第1日目・・・・・・・長野県のマル秘産地を訪ねて
第2日目・・・・・・・五無斎の足跡を訪ねて
・ 川上村の「ベスブ石巨晶」
・ 穴沢の「偏平電気石」
参加者は、関東各都県、、愛知、三重、奈良、滋賀、そして兵庫と広範囲で、久しぶり
に参加してくれたOBさんのほか、新しい顔ぶれも加わり、和気藹々(わきあいあい)の
ミネラル・ウオッチングになった。
ミネラル・ウオッチングを開催し、一番気になるのは”安全”で、まずは天気だ。初日
集合し、産地に着くまで雨が降ったり止んだりだったが、ミネラル・ウオッチングを始め
ると雨がピタリと止んでくれた。
”参加者の日ごろの行いが良い”のもさることながら、多少、二人の”晴れ(腫れ?)
男”が貢献しているかも知れない。
初日のマル秘産地を訪ねてでは、案内の湯沼鉱泉社長の後をあえぎながら追いかけた。
皆さん、日ごろの運動不足のせいか、『今までで一番厳しい産地だ』の声が上がる中、
紅一点のT女史は涼しい顔をして、深まり行く秋の景色を写真に収める余裕すら感じられ
た。
皆さん、それぞれお気に入りの「ベスブ石巨晶」を手にしたようだ。下山が遅れた滋賀・
Oさんは、『連れて行ってくれ』、と石に呼びかけられたそうで、湯沼鉱泉でお披露目した
標本は皆さんの”垂涎(すいえん)”の的だった。
たどり着くのが厳しい産地との触れ込みのせいで、兵庫・N夫妻や私の妻は、『昔乙女
コース』を選び、地元の日帰り温泉につかり、蕎麦を食べ、ノンビリした一日を過ごしたそう
だ。このお蔭か、翌日とんでもない標本を採集することになる。
夜は、地元・川上村の素材を使った料理に舌鼓を打ち、ビールやジュースも入り、今回
は「宴会常務」の奈良・Aさんの名司会で参加者全グループの近況報告があり、湯沼鉱泉
の夜は更けていった。
食事の〆は、社長が採ってきた松茸をふんだんに炊き込んだ『松茸ご飯』で、三重・
Oさんはじめ2杯目のお代りをする猛者(もさ)もいた。
20時過ぎから、皆さんお待ちかねの「オークション」が兵庫・N夫妻の担当で始まった。
”関西のオバチャン風・オークショナー”のユーモアあふれる競りで、ついつい財布の紐
が緩んだ人も多く、3万円を超える売上金は宿泊費に還元された。
次は、茨城・Tさん、Nさん担当の「標本玉手箱」で、順番決定までにT女史とMHの熱い
熱戦が繰り返された。標本の中には、私の好きな「ギブス石」なども並び、いくつかいただ
いた。
「大人の時間」では、奈良・Aさん、茨城・Tさん、などが持参したワインなどを飲みな
がら、最近の産地、鉱物談義で盛り上がり、気がつけば消灯時間の22時30分を過ぎていた。
2日目、夜降っていた強い雨も上がり、雲があがっていき、好天気になりそうだ。全員
揃ったところで、朝食を美味しくいただいた。会計担当の名古屋・Tさんから、男女で格差
をつけた宿泊費(含む飲み代)+オークション落札代が個人、夫婦別に徴収されたが、あ
まりの安さに皆さん驚いていた様子だ。
恒例になっている、「湯沼鉱泉」前で社長を囲んで記念写真を撮り、出発!!
