埼玉県秩父市立大滝歴史民俗資料館の鉱物







          埼玉県秩父市立大滝歴史民俗資料館の鉱物

1.はじめに

    埼玉県大滝村(現秩父市)は、全域が秩父多摩甲斐国立公園に含まれる自然豊かな地域で、
   秩父鉱山がある(あった)ことでも知られている。
    埼玉県立自然の博物館で開催中の企画展『 秩父 すばらしき大地の魅力 −秩父の地質と
   博物館のあゆみ− 』を妻と訪れる途中、昼時になり、昼食を摂りに道の駅「大滝温泉」に立ち寄
   った。

    ここには、秩父市立大滝歴史民俗資料館(旧大滝村立歴史民俗資料館)があり、秩父鉱山産
   の鉱物を展示しているのを知っていたので8年ぶりに見学した。

      秩父市立大滝歴史民俗資料館

    8年前に見学した時と展示している標本に大きな変化はなかったが、資料館の目玉と謳っている
   「セムセイ鉱」はじめ「糸状自然金」「車骨鉱」そして「磁硫鉄鉱」など、秩父鉱山の代表的な標本の
   一級品を見学できた。
    特に、「セムセイ鉱」のこれだけの美品は、ほかの博物館では決して見ることができない、大滝
   ならではの逸品で、一見の価値がある。
    事務所の女性に頼むと、『秩父鉱山の鉱物』、という小冊子をいただける。これを読むと、展示し
   てある標本だけでなく、秩父鉱山の歴史やこの冊子を作成した当時(平成11年:1999年ごろ)の
   日本の鉱業の実情なども記述してあり、一読してから標本を観るのがよいだろう。
    この冊子の説明文をそのままこのページで引用させてもらったのでこのページを読んで出かけ
   れば予備知識は十分だ。

       「秩父鉱山の鉱物」

    惜しむらくは、展示方法が今一つで、”節電”しているわけでもないだろうが、展示室が薄暗いの
   は改善して欲しいと思っている。写真に撮った標本の写りが今一つで、肝心の「セムセイ鉱」など
   どこに付いているのかすら定かでなく、もう一度行かねばと思っている。
    (2003年3月訪問 2011年4月再訪 )

2. 場所

    関越道「花園IC」でおり、国道140号線を雁坂トンネルに向かって約50km行くと左側に、道の駅
   「大滝温泉」がある。その中央に、秩父市立大滝歴史民俗資料館がある。
    道の駅の名前の通り、日帰り入浴ができる温泉も併設されている。

    開館時間:9時〜16時30分
    休館日 :木曜日、祝日の翌日、年末年始
    入館料 :一般200円、生徒・児童100円
           65歳以上は無料

3. 大滝村立歴史民俗資料館のあらまし

    散逸し失われてしまうおそれのある旧大滝村の民俗文化遺産を収集し、展示公開して民俗文化
   の発展に資することを目的に設立された、とある。
 3.1 主な展示物
     @原生林の様子
     A秩父往還
     B山峡(やまかい)の農業
     C稼山(かせぎやま)
     D暮らしぶり

    館内のレイアウトを見ると、設立時には、秩父鉱山関係の資料を展示しようという意図があったと
   は思われない。

 3.2 「秩父鉱山の鉱物コーナ」

      鉱物標本は、取って付けたように、資料館の一角に据え付けられたガラスケースの中と秩父
     往還のコーナの前(!?)に展示してある。
      希望者に配布してくれるパンフレット「秩父鉱山の鉱物」や展示品のラベルから展示してある
     鉱物の来歴を推測すると次の通り。

     (1) 秩父鉱山が盛大に稼行していた時期に産出した代表的な鉱物の美品標本を秩父鉱山
        (後の日窒鉱山梶jが地元大滝村役場や光岩小学校に寄贈した。
     (2) 新庁舎の建設や小学校の廃校などに伴って、行き場がなくなったこれらの標本が大滝村
        立歴史民俗資料館に収納され、平成の大合併で大滝村が秩父市に編入され、秩父市立
        の施設として、現在に至っている。

