接触測角器 その3−結晶形態学入門(3)−

   接触測角器 その3 −結晶形態学入門(3)−

1. 初めに

   骨董市で掘り出した「接触測角器」を用いて、ごくありふれた鉱物の1種である水晶に
  ついて測角を試み、2回にわたりHPに掲載した。これをまとめているとき、最初に水晶を
  選んだのが果たして正解だったか疑問をもった。なぜなら、ご存知のように水晶は「六方
  晶系」に属し、結晶面は3つの側軸と1つの主軸、つまり4つの軸のそれぞれどこを通る
  平面なのかで表現することになり、他の結晶系の鉱物に比べやや、複雑になるからである。
   そんな矢先、東京池袋で開催された「第14回東京ミネラルショー」を12/17(土)に訪れ
  測角対象としていくつかの結晶面を持った(五角十二面体)黄鉄鉱を探したが適当なものが
  見当たらずたまたまブラジル産の磁鉄鉱が眼に止まり、購入した。
   早速、面角を測定し、磁鉄鉱の結晶系、軸率、結晶面指数などを算出し、結晶形態学を
  体感することができた。
   今後、より複雑な結晶系や結晶面にも挑戦してみたいと考えている。
  ( 2004年12月 調査 )

2. 磁鉄鉱の面角測定

 2.1 測定対象

 鉱物名 化学式 産 地   標   本   備  考
磁鉄鉱
(Magnetite)
FeFe'''2O4ブラジル
   標本1       標本2
 八面体完全結晶

 2.2 測定個所
     下図に示す三角形の錐面(o面、o'面)同士がなす角(o∧o' 4個所/1標本)について
    各1回測定した。

     測角位置

 2.3 測定結果
     測定結果を下表に示す。

測定個所
 (記号)
標本測定値(実角:度) @〜Cは仮に設定    備 考
 @ A B C平均標準偏差
(σ)
 (o∧o')
標本1109.1110.1108.1110.0109.3 1.0  
標本2107.9107.8109.1108.1108.2 0.6  
  - - - -108.8 -理論値
109度28分44秒
(109.5度)
  - - - - - 0.9  

      2つの錐面のなす角はおおよそ109度、標準偏差は1度以内とバラツキも少ない。
     また、標本1と標本2での面角の差は、約1度で、磁鉄鉱でも『面角一定の法則』が
     成り立っている。

3. 測定結果のまとめ

 3.1 結晶系
     鉱物の結晶学が難解でとりつき難いものだ、と思われる1つの理由が結晶系がどうの
    こうの、と書かれていて、鉱物を見ても、どのような点に注意してみれば結晶系が分かる
    のか、ポイントがつかめないからだろうと思われます。
     測定結果をもとに、磁鉄鉱の結晶図を書いてみた。これを元に、結晶系が何かを
    割り出してみる。

     磁鉄鉱結晶図

     測定結果から分かったことを整理してみると次の通りである。

     (1) 稜ABと稜AB'のなす角はほぼ90度で、それぞれの長さはほぼ等しい。
     (2) 従って、∠AOB と ∠AOB'は等しく、90度  側軸(a軸とb軸)が直交
     (3) ∠CDC' はおおよそ109度であり、∠CDOはその1/2≒54.5度になる。
        上下軸(c軸)は、2つの側軸(a軸:OAの方向、b軸:OBの方向)に直角
        3軸直交
     (4) 従って、OCの長さは、OD×tan54.5となり、ODの長さの1.40倍になる。
     (5) △OAD はOAを底辺とする二等辺三角形で、OAの長さはODの長さの
        √2=1.41倍となり、OCの長さと等しい。
     (6) ゆえに、OA=OB=OCとなり、主軸・上下軸(c軸:OCの方向)と2つの側軸
        の単位の長さは同じである。
         3軸等長

      これらの条件に合致する結晶系を下表から探してみると、 『等軸(立方)晶系』 である
     ことがわかる。

 結晶形  軸 の 数     軸の交わり方     軸の長さ備 考
上下軸側軸合計
等軸晶系 2 1 3  2軸は水平面上で
互いに直角に交わり
かつ上下軸とも互いに
直角に交わる
 3軸とも等長 
正方晶系同上同上同上  同上  側軸は同長
上下軸は側軸より
長いか、短いか
(等しくない)
 
斜方晶系同上同上同上  同上  3軸とも長さが違う 
単斜晶系同上同上同上  側軸は互いに直角に
交わり、その内の1つは
上下軸と直角に交わるが
他の1つは上下軸と斜交する
 同上 
三斜晶系同上同上同上  3軸互いに斜交する  同上 
六方晶系 3 1 4  側軸は水平面上で
互いに60度で交わり
上下軸は側軸のいずれとも
直角に交わる
 側軸の長さは皆等しく
上下軸は側軸より
長いか、短いか
(等しくない)
 

