長野県信濃境の鉄普通角閃石

         長野県信濃境の鉄普通角閃石

1. 初めに

    鉱物が芯から好きな人の中には、日本全国どこにでもありそうで、多くの人が見向
   きもしない「普通輝石」や「普通角閃石」などのいわゆる造岩鉱物にも興味があるよう
   だ。
    2009年10月に開催した秋のミネラル・ウオッチングの解散時間が早かったので、滋
   賀の石友・Nさん一行は、私のHPにある「川上村原(寒い澤)」で普通輝石を採集して
   帰った、とメールがあった。
  

    2009年6月〜7月、長野県川上村や山梨県安都那で普通輝石や普通角閃石を採集
   したり、新産地の開拓・探索をした。その結果については、HPに記載したとおりだ。

  ・長野県川上村大深山(おおみやま)の普通輝石
   ( AUGITE from Omiyama , Kawakami Village , Nagano Pref. )

  ・長野県川上村原の普通輝石
   ( AUGITE from Hara , Kawakami Village , Nagano Pref. )

  ・山梨県安都那(あつな)の普通輝石
    ( AUGITE from Atsuna , Yamanashi Pref. )

    古い文献を読むと、「”1寸5分(4.5cm)の角閃石”が採集できた」、とある。今までの
   ミネラル・ウオッチングの経験から、採集できる可能性が最も高いのは、「長野県信濃
   境」だろうと思い、涼しくなったのを見計らって妻と何回か訪れた。

    しかし、20年近い昔に採集できた「土取り場跡」には灌木が茂り、農業用水路にはコン
   クリート製のU字管が埋め込まれ、採集できる場所が見当たらない状況だった。

    農作業や散歩中の地元の私と同年輩の人々に昔(50年以上前)に採集できた場所
   を教えてもらい採集していると、地元の人が立ち止まり、昔の産状などを教えてくれた。
   別れ際、「子どものころ採集したのが家にあるはずだから、持ってきてあげる」、と言っ
   てくれた。2時間ほど経って、戻ってきたが「どこにしまい込んだか見当たらない。探し
   たら、送ってあげるから」、と住所を書いたメモを渡してお別れした。
    4、5日経って、郵便受を見ると、富士見町Nさんから、”ズシリ”と重い封書が届いた。
   中には、大小の普通角閃石が200個前後あった。

      「鉄普通角閃石」【Nさん恵与品】

    その週末、お礼をもってNさん宅を訪れ、詳しく昔の産地とその産状を伺うことができ
   た。この日は、苗木地方でのミネラル・ウオッチングを控え、短時間だったがNさんに
   教えていただいた場所で採集を試みた。しばらくして、Nさんが現れ、草むらを掘ってく
   れた。
    その続きを掘った、私の目の前に”1寸5分”を超える巨晶が現れた。妻も1cmを超え
   る”ピカピカ”の完全結晶の1級品を採集でき、大満足で産地を後にした。
    Nさんによれば、「採集は冬枯れし暖かくなった春先が良い」ようなので、そのころに
   訪れてみたいと考えている。
    貴重な標本を恵与いただいた地元・Nさんと電子顕微鏡観察資料をいただいたMさん
   に、厚く御礼申し上げる。
    ( 2009年9月〜10月 探査・採集 )

2. 産地

    戦前の古い鉱物学や教科書や組標本に「角閃石」の産地として、『長野県信濃境』
   が記載されているほど、ここは全国的に有名だ。

    「長野県地学図鑑」や「諏訪の自然誌 地質編」などに、産地とし富士見町境、『池袋』
   あるいは『先達(せんだつ)』などの名が見え、この辺り一帯が産地だ。

     
                        角閃石産地地図

3. 産状と採集方法

    「長野県地学図鑑」に、『 中央本線信濃境駅付近にある流れ山は、古期八ヶ岳火山
   活動によるもので「角閃石ガラス質安山岩」からできている。この安山岩や凝灰角礫岩の
   中には角閃石の巨晶があり、この岩石が風化して「角閃石」が抜け出して、完全な結晶
   を拾うことができる 』、とある。

    しかし、20年近い昔に採集できた「土取り場跡」には灌木が茂り、農業用水路にはコン
   クリート製のU字管が埋め込まれ、採集できる場所が少なくなっている。

    今回、農作業や散歩中の地元の私と同年輩の人々に昔(50年以上前)に採集できた
   場所を教えてもらい採集した。

        
           露頭                農業用水路
     【長野県地学図鑑から引用】
                       産地

    ここでの採集は、風化して堆積した土砂を熊手などで掘りながら探すのが一般的だ。

4. 産出鉱物

 (1) 鉄普通角閃石【FEROHORNBLENDE:Ca2Fe4(Al,Fe3+)Si7AlO22(OH)2
      普通角閃石【Hornblende】には、苦土普通角閃石【MAGNESIOHORNBLENDE】と
     鉄普通角閃石【FEROHORNBLENDE】があるようだ。分析していないので確かでは
     ないが、周囲が火山灰の”鉄分(?)”で赤茶色に色づいていることがあるので鉄普
     通角閃石とした。

          
              母岩付き               分離巨晶【最大5cm】
           【結晶長さ16mm】            【左2つNさんの恵与品】

             
              透入双晶                  完全結晶
                                  【妻の採集品:高さ11mm】

                      採集・恵与「鉄普通角閃石」

       よく、「角閃石と輝石」の区別がわからない」、という声を耳にする。妻の採集品を
      もとに描いた「角閃石」の結晶図を下の図に示す。

       