       秩父鉱山の鉱物コーナ

4. 秩父鉱山の鉱物

    展示品は、標本の大きさ、美しさ、結晶の完全さなどの点でいずれも秩父鉱山を代表する逸品で
   ある。
    『秩父鉱山の鉱物』の説明文の順に展示品を紹介し、記述をそのまま説明に引用させていただ
   いた。誤字と思われる箇所は<>内に訂正してある。

 No 鉱物名
(英名)
組成産地  標 本 写 真      説      明     備考
1 自然金
(GOLD)
Au 大黒鉱床  産出の希な大型の糸状
自然金で、しかもそれが閃
亜鉛鉱を主とした鉱石中に
密着している。
 黒地に金は美しい配色で
あるが、このような鉱石は
昭和40年
(1965年)ころ
までの秩父鉱山から局部的に
産出されただけで、国内では
例がなく、世界的にも珍しい
産出状態
である。
 なお、この自然金には銀が
20〜30%程度含まれ、天然の
金銀合金を形成している。
 狭義の自然金に対して、この
鉱物をエレクトラム(琥珀色に
由来する)と称する場合もある。
 地元では「糸金(いときん)」と
呼ばれ珍重された。
日窒鉱業滑贈
2 毛鉱
(JAMESONITE)
Pb4FeSb6
S14
赤岩鉱床  日本では比較的産出が少ない
鉱物で、鉛、鉄、アンチモニー
硫黄から成っている。
 灰〜黒色金属光沢で、多くは
毛状を呈することから、和名は
「毛鉱」となっているが、外観の
類似する金属鉱物はほかにも
種類があり、この外観をもって
「毛鉱」と断ずることはできない。
 類似外観の金属鉱物として、
秩父鉱山からは「ブーランジェ鉱」
(鉛・アンチモン・硫黄)も産出した。
 展示品は、毛状〜フェルト状の
典型的な「毛鉱」である。
 他の産地に比べると、かつての
秩父鉱山は、「毛鉱」、「ブーラン
ジェ鉱」の宝庫でもあった。
  
3 輝安鉱
(STIBNITE)
Sb2S3 大黒鉱床  アンチモニーと硫黄からなり、
アンチモニーはかつて活字材料
として、現在ではプラスチックの
難燃化剤等として重要な元素で
ある。
 明治時代に稼働した市ノ川鉱山
や、昭和44年に閉山した兵庫県
中瀬鉱山、そして短期間稼働した
津具鉱山のものが有名だが、
有名産地以外にも輝安鉱の産地
は多い。
 秩父鉱山もその1つであり、かつ
ては採掘対象としていたこともある。
 六助鉱床では細柱状結晶や塊
状のものをかなり産したが、大黒
鉱床では針状結晶が展示品のよう
な菊花状・放射状やフェルト状を
呈する珍品を少量産した。
 
4 車骨鉱
(BORNITE)
CuPbSbS3 大黒鉱床  日本では産出の少ない鉱物で
銅・鉛・アンチモニー・硫黄から
成っている。
 複数の結晶が合わさった(双晶)の
場合、結晶の側面(周囲)が、ギザ
ギザでまるで厚みのある歯車のよう
な外観を呈することが多いのでこの
和名がついた。
 かつては、歯車のことを車骨とも
称していたようだ。
 秩父鉱山大黒鉱床からは、国産で
唯一、世界レベルの一級鉱物標本
として通用する車骨鉱が産出した
時期もあったが大黒鉱床の採掘は
休止されて久しく、現在では図鑑等で
見るだけとなった。
 車骨鉱には適度な珍しさがあり、
秩父鉱山産の結晶は一流で、知名度・
人気とも国内では比肩する産地が
ない。
 ところで、花や木のように定着する
には至っていないが、「都道府県を
代表する鉱物」も各方面から提案され
ており、埼玉代表としては秩父鉱山の
「車骨鉱」がノミネートされ異論がない。
 他県では選者や時代によって代表
鉱物の異なるところも多く、それが
「県の石(鉱物)」の定着を難しくして
いる可能性がある。
 
