日本鑛物趣味の会 1938年版 「日本鉱物資源標本」

     日本鑛物趣味の会 1938年版 「日本鉱物資源標本」

1. 初めに

    2010年3月、技術コンサルタントとして千葉県の電子部品メーカーさんに単身赴任した。
   2週間もすると、仕事の”勘”と単身赴任生活の”ペース”を取り戻し、赴任翌週の週末から、
   あちこちに出掛ける余裕がでてきた。

    しかし、週半ばに鉱物産地には雪が降ったりしてフィールドでのミネラル・ウオッチングは
   難しい週末が多い。そこで、千葉県周辺の骨董市を巡って、鉱物標本や水晶関連品などを
   ”現金採集”することにした。

    2010年4月初旬、ある骨董市を妻と訪れると、中年女性のお店に、『日本鉱物資源標本』
   が置いてあった。日本鑛物趣味の会が1938年(昭和13年)に製作したことが、一緒に付属
   している『標本 解説』から読み取ることができた。すぐさま、標本を小脇に抱えて確保!
   気になる価格は、○千円、と驚くほど安い。店主の言い値で買っては、”骨董通”の恥とばか
   りに、値引き交渉すると千円値引いてくれ、1つの標本が30円ほどで、まさに”掘り出し物”
   だった。

    ご承知のように、「日本鉱物趣味の会」は、昭和1932年(昭和7年)に益富 壽之助先生が
   創設されたアマチャ鉱物愛好家から、長島乙吉先生や桜井先生などの”セミプロ”そして大
   学の鉱物学の先生まで、幅広い会員が参加していた。

    今回入手したものは、1938年(昭和13年)に製作された鉱物・岩石120種が30種ごとに
   4段の木箱に入った組標本だ。

    じつは、『日本鉱物資源標本』の1941年(昭和16年)バージョンを5年ほど前の2005年6月
   に○万円の大枚をはたいて入手し、すでにHPに紹介した。

    ・雲山(ウンサン)金鉱の金鉱石
     ( Gold Ore of Unsan Gold Mine , North Korea )

    益富先生がかかわって製作した『日本鉱物資源標本』には、少なくとも2つのバージョンが
   あることが明らかになった。一緒に付属している『標本 解説』の中身も違い、当然、120種の
   構成・産地も違う。

    2つのバージョンを製作する間に、日本国、あるいは「日本鉱物趣味の会」を取り巻く環境
   にどんな変化があったのか、少し調べてみた。
   ( 2010年4月 現金採集 )

2. 入手の経緯

    2010年4月、ある骨董市を妻と訪れて、会場を”ザーッ”と一巡した後、細かく探したら奥ま
   ったエリアのテント張りの店の中に、外国産の水晶原石と並んで、日本鑛物趣味の会製作
   「日本鑛物資源標本」が置いてあった。
    飛びついて買った理由は、

    @ 標本1つ、ひとつにラベル代りに番号数字を印刷した小さな丸い紙が貼り付けられてい
       る。
       欠品が1つ、とあったが実は2つ。「秋田県川原毛」と「岩手県松尾鉱山」産の「硫黄」
       なので、後で補充が可能
    A 『標本解説』が付属し、産地が明らかで、標本の特徴が解説してある。
    B 益富先生の調製された組標本
    C 格安!!

        
               K神社                T八幡宮
                         骨董市

3. 日本鑛物趣味の会製作・「日本鑛物資源標本」

 (1) 内容
      今回入手した『日本鑛物資源標本』を写真で紹介する。

      


 杉材と思われる厚さ1cmの
板を組み合わせて、蓋(フタ)に
している。

 表面に、横11cm、縦4.6cmの
ラベルが貼り付けてある。


   THE COLLECTION
        OF
JAPANESE ECONOMIC MINERALS

   日本鑛物資源標本










 蓋(フタ)


     


 1箱に30標本、4つの箱で
合計120種の鉱物が収納さ
れている。


 標本は、綿をひいたマスの
仲に並べられている。
 砂金や自然金などは、2重の
ガラス瓶に収納されている。

 標本には、標本番号を示す
数字を印刷した小さな丸い紙が
貼り付けてある。















 日本鑛物資源標本 120種


     