 角閃石は、(100)面を挟む
2つの面がなす角度が124度なので、
上(C軸方向)から見ると”ひし形”に
見えるのが特徴


      この翌日から2日間、長野の石友・Mさんと苗木地方をご一緒したときに、無理を言
     って「造岩鉱物微細組織」の文献をコピーしていただいた。

      長野県池袋産鉄普通角閃石を高分解能電子顕微鏡で観察すると、特有の『ラメラ
     構造(Lamella)』と呼ぶ薄い板が平行に配列し層をなしているのがわかり、その間隔
     は、9Å(オングストローム)=0.9nmで規則正し繰り返しが確認できる、とある。

          
            輝石構造ラメラの方位           輝石構造スラブの像
             長野県池袋産角閃石の電子顕微鏡像【5)から引用】

5. おわりに

 (1) 昔の産状と地元での呼び名
      今回、地元のNさんはじめ、農作業や散歩中の地元の私と同年輩の人々に昔(50
     年以上前)に採集できた場所と産状を教えていただいた。

      今から50年以上昔には、中央本線のトンネル工事や道路の拡幅工事などでできた
     露頭や切り通しがあちことにあり、その下のほうに抜け落ちた「角閃石」が堆積してい
     たらしい。(京都の「桜石」のように)
      Nさんは、「小学校の帰りに、よく拾って帰ったが、その当時は、草が生えていなか
     ったので、簡単に採集できた」、ようだ。

      男子だけでなく、女子も拾ったことがあるようで、「地元では、『六角石(ろっかくいし)』
     と呼んでいる。○○さんは、こんなに大きい(3、4cm)立派な結晶を採った」、と私より
     少し若いご婦人が教えてくれた。

      Nさんによれば、「採集は冬枯れし暖かくなった春先が良い」ようなので、そのころ
     訪れてみたいと考えている。

 (2) 「金鶏の湯」と「金鶏金山」
      信濃境から諏訪方面に向かって走ると、金沢集落がある。ここには、日帰り温泉施
     設「金鶏の湯」があるので、初めて入ってみた。
      入口には、「金鶏の湯」の由来書きがあり、この近くに「金鶏金山」があり、そこから
     流れ出た金川の扇状地から湧き出した温泉、とある。

     
 金沢地区の西方、金沢山の山中に
金鶏金山がある。
 江戸時代に書かれた、「諏訪郡諸村
並旧蹟年代記」の一節に、『金沢山
金掘りは、弘治・永禄・元亀(1555〜73年)
武田信玄の御代に、鶏形の金山片羽根
掘り出し、金山権現・堤・十軒宿・・・・・ 』
と書かれている。
 戦国時代から江戸・明治・大正・昭和初期
まで、400年間にわたって採掘が行われて
いたらしい。

      「金鶏金山」は、何年か前に途中まで行ったのだが、雪と倒木で行く手を阻まれ、
     未だ訪れていない。ここも、訪れてみたいと思っている。

 (3) 「またたび酒」
      この地区の藪の中に、「またたび」の木があった。ちょうど実が熟する季節で、ミネラ
     ル・ウオッチングの最後に、「またたび狩り」となった。
      「またたび」は、歩き疲れた旅人がこの実をたべると、”また旅”を続ける元気が湧く、
     ところから名づけられた、と言われる。(真偽のほど不明)

      実は、キウイフルーツのような紡錘形と虫食い変形があるが、後者のほうが薬効が
     高く珍重されるようだ。

          
                紡錘形                 変形【虫食い】
                       「またたび」の実

      集めてみると結構な量になった。まだ、暑さが続き、3日間持ち歩くと腐ってしまうの
     で、道中で「ガラス瓶」、「砂糖」そして「35度の焼酎」を買い込んで、『またたび酒』の
     仕込みが終わった。
      現在、熟成中だ。

               
             集めてみると!!                『熟成中』
                         またたび酒

 (4) 「信濃毎日新聞」
      お昼は、信濃境駅前にある食堂を利用する。コンビニのおにぎりでは味気ないのと
     少しでも地元で買い物をして貢献しようという算段だ。
      食堂に入って、注文した品ができるまで読もうと、新聞を手に取ると「信濃毎日」だっ
     た。川上村の湯沼鉱泉でも「信濃毎日」をとっていたと記憶している。長野県では人気
     の地元紙のようだ。

      
創刊は、1873年(明治6年)、とある。

五無斎こと保科百助の名も
たびたび登場する。

明治36年(1903年)五無斎が
『通俗滑稽 信州地質学の話』
連載したのも「信濃毎日」紙上
だったなあ、と思いながら紙面を
めくっていた。

それから、1ケ月も経つか経たない
内に、五無斎の『信州地質学の話』の
載った新聞と対面するとは、夢にも
思っていなかった。

これについては、別に報告したい。

6. 参考文献

 1) 石原 初太郎:甲斐国八ヶ嶽産輝石に就いて,地質学雑誌第3巻第31号,1896年
 2) 無名会編:本邦鉱物資料(その6) 14. 山梨縣安都那産:角閃石 ,地殻の科学
            昭和18年
 3) 柴田 秀賢、須藤 俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,図鑑の北隆社,昭和48年
 4) 諏訪の自然誌・地質編 編集委員会編:諏訪の自然誌 地質編,諏訪教育会
                             昭和50年
 5) 赤井 純治:高分解能電顕を通してみる造岩鉱物微細結晶の世界(T), ,1885年
 6) 信州地学教育研究会編:長野県地学図鑑,信濃毎日新聞,平成5年
 7) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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