福島県沼尻鉱山の重晶石

           福島県沼尻鉱山の重晶石

1. 初めに

   千葉県の石友・Tさんから、「福島県沼尻鉱山の重晶石産地を案内します」というメールを
  いただいた。福島県沼尻鉱山だけでは、時間が余るので、磐越道沿いにある「津川町(現
  阿賀町)柳新田の赤色輝沸石」そして「三川鉱山の二次鉱物」を求めての、弥次・喜多珍
  道中となった。
   6時に常磐道の那珂ICに集合し、私の車で、紅葉が始まった磐越道沿道の風景を愛でなが
  らヒタ走り、沼尻温泉の駐車場に着いたのは8時過ぎであった。
   沼尻温泉の湯元近くにある産地を目指し、登山道とは別な道を進むと、眼前には紅葉に
  彩られた山々と湯煙をもうもうと上げる泉源が目に飛び込んできた。
   ここでは、「硫化水素ガス」を吸った登山客が亡くなるという痛ましい事故が発生して
  いる。白煙が立ち込め硫化水素の匂いがする”難所”は、小走りで通り過ぎるが、気のせ
  いか頭がフラフラする。( 単に運動不足で息が上がっただけか? )
   かつて、沼尻鉱山では、「硫黄」を大々的に採掘し、選鉱場跡やズリや鉱石運搬用の鉄
  索などが残されている。
   「重晶石」を採集できる場所は、ごく狭い範囲で、ここだと教えてもらわなければ判ら
  ない。北海道勝山鉱山産のもののような大きさはないが、『 小さな結晶は美しい 』
  いう鉱物標本の常で、最大7、8mmの結晶がビッシリ母岩に付いて”きらきら”輝く様
  は美しい
   また、母岩の空隙に「そら豆状の硫黄」が産出するさまは、これまた愛くるしく代表的な
  標本として持ち帰った。
   ここは、泉源巡りの人々にとって”メッカ”の1つとのことで、泉源の湯を溜めて入浴
  している人やタオル片手にサンダル履きで、「銭湯に行ってきます」、という感じの人とも
  すれ違った。
   次回は、泉源での入浴を楽しみにしている。案内していただいた石友・Tさんに厚く御礼
  申し上げます。
   ここでは、硫化水素ガスで何人かの人が亡くなっており、当日のガスの状況をよく把握し
  て、”危険だと思ったら戻る勇気”が必要である。
  ( 2006年10月採集 )

2. 場所

   磐越道「磐梯高原IC」で降り、沼尻温泉を目指す。温泉街を抜け、駐車場に車を置き、
  一般の登山道とは違う「沼の平林道」ルートを、温泉を引き込んでいる直径30cmの塩ビパ
  イプに沿って上流に向かうと眼下に「白糸の滝」が見えてくる。ここの水温(湯温?)は
  35℃あるとのことで、朝の冷気の中で湯気が立ち上っている。

    紅葉に彩られた白糸の滝

   さらに上流に向かうと、一気に視界が広がり湯煙を噴き上げる「泉源」が見えてくる。
  この辺りから、鉱山が盛況だったころをしのばせる崩壊した選鉱場、真っ白いズリそし
  硫黄蒸留釜などの遺物があちこちに見られる。
   ”腐った卵の臭い”と表現される、硫化水素ガスを含む湯煙がたなびいている辺りは
  小走りで通り過ぎる。

     
          蒸留釜              ズリ
                  沼尻鉱山跡

    産地は、泉源の近くである。

    産地遠望

3. 産状と採集方法

   沼尻鉱山は、福島県の中央部にある安達太良山の西斜面、標高1000m以上の場所にあり
  古くから硫黄の採掘が行われていた。
   会津領と二本松領の境界にあり、この一帯にある硫黄の採掘権、湯脈権をめぐって紛争が
  絶えなかった。それは当時(元禄年間1688年頃)硫黄は火薬の原料や、つけ木(現在の
  マッチ)などの原料として重要な資源であったためで、沼尻山は文字どおり「宝の山」だった。
   会津領の白木城村の遠藤茂左衛門が硫黄の採掘に乗り出し、明治に入り細野 次郎、渋
  沢 仁之助両氏が欧米式蒸気製錬を取入れ開発に着手したが明治33年(1900年)7月沼の
  平大噴火により、全滅してしまった、明治39年(1906年)岩代硫黄(株)が継承し、翌明治
  40年(1907年)に事業拡張し日本硫黄(株)に変更、明治45年(1912年)に鉱石運搬用に軌
  道を建設、その後、硫黄鉱山として福島県内屈指の鉱山となった。一時は、2,000人の鉱夫
  が働き、最盛期には年間17,000tもの採掘量を誇ったが石油の副産物として硫黄が安く生
  産できるようになって、昭和43年(1968年)には閉山した。

   「福島県鉱産誌」によれば、『 沼尻鉱山の硫黄鉱床は、7層の溶岩流のうち下層から5層目
   がキャップ・ロックとなり、その下位の軟弱な集塊岩または亀裂の多い火山岩中に芋状
   に断続した鉱染状小鉱体で、一部には表面に沈殿堆積堆積したいわゆる沈殿鉱床も存在
   する 』
、とある。

    しかし、重晶石鉱山として沼尻鉱山の名は記載されておらず、採掘の対象になってい
   なかった、らしい。
    それが、われわれ鉱物愛好家の対象になるのであるから、世の中わからないものであ
   る。

   重晶石の産状には、露頭の晶洞部分の内側に結晶したものや、転石の丸い礫の表面に結晶
  が生成したものなど、複雑な成り立ちを暗示している。
   硫黄は、露頭が崩壊した一抱えもあるような転石の空隙部分を埋める”そら豆状結晶”と
  泉源から流れる湯川の川床に堆積したものがある。後者には、錘状に結晶したものも観察
  できる。

     
            晶洞              沈殿硫黄
                     産状

   露頭や転石の表面に結晶したものをハンマで欠き採り、湯川に沈殿したものは、手で
  拾い集める。(火傷に注意)

4. 採集鉱物

   ここで、採集できるのは、「重晶石」と「硫黄」だけである。

 鉱 物 名
 (英語名)
 組成  説    明 写  真 備 考
重晶石
(Barite)
BaSO4   透明、ガラス光沢の
 マッチ箱状結晶の集合と
 して、母岩の表面などに
 生成している。
 
自然硫黄
(Native 
Sulfur)
S    黄色、最大でも3cmの
  ”そら豆状”結晶として
  母岩の空隙を埋めるような形で
  産する。
  
 

5. おわりに

 (1) 東北地方では、重晶石はさほど珍しい鉱物ではないが、これだけ結晶が大きくて
    綺麗なものは少ない。
     硫黄も”そら豆状”をした、独特の結晶で、愛くるしい。良標本の産地を案内して
    いただいた石友・Tさんに、厚く御礼を申し上げます。

 (2) ここでは、過去に何人かが「硫化水素ガス」で、命を落としている。駐車場の脇
    にはこれらの人々の慰霊碑が建っている。
     この日は秋晴れで、風も吹き、ガスが溜まる気配は感じられず、先に行った人々の
    人影も見えたので産地を目指した。
     無風で、ガスが重く立ち込めるような天気の日には、絶対訪れないで欲しい。
     Tさんは、先人から、次のように注意を受けたという。

    『 2呼吸吸ったら、お陀仏だよ 』

6. 参考文献

 1)福島県企画開発部開発課:福島県鉱産誌,福島県,昭和40年(非売品)
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