5 セムセイ鉱
(SEMSEYITE)
Pb9Sb8S21 大黒鉱床  鉛・アンチモニー・硫黄から成るが、
毛鉱の説明文にあるブーランジェ鉱
とは構成元素は同じでも化学比率を
大きき異にしており、日本では極めて
産出の少ない鉱物である。
 英文の読みがそのまま和名になって
いる。セムセイとは人の名である。
 淡い黄色を帯びたような鉛色で、
長辺0.5〜1mm程の薄板状結晶が、
円(丸)みを帯びた方鉛鉱の結晶の
上に何枚も突き刺さったように産出
するのが典型で、なかでも放射状に
生えているような惨<産>状が多い。
 方鉛鉱のほか黄鉄鉱にも伴われる。

 東欧やボリビアで産出する大きな
ものは長辺8mm以上に達する薄板状
結晶もあるが、放射状集合体でルー
ズな結晶であることが多く、結晶は小
さくとも美しさでは国産も負けてはいな
い。
 なお、国産では秩父鉱山以外では
殆ど産出されていない。

 かつては秩父鉱山でも、肉眼で楽に
見える2〜3mm程度の大きくて美しい
結晶を産したこともあったが、そのよう
な特別品は外国産とは格別の希少性
を有する。なお、展示のセムセイ鉱は
産出当時としてはごく普通の標本で、
結晶は小さい。

 国産セムセイ鉱の展示は当資料館
でも目玉でもあります。

 
6 ベスブ石
(VESVIANITE)
Ca19(Fe,Mn)
(Al,Mg,Fe)8
Al4(F,OH)2
(OH,F,O)8
(SiO4)10
(Si2O7)4
石灰沢鉱床  イタリアのベスビアス火山から発見さ
れたものが学術的に記載され、この名
前がつけられた。英名からの直訳名で
もある。
 秩父には火山はないが秩父j鉱山の
ベスブ石は今から1千万年以上も前に
地下深くで高温のマグマが石灰岩と接
触反応してできたもので、それからさらに
長い年月を経て地上近くに産するように
なったものである。
 珪素、酸素、水素、アルミニウム、カル
シウム、マグネシウムが主成分であり、
珪素塩鉱物(ケイ酸塩)として分類される。
 ガラスよりも硬いが、脆く欠けやすい。
石榴石と似たような産状や外観を示す
ことも多いが、結晶系が異なる。
 珍しい鉱物ではないが美しい結晶の
産地は少なく、関東の丹沢と秩父鉱山、
九州の木浦鉱山地域が国内最高の産地
とされている。
 秩父鉱山のベスブ石は、褐色または黄
緑色の美晶として産出する。残念なことに
脆いので、石榴石とは異なり工場利用さ
れない。
 
7 クリントン石
(CLINTONITE)
CaMg2Al
(Al3Si)O10
(OH)2
石灰沢鉱床  かつては、「ザンソフィル石」と称し、クリ
ントン石の一1変種で独立した鉱物として
扱われていたが、現在の鉱物分類では
「ザンソフィル石」は独立した鉱物種として
は否定され、クリントン石に一本化されて
いる。
 クリントン石と米国元大統領との関係は
知る由もないが、これも英名からの直訳
名である。
 クリントン石もベスブ石と同様に、珪素・
酸素・水素・アルミニウム・カルシウム・マグ
ネシウムが主成分だが、各元素の化合比
率がベスブ石とは異なり、結晶形も異なる。
 秩父鉱山のクリントン石は淡青緑〜淡緑
色の雲母のような鉱物で美しく、六角板状
の結晶形を示すこともあるが、たいていは
鱗片状で大きさ2mm未満のものが多く、時
には、5〜10mmに達するものもある。
 現在では、クリントン石の産地は少ないが、
大きさや美しさの点で秩父鉱山がクリントン
石の日本代表的産地であり、その産状とし
ては方解石とベスブ石に伴われることが多
い。何れにしても、クリントン石を採集する
ことは容易ではない。
 