     

  日本鑛物資源標本
     解  説

 1938 は、発行年を指す
と思われる。
 1938年(昭和13年)

      製作所
   日本鑛物趣味の会

 とあり、益富先生がこの標本の
製作・発行にかかわったことが判る。

 本文16ページに表紙と
裏表紙がついた解説書

 鉱物名の先頭に番号が捺印
してあり、標本の番号と照らし
合わせると、「標本が何か」が
分かるようになっている。
 標本1つ、ひとつに詳しい解説が
ついている。いわば、ラベルに
相当する。

『ラベルのない標本は価値がない』

 標本解説の表紙


4. 2種の「日本鑛物資源標本」比較

    益富先生がかかわった「日本鑛物資源標本」には、2005年に入手した1941年(昭和16年)
   版と今回入手した1938年(昭和13年)版の2つのバージョンがあることが明らかになった。

 (1) 2種の「日本鑛物資源標本」概要
      項目別に、2つのバージョンについて、下の表に対比してみた。

      項    目 1938年
(昭和13年)版
1941年
(昭和16年)版
「標本解説」の発行年月日 1938年
(昭和13年)
月日不明
2601年
(紀元2601年)
(1941年,昭和16年)
10月25日印刷
11月1日発行
発行所 日本鑛物趣味の会 日本鉱山科学研究所
製作所 日本鑛物趣味の会
京都市上京区烏丸通鞍馬口上ル
金属社
東京都麹町区麹町
標本数 120種 120種
マスの大きさ 横37mm×縦46mm
(1寸2分×1寸5分)
横36mm×縦45mm
(1寸2分×1寸5分)
マスの深さ 21mm
(7分)
21mm
(7分)
1つの箱の標本数 30 30
1つの箱の
マスの配列
6行5列 5行6列
再確認要する

      製作・発行年が違うだけでなく、製作所や発行所の名称も違う。ただ、標本箱としての
     仕様(スペック)は同じで、益富先生の考え方が貫かれていた、と考えられる。

 (2) 中身の違いは?
      2つの「日本鑛物資源標本」の中身はどこが違うのだろうか。2つの標本の『金銀鑛石』
     の部分を下表に示す。

      【1938年版】

No区分標本 産地  説明
1 金銀鑛石 自然金 岐阜県大野郡大湧金山 粘土[金通]中に樹枝状
リボン状をなして産す
2 砂金 天塩国天塩川砂金地 小粒又は燐片状をなす
3 金鉱 岩手県玉山金山 高温型(所謂老脈)の金鉱なり。
偶々大なる金粒を見るも
含金不同にして、平均品位低く
4 金銀l鉱 静岡県河津鉱山 銀黒と称する黒色部に銀は
輝銀鉱Argenititeとして
金はその中に微粒をなして含まる。
5 金銀l鉱 兵庫県竹野鉱山 特に氷長石を多く伴う石英質
金銀鑛なり
6 金銀l鉱 大分県馬上鉱山 金十萬分台、銀は濃紅銀鉱
として存するものゝ如し
7 金鉱 鹿児島県赤石(アケシ)鉱山 多孔質の鉱染鉱床にして
孔内に硫黄を胚胎す
萬分台の金を含有し、
銅藍を伴うことあり
8 テルル金銀l鉱
(シルバニア鑛)
石狩国手稲鉱山 金はテルル元素と化合し
シルバニア鑛となりて
自然テルル中に微粒を
なして含まれる

      【1941年版】

No区分標本 産地  説明
1金銀鑛石金鉱平安北道雲山鑛山石英脈中に硫化鉱物と共に含金す
2金銀鑛静岡県河津鑛山銀黒の中に微粒の金
3金銀鑛大分県宇佐鑛山馬上鉱山に準ず
銀は濃紅銀鉱
4金銀鑛兵庫県竹野鑛山氷長石を多く伴う
5金鑛鹿児島県赤石(あけし)鑛山多孔質鉱染鉱床
6テルル金銀鑛北海道手稲鑛山シルバニア鑛
7自然金岐阜県大平金山樹枝状、リボン状をなす
8砂金北海道天塩川小粒、鱗片状

