栃木県西沢金山の『マチルダ鉱』

1. はじめに

    2014年5月、北関東のT市で開催される同期会に出席するのにあわせて、北関東の骨董市、
   古い鉱山跡、そして世界遺産(内定)を巡る3泊4日の旅を計画した。初日の骨董市での成果に
   気を良くし、温泉に入浴・夕食・仮眠のあと「西沢金山」に向けて車を走らせた。
    日光の街を抜けるころになると外の気温は15℃を割ったようで肌寒く暖房を入れて走った。初
   めは、戦場ケ原あたりで車中泊の予定だったが、寒そうなのでいろは坂の手前で車を停めた。

    翌朝6時前に眼が覚めると快晴のミネラル・ウオッチング日和だ。コンビニで朝食を買い、食べな
   がら、ノンビリいろは坂を上り、中禅寺湖、戦場ケ原を経て、山王林道に入る。林道の最高地点を
   過ぎ、下りになると北側斜面を走ることになり、道路わきには雪崩(なだれ)た雪が積っていて、
   採集できるか心配になる。「西沢金山」が近づくと、陽の当る場所には雪はなさそうだ。

     
               山王林道の残雪

    いつもの場所に車を停め、いつものポイントに直行だ。ここを訪れるのは、2013年10月に京都・
   Nさん一行を案内して以来だから7ケ月ぶりだ。ズリ石を掘り出し、割ってはルーペで確認する作
   業の繰り返しだ。なかなか、『ルビーシルバー(淡紅銀鉱)』は出てこないが、必ず出ると信じてい
   るので焦りはない。
    しかし、この日は出が悪すぎた。1時間たっても1個もでてこない。痺(しび)れを切らし、場所を替
   えてみた。最初に叩いた石の台石が真っ二つに割れた。その断面に”紅い点々”が見え、『ルビー
   シルバー』
だ。この筋も良さそうだ。
    ルビーシルバーを何個か採り、とあるズリ石を叩くと、割れ口は黒く、方鉛鉱のへき開面が点々
   と見える。横から見ると銀黒様のうねった縞模様が見え、『マチルダ鉱』だ。

    「西沢金山」を最初に訪れたのは、2006年7月だった。以来、『マチルダ鉱』を自力採集したいが
   ためにここを訪れているようなものだった。
    念願が叶い、このフィールドも卒業できそうだ。
    ( 2014年5月 採集 )

2. 産地

    栃木県日光戦場ヶ原と栗山村川俣温泉を結ぶ山王林道沿いに西沢金山跡がある。以前は、
   「西沢金山跡」の看板もあった、と文献にあるが、現在では確認できていない。
    ( 石友・Mさんの話では、朽ちて倒れているらしい )

3. 産状と採集方法

    「西澤金山大観」には、大正5年(1916年)1月に作成された鉱山の色刷りの実測図が記載され
   ている。

    この地図の北側(地図の上)から南(地図の下)を見た、西澤金山の全景が「西澤金山の絵葉
   書」に掲載されている。

       
            西沢金山実測図【「西沢金山大観」から引用】

       
         西沢金山全景【「西沢金山の絵葉書」に追記】

    これらの地図、写真と現在の地形を対比して見ると、坑口、選鉱場、製煉所、分析所、医局
   (診療所)、学校そして坑夫飯場(従業員住宅)などがあった位置を読み取ることができ、採集に
   あたって、大いに参考になっている。

    つまり、鉱石がどの坑道から掘り出され、どのように運ばれ、どのように処理され、ズリ(捨石)は
   どこに堆積したのかが推理できる。
    また、発見した遺物がどこのものだったか、逆に言えば、ここにあった施設からはこのような遺
   物が見つかるはずだと、予測することもできる。
    このように、”宝探し”の要素も加わり、ミネラルウ・オッチングを一段と楽しいものにしてくれる。

    私の採集方法は、大きめのハンマーを「金床(かなとこ)」代わりに置き、この上でズリ石を割り、
   割れ口をルーペで確認する。このときの注意点は、次の通りだ。

     @ 割る時に飛び散らかさない。
         1点でも「ルビーシルバー」を観察できた母岩には、脈が来ているので、割った時の勢い
        で、片割れを飛ばさないよう、手加減して割る。
     A キャップランプを点けて確認
         季節や時間にもよるが、青葉が繁り、陽も傾いたころ、産地は薄暗く、照明が必要だっ
        た。逆に言えば、木の葉がない早春か晩秋の晴れた日の午前中の採集なら照明は不要
        だ。
        ( 今回は、快晴の下、早朝からの採集だったのでキャップランププは不要だった )

        
        「金床」代わりのハンマーとズリ石                 キャップランプ
                               採集風景
                              【2013年7月】