8 マンガン鉱石
(Mangan Ore)
    - 大黒上部鉱床  展示の桃色の鉱石は「菱マンガン鉱(りょ
うマンガンこう)」と称し、結晶すればその
多くは菱形で、且つ割れ口が劈開(へき
かい)により菱型に見える場合がある。
 (「劈開(へきかい)」については「方解石」
の説明文参照)
 外国では赤色透明のものも産するが、
秩父鉱山や日本の多くの産地では桃色
不透明であることが多い。菱マンガン鉱は
炭酸マンガンを成分としており軟らかく、
釘で簡単に傷がつく。

 黒色のマンガン鉱石は、炭酸マンガンや、
珪酸マンガンが地表付近で風化を受けた
分解物で、二酸化マンガンを主成分として
いる場合が多い。
秩父鉱山の黒色マン
ガン鉱石を構成する鉱物には数種類あるが、
どれも同様の外観をしており肉眼で識別する
ことはできない。
 秩父鉱山では、大黒鉱床および中津鉱床の
上部にマンガン鉱体が発達しており、かつて
は関東甲信越では大規模なマンガン鉱床と
して採掘された。
 マンガンは、各種合金や乾電池の材料として
重要である。

菱マンガン鉱:日窒鉱業滑贈・大滝村役場旧蔵品

黒色マンガン鉱石:光岩小学校旧蔵品

9 灰ばん柘榴石
(GROSSULAR)
Ca3Al2
(SiO4)3
石灰沢鉱床  柘榴石(ざくろいし=ガーネット)も秩父鉱山
で多産する鉱物の一つであるが、ここの柘榴
石は一部を除き、色彩的にはあまり美しいもの
ではない。柘榴石は一つの鉱物グループとして
扱われ、成分により細かく幾つもの種類に分れ
ている。

 秩父鉱山で産出されるのは、灰バン柘榴石と
灰鉄柘榴石(かいてつ・ざくろいし)であり、それ
ぞれカルシウム・鉄・珪酸を主成分とするもので
ある。灰はカルシウム、バンはアルミニウムを意
味する。
 かつては秩父鉱山でも、柘榴石を浄水場用ろ
過材として採掘・選鉱し出荷していたが、採算的
に合わず現在は生産していない。
 工場用柘榴石の用途としては、サンドペーパー
(紙やすり)がよく知られており、美しいものは宝
石に準じて扱われる。
 展示の灰バン柘榴石の結晶の中には、面白い
ことに細かな輝石鉱物が多く含まれているため、
結晶がいびつで色も暗褐色となっている。この
ような柘榴石は秩父鉱山においても一般的では
ないが、成因的に興味深いので展示した。

 
10 菱マンガン鉱
(RHODOCHROSITE)
MnCO3 大黒上部鉱床  菱マンガン鉱の結晶には菱形が多く、且つ割れ
口が劈開(へきかい)により菱型に見える場合が
ある。
(「劈開(へきかい)」については「方解石」の説明
文参照)
 外国では赤色透明のものも産するが、秩父鉱
山や日本の多くの産地では桃色不透明であるこ
とが多い。成分的には炭酸マンガンで軟らかく、
釘で簡単に傷がつく。

 風化変質により表面から二酸化マンガン等に
変化に<し>黒色化する。
 秩父鉱山では、大黒鉱床および中津鉱床の
上部にマンガン鉱体が発達しており、かつては
関東甲信越では大規模なマンガン鉱床として
発<採>掘された。
 マンガンは、各種合金や乾電池の材料として
重要である。