      違いを際立たせるため、鉱物種別に、2つのバージョンの産地を対比してみた。そうす
     ると、金銀鉱石8種の内、産地が変わっている鉱物種が3つあることが解る。

No 鉱物種  1938年版 産地  1941年版 産地
1 金鉱 岩手県玉山金山平安北道雲山鑛山
2 金銀鑛 大分県馬上鉱山大分県宇佐鑛山
馬上鉱山に準ず
3 自然金 岐阜県大野郡大湧金山岐阜県大平金山
4 金銀鑛 静岡県河津鉱山 静岡県河津鑛山
5 金銀鑛 兵庫県竹野鉱山 兵庫県竹野鑛山
6 金鑛 鹿児島県赤石(アケシ)鉱山 鹿児島県赤石(あけし)鑛山
7 テルル金銀鑛
(シルバニア鑛)
石狩国手稲鉱山 北海道手稲鑛山
8 砂金 天塩国天塩川砂金地 北海道天塩川

 (3) なぜ、違うのか?
      一言でいえば、『1938年版の標本解説にある産地の標本が入手困難になり、新しい産
     地のもので代用せざるを得なかった』
、ということだろう。

      もともと、「日本鑛物資源標本」の「標本解説」の構成が、ある鉱物種に複数の産地を
     印刷しておき、入手できた産地の標本に合わせて、標本番号を捺印していく、”カタログ”
     方式になっていた。

      

      上の「輝安鉱」の例で説明すると、産地として、@市ノ川 A中瀬鉱山 B神戸鉱山 の
     3か所とその産状が予め印刷されている。
      入手できたのが、「市ノ川鉱山」のものだったので、その行の先頭に標本番号「23」を
     捺印して、標本と対応がとれるようにした。
      その下の産地に、標本番号「24」を捺印したが、間違っていたらしく”消した跡”がある。

      わずか3年の間に、標本産地を変えなければならなかった理由には、日本国、個別の
     鉱山そして「日本鑛物趣味の会」を取り巻く環境に大きな変化があったと推測する。

       1) 日本の10年
           昭和10年(1935年)から昭和20年(1945年)まで、私が生まれる前の10年間
          は、『戦争に明け暮れた1デケード』だった。
           昭和11(1931年)2月26日の”2.26事件”の前から軍部・右翼が台頭し、暴走し
          た陸軍により昭和12年(1937年)7月7日、「盧溝橋」付近での小競り合いから日
          中戦争が勃発、泥沼の様相を呈していく。
           四面楚歌状態の日本は、ついに昭和16年(1941年)12月8日、アメリカ、イギリ
          スに宣戦布告、開戦1年もたたぬ昭和17年(1942年)7月、ミッドウエー海戦での
          完敗を機に、負け戦に次ぐ負け戦で、ついに昭和20年(1945年)8月15日、敗戦
          を迎えた。

           ここまでに至る過程を、私の別な趣味、郵便切手・絵葉書の世界から眺めて見
          よう。

     

 昭和12年、それまでの
大正ロマンの雰囲気が
ただよう「田沢切手」に
代えて乃木大将や東郷元帥
など軍人の肖像を含む
「第1次昭和切手」を発行
した。

 この年の年賀状をみると
「日の丸」を描いた図柄が
異常に多いことに気づく。
 写真もその1つで、雪に
包まれた村の藁葺き屋根の家
全部が「日の丸」を掲げて
いる”異様”な光景だ。









 「日の丸」を描く年賀状


     

 翌昭和13年8月の消印の
ある葉書には、日の丸の
下に、太い字で
次のように書いてある。

 『 皇軍の労苦を偲び
  職務に励みませう 』

 皇軍とは、前の年昭和12年
7月に勃発し、泥沼状態になり
はじめた日中戦争の軍隊を
さしている。
 『労苦』を素直に読めば
この戦争が容易なものでは
ことが読み取れたはず。

