石器作りに挑戦 その2 − 長脚鏃 −









             石器作りに挑戦 その2
               − 長脚鏃 −

1. はじめに

    2013年11月、たまたま通りかかった諏訪市博物館に入ると、保科五無斎縁(ゆかり)の諏訪湖
   曽根(ソネ)遺跡の出土品が展示してあった。

    ・      異聞・奇譚 ” 五無斎 ”
       − ソネ論争 −
     ( Strange Stories and Curious Tales on Hoshina "Gomusai"
       ― Controversy on "Sone" Relics  ― , Nagano Pref. )

    それらの中で、特に私の眼を引いたのは、”長脚鏃(ちょうきゃくぞく)”、と呼ぶ石の鏃(やじり)
   だった。五無斎が「長野県地学標本」120種の中に加えようと思った気持もわかるし、数多くの石
   器を見ていた藤森 栄一をして、『こんなに美しい色と線をもった標本は、なかなか見られるもの
   ではない』、と言わしめてほどだ。

    ”Mineralhunters”の性(さが)で、このような美しいものを見ると、”採集してみたい”という気が
   起きた。しかし、曽根(ソネ)遺跡は諏訪市史跡と長野県の重要遺跡にも指定されているので、
   私のような”甘茶”に採集を許されるはずがない。
    仮に許されたとしても、遺跡は水深2m以上の水の中で、悪いことに、昭和50年代の豪雨で土砂
   が流れ込み遺跡の上に厚く堆積してしまい、昔のようには採集できないとも聞く。

    こうなると、”自分で作るしかない”、との結論に達するのに時間はかからなかった。以前、いろ
   いろな石材を使って石鏃作りに挑戦し、さほど難しくないことをHPに載せた。

    ・ 石器作りに挑戦
     ( Challenge Making Stone Implement , Yamanashi Pref. )

    
          チャート      水晶(石英)   黒曜石
        手作りの石鏃(ヤジリ)【2013年8月〜9月製作】

    ”長脚族”の鏃(やじり)を見ると、細長い脚が折れないように、”抉り(えぐり)”と呼ぶ、矢を固定
   する凹(へこ)みをつけるのがポイントだと直感した。
    前回使った、『石割りペンシル』だけでは難しそうで、適当な工具がないか探していた。ある日、
   骨董市を訪れ、雑多な品の入った箱の中から、柄の短い”錐(きり)”のようなものを探しあて、
   ”これだ!”と思い、買ってきた。

    こうして、道具が揃ったところで、石器づくりだ。諏訪市博物館の図録の写真にあったうちの1つ
   を手本にして、作り始めた。正直なところは、手持ちの剥片で作れる一番大きなものがこれだった。
    30分ほどでそれらしい形になった。考古学に携わっている妻に見せると、「良いんじゃない」、と
   誰かの口吻(こうふん)に似てきた感想だ。

    最近の発掘調査の結果、『長脚鏃』は、滋賀県から群馬県と広い範囲で発見されている。どこ
   からどのように技術が伝播したのか、など興味は尽きない。
    ( 2013年11月 体験 )

2. 長脚鏃とは

    石鏃とは、通常便宜的に、”長さが5cm以下で重さが5gまでのもの”を指し、それより大きな
   ものは石銛(いしもり)あるいは石槍(いしやり)と呼びわけているようだ。
    石鏃を分類するひとつの方法を下の図に示す。考古学者の間でも分類方法が確立されている
   わけでもなさそうなので、自己流だ。

    

    まず、茎(なかご)の有無で2分類する。茎(なかご)とは、植物の茎(くき)のように葉っぱを支える
   ”機能”からきた名称のようだ。日本刀で柄(つか)と呼ぶ握り部分に隠れていて銘などが切って
   ある刀身部分を茎(なかご)と呼ぶのと同じ意味だろう。
    茎の有るものを「有茎(ゆうけい)」、無いものを「無茎」と呼ぶのは、学者間でも共通しているよ
   うだ。
    「無茎」のものは、尖った先端を上にして三角形に見立てたとき、底辺に相当する「基部(きぶ)」
   に「抉(えぐ)り」と呼ぶ凹みの有無とその深さによって、「三角」、「無茎」そして「長脚」と3分類す
   る。
    三角形の左右の斜辺を「側縁部(そくえんぶ)」と呼び、「側縁部」と「基部」がなす尖った部分は
   獲物に刺さった鏃が抜けないように「返(かえ)し」の”機能”を持っている部分で、「翼(よく)」ある
   いは「脚(きゃく)」と呼ぶ。「有茎鏃」でも、この部分は「翼」、と呼ぶらしい。
    「翼」あるいは「脚」の長いものを『長脚鏃(ちょうきゃくぞく』、と呼ぶのだが、何ミリ以上、とかは
   決まっていないようだ。
    便宜的だが、ここでは”三角形の高さの40%以上まで、抉りが入っているものを『長脚鏃』”、と
   しておく。
    ( 上の写真の諏訪市博物館蔵・長脚鏃は、高さの約41%まで抉ってあり、図録 3) でみると
     35%くらいから55%くらいまでありそうだ )

