば良いのだが・・・・・・・

 3.2 水晶産地の推定
     この瓶は、完全に透明ではなく、やや煙のかかった水晶から作られたものである。
    このような水晶を産出したのは、山梨県甲府市黒平(当時は宮本村)周辺だろうと推定
    している。

 3.3 製作年代の推定
     瓶と蓋の合わせ面などを見ると、加工にかなり苦心をした跡が見られる。
    これは、現在のように”研磨剤”や”研磨機械”が発達していない時代に、職人の
    手仕事で仕上げたものと思われる。
     山梨大学の「水晶館」には、明治6年(1873年)、名工・塩入壽三氏によって
    作られた水晶製の花瓶が飾ってある。全体のフォルムや耳(飾り取っ手)をつけた
    デザインなど、似たような雰囲気が感じられる。
     また、獅子のつまみや象をあしらった耳などの意匠力も並々ならぬものを感じ
    られる。

     塩入壽三作/水晶花瓶
                           【「山梨大学水晶館パンフレット」より引用】

     これと見比べると、今回手にした「瓶」は小ぶりではあるが、塩入氏の花瓶に決して
    ひけをとるものでなく、これらの水晶細工技術が円熟した明治期(1870年〜1900年頃)に
    作られたものではないか、と推定している。

4.おわりに

 (1) このような”宝飾品”を手にできるとは、予想してもいなかったが、今回幸運にも
    手に入れることができた。
     息子や嫁さん達から「親父が呆けて、”霊感商法”に手を出した」などと言われ
    ないよう、由緒をきちんと伝えて措かなければ、とも考えている。

 (2) 一緒についていた桐箱には「水晶一輪生」と書かれ、骨董店の店主も「一輪挿し」
    だろう、と言っていたが、「花瓶」であれば、蓋は不要なはずである。
     用途や製作年代なども調べてみたいと考えている。

5.参考文献

 1)山梨大学編:水晶展示室パンフレット,山梨大学,2005年
 2)山梨県水晶商工業協同組合編纂:水晶宝飾史,甲府商工会議所,昭和43年
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