 消印(=発信地)は、秋田
県大館市で、地方の小さな
都市まで”異様な雰囲気”に
包まれ始めていたようだ。




 「皇軍の労苦・・・」を謳う葉書


     

 この後、昭和15年(1940年)に
まるで何かにとり憑かれたように
『紀元2600年』を国を挙げて祝う。

 ”ゼロ戦”という優れた戦闘機が
あったが、これは紀元2600年、
つまり”ゼロ年”に制定されたから
名付けられたらしい。

 翌昭和16年12月8日、日本は
米英に対して宣戦を布告する。

 今になって思うに、当時の日本は
”破れかぶれ”の状態だったの
だろう。











 日米開戦の日の葉書


           なぜなら、「日本国勢図會(昭和16年版)を読むと、『力なり』、とされる鉄の生
          産量はアメリカの1/10しかないのだ(つまり桁違い)。10倍も力が違う相手と戦
          おうというのは、今になって思えば”正気の沙汰”ではなかったのだ。
           ( 体重が3倍<しか>違わない”横綱”に相撲で勝てるとは誰も思わないはず )

          
                  各国の鉄鋼の生産量
             【日本国勢図會(昭和16年版)から引用】

           このような訳で、開戦の前の年、昭和15年【1940年)、鉄類の70%、石油の80%
          をアメリカからの輸入によって賄っていたのだ!

           昭和16年7月、アメリカ、イギリス、オランダは、日本の海外資産を凍結、8月、
          アメリカは石油の対日輸出を禁止するななど、『経済封鎖』を行った。

       2) 鉱山を取り巻く情勢
           このように、資源鉱物の大部分をアメリカなどからの輸入が可能だった昭和16
          までと、敗色が濃くなり太平洋戦争で侵略した南方からの輸送が途絶えがちに
          なった昭和18年以降、鉱山に対する国の基本姿勢も大きく変わらざるを得なか
          った。

           昭和12年(1937年)から国(政府)は、金増産奨励策をとった。「金準備評価法」
          で、金の価格を3倍に引き上げ増産を図った。これは、日中戦争の拡大で、増大
          した輸入の対外決済に多量の金が必要になったからだ。
           金鉱山業、金精錬業に対する奨励金の交付、産金業に必要な資材の輸入の
          税免除などの特典を与え金の増産を奨励した。
           朝鮮最大の産金量を誇った雲山金山アメリカの会社が経営していたが、「外国
          資本の経営に放任することは、戦時日本の産金政策上好ましくない」、として、昭
          和14年7月、日本鉱業が買収すると発表し、翌年には操業を開始した。これで、
          朝鮮における外国人経営金山は完全に姿を消した。
           昭和18年、海外との貿易取引が難しくなると決済手段としての金は全く価値の
          ないものになった。一方、銅・鉄・亜鉛そして石炭などの資源鉱物は国内産だけ
          で賄わなければならなくなり、極端に不足する事態になった。

           昭和17年に発行された額面2銭の第2次昭和切手は「木船(木造船)」を描く
          ほど、鉄などの金属が不足していた。
           お寺の鐘、学校にあった二宮金次郎の銅像など、金気のものは”供出”させら
          れた。

            木造船を描く2銭切手

           昭和18年、「金山整備令」を発し、金山の設備、人員を銅鉄石炭鉱山へシフト
          させ、金山のほとんどが休止状態になった。健康な男子は兵隊として海外に行
          き、鉱山で働く人も不足し、学生などを動員しても足りず、中国・朝鮮の人たち
          を連行して働かせるほどだった。

           このような背景を踏まえ、「金銀鉱石」の部で産地が変わっている3つの鉱山を
          見てみよう。

         (1) 岩手県玉山金山→朝鮮・雲山鑛山
              玉山金山のものは、昭和13年の標本解説に「含金不同にして、平均品位
             低く・・・」、とあり、昭和16年版では、昭和15年に日鉱のものになり量的に
             豊富な雲山鑛山のものに切り替えたのだろう。
              また、長島乙吉氏が、この当時朝鮮・満州などを回っていたことも関係して
             いるかも知れない。