    話はそれるが、尖頭器(石槍)の場合、「茎」に相当する部分を「舌(ぜつ)」、とも呼ぶようだ。

3. 『長脚鏃』作りに必要なもの

    基本的に必要なものは、「石器作りに挑戦」のページに掲載したものだ。「長脚鏃」を作る場合
   細長い脚が折れないように、”抉り(えぐり)”と呼ぶする凹(へこ)みをつけるのがポイントなので、
   『石割りペンシル』だけでは難しそうで、骨董市で探した、柄の短い”錐(きり)”のようなものを併
   用した。
    また、最初に剥片の上に最終仕上がり形状を書いておくための「細字油性ペン」があるとよいだ
   ろう。

    
         『石割りペンシル』と錐(きり)

4. 『長脚鏃』作りの手順

 4.1 手順
      基本的な手順は、「石器作りに挑戦」のページに掲載した通りだ。繊細な加工を伴うので、
     次の工程を追加した。

  (1) 卦書(けが)き
       最初に剥片の上に最終仕上がり形状を書いておく。諏訪市博物館の図録 3) の「長脚鏃」
      の図上に黒曜石の剥片を置き、なぞって写す。この作業を「卦書き」と呼ぶ。愚考するに、
      ”毛”のような細い筆で下書きした、ところから来たのではないだろうか。

       
                『卦書き』した剥片
                  【上の段中央】

 4.2 完成した『長脚鏃』
      下の写真に完成した『長脚鏃』を示す。所要時間は、30分弱だった。

       
               自作した『長脚鏃』
                 【長さ 19mm】

       石鏃の長さ19m弱で「抉り」の深さが8mmあるので、8/19≒42% > 40% で、『長脚鏃』の
      定義をなんとかクリアした。

5. おわりに

 (1) 『長脚鏃』
      諏訪湖の中にある曽根(ソネ)遺跡が発見された明治末期、『長脚鏃』の産出はここだけで、
     この地方独特のものとされた。
      それから100年あまりが経ち、開発に伴い全国で発掘調査が行われた結果、西は滋賀県か
     ら東は群馬県の広い範囲で『長脚鏃』が発見されている。

      過去に観察した石鏃の記事を読みなおしてみると、2010年3月、はじめての石器観察で、
     八ヶ岳の麓・川上村の旧石器遺跡を訪れたときに、案内役のYさんが恵与してくれた石鏃は
     『長脚鏃』に近いものだ。

       
                『長脚鏃』?
           【2010年 Yさん恵与品】

       時代的には、旧石器時代の人が作ったものではなく、縄文時代の人が放つた矢に付いて
      いたものだろうが、諏訪湖から「曽根(ソネ)人」が狩りに来たのか、『長脚鏃』作りの技術が
      この地にも伝播(でんぱ)してきていたのか、など興味は尽きない。

 (2) 次なる挑戦
      今回、『長脚鏃』の手作りに挑戦した。何とか、それらしい形にはなったが、次のような課題
     (問題点の政治家的言い回し)を抱えていると自覚しており、これらの改善が今後の目標だ。

      ・ 洗練された形
         諏訪市博物館の図録 3) にある『長脚鏃』は、「脚」が細いのだ。それに反して、自作し
        たものは”ズングリ”して、まるで私の体形そのものだ。
         もっと洗練された形にせねば、と考える。

      ・ 使用工具
         今回、狭い箇所を抉るため、鋼鉄製の”錐”を使った。石器→青銅器→鉄器の順に文明
        が発達したのは周知のとおりで、銅線すらなかった石器時代のものを”鋼”で作って”でき
        た!”、と言うのは聊(いささ)か気が引ける。
         今後は、”鹿の角”など、当時の人々が使ったもので作らねば。

      ・ 違う種類の石材
         冒頭に、藤森 栄一が曽根(ソネ)遺跡の『長脚鏃』の美しさを誉めたたえた言葉を引用
        したが、単に形(線)が独特なだけでなく、赤、蒼緑、灰そして黒とバラエティに富んだ色彩
        の豊かさが曽根(ソネ)の石鏃の特徴だろう。
         色は石材の種類で決まってしまうので、次回は石材を変えて挑戦してみたいものだ。

6. 参考文献

 1) 堤 隆:黒曜石 3万年の旅,ニッポン放送出版協会,2004年
 2) 木村 英明:北の黒曜石の道 白滝遺跡群,新泉社,2004年
 3) 諏訪市博物館編:諏訪湖底曽根遺跡発見100周年記念
               諏訪湖底にねむる謎の遺跡・曽根
               −2008年企画展・講演会記録−,同館,2008年
 4) 大竹 幸恵:黒曜石の原産地を探る 鷹山遺跡群,新泉社,2010年
 5) 黒曜石体験ミュージアム:案内パンフレット,同館,2013年
inserted by FC2 system