4. 採集鉱物(遺物)

 (1) ルビー・シルバー【Ruby Silver】
      西沢金山で、紅色結晶や皮膜状で産出する銀鉱物には、濃紅銀鉱【PYRARGYRITE
     :Ag3SbS3】と淡紅銀鉱【PROUSTITE:Ag3AsS3】の2種がある。
      化学式をみればわかるとおり、アンチモン(Sb)と砒素(As)の違いだけであり、淡紅銀鉱
     のほうが、やや明るい紅色をしている、とされるが光にさらされると黒くなるので外観から
     鑑定することはできない。
      私の場合、黄粉銀鉱【XANTHOCONITE:Ag3AsS3】と共生するものは同質異像関係にある
     「淡紅銀鉱」としているが、それ以外は「ルビーシルバー」と呼んでいる。

      今回採集したいくつかの標本には、輝きが強い黄色・皮膜状の「黄粉銀鉱」が随伴している
     ので、紅色鉱物は、「淡紅銀鉱」だろうと推定している。
      加藤先生の「硫化鉱物読本」によれば、「淡紅銀鉱」は「黄粉銀鉱」の高温型にあたり、転位
     点(温度)は192℃だ。
      「淡紅銀鉱」、「濃紅銀鉱」ともに、『低温熱水鉱床』で生まれた、とされるが、水晶(低温型
     石英)と共生する”ルビーシルバー”があり、これを裏付けている。

        
                 「黄粉銀鉱」                      「水晶」
                     ルビーシルバー(淡紅銀鉱)の随伴鉱物

      しからば、私のような”甘茶”が、「淡紅銀鉱」と「濃紅銀鉱」 を鑑別する方法はないのだろう
     か。そこで思いついたのは、組成(化学成分)の違いを利用する方法だ。先にも述べたように、
     「濃紅銀鉱」と「淡紅銀鉱」の違いは、アンチモン(Sb)を含むか砒素(As)を含むかの違いだ。
     アンチモンを含む鉱物が酸化すると、「黄安華」【STIBICONITE:Sb3+Sb52+O6(OH)】、名前の
     通り”黄色いシミ”を生じる。つまり、ルビーシルバーの周囲に「黄安華」があれば、「濃紅銀鉱」
     だと言えるのではないだろうか。

      
            黄安華を伴うルビーシルバー
                 【濃紅銀鉱か?】

 (2) マチルダ鉱【MATILDITE:AgBiS2
      石英脈の中に、割れ口は灰黒色で方鉛鉱の間を埋める細かい結晶で産出する。横から見る
     と銀黒様のうねった縞模様が見える。

        
                  割れ口                         縞模様
                              マチルダ鉱

      加藤先生の「硫化鉱物読本」はじめ、いろいろな情報を調べると、『 マチルダ鉱の肉眼での
     同定(鑑定)は難しい 』、ということらしい。その理由としては、次のようなことを挙げている。

       1) しばしば、方鉛鉱と顕微鏡的な集合を構成することがある。
       2) 脈石の石英と微細な集合をなす。

      加藤先生は、同定の難しさとヒントを次のように書いている。

     『 一見方鉛鉱様でへき開を欠き、新鮮な面での光沢はやや劣りますが、決め手となるような
      違いではありません。青紫色に錆びやすい方鉛鉱には含まれているという事実もありますが
      これは銀鉱物と直接共存している方鉛鉱にしばしば見られる現象なので、マチルダ鉱特有の
      ものではありません。しかし、いわゆる骸晶状方鉛鉱はしばしばマチルダ鉱の微粒を含むこと
      があります。 』

      私が「マチルダ鉱」の同定に役立ったと思うのは、最近読んだ松原先生の「これだけは知って
     おきたい 世界の鉱物50 鉱物通になるための第一歩」、という恐ろしく長いタイトルの本の中
     にあった次のような記述だ。

      『 ・・・(方鉛鉱は)銀やビスマスを含むことがあり、高温では共存していても低温になって
       結晶化するときに、別鉱物として方鉛鉱中に遊離する。栃木県西沢鉱山で見られる方鉛鉱
       中のマチルダ鉱(matildite、AgBiS2)はこの例である。(2つの鉛と1つの銀と1つのビスマス
       が入れ替わることができ、化学式で表すと、 2PbS ⇔ AgBiS2 )。 』

      これを私なりに解釈した上で、マチルダ鉱の生成プロセスと同定のポイントは次のようになる。

      『 鉱液の温度が下がって方鉛鉱が結晶したあと、余剰成分の銀とビスマスが結合して
       方鉛鉱の間を埋めるように固まった。 』

      私が採集したのは、このような産状のもので、”自形結晶は未報告”や「マチルダ鉱を櫻井
     先生からいただいたが、方鉛鉱のへき開の部分をマチルダ鉱だと思っていた」、という某氏の
     情報とも合致する。