         (2) 大分県馬上鉱山→大分県宇佐鑛山
              昭和13年版に「金十萬分台、銀は濃紅銀鉱・・・」、とある。馬上金山は
             名前は知られている割に鉱物標本を見るのは今回が初めてだ。昭和16年
             版のときには、産状が似た同じ大分県の宇佐鑛山のものにし、標本説明書
             にわざわざ、「馬上鉱山に準ず」、と入れたのだろう。

         (3)  岐阜県大湧(おおわく)金山→岐阜県大平(おおひら)金山
              2重の管ビンに入った大湧金山の自然金を妻に見せると「リボンみたい!」
             というほど見事な自然金だ。標本解説に「・・・樹枝状、リボン状をなして産す」
             とある通りで、こんな立派な標本がいつまでも採れるはずもなく、同じ
             荘川村にあった大平金山のもので置き換えたのだろう。

           ここでは、「金銀鉱石」についてのみ検証したが、ほかにも同じような鉱物が
          少なくないだろう。

       3) 「日本礦物趣味の会」の変貌
           昭和13年版では、製作・発行ともに「日本鉱物趣味の会」になっていたが、3年
          後の昭和16年版では、製作・東京都麹町区麹町 金属社、発行・日本鉱山科学
          研究所に変わっている。
           昭和13年版の「標本解説」には編纂者などは何も記されていないが、昭和16年
          版の「説明書」には、『編纂者 鉱山科学研究所長 日本礦物趣味の会 益富
          壽之助、発行所 日本鉱山科学研究所』
、と書かれている。『昭和16年(1941年)
          10月25日印刷 昭和16年(1941年)11月1日発行』
とあり、日米開戦のまさに1ケ
          月ほど前に発行されたことを示している。

           編纂者の益富先生の肩書は、『日本礦物趣味の会』の前に『鉱山科学研究所長』
          と付け加えられており、”趣味”で鉱物標本を作製するなど許される雰囲気にな
          かったのだろう。
           益富先生が昭和17年4月から19年4月まで「地殻の科学」を発行し、その創刊
          号を入手したことはHPで紹介した。

          ・山梨県安都那(あつな)の普通輝石
            ( AUGITE from Atsuna , Yamanashi Pref. )

           益富先生の発刊の辞を読むと、戦争遂行に協力する並々ならぬ決意が読みと
          れる。
           その当時の雰囲気を知らない後生のものが、益富先生の行為をあれこれ言う
          のはお門違いだろう。かの桜井先生も、戦争末期の昭和19年、『軍需鉱物資源
          肉眼鑑定法』
を出版し、その中で「・・・・・一人でも多くの人が、鉱物の鑑識眼を
          備へて、国家非常のこの際に、重要鉱物資源探査に努力する。これこそ戦力増
          強―重要鉱物資源開発―への1つの主要な基礎的歩みである、と私は考える」
          と述べているほどなのだ。

5.  おわりに

 (1)  ラベルのない鉱物標本
      2005年、昭和16年版の「日本鑛物資源標本」を入手したときは、これが最初で最後だ
     と思っていた。
      今回、昭和13年版を入手し、益富先生の「日本鑛物資源標本」には、少なくとも2つの
     バージョンがあることが明らかになった。
      幸い、それぞれ、「標本解説」と「標本説明書」という、ラベルに代わる詳しい標本につい
     ての説明書きがあり、多少配置が違っていた標本のリコンストラクションも間違えることな
     くできた。

      金銀鉱石の部にある8種の内3種の産地が違っており、まだ調べ切れていないが、全体
     では相当違っていることが予想される。もともと、属(Family)の中のいくつかの鉱物種か
     ら選んだり、「黄銅鉱」や「輝安鉱」などは1つの鉱物種を複数の産地から選ぶ方式で120
     種が揃えてある。これから考えると、それぞれのバージョンにも細かい差異がありそうだ。
     そうだとすると、ラベルがなければ、鉱物種や産地の同定は不可能だ。