川上村にある「穴沢の偏平電気石産地」を目指す。林道を登ると黄色く色づいた落葉松
(からまつ)の間から、紅葉したモミジや楓(かえで)が見え隠れして、深まりゆく信州の秋
を堪能する。
この日の狙いは、五無斎こと保科百助が「長野県地学標本」に加えようとしたが、数を
揃えることは難しいと悟ってギブアップしたほどの希産なのだ。
1時間ほど歓声が聞かれなかったが、ズリの下の方で採集していた東京・Kさんが採集し
たのを皮切りに、神奈川・Kさん、Tさん、そしてT女史と相次いで採集できた。
10月中旬、下見に訪れた時、この産地で初産と思われる「燐灰石」を採集し、皆さんにも
注意を促しておいたところ、兵庫・Tさんが水晶の上に結晶する素晴らしい「燐灰石」を採集
した。
遠方から参加した人も多いので、湯沼鉱泉のお姐さんが作ってくれた昼食を揃って食べ
た後下山し、また会う日を楽しみに解散した。
今回、産地までの道中が厳しく、産地も険しい場所でのミネラル・ウオッチングだったが
誰一人怪我することもなく、参加者の安全意識の高さに感謝している。
最後に、手つかずの産地に案内してくれた湯沼鉱泉社長といつも変わらぬ厚いもてなし
をしていただく湯沼鉱泉の皆様に厚く御礼申し上げる。
( 2011年10月 開催 )
(2) 「ベスブ石巨晶」産地を目指せ!!
乗り合わせて社長の車の後を追う。駐車場に止め、雨合羽に身をつつみ、社長を先
頭に出発だ。歩き始めて30分で踏みわけ道に入る。この頃になると気(願望)のせいか
空も明るくなり、雨も小降りになってきた。
それにしても雨合羽のせいか蒸れて暑い。寒さ対策で厚く着こんできた人が多いが
私などはしまいにはTシャツ1枚なってしまったほどだ。
それにしても厳しい道中だ。沢を渡り、倒木を乗り越え、ところどころ道なき道を進む。
2時間ほど進んだところで、社長は湯沼鉱泉に戻って行った。後の案内を任された私は
5年以上昔の記憶をたどり、いくつかの目印を確認しながら前進する。
普段の運動不足が祟ったのか、”青息吐息”の人が多い中、涼しい顔で、深まりゆく
川上村の秋を写真に収める紅一点・T女史だ。
ようやく見覚えのある産地の入口に到着した。沢にはスカルン塊が点々と落ちていて
間違いない。急な斜面を登ると、磁鉄鉱を掘ったとされる坑道がある。ここまで、3時間
経っていた。
まずは、このあたりで採集してもらっている間に、私は昔社長、石友・小Yさんと叩いた
「ベスブ石巨晶」の露頭を探査する。ようやく見つけたがすでに12時を回っており、昼食
とする。
(3) 「ベスブ石巨晶」
足が竦(すく)むような崖の縁を回りこんで、「ベスブ石巨晶」の露頭に皆さんを案内す
る。”足が竦む”は大袈裟な表現でなく、事実何人かは、その場に残って磁鉄鉱や方解
石を伴うベスブ石の採集を続けたほどだ。
露頭の表面に3cmクラスの結晶が付いた部分を発見した奈良・Uさんが採集に掛るが
硬いの何の。すぐに、MHに応援要請が入る。30cmほど離れた場所から、徐々に核心
部に迫るよう、母岩を剥いでいき、ようやくゲット!!