 (3) 鉄マンガン重石【WOLFRAMITE:(Fe2+、Mn)WO4
      石英の中に薄板状で産出する。鉄重石は鉄マンガン重石系の鉱物で、タングステン(W)の
     主要鉱石鉱物のひとつ。鉄とマンガンの比率が、鉄(Fe):マンガン(Mn)=1:4〜4:1の範囲
     が鉄マンガン重石で、これより鉄が多いのが鉄重石、マンガンが多いのがマンガン重石だ。
     マンガンが多くなるにつれ、褐色味が強くなり、透明度も高くなる。

     
           鉄マンガン重石

      「西沢金山大観」によれば、金銀鉱と並んで西沢金山の主要鉱石だった「重石」だが、採集
     してみると鉄マンガン重石ですらルビーシルバーの1/10くらいしかなく希産だ。マンガン重石に
     至っては、M氏と訪れた時に恵与いただいた標本しかない。

 (4) 閃亜鉛鉱【SPHALERITE:ZnS】
      黒色からべっこう色の粒状で石英脈の中や晶洞の中に見られる。閃亜鉛鉱を含む石英の
     表面は抜け殻状に窪みがあるので石をみただけでわかる。

     
            閃亜鉛鉱

 (5) ガラス・陶磁器製品【 Glass and China Wares 】
      建物跡と思われる周辺には、ガラスや陶磁器製品が散乱している。ほとんどが破片で、
     完全なものは少ないが、ここに「西澤金山」があったことを物語る名前の入ったものもある。

      下のガラス瓶の破片には「(西)澤金山(醫局)」とあり、水薬を入れた薬ビンだったと思われ
     る。薬ビンと思われる破片には、「○眼薬」、とある。私たちのミネラル・ウオッチングでもハンマ
     で叩いた拍子に眼に岩片が飛び込んで痛めることがままあるが、鉱脈を追って、四六時中岩
     を叩いていた坑夫らは眼薬のお世話になることが多かったはずだ。

        
            薬瓶破片                     眼薬ビン破片
                       ガラス製品

5. おわりに

 (1) 恒例のミネラル・ウオッチング
      いつもだと恒例の「月遅れGWミネラル・ウオッチング」の案内をとうに差し上げているころだが、
     今年は例年になく残雪が多くて産地へのアプローチが難しいのと、定宿・湯沼鉱泉の風呂場が
     雪害で倒壊し、その復旧を待っている状態だった。
      週初めに湯沼鉱泉の社長に電話したら、「男女風呂場の片方だけは入れるようになった」、
     というので、参加者募集を始めた。確実に申し込むだろう常連さんを考えると、予定した人数に
     早々に達しそうだ。

      今回は、2月の大雪で風呂場が倒壊した湯沼鉱泉の『雪害復興支援』、と銘打って開催し、
     オークションの売上金は見舞金にする計画だ。

      この企画も今年で16年目を迎え、参加者の高齢化も進み、「新産地でしかも車横付け」の
     マル秘産地も用意して、皆さんとお会いできるのを楽しみにしている。

6.参考文献

 1) 鉱山懇話会編:日本鉱業名鑑,同会,大正2年〜大正7年
 2) 渡辺 渡:西沢金山調査書,日本鉱業会誌第224号別刷,明治38年
 3) 梁木 毅六編:西沢金山大観,不明 ,大正5年
 4) 小林 利喜造、関根 定吉、野島 幾太郎共述:西沢等の各鉱山と鬼怒川の将来
                          三共社,大正6年
 5) 野島 幾太郎述:栃木県会と鬼怒川の各鉱山,三共社印刷所,大正7年
 6) 喝破禅師:新下野 創刊号 −悲観乎 楽観乎 西沢金山の将来−
                                    新下野社,大正7年
 7) 栃木県:栃木県史 第十巻 産業経済編,栃木県,昭和
 8) 藤原町(現日光市):藤原町史 通史編,藤原町,平成3年
 9) 佐藤 壽修:歴史と文化第4号 −西沢金山にみる日本の動き・世界の動き−
         栃木県歴史文化研究会,1995年
 10) 栗山村(現日光市):栗山村誌 −西沢金山の発展−,同村,1998年
 11) 加藤 昭:硫化鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
 12) 松原 聡:日本の鉱物,株式会社学習研究社,2003年
 13) 松原 聡、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 14) 井上、興野、登根:西澤金山の絵葉書,日本地学研究会,2006年
 15) 松原 聡、宮脇 律郎:これだけは知っておきたい 世界の鉱物50 鉱物通になるための第一歩,
                   ソフトバンク クリエイティブ株式会社,2013年
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