菱マンガン鉱:日窒鉱業滑贈・大滝村役場旧蔵品
11 石膏
(GYPSUM)
CaSO4
・2H2O
道伸窪鉱床      硫酸カルシウムに2分子の結晶水が付加した
鉱物で、「二水石膏」とも呼ばれる。これを加熱し
結晶水を1/2分子に減じたものを焼石膏「半水
石膏」と称し、いわゆる「石こう」として美術工芸
用や医療用、歯科用そして白墨(チョーク)等とし
て利用する。市販の石膏(半水石膏)に水を加え
練ると固まるのは、加熱時に失われた水を再度
吸収し「二水石膏」に戻るためである。
 天然に多く産する石膏としては「石膏(二水石
膏)」のほか、結晶水を持たない硬石膏(無水石
膏)がある。
 石膏の中でも、展示品のように無色透明〜半
透明のものを特に透石膏(とうせっこう)と称する
場合があり、秩父鉱山は透石膏の有名産地の
一つでもあった。但し産出は局部的で、採掘の
対象とはならなかった。石膏は爪よりも軟らかく、
標本の取り扱いには注意を要する。展示品は国
産透石膏の標本としては立派なものであり、これ
だけの大きさのものは塊(かたまり)であっても貴
重である。
光岩小学校旧蔵品
12 褐鉄鉱
(Limonite)
FeOOH 道伸窪鉱床  褐鉄鉱は正規の鉱物名ではなく野外名であり、
針鉄鉱などの鉄と酸素及び水素から成る鉱物の
総称ということができる。品位良い水酸化鉄鉱物
の集合を指す場合から、多くの不純物を含むもの
までその性質は一定しない。
 色は名の通り褐色であることが多いが、展示品
は黒褐色である。褐鉄鉱は見栄えはしないが以外
<意外>にも重要な鉄鉱石であり、かつては日本
でも褐鉄鉱を主体に採掘していた鉱山もあった。
国内鉱山では、一に釜石、二に秩父であり、秩父
鉱山の道伸窪(どうしんくぼ)鉄鉱床が開発される
までは国内第2位であった群馬鉄山は、褐鉄鉱を
主に採掘していた。他にも、国内では比較的規模
の大きな鉱山であった倶知安鉱山(北海道)や、
諏訪鉄山(長野県)なども褐鉄鉱をおもに採掘して
いた。
光岩小学校旧蔵品
13 閃亜鉛鉱
(SPHALERITE)
ZnS 大黒鉱床  亜鉛は地下資源に乏しいといわれる日本におい
て、最も自給率の高かった金属の一つである。秩
父鉱山をはじめ多くの亜鉛鉱山や黒鉄<黒鉱?>
鉱山が稼働していた昭和40年代までは39%以上
の自給率があった。現在の自給率は10%程度で
あり決して高くはないが、工業国日本の亜鉛自給
率をわずか2鉱山(岐阜県・神岡、北海道・豊羽)で
支えていることは驚嘆に値する。(1992年)
 亜鉛鉱として利用される鉱物は閃亜鉛鉱が多く、
この鉱物は色や透明度などの外観が一定せず、
産地や産出部位等によってまちまちなのが面白い。
たとえば、秩父鉱山では黒ダイヤと言っても良いよ
うな輝きの黒色美晶を多産したが、尾去沢鉱山(秋
田県)や尾小屋鉱山(石川県)では、鼈甲(べっこう)
のような飴色半透明の美晶を産した。繊な鉛鉱は
亜鉛と硫黄からなり、副成分として鉄を含むが、この
鉄が色や透明度に影響を与えていることが多い。
秩父鉱山のように鉄を10%程度含む「鉄閃亜鉛鉱」
の美晶を産した鉱山は少なかった。
日窒鉱山滑贈・大滝村役場旧蔵品
14 磁流<硫>鉄鉱
(PYRROTITE)
Fe1-xS 赤岩鉱床

