群馬県下仁田町西ノ牧鉱山の若林鉱

         群馬県下仁田町西ノ牧鉱山の若林鉱

1. 初めに

   2007年GWの前半は恒例のミネラルウオッチングを楽しみ、後半は、「著名人シリーズ」
  と題して、人名の付いた鉱物を求めて、群馬県、栃木県の産地を回ることにした。
   真っ先に訪れたのが、鉱物学者・若林 弥一郎にちなむ「若林鉱」で有名な群馬県
  下仁田町の西ノ牧(あるいは、西牧:さいもく)鉱山であった。
   ( 旧西牧(さいもく)村にあったことから、西牧鉱山とも呼ばれたらしい )

   ここは、過去に3回訪れ、「鶏冠石」「雄黄(石黄)」などこの産地を代表する標本は
  入手していたが、この産地の目玉である「若林鉱」は自力で採集できていなかった。
   採集できていなかった、と言うより、”採れないだろう”と思い込んで、熱心に
  追いかけていなかった。

   なぜなら、私が西ノ牧鉱山を知るきっかけとなった、草下先生の「鉱物採集フィール
  ドガイド」に、次のように書かれているからである。

   『 非常にめずらしい鉱物としては、鶏冠石、石黄を含む石英脈に伴って、空隙に鮮
    黄色の細い針状、または毛状の鉱物・・・・・・・・・これは若林鉱といって、世界で初
    めてこの西ノ牧鉱山から発見され・・・・・・・・。
     残念ながら最近ではほとんど産出を断ち、公害防止工事が行われた現在では、

    採集不可能といわれているのが、なんとも口惜しい 』

   この本が書かれた今から25年前ですらこのような状態だったのだから、現在では難しい
  だろう、と思う反面、何とかして採集しよう、という気力も湧き上がってきて、今回の訪山
  となった。

   鶏冠石や石黄を含む母岩を持ち帰り、洗浄し、小割しながらルーペや実体顕微鏡で
  確認する作業を繰りかえし、ようやく2個体、「若林鉱」の標本を確認できた。

   『 行っても採れる保証はないが、行かなければ絶対に採れない 』

   産出ポイントや産状をアドバイスしてくれた東京の石友・Mさんに厚く御礼申し上げる。
  ( 2007年5月採集 )

2. 産地

   産地の地図が、「鉱物採集フィールドガイド」に詳しく掲載されているので、詳細は割愛
  しする。
   ただ、今ではこの地図にない @バイパス A大きな砂防(公害防止?)ダム が造ら
  れているので迷わないで欲しい。

      
      ズリ【公害防止工事済】          坑道Dとズリ
                    西ノ牧鉱山

3. 産状と採集方法

   産状は、「日本鉱産誌」に、次のように記述されている。

    『 昭和特殊鉱業(株)が昭和22年(1947年)より、鶏冠石・雄黄を採掘。
     鉱石は、安山岩中脈状をなす鶏冠石 』

    しかし、現地のズリで私が確認した鶏冠石や石黄の産状は次の通りで、「日本鉱産誌」
   の記述以外の産状も見られる。

    (1) 石英脈の晶洞に鶏冠石が自形結晶をなす。輝安鉱や黄鉄鉱などの硫化鉱物と
       その2次鉱物を伴うことがある。
    (2) 石英や珪質岩(変質した安山岩か?)に脈状をなす。黄鉄鉱などの硫化鉱物の
       ほか、重晶石を伴うことがある。
    (3) 粘土脈に球顆状をなす。その断面は、周囲が雄黄、中心部が鶏冠石の同心円を
       なしたり、くさび状の雄黄が入り組んでいる場合もある。中心には硫化鉱物(酸化
       して黒変したもの)がみられることもある。

    鶏冠石の美品は(1)、雄黄は(3) そして「若林鉱」は、(1)か(3) で得られる。

   採集方法は、ここの目玉の「若林鉱」を狙うなら、(1)か(3)を探し、割ってみて、ルーペや
  実体顕微鏡で晶洞部分を観察する。
   このようにすれば、”外道”で、鶏冠石の頭付き自形結晶も必ず採れる。

4. 産出鉱物

 (1)若林鉱【WAKABAYASHILITE:[(As,Sb)6S9][As4S5]】
     レモン黄色の六角細柱状〜針状〜毛状結晶の集合で石英や雄黄の晶洞の中に産する。
    加藤博士の「硫化鉱物読本」によれば、『 合成実験の結果砒素(As):アンチモン(Sb)は
    11:1で、化学組成の変化幅は小さい 』
     ( 逆に言えば、生成条件が限られ、”希産”ということ )
     若林鉱の大きな特徴は、「 可撓性(かとうせい)顕著 」 にある。つまり、折り曲げても
    折れない性質がある。
     今回私が採集した細柱状結晶の場合、外観だけではほかの鉱物種と紛らわしく区別し
    難く、さりとてり曲げてみる”勇気”もない。この写真の近くに、”U字型”に折れ曲がった
    結晶があることで、自信を持って鑑定できた。