するとその裏に3cmを超える巨晶が姿を現した。だが、これを無傷で剥ぎ取るのは至
難の技で、次に訪れる人のためにとって置くことで納得。最後は訪山記念写真だ。
重たくなったリュックと帰路の道中を考え、いつものミネラル・ウオッチングより早めの
13:30下山を開始する。いつものように最後尾を歩いていた、滋賀・Oさんが、『連れて
行ってくれ』、と石に呼びかけられ、リュックの中に標本を仕舞い込んだそうだ。
『積載量眼一杯』まで重たくなったリュックと疲れで、倒木を跨(また)ごうにも脚が上
がらず、自分の足を自分で持ち上げる、笑い話のような光景があちこちで見られた。
相変わらず涼しい顔で先頭グループを歩くT女史が路傍の石仏の写真を撮って送っ
てくれた。なんでも、「三峰」信仰に関係するものらしい。今日訪れた山の向こうは秩父
だ。
ようやく駐車場に着くと、暮れようとする川上村の山の頂が夕日で黄金色に染まり、
明日の好天気を約束してくれているようだ。
ここで、明日、大学院入試を控えている東京・H君と別れ、今夜の宿湯沼鉱泉に向か
う。
湯沼鉱泉に戻ると、帰りの遅いのを心配した社長が駐車場まで出迎えてくれた。皆が
怪我もなく、「ベスブ石巨晶」を採集できたことを報告するとわがことのように喜んでくれ
た。
鉱泉のストーブが赤々と燃え、冷えた身体を温めてくれる。『昔乙女コース』を選んだ
兵庫・N夫妻と私の妻は、湯沼の水晶産地を訪れようとしたが新たに作られたフェンス
に阻(はばま)れ、一転、『湯巡りと信州新蕎麦コース』に乗り換えたらしい。
この日のリラクゼーションが翌日のミネラル・ウオッチングに素晴らし効果をもたらすと
はNさん自身思ってもいなかったろう。
「玉手箱」、「オークション」担当役員たちが、参加者が持ち寄った標本を区分けして手際
良く、テーブルの上に並べてくれる。
この日は少し早めに18:30からの宴会までの間、入浴する人、「水晶洞」を見学する人、
川上犬と戯(たわむ)れる人と思い思いに時間を過ごす。宴会まで待てずに、ビールで水
分補給している人もいる。
A) 宴会
18:30ジャスト、宴会がスタートした。いつも宴会部長のHさんが急に海外出張にな
り、宴会常務をお願いしたベテラン、奈良・Aさんの開会の辞で夜の部第1部「宴会」が
スタート。
三重・Oさんの乾杯の音頭で冷えたビール、ジュースを喉に流し込むと、今日一日
の疲れが吹き飛ぶ。
地元・川上村の新鮮な素材を使った料理に舌鼓を打ち、ビールやジュースがぞくぞく
と運ばれてくる。
この日のご飯は、『松茸ごはん』だった。社長が山で採ってきたもので、普段口に
できない国産松茸水晶なので、おかわりする猛者もいた。
適度にアルコールが入ったところで、参加者全員の近況報告があった。”婦唱夫随”
が夫婦円満の秘訣のような2組の挨拶には一段と大きな拍手が沸き起こった。
宴もたけなわとなったころ、私が締めの挨拶をさせていただくことになった。ミネラル
ファンにとってメッカ・川上村の「湯沼鉱泉」と「水晶洞」がいつまでも存続するよう
この会として応援したく、参加者に引き続き協力をお願いした。
B) オークション
恒例となっている「オークション」は、私の所属する「鉱物同志会」で採用されている
「逆ブービー方式」と呼ばれ、2番目に高い値段を付けた人が、落札する権利を得る方式を