             拡大


             全体

 鉄と硫黄から成るが、黄鉄鉱とは化合比率が異な
り鉄が多く、そのため磁性(磁石につく性質)を有する。
黄鉄鉱同様硫酸の鉱石として用いられていたが、
硫黄分が黄鉄鉱より少なかったため硫黄鉱石と
しては黄鉄鉱に劣り、黄鉄鉱の豊富な秩父鉱山で
は資源として顧みられることは少なかった。逆に製鉄
では硫黄は嫌われるので、硫黄<磁硫>鉄鉱の活躍
の場は少なかった。但し、副成分としてかなりの量の
ニッケル鉱物が含まれる場合があり、その場合には
ニッケル鉱として積極的に採掘される。磁流<硫>鉄
鉱の産地は多いが、赤褐色に錆びやすく、結晶にな
ることも少ないため、鉱物標本としてもあまり注目さ
れていない。しかし、秩父鉱山・赤岩鉱床では、展示
品のような美しい六角板状の結晶をかつて産したこと
があり、それは質的量的に国産最高級の磁流<硫>
鉄鉱「結晶」として有名である。展示品のように、端面
のみとはいえ輝きを保っている径1cm以上の国産の
結晶は貴重である。
光岩小学校旧蔵品
15 黄銅鉱
(CHALCOPYRITE)
CuFeS2 大黒鉱床  徳川時代から昭和初期にかけての、日本が世界の
産銅国として華やかなりしころの銅鉱石は、黄銅鉱を
主体とするものであった。その後、日本では高品位の
複合金属鉱石である「黒鉱(くろこう)」が主になり、
黄銅鉱を主体に採掘する鉱山は僅かとなった。
 秩父鉱山も、昭和53年3月までは黄鉄鉱とともに黄銅
鉱を採掘していた。今は黒鉱を採掘する鉱山もずべて
閉山し、平成11年9月現在、日本で銅を産するのは豊羽
鉱山(北海道:銀・インジウム・亜鉛が主力の鉱山で、
銅は副産物)くらいとなった。
 黄銅鉱の産出は多いがきれいな結晶となると比較
的少なく、展示品のようにシャープで1cm級の三角結
晶が密集する標本は見応えがある。さらに展示品に
は3cmに及ぶ結晶も見られ、結晶条件の良かったこ
とを示唆している。

【特定成分豊富】【自由空間】【穏やかな温度勾配と
長期育成】
 展示品中、濃い金色で一見三角形の結晶はすべて
黄銅鉱である。本鉱は、銅・鉄・硫黄からなる硫化鉱物
である。

光岩小学校旧蔵品
16 黄鉄鉱
(PYRITE)
FeS2 大黒鉱床  世界的スケールで最も普遍的に産出する硫化鉱物
が「黄鉄鉱」である。鉄と硫黄から成り、かつては黄鉄
鉱から硫酸を製造し、肥料原料や化学原料として重要
であったが、製錬所からの回収硫酸や、石油精製から
の回収硫黄が豊富に得られる今日、黄鉄鉱は鉱業の
対象から外れてしまった。
 しかし、展示品のように結晶の美しい黄鉄鉱は標本
として十分魅力的であり、スペインでは黄鉄鉱専門の
標本鉱山も稼働しているくらいである。
 削り磨いたような見事な結晶も、かつて秩父鉱山では
多産した。サイコロのような6面体や5画形の12面体、
はては菱面体のような結晶が樹枝状に連なった珍品
なども産出し、6面体では拳(こぶし)のような巨晶も産
出した。「どこにでも出る」黄鉄鉱だが、2cm以上の結晶
はそれほど産出しない。
日窒鉱業滑贈・大滝村役場旧蔵品
こぶし(拳)大の単結晶:光岩小学校旧蔵品
17 磁流<硫>鉄鉱
(PYRROTITE)
Fe1-xS 和那波鉱床  鉄と硫黄から成るが、黄鉄鉱とは化合比率が異なり
鉄が多く、そのため磁性(磁石につく性質)を有する。
黄鉄鉱同様硫酸の鉱石として用いられていたが、硫
黄分が黄鉄鉱より少なかったため硫酸鉱石としては
黄鉄鉱に劣り、黄鉄鉱の豊富な秩父鉱山では資源と
して顧みられることは少なかった。逆に製鉄では硫黄
は嫌われるので、磁流<硫>鉄鉱の活躍の場は少なか
った。但し、副成分としてかなりの量のニッケル鉱物が
含まれる場合があり、その場合にはニッケル鉱として
積極的に採掘される。
 この鉱物の産地は多いが、赤褐色に錆びやすく、結
晶になることも少ないため、鉱物標本としてもあまり注
目されていない。展示品は塊状であり決所<結晶?>に
見えないが、この鉱物の特徴の一つである「ブロンズ
色」の金属光沢を観察して頂くには最適である。
 既述したように本鉱には磁性があるので、その感覚を
磁石で試してください!!

