雪の結晶 『雪華図説』 その2
               −古河歴史博物館−

1. 初めに

    2010年2月は、例年になく雪が多く、私が住む甲府市でも路上に積りこそしなかったものの
   何回か雪が降った。( 東京でも、16日までに7回も降ったようだ )

    多くの読者もご存じのように、『 雪は水蒸気が凍って氷になったもの 』で、その正体は、
   氷である。驚く人がいるかも知れないが、『 氷は鉱物 』なのだ。

    そんな訳で、以前、下総国(現茨城県)古河城主だった土井利位(としつら)が著した日本最
   初の雪の科学書「雪華図説」についてHPに載せたのは2008年だった。

    ・雪の結晶 『雪華図説』
     ( Snow Crystal "Sekkazusetsu" , Yachiyo City , Chiba Pref. )

    かねがね古河を訪れて訪れてみたいとの思いが叶って、2010年2月に古河歴史博物館を
   訪れた。この日は、小雪がちらつく寒い日で、『雪華』にふさわしい1日だった。

       
            外観             館内から鷹見泉石記念館を見る
                     古河歴史博物館

    「雪華図説」、「続雪華図説」などの原本や利位が使ったと同じ型式の顕微鏡などを間近に
   見ることができた。
    また、古河市は渡良瀬川の流域にあり、足尾鉱毒事件を告発し続け、天皇に直訴までした
   田中正造を支援した大勢の人々がいたことも知った。

    茨城県で少年時代を過ごした私だが、古河市を訪れるのは初めてだった。東京から60kmと
   近く、興味のある方は訪れてはいかがだろう。
    ( 2010年2月 訪問 )

2. 場所

    古河市は、茨城県の西の端にあり、渡良瀬川を挟んで埼玉県、栃木県に接している。
    古河歴史博物館(Koga City Museum of History)は、JR古河駅の西約1km、古河市の旧市
   街の一隅にある。付近には「古河文学館」、「古河街角(まちかど)美術館」、「篆刻美術館」な
   どの見どころも多く、200円割引になる、3館共通券がお得だ。

       
             古河地図                     3館共通券

3. 展示内容

   2階の1フロアーの3つの展示室がある。
   (1) 展示室1 「鷹見泉石と洋学」
   (2) 展示室2 「古河の歴史」
   (3) 展示室3 「古河の文人たち」

 3.1 「鷹見泉石と洋学」
      鷹見泉石(たかみせんせき)は、天明5年(1785年)古河城下に生まれた。のちに、古河
     藩8万石の家老となり、安政5年(1858年)、74歳で没した。
      雪の殿さま・土井利位(1789-1848年)より少し年長で、幕府政治の中枢にいた藩主・利
     厚、利位を補佐する立場から、当時の重大事件にかかわる資料を収集した。今日伝えられ
     た内、3,157点が平成16年(2004年)国の重要文化財に指定された。

      それらには、ロシアに漂流した大黒屋光太夫、間宮林蔵・近藤重蔵の北方探検、ペリー
     来航、大塩平八郎の乱とその召し捕り、さらに渡辺崋山や蘭学者との交流など幅広い資料
     が含まれている。

      泉石は、ことさら洋学に関心が高く、オランダ商館長・ブロンホフから「ヤン・ヘンドリック・
     ダップル」という西洋名をつけてもらっていたほどだった。

      このような泉石の経歴を知ると、土井利位が「雪華図譜」をまとめられただけでなく、老中
     として幕府中枢で活躍した蔭に、泉石の多大な貢献があったことは想像に難くない。

         
           鷹見泉石画像            土井利位肖像
           【渡辺崋山筆】

 3.2 「古河の歴史」
      「古河」という地名は、万葉集巻14に、『麻久良我(まくらが)の許我(こが)の渡りのから
     楫(かじ)の音高しもな寝なへ児ゆゑに』
にあるように、この時代、古河のどこかに”渡し船”
     があったことを想像させる。

      鎌倉時代には、初めて城が築かれたと伝えられる。室町時代の康正元年(1455年)、は
     じめ鎌倉にあった関東公方(くぼう)が室町幕府に対抗し下総古河に移り、古河公方として
     知られるようになった。以来、5代にわたり130年余りこの地を統治した。
      徳川時代になると、譜代大名11家がめまぐるしく交代した。古河は日光街道(現国道4号
     線)沿いにあるところから、街道の宿場町としても発展し、徳川将軍が日光東照宮に参拝す
     るさい、古河城が宿泊場所となった。