      先人が、『ラベルのない鉱物標本は価値がない』、と言われる理由が改めて納得できた。

 (2) 「所かわれば・・・・・・」
      千葉に来て3週間が過ぎた。すでに「日本産鉱物50種」を完集し、気が抜けたわけでも
     ないが、これまで、フィールドには全く行かず、千葉県周辺の骨董市、博物館そして古書
     店などを巡って、面白い品々を入手している。
      まさに、「所変われば品変わる」で、今回の「日本鉱物資源標本」は、山梨では入手で
     きなかっただろう。
      単身赴任のメリットはこれだけでなく、朝夕、片道2.5kmを歩いて通勤するようになって
     妻からは「身体が締まった」と言われるほどだ。
      今週末には、久々のミネラル・ウオッチングを計画しており、”リハビリ効果”が早速試さ
     れそうだ。

6. 参考文献

 1) 日本鑛物趣味の会:日本鑛物資源標本 解説,同会,昭和13年
 2) 朝鮮総督府地質調査所編:朝鮮鉱物誌,三省堂,昭和16年
 3) 益富 壽之助:日本鑛物資源標本 説明書,日本鉱山科学研究所,昭和16年
 4) 矢野 恆太、白崎 享一:日本国勢図会(昭和16年版),国勢社,昭和15年
 5) 桜井 欽一:軍需鉱物資源肉眼鑑定法,柁谷書院,昭和19年