 別途展示の【磁鉄鉱】にも「磁性」があるので、両者の
磁性の違いを比べてみてください。

光岩小学校旧蔵品ほか
18 方解石
(CALCITE)
CaCO3 秩父鉱山産  炭酸カルシウムを成分とする鉱物のひとつで、結晶
石灰岩(大理石)を構成したり、石灰岩の主要構成鉱
物(微粒)として産するのが最も目につきやすく、大滝
村ではその両方の岩石を身近に観察することができる。
方解石は石英と同様、細かなものまで含めれば「どこ
にでも出る鉱物」の一つであるが、それでも岩石の合
分ではなくcm級の結晶となると、産出頻度はやや低く
なる。
 方解石はハンマーでうまく叩くと「ひしゃげたマッチ箱」
のような菱形でどんどん少なくなっていく。これは3方向
に完全な劈開(へきかい)があるためで、このような平
滑面をもって規則正しく割れる性質を劈開という。

 劈開(へきかい)の有無および程度、方向などは鉱物
により異なる。また方解石は、塩酸などの強酸はもちろ
んお酢にも溶けて泡を出す。泡の正体は二酸化炭素で、
弱い酸性の水でも浸けておけば徐々に溶けていく。方解
石は酸性雨に弱い鉱物の代表格である。

日窒鉱業滑贈・大滝村役場および光岩小学校旧蔵品
19 方鉛鉱
(GALENA)
PbS 大黒鉱床  鉛と硫黄から成り、色も鉛色で、割るとサイコロ型に
(一部階段状に)規則正しく割れて行く(劈開=方解石
の説明文参照)。
 鉛の鉱石として採掘対象となっている大部分がこの
方鉛鉱で、産地によっては銀を多く含みまたは銀鉱
物を包有して銀の鉱物として扱われたこともあった。
 鉱業的にみて秩父鉱山からの鉛鉱の産出は少なく、
亜鉛鉱の副産物的に回収されていたに過ぎない。
しかし、方鉛鉱の結晶としては関東地方で最良のもの
を産出した。かつては上下水道の配管や釣りのおもり、
自動車のバッテリーなど多くの用途に大量に使用され
ていた鉛であるが、最近は全ての用途から鉛離れが
加速しつつある。
 方鉛鉱は金属鉛とは異なり硫化物のため安定である
が、新鮮な状態から時間が経つと、展示品のように表面
が曇ってくる。しかし、多少表面が曇っても現在ではこの
ような国産の「方鉛鉱」の結晶標本は得難いものとなって
いる。
日窒鉱業滑贈
20 磁鉄鉱
(MAGNETITE)
FeFe3+2O4 道伸窪鉱床  鉄と酸素から成り、色も鉄黒色で磁石がよく付き磁性
が高い。風化に強く、砂の中に含まれている黒色の砂
鉄で磁石につくものの多くは、鉱床や岩石から分離した
磁鉄鉱である。
 磁鉄鉱は、赤鉄鉱・褐鉄鉱(野外名)と並び有力な天然
資源である。磁鉄鉱に劈開(へきかい)はなく、ザラザラ
した割れ口を示す。粒状や塊状以外では8面体の結晶と
なることが多いが、一辺が1cm以上の結晶になることは
比較的少ない。
 秩父鉱山は釜石鉱山(岩手県)に次ぐ国内で大規模な
鉄鉱床であり、未だ1000万トン以上の磁鉄鉱を主とした
高品位の鉄鉱石が眠っている。「残存埋蔵量」が多いの
は、品位は高いが安価な輸入鉱に太刀打ちできず昭和
48年(1973)以降採掘を休止しているためである。