 3.2 軸率
     軸率とは、側軸の長さに対する上下軸の長さの比率で、「等軸晶系」と「正方晶系」の
    違いは、軸率が1.0であるか否かである。
     磁鉄鉱の場合、OCとOA(叉はOB)の長さは等しく、1.0となり、等軸晶系である有力な
    根拠となる。
     
 3.3 結晶面指数
  3.3.1 結晶面の表し方
     鉱物の結晶学が難解でとりつき難いものだ、と思われるもう1つの理由が結晶の面を
    表す(110)とか(111)が何を意味するかが理解できないためではないだろうか。
     結晶面が、結晶軸をそれぞれの単位長さの何倍のところで切るか【指数という】を
    決めれば結晶面は一義的に決まることになる。
     しかも、『面角一定の法則』と並んで結晶形態学の重要な法則である『有理指数の法則
    ( Law of Simple Rational Indeces ) 』 によって、その倍数(指数)は、小さな自然数
    (0,1,2,3など)で表すことができる。( 1.32 とか 2.6とか半端な数はあり得ない )

     面指数を表すやりとして、いくつかの方法があるが、主なものは、次の3つである。
    現在では、ミラー指数で表されているが、古い文献などを読む場合に、ミラー指数以外も
    知っておく必要がある。

   (1) ワイス(Weiss)の記号(指数)
       ライプチヒ大学やベルリン大学の教授であったC.S.Weiss(1780〜1856)が1818年に
      提唱した方法で、a軸、b軸、c軸をそれぞれ、p、q、rで切るとき即ち結晶面 pa:qb:rc を
      b軸の指数を1として、ma:1:ncで表現する。
       ( このとき、m=p/q、n=r/q )
       明治時代の鉱物学教科書以外で、使われているのを殆ど眼にしていない。

   (2) ナウマンの記号法
        K(C?).F.Naumann(1797〜1873)が彼の著書< Elemente der Mineralogie > に用いて
       使用をすすめた。
       ( ちなみに、ナウマン象やフォッサマグナで日本人にも馴染の深いドイツ人の
        ナウマン( Heinrich Edmund Naumann )とは別人です )
        この方法は、結晶面 pa:qb:rc を (p/q)a:b:(r/q)c と変形する。( ここまでは
       ワイスの記号法と同じ )
        ”O”または”P”の左下にcの指数(r/q)、右下にaの指数(p/q)を書き添える。この
       とき”1”は省略できる。(省略する)。ある軸と平行な面は”∞”で表す。
        ”O”と”P”は、結晶系、結晶面などによって使い分けられていたようでのですが
       ここで解説できるだけ勉強できていません。
        添字は、Pよりも小さく書くのだが、パソコンの制約から、このHPでは、Pと同じ文字
       高さで書くことをご承知ください。
        明治37年(1904年)和田 維四郎によって著わされた「日本鉱物誌」はナウマンの
       記号法でや大正5年(1916年)、神保 小虎、瀧本 鐙三、福地 信世によって著わ
       された「日本鉱物誌(第2版)」などでは、ナウマンの記号とミラー指数が併記され
       昭和以降の鉱物書は、ミラー指数だけになっている。

           
                   ナウマンの記号法

   (3) ミラー指数(Millor's index/indeces)
        W.H.Miller(1801〜1880)によって提唱された新しい形式のもので、現在、結晶面は
       殆どの場合、この表記法で表される。3軸をそれぞれの軸率(単位の長さ)で切る面を
       (111)と表現する。その他の面指数は、それぞれ単位長を切る逆比(逆数)でしめす。
       ”比”で示すところから”指数(Index)と呼ばれる。
        結晶面 pa:qb:rc は、p、q、rの最小公倍数 ”m” を使い p/ma:q/mb:r/mc と
       変形でき、逆数をとるとm/pa:m/qb:m/rc となる。これを( h k l )として表現する。
         h=m/p k=m/q l=m/r
        水晶など、六方晶系では側軸が3つ、上下軸が1つ計4つの結晶軸があるため
       ( h k i l )で表す。
        ある軸に平行な面は、1/∞、つまり”0”となり、マイナス軸で切る場合には、数字の上に
       ”−(バー)”つけて表現するが、同じようにパソコンの制約から、このHPでは、”−(マイナス)”
       をつけて表現する約束にする。