6. 付録

                 1941年版「日本鑛物資源標本」

No区分標本 産地  説明
1金銀鑛石金鉱平安北道雲山鑛山石英脈中に硫化鉱物と共に含金す
2金銀鑛静岡県河津鑛山銀黒の中に微粒の金
3金銀鑛大分県宇佐鑛山馬上鉱山に準ず
銀は濃紅銀鉱
4金銀鑛兵庫県竹野鑛山氷長石を多く伴う
5金鑛鹿児島県赤石(あけし)鑛山多孔質鉱染鉱床
6テルル金銀鑛北海道手稲鑛山シルバニア鑛
7自然金岐阜県大平金山樹枝状、リボン状をなす
8砂金北海道天塩川小粒、鱗片状
9銅鑛石黄銅鉱秋田県尾去沢鑛山俗称:菜種ノ
10黄銅鉱石川県尾小屋鉱山網状脈
11黄銅鉱秋田県花岡鉱山黒鑛
12黄銅鉱愛媛県別子鉱山金銅硫化鉄鉱鉱床
13含銅硫化鉄鉱愛媛県別子鉱山前者の銅分鮮少なるもの
14斑銅鉱徳島県東山鉱山俗称:紫蘇ノ
15硫砒銅鉱台湾金瓜石鉱山金銀を含む
16鉛・亜鉛鑛石方鉛鉱岐阜県神岡鑛山ヘディンベルグ輝石を伴う
17閃亜鉛鉱岐阜県神岡鉱山方鉛鉱と同じ産状
18方鉛鉱及閃亜鉛鉱宮城県細倉鉱山裂罅充填鉱床
19黒鉱秋田県花岡鉱山方鉛鉱、閃亜鉛鉱に富める
20錫鑛石錫石(砂錫)岐阜県苗木町・蛭川村黄玉、苗木石を伴う
21錫石兵庫県明延鉱山鉄重石と共に石英脈中にあり
22アンチモン鑛石輝安鉱愛媛県市ノ川鉱山石墨片岩中の裂罅に鉱脈をなす
23輝安鉱奈良県神戸鉱山粘土中に黄鉄鉱叉は石英と共出
24蒼鉛鑛石自然蒼鉛兵庫県生野鉱山銅の鉱脈中に産す。屡々輝蒼鉛鉱を伴う
25砒鑛石自然砒福井県赤谷鉱山金米糖状
26硫砒鉄鉱(毒砂)兵庫県琢美鉱山塊状
27硫砒鉄鉱愛知県稲目鉱山粘土中に小なる結晶
28鶏冠石群馬県西牧鉱山雄黄を伴うことあり
29水銀鑛石辰砂奈良県大和水銀鉱山鉱染状叉は網状
30アルミニウム鑛石ボーキサイト南洋ポナペ島豆状、円柱状
31ボーキサイト蘭領東印度鉄分を夾雑
32明礬石全羅南道玉埋山鉱山カリを含み
33明礬石静岡県田方郡ソーダ分多くカリ分少き故
前者より不利
34燐酸鉄礬土鑛沖縄県北大東島アルミニウム及燐の資源
35礬土頁岩満州国復州炭鉱石炭層の下層に存する
36マグネシウム鑛石菱苦土石(マグネサイト)満州国官馬山石灰岩中に層をなす
微紅色を帯ぶ
37菱苦土石咸鑛(鏡?)北道暘谷白色なり
38鉄鑛石磁鉄鉱長野県大日方鉱山強磁性を有し鉄粉を吸着す
39磁鉄鉱満州国弓張嶺鉄山縞状の磁鉄石英片岩をなす
40砂鉄山陰地方砂鉱
41赤鉄鉱岩手県仙人鉱山雲母鉄鉱
42赤鉄鉱馬来半島スリメダン鉱山交代鉱床
43赤鉄鉱満州国大象山燐分低き純良鉱
44褐鉄鉱黄海道ニ浦鉱山葡萄状、腎臓状をなす
45マンガン鑛石軟マンガン鉱北海道目津府(めっぷ)鉱山団塊状をなす
46硬マンガン鉱高知県穴内鉱山菱マンガン鉱、バラ輝石を伴う
47緑マンガン鉱滋賀県梅ノ木鉱山直ちに褐変す
48菱マンガン鉱滋賀県梅ノ木鉱山炭マン
49クロム鑛石クロム鉄鉱北海道日東鉱山蛇紋岩中に産す
50クロム鉄鉱鳥取県若松鉱山蛇紋岩中に産す
51ニッケル鑛石紅砒ニッケル鉱兵庫県夏梅鉱山紅色を帯たる真鍮色を呈す
52硫砒ニッケル鉱兵庫県夏梅鉱山鉛灰色
53含ニッケル磁硫鉄鉱長野県天龍鉱山磁硫鉄鉱時に黄銅鉱中に含む
54ニッケル角閃岩京都府大江山鉱山蛇紋岩中に含む
55泥ニッケル鉱兵庫県大屋鉱山ニッケル蛇紋岩の風化分解せるもの
56タングステン鑛石鉄マンガン重石京都府鐘打鉱山黒色板状
57鉄重石兵庫県生野鉱山銅鉱に伴い薄き葉片状
58灰重石山口県大宝(金越)鉱山飴色なり
59モリブデン(水鉛)鑛石輝水鉛鉱岐阜県白川鉱山石英脈中に板状をなして散布す
60輝水鉛鉱岐阜県洞戸鉱山接触変質鉱床
61白金鑛自然白金、イリドスミン北海道雨龍川河底叉は海岸の砂礫層中
62硫酸鑛黄鉄鉱岡山県柵原(やなはら)鉱山塊状をなす
63硫黄鑛硫黄北海道知床硫黄鉱山溶融硫黄
64硫黄秋田県川原毛火山の噴気孔に
昇華せる鉱染鉱床のもの