       古河城下模型

      徳川時代、藩主が大阪城代、京都所司代そして老中として活躍するにつれ、藩士たちも
     赴任した京、大阪そして江戸の文化・技術・情報を吸収していった。
      日本で最初に脳を解剖した古河藩医・河口信任は「解屍編」を「解体新書」に先駆けて出
     版している。

      明治時代になると、製糸業が興り、昭和前半まで代表的な産業として続き、「糸の町」と
     呼ばれるほど活況を呈した。また、足尾鉱毒事件のときには、田中正造の活動拠点の1つ
     となっていた。

 3.3 「古河の文人たち」
      江戸時代から芽生えた古河藩の好学の気風は、書画の世界にも広がった。江戸藩邸で
     江戸の文人墨客と交友するものもあり、そんな流れを受け奥原晴湖のような南画家が生ま
     れた。
      この時代の古河の代表的な画人・河鍋暁斎(かわなべぎょうさい)は、狩野派をはじめ浮
     世絵、漢画そして西洋画など幅広く絵画を研究し独自の画風を展開した。

       「稔秋富嶽図」【河鍋暁斎筆】

4. 「雪の殿さま 土井 利位」

    企画展示室1と2を使って、「雪の殿さま 土井 利位」関連の展示がある。

       「雪の殿さま 土井 利位」展示入口

    ここには、「雪華図説」、「続雪華図説」などの原本や利位が使ったと同型の顕微鏡などのほ
   か、雪華文様をちりばめた身の回りの調度品、刀・鍔(つば)そして衣服などが展示してある。

 4.1 「雪華図説」と「雪華図譜」
     「雪華図説」、「続雪華図説」があることは以前のページでもお知らせしたが、「重刻」さらに
    「雪華図譜」があるので、それらの関係を一覧表にまとめてみた。

書名 刊行年
(西暦)
著者 内     容    写     真
雪華図説 天保3年
(1832年)
土井 利位  20年かけて観察した雪の結晶を「雪華」と名付け、雪華図86種を収録。
続雪華図説 天保11年
(1840年)
土井 利位  「雪華図説」の続編で雪華図97種を収録
 観察日時・場所が明確に記されており、現存冊数も少なく資料的価値が高い。
重刻
雪華図説
文久2年
(1862年)
大槻磐渓
(儒学者)
 復刻された「雪華図説」で、その内容は天保3年版と比較すると2の図が入れ替わりや1つの図の若干の違いなどがある。
 大槻磐渓と鷹見泉石は海外情報の意見交換を通じて深い交友関係にあった。
雪華図譜   ? 土井 利与
  (としとも)
利位の曾孫
(孫の子)
 利与の作成にかかる「雪華」の判を押印したもの。
 その判は、『雪華図説』の版木とは異なり、独立した判子(はんこ)として4段の重箱に納められていたが、第2次大戦の空襲で焼失
 現在、展示されている「図譜」だけが残っている

 4.2 顕微鏡
      利位が雪の結晶を観察するのに使った顕微鏡と同型の1737年、イギリス・カルペパー社製
    顕微鏡が展示してある。

       顕微鏡

      利位は、『西土』(西欧)での観察の方法にならって、雪が降りそうな夕方、繻子(しゅす)
     の布を広げたり黒い(漆)器を冷やしておいて、雪の結晶を受けていたようだ。
      試料台の下に反射鏡があるが黒い布や漆器の上の雪の結晶を観察するのには役に立た
     ず、しかも夕方から夜の時間帯にどのように照明の光を得たのか興味あるところだ。

 4.3 調度品に見る雪華文様
      利位は、茶器・香炉・風呂敷・袱紗(ふくさ)・鞍・刀装具・襖など、身の回りのさまざまな身
     の周りのさまざまな調度品・道具類に雪華文様を散りばめて、それらの品々を愛でたと記
     録に残っている。

          
                  印ろう                      鍔

      さらに、手紙の料紙(便せんに相当)にも雪華文様を押印、散らすという凝りようだった。

       
                      雪華文様を散らした利位の書状

 4.4 江戸文化と「雪の華」の世界
      「雪の殿さま」の業績は、優れた科学的成果であることと別の意味で江戸文化に受け入
     れられていった。「雪華文様」のデザインが漆器・磁器などの工芸品や浮世絵に、盛んに
     取り入れられるようになった。
      利位が発見した「雪の華」は、彼の官名・大炊頭(おおいのかみ)にちなんで「大炊模様」
     と名付けられ、庶民の間でも大いに流行した。着物の柄に「雪華文様」を描いた錦絵などが
     多数残されている。