 秩父鉱山では展示品のような板状集合または柱状集合
構造を示す磁鉄鉱が多く見られ、赤鉄鉱から変化したとい
われる葉片状磁鉄鉱とともに一つの特徴となっている。
 既述したように本鉱には「強い磁性」があるので、その感
覚を磁石で試してください。また、【磁流鉄鉱】との磁性の
違いも試してみてください。

光岩小学校旧蔵品ほか
21 硫砒鉄鉱
(ARSENOPYRITE)
FeAsS 大黒鉱床  鉄と砒素と硫黄から成り、色は銀白色からやや黄色味
を帯びた銀白色を呈する。比較的結晶しやすく、展示品の
ような菱餅型の結晶が国に各地の産地から得られる。
結晶の大きさは1cm未満のものが多いが、色と形が特
徴的なので、小さなものでも見誤ることは少ない。砒素を
成分の一つとしているが、硫砒鉄鉱は安定な硫化鉱物で
毒物ではない。現在、砒素は半導体であるガリウム砒素
の原料として重要である。
 秩父鉱山の硫砒鉄鉱は菱餅型結晶が美しいことで全国
的に有名であるが、鉱石の量としては少なく、鉱物標本
レベルの産出にとどまった。
 

5.おわりに

 (1) 「県の鉱物」
      2007年、都道府県を代表する鉱物を「県の鉱物」のページで紹介したことがあった。

     ・『 県の鉱物 』
      ( Mineral of Prefecture )

      これによると、埼玉県は「朝日根のパンペリー石」になっている。『秩父鉱山の鉱物』の著者は
     当然ながら「秩父鉱山の車骨鉱が埼玉県を代表する鉱物として異論がない」、と言い切ってい
     る。

      埼玉県民でもない私があれこれ言うのも何だが、「パンペリー石」よりも秩父鉱山の「糸金
     (自然金)」、「車骨鉱」、「磁硫鉄鉱」そして「セムセイ鉱」のいずれかに軍配を上げたい。

      「糸金」と「車骨鉱」は、山梨県の黄金沢鉱山、「磁硫鉄鉱」は長野県の大深山鉱山で採集で
     きるので、消去法で行くと私の中では「セムセイ鉱」が残る。

     ・山梨県黄金沢鉱山の「自然金」
      ( GOLD from Koganesawa Mine , Yamanashi Pref. )

     ・山梨県黄金沢鉱山の車骨鉱と毛鉱
      ( BOURNONITE and JAMESONITE from Koganesawa Mine , Kosyu City , Yamanashi Pref. )

       「磁硫鉄鉱」【長野県大深山鉱山産】

 (2) 大滝の蕎麦
      歴史民俗資料館の展示を見ると、山深い大滝では「焼畑農業」で作った蕎麦や芋類などが
     生活の糧だったようだ。
      秩父鉱山に行ったことがある人は、途中に「中双里」という集落があるのを御存じと思うが、こ
     の”ソーリ”という語は「焼畑」に関係する地名らしい。

      昼時だったので、「道の駅・大滝温泉」に併設されている食堂で、「蕎麦」を食べた。蕎麦通に
     はほど遠い私でも、”おいしい”、と思える一品だった。

       「蕎麦」【道の駅・大滝温泉】

6.参考文献 

 1) 秩父市立大滝歴史民俗資料館編:秩父鉱山の鉱物,同館,1999年?
 2) 松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年




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