65硫黄岩手県松尾鉱山火山の噴気孔に
硫化鉄鉱と共出
66燐鑛燐鑛(グアノ)沖縄県沖大東島(ラサ島)珊瑚礁の岩頸間に堆積す
67弗酸鑛蛍石黄海道下聖鉱山外観珪石叉は石灰岩に類似す
68蛍石中国広東省
69窯業原料鑛物ノ一
(耐火煉瓦)
耐火粘土
(木節粘土)
岐阜県多治見町石炭層の下盤に沿い層状をなす
70復州粘土満州国復州炭鉱炭層の下盤に層状をなす
71ヂアスポル岡山県三石礦山眼玉石と俗称す
72蝋石岡山県三石礦山石英粗面岩叉は頁岩の一部を交代
73珪線石香川県長尾ペグマタイト中に脈状をなす
74赤白珪石兵庫県大芋村層状をなす
75苦灰石(ドロマイト)愛媛県中津山石灰岩の苦灰石質なるものなり
76苦灰石満州国官馬山灰色にして石灰岩に類す
77黒鉛(石墨)セイロン島葉片状の塊
78ジルコン米国フロリダ砂鉱
79紅柱石京畿道朔寧面ペグマタイト中に産す
80窯業原料鑛物ノ二
(陶磁器及琺瑯)
カオリン
(白陶土)
岐阜県多治見町正長石より化生
81カオリン岡山県三石礦山蝋石と共出
82蛙目(がいろめ)粘土岐阜県土岐口炭層に伴ないて出づ
83カリ長石福島県石川町ペグマタイト脈の一成分をなす
84天草土熊本県天草郡石英粗面岩の分解せるものなり
85窯業原料鑛物ノ三
(硝子)
珪砂和歌山県鉛山(かなやま)地方砂鉱をなし海岸に成層
86白珪石(石英)福島県石川地方ペグマタイト脈をなす
87窯業原料鑛物ノ四
(セメント)
石灰岩東京府五日市町白亜紀層中に層状をなす
88石灰岩岐阜県赤阪町化石を包含する
89風化玄武岩
(天然セメント)
佐賀県唐津市附近石灰を混じセメントを製す
90石灰土石川県七尾化石の遺骸よりなる
91石膏(雪花石膏)秋田県小坂鉱山黒鑛鉱床に接し鑛塊をなす
92燃料及勇気薬品原料鑛物無煙炭山口県大嶺炭坑中生層に挟まる
93瀝青炭(黒炭)福岡県筑豊炭田第三紀層に挟まる
94褐炭宮城県亙理郡地方第三紀層に層状をなす
95石油(原油)新潟県西山油田砂質頁岩層中に潴留せり
96天然アスファルト
(土瀝青)
秋田県槻木鳥巻第四紀層中に不規則なる
塊叉は層をなす
97オイルシェール
(油母頁岩)
満州国部順炭田平均5.5%の油分を含む
98充填料及顔料鑛物重晶石黄海道東南面石灰岩を置換せるもの
99滑石(タルク)満州国安東県粉末とし紙に漉き込む
99凍石満州国青山寺滑石の緻密なるもの
101磁硫鉄鉱岡山県吉岡鉱山紅柄をつくる
102トノコ土京都府山科古生層の粘板岩、砂岩の分解せるもの
103研磨用鑛物金剛砂(柘榴石)奈良県二上村砂鉱
104鋼玉香川県長尾凍石中に紫色の塊をなす
105吸着濾過用鑛物珪藻土島根県西郷町層状をなす
106酸性白土(晒土)新潟県小戸可塑性を欠く
107ベントナイト新潟県川口膨潤土ともいふ
108保温耐熱鑛物アスベスト
(角閃石石綿)
福島県小倉金山脈状をなして産す
109アスベスト
(蛇紋石綿)
関東州和尚山脈状をなす
110電気用鑛物金雲母咸鏡道砲手鉱山六角叉は三角の板状の結晶
111水晶ブラジル 
112光学用鑛物方解石(米州石)満州国媽々街無色透明なるもの
ニコルに使用す
113含希元素鑛物リシヤ雲母(紅雲母)福岡県長垂ペグマタイト中に脈状をなす
114プロトリシオナイト咸北(道)細川洞ペグマタイト中に淡褐色の葉片をなして産す
115ベリル(緑柱石)福島県野木沢村ペグマタイト中に緑色六角柱状の結晶をなす
116モザナイト福島県新屋敷ペグマタイト中叉は附近の河床に出づ
117コルンブ石福島県新屋敷ペグマタイト中に散在し板状の結晶をなす
118恵那石岐阜県福岡村ペグマタイト地方にて砂鉱となりて産す
119褐簾石山口県石井ペグマタイト中に散在す
120燐灰ウラン鉱山口県石井ペグマタイトの裂罅に黄緑色の鱗片状結晶をなす
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