       
        江戸の松 名木尽 「押上 妙見の松」
            【渓斎英泉筆 江戸後期】

      顕微鏡を使って雪の結晶を観察する方法は、銅版画にも描かれるようになった。

       
           「顕微鏡ヲ以テ雪花ヲ見ル図」
          【玄々堂 松本儀平筆 江戸後期】

5. おわりに

 (1) 雪と極地の博物館
      中谷 宇吉郎(なかや うきちろう)の有名な言葉・「雪は天から送られた手紙」そして「極
     地は地球環境をのぞく窓」を共通のテーマにして、古河歴史博物館を含め全国に雪と極地
     関連の8つの博物館があることを知った。
      それぞれの博物館の間にネットワークがあり、特典付きのパスポートを貰ってきたので、
     ミネラル・ウオッチングのコースに近い場所は、ついでに訪れてみたいと思っている。

   館    名   所 在 地     展   示   内   容
北海道大学
総合博物館
北海道札幌市  中谷宇吉郎(1900-62)の雪の結晶研究コーナー
 人工雪成長装置の模型など、中谷博士の業績と生涯を紹介
白瀬南極探検隊
記念館
秋田県にかほ市  少年時代から極地探検を志し、研鑽を重ねた日本の南極探検の先駆者である、秋田県にかほ市出身の白瀬 矗(のぶ)中尉(1861-1946)と彼の壮大なロマンに共感した27人の男たちが、明治45年(1918年)1月28日、南緯80度05分の地点に日章旗を立て、「大和雪原」と命名した。
 この世界的偉業と南極の白い大陸に繰り広げた壮大な人間ドラマを記録
鈴木 牧之(ぼくし)
記念館
新潟県南魚沼市  鈴木 牧之(1770-1842)は、雪と雪国の人々の生活を伝えるため、40年近い歳月をかけて『北越雪譜』を著した。
 雪と雪国の民俗・習慣・伝説・産業についてのべ、当時ベストセラーであった。
 『北越雪譜』や雪に関する展示をはじめ、牧之に関する遺墨、文献および雪国の民具とこの地方得産の「越後上布」、「塩沢紬」などを展示・紹介
国立極地研究所
展示室
東京都板橋区  国立極地研究所は、極地に関する科学の総合研究と極地観測を行うことを目的に1973年に設置された大学共同利用機関
 南極地域観測事業の中核機関
 南極で採集した隕石・岩石標本・生物標本や南極点旅行に使用した雪上車などを展示するほか南極のリアルタイム画像も見られる。
中谷 宇吉郎
雪の科学館
石川県加賀市  中谷宇吉郎(1900-62)は加賀市片山津温泉に生まれ、北海道大学で雪の研究を行い、1936年世界で初めて人工雪を作ることに成功した。
 博士の人となりや業績、雪や氷の科学について紹介し、ダイヤモンドダスト・人工雪なども体験できる。
名古屋海洋博物館
南極観測船・ふじ
愛知県名古屋市  1965年から18年にわたって活躍した南極観測船・ふじは、1985年から名古屋港のガーデンふ頭に永久係留されている。
 厚さ0cmの氷を連続して割って進むことができる、わがくに初の砕氷船だった。
 船内には、航海中や観測の様子を再現した展示や、大陸内の移動に活躍した我が国初の雪上車やヘリコプターもあり、南極観測の様子に触れることができる。
西堀栄三郎記念
探検の殿堂
滋賀県東近江市  第一次南極観測隊の越冬隊長をつとめた西堀栄三郎(1903-89)を記念し、近代日本の探検家を顕彰した施設
 マイナス25℃の世界を体験できる「南極体験ゾーン」では、南極の大自然やブリザードを体験できる。
 「探検家の殿堂」では、近世以降の日本の探検家50人の代表的な業績や精神を表現した絵画を展示

6. 参考文献

 1) 中谷 宇吉郎著:雪雑記,朝日新聞社,1977年
 2) 鈴木 牧之編撰、京山人百樹刪定、岡田 武松校訂:北越雪譜,岩波文庫,1984年
 3) 中谷 宇吉郎著:雪,岩波文庫,2001年
 4) 雪の科学館、西堀栄三郎記念 探検の殿堂製作:雪と極地の博物館 探検パスポート
                                    同館,平成18年
 5) 松原 聡、宮脇 律郎著:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 6) 古河歴史博物館編集:雪の華 『雪華図説』と雪の文様の世界 増補改訂2版
                  同館,平成19年
 7) 古河歴史博物館編集:古河歴史博物館パンフレット,同館,2010年
 8) 古河歴史博物館編集:雪の殿さま 土井 利位,同館,2010年
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