山梨県乙女鉱山の水晶双晶あれこれ

      山梨県乙女鉱山の水晶双晶あれこれ

1. 初めに

  2005年8月、名古屋市で開催された「第27回 名古屋ミネラル・ショー」を初めて訪れた。
 先着何名かに配られる無料配布標本を開けてみると、夫婦ともに岡本鉱物標本のラベルが
 ついた山梨県乙女鉱山産の水晶が袋に入ったもので、思わず互いに顔を見合わせて
 苦笑した。

    岡本標本ラベル

  さらに、会場で乙女鉱山産の水晶を安く売っていたので、それらも購入した。
 帰宅後、これらの水晶を良くよく見ると、「右(左)水晶」「ドフィーネ式」さらに「ブラジル式」
 などの双晶があることが分かった。
  乙女鉱山といえば、日本式双晶で余りに有名だが、ほかの水晶産地では産出が稀な
 「ドフィーネ式」「ブラジル式」などの双晶も比較的多産した。また、これらの双晶を理解する
 上で、水晶には「右水晶」と「左水晶」があることも知っていただきたく、このページを
 まとめてみた。
  こんど、水晶を手にする機会があったら、「右水晶」か「左水晶」かを調べてみるのも
 楽しいでしょう。

  (2005年10月調査)

2. 右水晶・左水晶

  昔、♪♪ 私の 私の彼は〜 左利き〜♪♪ なる歌があったと記憶するが、人間に右利き
 左利きがあるように、水晶にも「右水晶」と「左水晶」があると聞いたら、皆さん驚かれるでしょう。
  右水晶は、三方錐面(S面)と梯形(台形)面(x面)とが柱面(m面)の右肩に現れ、左水晶
 左肩に見ることができる。
  s面とx面は6つある柱面全てに現れるのではなく、理想的には1つおきの柱面、つまり3つの
 柱面(下図で左水晶: 印 右水晶: 印)に現れるはずであるが、現実には1つ、あるいは2つ
 しか見られない場合も多い。

項目      左水晶      右水晶  備 考
説明図    
実例    

  このように、外観を見ただけで右水晶、左水晶の判別が簡単にできることは、むしろ稀で
 ほとんどの産地の水晶で明瞭なs面やx面を見つけることは極めて難しい。
  長野県川上村川端下産と乙女鉱山産の水晶をそれぞれランダムに10本選び、S面やx面が
 現れているものを調べると下表の通りであった。
  乙女鉱山産のものは、80%という極めて高い確率でみることができ、日本でも例外的な
 水晶産地です。

 産  地S面やx面が現れているもの確率   備 考
乙女鉱山(山梨県)      8本80%右・左は、ほぼ半々
川端下(長野県)      0本 0%    

  しからば、s面やx面が現れていない”カクレ右(左)水晶”は、どうすれば分かるのか、それには
 光学的な性質の違いや弗酸でエッチング(腐蝕)させたときにできる模様の違いで判別する
 とだけ、紹介しておきます。

3. 水晶の双晶の種類

   鉱物採集を趣味とする人であれば、水晶に日本式双晶があることは、ほとんどの人が
  知っていると思います。しかし、エステレル双晶やブラジル式双晶と言われて、それが
  どのようなものかを口だけでなく絵を書いて説明できる人は少ないと思います。
   以下、私なりに説明して見たいと思います。

 3.1 傾軸式双晶と共軸(透入)双晶
     双晶とは、読んで字の如く、”双璧”や”双子”に使われるように2つ(以上)の結晶が
    合体して全体として1つの結晶形を示しているものを指す。
    ( 『 2つの結晶が形態的要素の一部を共通するもの』 と定義している本もある )

     水晶の結晶学では、主軸(C軸)と呼ぶ、柱の延長方向を示す仮想的な軸を決め
    2つの水晶の主軸(C軸)がどのような関係にあるかで、水晶の双晶を大きく分けて
    @傾軸式双晶 と A共軸双晶の2つとしている。