採用していた。2008年、売上金を社長へのお見舞金に回すため”青天井方式”を試行した
ところ、皆さん良識があり、悪戯(いたずら)に、価格は引き上がらないことが分かった
ので、今回も”青天井方式”にした。
今回、東のH財閥とHファンドが急に不参加となったが、西のN基金などが高額で買
ってくれれば、宿泊費が安くなるメリットもある。何より、出品した人も納得できる。
今回は、兵庫・N夫妻にオークショナーと記録係をお願いした。
「標本玉手箱」に提供された標本の中から、良品を選んで「オークション」にまわし
写真、書籍などは定額で、欲しい人がジャンケンするルールになっている。
関西のオバちゃん風オークショナー・Nさんの奥さんの呼び声に釣られ、値が上がり、
人気の標本には希望者が殺到し、賑やかなジャンケンの声が湯沼鉱泉に響きわたった。
オークションの結果をNさんがEXCELデータにまとめてくれたので紹介する。
No | 標本名 | 数 | 産地 | 出品者 | 落札額 | 落札者 | 1 | 前回採集会記念写真 | 3 | 九曜星の前で | 滋賀・Oさん | 300 | Tさん他 | 2 | 日本式双晶 | 1 | 奈留島 | 長野・Mさん | 2,000 | 茨城・Nさん | 3 | 日本式双晶 | 5 | 奈留島 | 長野・Mさん | 100 | 奈良・Uさん 他 | 4 | マンガン鉱物(閃亜鉛鉱等含む) | 1 | 北海道余部市仁木町大江鉱山 | 長野・Mさん | 100 | MH | 5 | 燐灰石 | 1 | 穴沢 | MH | 400 | 兵庫・N夫妻 | 6 | 鈴木石 | 1 | 茂倉沢 | MH | 600 | 神奈川・Kさん | 7 | ホセ鉱A | 1 | 甲武信貯鉱場 | MH | 200 | 兵庫・N夫妻 | 8 | ホセ鉱・自然金 | 2 | 甲武信貯鉱場 | MH | 200〜100 | 茨城・Tさん他 | 9 | 斧石 | 1 | 尾平鉱山すりばち窪 | 長野・Mさん | 2,000 | 兵庫・N夫妻 | 10 | 石膏 | 1 | 別府温泉 | 長野・Mさん | 300 | 神奈川・T夫妻 | 11 | 閃亜鉛鉱(スピネル双晶型) | 1 | 浄蓮鉱山 | 神奈川・Kさん | 300 | 兵庫・N夫妻 | 12 | 緑鉛鉱 | 3 | 神岡鉱山清五郎谷 | 兵庫・N夫妻 | 200 | 滋賀・Oさん他 | 13 | 紫水晶と緑鉛鉱のセット | 1 | 神岡鉱山銅平谷 | 兵庫・N夫妻 | 300 | 茨城・Tさん | 14 | 水晶印材(新品4と旧品3) | 7 | 山梨県 | MH | 400〜200 | 三重・Oさん他 | 15 | 水晶 | 3 | 滋賀県東近江市甲津畑国見岳 | 奈良・Aさん | 600〜400 | 兵庫・N夫妻他 | 16 | 灰鉄石榴石 | 4 | 白倉谷カンスケ尾 | 奈良・Aさん | 600〜400 | 神奈川・Kさん他 | 17 | 蛍石(結晶) | 1 | 平岩鉱山 | 奈良・Uさん | 300 | MH | 18 | 方沸石 | 1 | 島根県太田市鬼村採石場 | 奈良・Aさん | 300 | MH | 19 | ぶどう石 | 1 | 古浦ヶ鼻 | 奈良・Aさん | 400 | 東京・Yさん | 20 | 輝安鉱 | 1 | 和歌山県日高川町舟原鉱山 | 奈良・Aさん | 300 | MH | 