  3.3.2 面指数の具体例
        いくつかの具体例について、それぞれの面指数を算出してみよう。

     結晶面    (説明)   ナウマンの記号法   ミラー指数備 考
       錐面の例

 p:a軸を切る点=2
 q:b軸を切る点=3
 r:c軸を切る点=6

  2a:3b:6c  となり
b軸の指数”3”で割れば
  2/3a:b:2c

従って

  2P2/3

  2a:3b:6c  となり
最小公倍数”6”で割れば
  1/3a:1/2b:1c
”逆数”をとれば
  3a:2b:1c

従って

  (321)

 
       平面の例

 p:a軸を切る点=3
 q:b軸を切る点=2
 r:c軸を切る点=∞
 (c軸とは交わらない)

  3a:2b:∞c  となり
b軸の指数”2”で割れば
  3/2a:b:∞c

従って

  ∞P3/2

  3a:2b:∞c  となり
”∞”を除く
最小公倍数”6”で
割れば
  1/2a:1/3b:∞c
”逆数”をとれば
  2a:3b:0c

従って

  (230)

 

4. 磁鉄鉱の面指数

   いささか回り道をしてしまったが、ミネラルショーで購入したブラジル産の磁鉄鉱の面指数を
  求めてみる。

     結 晶 面  (説明)  ナウマンの記号法   ミラー指数備 考

           磁鉄鉱結晶図

 p:a軸を切る点=1
 q:b軸を切る点=1
 r:c軸を切る点=1

  1a:1b:1c  となり
b軸の指数”1”で割れば
(割るまでもないが)
  1a:b:1c

従って

      O

  ”O”の両側の
  ”1”は省略

  1a:1b:1c  となり
最小公倍数”1”で割れば
(これも、割るまでもなく)
  1a:1b:1c
”逆数”をとれば
  1a:1b:1c

従って

  (111)

 

    錐面の1つo面のミラー指数は(111)であることが分かった。しからば、o’面は(11−1)
   と表現することもでき、o面の左隣の面は(1−11)面と表現できる。このように、8つの面は
   (111)から(−1−1−1)まで、その組み合わせは8通りある。しかし、すべての結晶面は
   対称の関係にあり、すべての面を(111)と表現する。
    つまり、磁鉄鉱の属する等方晶系では、すべての面は”等価”として取り扱うということです。

5. おわりに

 (1) 骨董市で入手した接触測角器を使い、磁鉄鉱の面角を測定し、ステノが350年近く前に
    発見した『面角一定の法則』 が水晶の場合と同じように成り立っていることを改めて
    実感することができた。
     測定結果から、結晶系、軸率、結晶面指数などを明らかにでき、1cm以上の大きな
    結晶面を持った標本であれば、接触測角器でも充分結晶形態を研究できることも
    判明した。
     しかし、現実的には、未知の鉱物でそのような大きな結晶が得られることは望み薄で
    反射測角器に頼らざるを得ないのでしょう。
     そうなってくると、「反射測角器」が欲しくなってきます。

 (2) それにしても、ワイスやナウマンの面指数の複雑さ、その上、書いてある本によって
    定義が違うなど、分かりにくさには閉口した。
    その点、ミラー指数は、単純で、現在でも使われている理由がよくわかります。

 (3) われらの”五無斎”こと保科 百助が「通俗滑稽信州地質学の話」の緒言で次の
    ように述べているその気持ちが、良く判りました。

     『 学者とは、何の九もなき事を八釜しく七六かしく五も一つ事を二三遍繰り返しても
      四ろうとには分からぬように説明するものなり 』

6.参考文献

 1)稲葉 彦六:簡易 鉱物実験手引,光風館,昭和2年(1927年)
 2)木下 亀城、青山 信雄:輓近鉱物学,総合科学出版協会,昭和14年(1939年)
 3)益富 壽之助:実験・鑑定 物象鉱物学,高桐書院,昭和21年(1946年)
 4)地団研・地学事典編集委員会編:地学事典,平凡社,昭和45年(1970年)
 5)益富 壽之助鉱物:−やさしい鉱物学−,保育社,昭和60年(1985年)
 6)森本 信男、砂川 一郎、都城 秋穂:鉱物学,朝倉書店,1975年
 7)佐久教育会編:五無斎 保科百助全集 全,信濃教育会,昭和39年
 8)フォッサマグナミュージアム編:資料集「ナウマン博士 データ ブック」,同博物館,2005年
 9)和田 維四郎:日本鉱物誌,東京築地活版製造所,明治37年(1904年)
 10)神保 小虎、瀧本 鐙三、福地 信世:日本鉱物誌(第2版),丸善株式会社
                           大正5年(1916年)
 11)E.S.Dana:System of Mineralogy 6th Edition,Jhon Willy and Sons , 1920年
 12)西松 二郎編纂:中等教科 鉱物学,文学社,明治35年
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