 3.2 傾軸式双晶
     日本式双晶に代表される傾軸式双晶は、”2つの主軸(C軸)がどれだけ傾いているか”
    つまり、2つの主軸がなす角度がキーポイントとなり、この角度の違いによって次のように
    分類できる。

主軸のなす
  角度
 双晶の名称      説明図      実  例   備 考
84度33分日本式双晶真上から見ると
中心に陵がくる
主軸:C1,C2
赤い線:縫合線
条線のなす角度も
84度33分
76度26分エステレル双晶真上から見ると
中心に柱面がくる
主軸:C1,C2

 3.3 共軸双晶
     ドフィーネ式双晶に代表される共軸双晶は、”2つの水晶が主軸(C軸)を共有している”
    事に由来する。2つの右あるいは左水晶がどのように組み合わさっているかが双晶の形を
    決めている。

 組み合わせ 双晶の名称    説明図     実  例   備 考
右水晶+右水晶ドフィーネ式右双晶理想的には
6つの柱面全ての右肩に
s面、x面が現れる
しかし、現実には
一部にしか現れていないことも多い
左水晶+左水晶ドフィーネ式左双晶理想的には
6つの柱面全ての左肩に
s面、x面が現れる
しかし、現実には
一部にしか現れていないことも多い
左水晶+右水晶ブラジル式双晶理想的には
1つおきの3つの柱面全ての
両方の肩に
s面、x面が現れる
しかし、現実には
一部にしか現れていないことも多い

     しからば、ドフィーネ式右双晶とドフィーネ式左双晶が共軸双晶になったものも理論では
    考えられます。これだと、6つの柱面全ての両肩にs面、x面が現れるはずです。
     文献を調べるとありました。ドフィーネ−ブラジル式双晶と呼ばれるもので、アメリカの
    ペンシルバニア州のある産地では、ドフィーネ式よりも10倍以上出現頻度が高いとあり
    水晶の双晶の奥深さを思い知らされます。

     共軸双晶は、2つの結晶軸が平行であるところから、平行連晶の1種とみることもできる。
    平行連晶は、次の2つのケースに分けることができる。

     @ 2つの同種の結晶が対応する結晶軸を平行にして配置する場合
        【 自然硫黄の平行連晶など】
     A 異種の結晶がその結晶軸の方向に簡単な関係を保って結合している場合
        【 ジルコンとゼノタイムの透入(平行)連晶など】

     ドフィーネ式双晶に代表される水晶の共軸双晶は前者とも考えられる。

       
        @の例             Aの例
               平行連晶

4. おわりに

 (1) 今回、入手した水晶を仔細に調べてみると、水晶の双晶には「日本式双晶」だけではなく
    いろいろな種類があることが分かった。さらに、ドフィーネ−ブラジル式双晶なるものまで
    あると聞き及んで、水晶の奥深さを感じています。
     ドフィーネ式双晶とはっきりわかる標本は意外と採集が難しく、私の手持ち標本をざっと
    見たところ、乙女鉱山以外では長野県と山梨県の県境にある小川山で採集したくらいです。
     考えようによっては、日本式双晶の産地よりも少ないかも知れません。また、小川山も
    乙女鉱山と並んで、エステレル式双晶の宝庫で、なにか共通するものがありそうです。

 (2) 産地荒廃を防ぐ1つの方法は、”皆と同じものを追い求めない”事でしょう。 ”自分流の
    採集スタイル” 
を確立したいと思いながら、凡人の悲しさ。

     『 東に綺麗な紫水晶あれば行って掘り、西に珍しい柘榴石あり、と聞けば心ときめかす 』

     『 喝!! 』

5. 参考文献

 1)益富 壽之助:鉱物 −やさしい鉱物学− ,保育社,昭和60年
 2)高野 幸雄:双晶の分類,古今書院,昭和48年
 3)H.R.Gault:The Frequency of Twin Types in Quartz Crystal ,Lehigh University
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