21 | 磁鉄鉱・灰鉄石榴石・緑簾石 | 1 | 栗生採石場 | 奈良・Aさん | 100 | 兵庫・N夫妻 | 22 | 大隅石 | 2 | 月ヶ瀬 | 奈良・Aさん | 200 | 東京・Yさん他 | 23 | 輝蒼鉛鉱・コサラ鉱 | 1 | 富国鉱山 | 奈良・Uさん | 300 | MH | 24 | オパール | 4 | 宝坂 | 茨城・Tさん | 300〜200 | 東京・Kさん他 | 25 | 蛍石 | 2 | 鈴高野 | 茨城・Tさん | 400 | 東京・Yさん他 | 26 | 紫水晶 | 1 | 福島県西会津宝川 | 茨城・Tさん | 1,000 | 愛知・Tさん | 27 | 紅柱石 | 1 | 茨城県華川町 | 茨城・Tさん | 200 | 兵庫・N夫妻 | 28 | 紅柱石・鋼玉 | 1 | 茨城県華川町 | 茨城・Tさん | 200 | 兵庫・N夫妻 | 29 | 重晶石 | 1 | 沼尻鉱山 | 神奈川・T夫妻 | 100 | 兵庫・N夫妻 | 30 | 緑柱石 | 7 | 杉山 | 長野・Mさん | 100 | 三重・Oさん他 | 31 | クサビ石 | 1 | 神岡吉ヶ原 | 三重・Oさん | 300 | MH | 32 | 津軽鉱 | 1 | 青森県湯の沢鉱山 | 三重・Oさん | 400 | 兵庫・N夫妻 | 33 | 重土十字沸石 | 1 | 三重県加茂鉱山 | 三重・Oさん | 500 | MH | 34 | ジルコン | 2 | 神岡吉ヶ原 | 三重・Oさん | 300 | MH他 | 35 | ハーキマー水晶 | 1 | 三重県紀北町 | 三重・Oさん | 500 | MH | 36 | オパール(球顆) | 2 | 宝坂 | 永田 | 700〜600 | 愛知・Tさん他 | 37 | 雪花石膏 | 2 | 福島県朝日鉱山 | 永田 | 200 | 三重・Oさん他 | 38 | 藍鉄鉱 | 1 | 京都府東畑 | 三重・Oさん | 100 | 兵庫・N夫妻 | 39 | ジャスパー | 1 | 糸魚川 | 山本 | 100 | MH | 40 | やきもち石 | 1 | 上田市武石下本入 | 滋賀・Oさん | 1,600 | 東京・Yさん | 41 | 高師小僧 | 1 | 三重県志摩市鵜方 | 滋賀・Oさん | 200 | MH | 42 | 断層礫 | 1 | 三重県大王町名田大野浜 | 滋賀・Oさん | 500 | MH | 43 | ドーソン石 | 2 | 滋賀県木之本町金居原 | 滋賀・Oさん | 500〜300 | MH他 | 44 | レインボーガーネット | 2 | 天川村北角 | 滋賀・Oさん | 600〜500 | 茨城・Nさん他 | 45 | 灰鉄石榴石 | 1 | 白倉谷 | 滋賀・Oさん | 200 | MH | 46 | 方解石 | 1 | 大垣市金生山 | 滋賀・Oさん | 500 | 奈良・Aさん | 47 | ぶどう石 | 1 | 古浦ヶ鼻 | 滋賀・Oさん | 400 | MH | 48 | 透緑閃石 | 1 | 五良津 | 滋賀・Oさん | 300 | 東京・Yさん | 49 | ハイドロウッドワード石 | 1 | 滋賀県甲津畑町御池鉱山 | 滋賀・Oさん | 600 | MH | 50 | 都茂鉱 | 2 | 向谷鉱山 | 滋賀・Oさん | 100 | 愛知・Tさん他 | 51 | 磁鉄鉱 | 1 | 南相木村栗生 | 滋賀・Oさん | 200 | 兵庫・N夫妻 | 30,500 |