     若林鉱

 (2)鶏冠石【REALGAR:As4S4
     鶏のトサカに色が似ていることからつけられた和名で、殆どは、皮膜状やへき開面で
    産出するが、石英の晶洞に赤色短柱状自形結晶で産するものがある。

     鶏冠石【頭付き自形結晶】

 (3)石黄(せきおう)/雄黄(ゆうおう)【ORPIMENT:As2S3
     黄金色〜灰黄色で樹脂光沢を示す。鶏冠石と球果をなすケースでは、錐(庇)面が発達
    した柱状結晶として産出する。鶏冠石の分解物として産するものは粉末状とされる。

     雄黄(石黄)

 (4)輝安鉱【STIBNITE:Sb2S3
     石英の中に、鉛灰色、金属光沢、細柱状のへき開き面がみられる。まれに
    晶洞の中に、柱状〜針状の自形結晶も見られることがある。
     表面を黄安華が覆っている場合もある。
     「若林鉱」の化学組成を見れば解るように、「輝安鉱」が道しるべの役割を果た
    すようだ。

     輝安鉱【自形結晶】
 (5)重晶石【BARITE:BaSO4
     白色、半透明、薄板状結晶が網目状に母岩に入っている。「抜け殻石英」の
    ような外観だが、硬度が低く(2.5-3.5)、ピンセットなどで突っつくと、簡単にへき開
    するので鑑定できる。

     重晶石
 (5)硫酸鉛鉱【ANGLESITE:PbSO4
     透明、ガラス光沢の薄い細い板状結晶で石英の晶洞の中に産する。

     硫酸鉛鉱

5. おわりに

 (1) 「若林鉱」の自力採集は、永年の夢であった。今回採集した標本は、図鑑にある
    ような、”黄金色毛状結晶の集合”からはほど遠いものだが、採集できたことに
    意義があると思っている。

     産出ポイントや産状をアドバイスしてくれた東京の石友・Mさんに厚く御礼申し
    上げる。

 (2) 晶洞の中に佇立する真紅の鶏冠石は、非常に綺麗である。
    しかし保管・取扱いには注意が必要とされている。

     @日光にあたると石黄に変化するため、黒い紙に包んで保管。
     A亜ヒ酸ほどの猛毒ではないが、砒素(As)を含むため、取り扱いに注意。

 (3) ”ORPIMENT ” の和名は「雄黄(ゆうおう)」に固まった感あり。
     10年ほど前まで、鉱物図鑑(日本の鉱物)や書籍(鉱物採集フィールドガイド)
     によっては ”ORPIMENT ” の和名を「石黄」あるいは「雄黄(石黄)」として
     いるものがあった。
      しかし、ここ1、2年で発行された「日本産鉱物型録」や「鉱物種一覧」では
     「雄黄」で統一されている。

      ”ORPIMENT ” を巡っては、次のような議論があったことが忘れ去られる日も
     そう遠くなさそうだ。

      益富先生は「正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究」に、”雄黄(ゆうおう)と
     雌黄(しおう)”の1節を設けて、混乱に至った経過と正しい使い分けを記述している。
      それによると、

      『 漢薬の雄黄=鶏冠石【REALGAR:As4S4】、雌黄=石黄【ORPIMENT:As2S3
       である。
        和田維四郎著・日本鉱物誌第1版(1904年)では、ORPIMENT=雄黄と和訳した。
       この誤りに気づき日本鉱物誌第2版(1916年)では、ORPIMENT=石黄とした 』

       ( しかし、「日本鉱物誌第1版(1904年」を読むと、既にORPIMENT=石黄と
        なっており、第2版、第3版(1947年)も同様である。益富先生の勘違い?・・・・・ )

        これで一件落着かと思いきや、益富先生によれば、『 石黄は、雄黄=鶏冠石
       の別名に過ぎないのだからORPIMENT=石黄とするのは当を得ない 』
 となる。
        しかし、ここまで石黄が定着してから、これを雌黄に替えると新たな混乱を
       招くので、そのままにされた、とある。

        しかし、最近発行された書籍では、 ORPIMENT=雄黄 となっており、これに
       統一された感がある。

        どのような経緯で 「雄黄」 になったのか、私には判然としない。
  

6. 参考文献

 1)地質調査所編纂:日本鉱物誌 B-U,工業技術庁地質調査所,昭和26年
 2)柴田秀賢、須藤俊男:原色鉱物岩石検索図鑑,北隆館,昭和48年
 3)益富地学会館監修:日本の鉱物,成美堂出版,1994年
 4)木下亀城:原色鉱石図鑑,保育社,1989年
 5)益富壽之助:正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究 正倉院の鉱物T
           日本地学研究会館,昭和48年
 6)和田維四郎著:日本鉱物誌第1版,和田維四郎,1904年
 7)福地信世:日本鉱物誌第2版,丸善,1916年
 8)草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1886年
 9)松原 聰:日本の鉱物,株式会社学習研究社,2003年
 10)松原 聰、宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
 11)加藤 昭:鉱物種一覧,小室宝飾,2005年
 12)伊藤 貞市、桜井 欽一:日本鉱物誌第3版,中文館書店,1947年
 13)加藤 昭:硫化鉱物読本,関東鉱物同好会,1999年
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