ここは、過去に3回訪れ、「鶏冠石」「雄黄(石黄)」などこの産地を代表する標本は
入手していたが、この産地の目玉である「若林鉱」は自力で採集できていなかった。
採集できていなかった、と言うより、”採れないだろう”と思い込んで、熱心に
追いかけていなかった。
なぜなら、私が西ノ牧鉱山を知るきっかけとなった、草下先生の「鉱物採集フィール
ドガイド」に、次のように書かれているからである。
『 非常にめずらしい鉱物としては、鶏冠石、石黄を含む石英脈に伴って、空隙に鮮
黄色の細い針状、または毛状の鉱物・・・・・・・・・これは若林鉱といって、世界で初
めてこの西ノ牧鉱山から発見され・・・・・・・・。
残念ながら最近ではほとんど産出を断ち、公害防止工事が行われた現在では、
採集不可能といわれているのが、なんとも口惜しい 』
この本が書かれた今から25年前ですらこのような状態だったのだから、現在では難しい
だろう、と思う反面、何とかして採集しよう、という気力も湧き上がってきて、今回の訪山
となった。
鶏冠石や石黄を含む母岩を持ち帰り、洗浄し、小割しながらルーペや実体顕微鏡で
確認する作業を繰りかえし、ようやく2個体、「若林鉱」の標本を確認できた。
『 行っても採れる保証はないが、行かなければ絶対に採れない 』
産出ポイントや産状をアドバイスしてくれた東京の石友・Mさんに厚く御礼申し上げる。
( 2007年5月採集 )
『 昭和特殊鉱業(株)が昭和22年(1947年)より、鶏冠石・雄黄を採掘。
鉱石は、安山岩中脈状をなす鶏冠石 』
しかし、現地のズリで私が確認した鶏冠石や石黄の産状は次の通りで、「日本鉱産誌」
の記述以外の産状も見られる。
(1) 石英脈の晶洞に鶏冠石が自形結晶をなす。輝安鉱や黄鉄鉱などの硫化鉱物と
その2次鉱物を伴うことがある。
(2) 石英や珪質岩(変質した安山岩か?)に脈状をなす。黄鉄鉱などの硫化鉱物の
ほか、重晶石を伴うことがある。
(3) 粘土脈に球顆状をなす。その断面は、周囲が雄黄、中心部が鶏冠石の同心円を
なしたり、くさび状の雄黄が入り組んでいる場合もある。中心には硫化鉱物(酸化
して黒変したもの)がみられることもある。
鶏冠石の美品は(1)、雄黄は(3) そして「若林鉱」は、(1)か(3) で得られる。
採集方法は、ここの目玉の「若林鉱」を狙うなら、(1)か(3)を探し、割ってみて、ルーペや
実体顕微鏡で晶洞部分を観察する。
このようにすれば、”外道”で、鶏冠石の頭付き自形結晶も必ず採れる。
(2)鶏冠石【REALGAR:As4S4】
鶏のトサカに色が似ていることからつけられた和名で、殆どは、皮膜状やへき開面で
産出するが、石英の晶洞に赤色短柱状自形結晶で産するものがある。
(3)石黄(せきおう)/雄黄(ゆうおう)【ORPIMENT:As2S3】
黄金色〜灰黄色で樹脂光沢を示す。鶏冠石と球果をなすケースでは、錐(庇)面が発達
した柱状結晶として産出する。鶏冠石の分解物として産するものは粉末状とされる。
(4)輝安鉱【STIBNITE:Sb2S3】
石英の中に、鉛灰色、金属光沢、細柱状のへき開き面がみられる。まれに
晶洞の中に、柱状〜針状の自形結晶も見られることがある。
表面を黄安華が覆っている場合もある。
「若林鉱」の化学組成を見れば解るように、「輝安鉱」が道しるべの役割を果た
すようだ。
産出ポイントや産状をアドバイスしてくれた東京の石友・Mさんに厚く御礼申し
上げる。
(2) 晶洞の中に佇立する真紅の鶏冠石は、非常に綺麗である。
しかし保管・取扱いには注意が必要とされている。
@日光にあたると石黄に変化するため、黒い紙に包んで保管。
A亜ヒ酸ほどの猛毒ではないが、砒素(As)を含むため、取り扱いに注意。
(3) ”ORPIMENT ” の和名は「雄黄(ゆうおう)」に固まった感あり。
10年ほど前まで、鉱物図鑑(日本の鉱物)や書籍(鉱物採集フィールドガイド)
によっては ”ORPIMENT ” の和名を「石黄」あるいは「雄黄(石黄)」として
いるものがあった。
しかし、ここ1、2年で発行された「日本産鉱物型録」や「鉱物種一覧」では
「雄黄」で統一されている。
”ORPIMENT ” を巡っては、次のような議論があったことが忘れ去られる日も
そう遠くなさそうだ。
益富先生は「正倉院薬物を中心とする古代石薬の研究」に、”雄黄(ゆうおう)と
『 漢薬の雄黄=鶏冠石【REALGAR:As4S4】、雌黄=石黄【ORPIMENT:As2S3】
雌黄(しおう)”の1節を設けて、混乱に至った経過と正しい使い分けを記述している。
それによると、
である。
和田維四郎著・日本鉱物誌第1版(1904年)では、ORPIMENT=雄黄と和訳した。
この誤りに気づき日本鉱物誌第2版(1916年)では、ORPIMENT=石黄とした 』
( しかし、「日本鉱物誌第1版(1904年」を読むと、既にORPIMENT=石黄と
なっており、第2版、第3版(1947年)も同様である。益富先生の勘違い?・・・・・ )
これで一件落着かと思いきや、益富先生によれば、『 石黄は、雄黄=鶏冠石
の別名に過ぎないのだからORPIMENT=石黄とするのは当を得ない 』 となる。
しかし、ここまで石黄が定着してから、これを雌黄に替えると新たな混乱を
招くので、そのままにされた、とある。
しかし、最近発行された書籍では、 ORPIMENT=雄黄 となっており、これに
統一された感がある。
どのような経緯で 「雄黄」 になったのか、私には判然としない。