私は、「鈴木石」、「甲武信鉱山貯鉱場の自然金・ホセ鉱A」そして「山梨県産水晶
印材」などを出品し、下記のような標本を落札した。
No. | 鉱 物 ・ 品 名 | 産 地 ・ 場 所 | 出 品 者 | 標 本 | 1 | 断層礫 | 三重県大野浜海岸 | 滋賀・Oさん |
|
2 | ハイドロウッドワード石 | 滋賀県御池鉱山 | 滋賀・Oさん |
|
B) 「標本玉手箱」
故益富寿之助博士が始められたと同じように、参加者が入手した重品を持ち寄って、欲
しい人に無料で配布する「標本玉手箱」を今回も開催した。担当は、茨城・TさんとNさ
んだ。
恒例の”ウマカ棒”が配られた。これには、小さな札が付いていて、赤か黒で数字が
書いてある。黒の数字を引いた人が親で、赤い同じ数字の人が子になるようだ。親が
”けん玉”を3回やって何回皿に乗せたか、回数の多いグループが先に選べる趣向
だった。
最初に選ぶのは、奈良のUさんのグループに決まったのだが、2、3位争いが熾烈だ
った。私とT女史の一騎打ちになり、彼女が先行すれば私が追いつく引き分けが5回
以上続いたあと、ようやく私がパーフェクトを達成し決着がついた。
( うら若い女性に勝ちを譲れば良かった、と思ったが後の祭り )
こうして標本を選ぶ順番が決まった。予め下見をする時間はタップリあり、”鵜の眼
鷹の眼・○○の眼”で目星をつけていたようだ。
玉手箱下見【撮影:滋賀・Oさん】
私がいただいた標本は、下記の1点だ。
No. | 鉱 物 ・ 品 名 | 産 地 ・ 場 所 | 出 品 者 | 標 本 | 1 | ギブス石 | 三重県玉城町 | 三重・Oさん |
|
何巡目からは、”取り放題”になり、あっという間に標本は引き取られていった。
D) 「大人の時間」
「大人の時間」では、奈良・Aさんが持参した地酒や茨城・Tさん、そして私が持参し
たワインなどを飲みながら産地、鉱物談義で盛り上がり、気がつけば消灯時間の22時
40分だった。
ストーブの周りには、皆さん集まっている。ここで、前の日に滋賀・Oさんに、『連れて
行って』、と哀願していた(本人弁)「ベスブ石」がお披露目された。持ち回りで見せても
らった面々の口元から”涎(よだれ)が垂れ”そうだった。
7時から全員揃って、朝食をいただく。その前に、会計担当の愛知・Tさんから簡潔な
会計報告があった。
オークションの売り上げが、3万円を超え、単純平均1人当たり宿泊費が約2,000円
安くなり、男性、女性で”格差”をつけた徴収額が伝えられる。
全員揃って朝食を”いただきま〜す”。
この週末、われわれ以外にもミネラル・ウオッチングに訪れたグループもあり、この日
訪れる産地情報を社長に尋ねる光景が見られた。社長の「解るラ(解るだろう)」、とい
う特徴ある口ぶりに、元気な頃の社長に戻りつつあるのを感じ、うれしくなる。
「湯沼鉱泉」を出発する前に、恒例となっている湯沼鉱泉社長を交えて全員で記念
写真を撮影する。
奈良・AさんとUさんは、最高値を更新しつつある金に目が眩(くら)んだか、この日は
「貯鉱場」を訪れるということで、ここでお別れとなった。
(3) 「偏平電気石」産地を目指せ!!
明治41年、五無斎こと保科百助が「長野県地学標本」に加えようとこの産地を訪れた
ことが書き残されている。
『 5月12日
『 5月15日
馬場署長、林巡査同道でこの地の由井久平氏を案内に穴沢山なる電気石産地に
至る。
此地の電気石は工学士 高壮吉君の誤鑑によりて俗に十勝石と称えきたれるも
のなり。
偖(さて) 此電気石は平たき斜方六面体と六角柱の聚形を為し外面雲母に変ず
るもあり。叉全然雲母となりたるものあり。その全然雲母となりたるものは電気石の
仮晶を為せる雲母というも差支えなし。其太くて短きは此鉱物を著名ならしめた所
以にして5円、10円(今の2、4万円)を投じても是非共採集を為さんと欲したれば
久平氏に托して更に多数の人夫を上らすことの約束を為し・・・・ 』
井出郵便局長同道、人夫2人従え穴沢山に至り終日電気石を採集。得る所5、6
塊には過ぎざるなり5、6塊には過ぎざるは善けれど仮令(たとえ)何十人何百人の
人夫をかけたればとて600の標本を得る見込みは立たない。・・・・・・ 』
つまり、人夫2人を連れ、終日採集しても、5、6個しか採集できなかった電気石を
600ケも集めるのは不可能だと、ギブアップしたいわくつきの電気石なのだ。
過去にこの産地で開催したミネラ・ウオッチングでも一握りの参加者が幸運をつかん
だだけで、神奈川・Kさんのように、”リベンジ”で参加した人も多かった。
10月初め、下見にこの産地をひとりで訪れた際、『燐灰石』があるのに気付いた。多
分この産地としては初産になるのではないだろうか。
前の夜のオークションにも見本として1つ出しておき、産状を皆さんに伝えておいた。
前の日の強行軍が響いたのか、皆さんの足取りが重く、何回か休み休み産地に到
着し、「坑道組」と「ズリ組」に分れて採集を開始した。
30分も経つか経たないうちに、滋賀・Oさんが、「村の寄り合いがある」からと早めに
下山して行った。(真っすぐは帰宅せず、アチコチ寄り道し、お土産を買い込んでも間に
合った、とメールをいただいた。)
なかなか歓声が聞かれなかったが、ズリ採集組の様子を見て回って東京・Kさんが
採集した一塊を鑑定するとまぎれもない「偏平電気石」だった。
やがて、リベンジを期していた神奈川・Kさんからも「あった!!」の声があがった。ど
うやら、その周辺が濃集している『ホット・スポット』らしく、ズリ組が集まってきた。
間もなく、神奈川・T女史から鑑定依頼があり、私が唾液で濡らして鑑定し、まぎれも
ない「偏平電気石」の折り紙が付いた。
愛知・Tさん、そして神奈川・Tさん(T女史の夫)からも「あった!!」の声があがった。
神奈川・Tさんのは、結晶面の一部が残る塊で、日ごろ奥さんの後塵を拝する事が多い
Tさんとしては、2年前の「長野県北部の松茸水晶」以来の欣快事のようだった。
さて、ズリで黙々と採集していた兵庫・Nさんが、「こんなんがありました」、と見せてく
れたのは、晶洞の水晶の上に肉眼でもハッキリわかる5mmサイズの「燐灰石」が鎮座
する素晴らしい標本だった。こちらも、日ごろ奥さんの後塵を拝する事が多いNさんとし
ては「快哉!!」と叫びたくなるような1日だったようだ。
湯沼鉱泉3連泊で気合いの入っているN夫妻は、ミネラル・ウオッチングの前日に夫
婦だけで訪れた貯鉱場でも、Nさんが素晴らしい標本をゲットしたらしい。
奥さんにNさんが腕を上げた訳を尋ねると「毎晩、純米吟醸」との答えが返ってきた。
やがて、茨城・Nさんからも鑑定依頼があり、球状雲母の晶洞に石英を伴う「燐灰石」
だった。
こうして、ほとんどの人が「偏平電気石」や「燐灰石」を採集できた。ちょうど12時を回
ったところなので、湯沼鉱泉のお姐さんが作ってくれたお弁当を皆でいただく。
参加者の多くがこの日の内に帰宅することもあり、13時に早めの下山とした。その前に
下見の時に掘り出しておいた一抱えもある塊を茨城・Tさんと小割りにしておいた松茸
水晶を伴う標本が「玉手箱」で配られた。
14時、駐車場に戻り、再会を約束し皆さんとお別れした。今回も、事故もなく、無事終了で
きたのは参加者の安全意識の高さとご協力の賜物と感謝している。
次回のミネラルウ・オッチングで多くの皆さんと再会できるのを楽しみにしている。
鉱物標本採集もさることながら、大勢の皆さんにお会いするのを楽しみに参加して
くれているひとりの奈良・Aさんから、「OB会を開催したい」、との希望も寄せられており
ぜひ企画したいと思っている。