本邦産日本式双晶発表130周年

本邦産日本式双晶発表130周年

1.初めに

  既にHPに掲載した、写真付き切手「山梨県乙女鉱山産双晶」をどう活用するか
 考えていた。

   写真付き切手「山梨県乙女鉱山産双晶」
    ( " My Stamp " with photo of Twins of Otome Mine , Yamanashi Pref. )

  @普通の手紙に貼ってだす。
  A自分宛の手紙に貼って、「使用済み例」として、収集する。
   (戦後の切手乱発の影響で、1970年代以降の未使用記念切手は
    額面以下で取引され、使用済みの方が値段が高い場合がある。)
    「局留」のシステムを使えば、外国宛でも使用例を作成することができる。
  B「山梨県の水晶や双晶」に因むカシェ【Cachet:仏】を印刷した記念封筒を作成し
   それに貼って押印をして記念として配布したり残す。
  C未使用のまま、残す。
   以上のように、4つの活用例が考えられた。

   Bは、封筒に印刷する図案や標語をどうするか、ずっと頭の片隅にあった。
  仙台市の石友・Tさんから送っていただいた「日本式双晶」に関する文献を読んでいると
  2004年は、甲斐國(現山梨県)産の日本式双晶が発表されて130周年に当る、ことを
  知り、迷わずこれに決めた。
(2004年2月情報)

2. 図案と標語

 神津博士が昭和12年(1937年)に岩石鉱物鉱床学誌に掲載した「水晶の
日本式双晶に就て(T)」を読むと、次のような記述がある。

 2.1 海外に於ける日本式双晶の産出
  『日本式双晶と言ふても本双晶が日本のみに限らるゝのではない。1829年に
   S.ch.WeissがDauphineのLa Gardette産の珍しき双晶を記載したが実は其れは
   日本式双晶である。其後1902年にA.Johnsenがこの双晶について記載した時には
   其産地は数へる程しか知られていなかった。1919年にR.Braunsがこの双晶に
   就いて記述した時には其産地は25ケ所であった。1928年F.Heideが日本式双晶を
   論じた時には其産地が30ヶ所以上も知られていたと記している。現在(昭和12年)
   に於いては猶一層産地の数が増して居るだらふとは容易に想像される。

 2.2 日本式双晶の命名
  『日本式双晶なる名称は何人によって始めて提唱されたかは吾々の手元にある
   文献によると、V.Goldschmidtである様である。彼の論文”Quartz-zwilling
   nach r=10"中の173頁の脚注に次の様に書いてある。

   Es Moge dies Gesetz als Japaner Gesetz bezeichnet werden, da Zwillinge
   von dort in grosser Zahl gekommen und in allen Sammlungen zu finden sind.
   Von anderen Funden hat man nur vereinzelte Examplare.

   若し V.Goldschmidt が命名者で此時に始めて発表したものとすれば日本式なる
   呼称は比較的近年で1905年頃である。然し日本産のこの式の双晶が欧州に知られた
   のは遥かに以前で G.Vom Rath は既に1874〜1875年に甲斐の水晶の(1122)による
   心臓形双晶を記載している。
    本図の本である実物は当時函館(Hakodadiと綴ってある)に居った Dr. Mohnicke
   から独逸に送ったもので、 Rath が他の産地の同じ双晶を呈する石英と共に研究した
   ものである。然し此種の双晶の産地は1914年頃迄は他に多く知られないので、多くの
   鉱物標本中には日本産の結晶が一般に見られるとの記載が種々の文献に記されている。
   (Klockmann,1907;Miers,1902;F.Zyndel,1914;etc)

    要するに、日本産此種双晶は既に60年以前(1874年)に、独逸で記載されたが
   日本式双晶と呼ばれるに至ったのは約30年以前(1905年)であると推られる。』

 2.3 図案と標語
   (1)図案
     「岩石鉱物鉱床学」誌には、G.Vom Rath の作画による甲斐國(現山梨県)産
     日本式双晶の投影図が掲載してあり、これを図案として拝借することにした。

   図案

     (2)標語
      1874年に G.Vom Rath が甲斐國産の日本式双晶を発表してから、今年(2004年)で
     丁度130年になるので、「本邦産日本式双晶発表 130周年」とした。
     (”本邦”としたのは、”日本産日本式双晶”では、・・・・・)

3. 記念封筒

   図案と標語をプリンターで印刷し、「写真付き切手」を貼付し、甲府中央郵便局で
  「水晶と水晶玉」を描いた「風景印」と閏年の”16.2.29”の黒い活字の「日付印」を
  押した。

   日本式双晶記念封筒

   エステレル双晶記念封筒

4.おわりに

(1)何とか、写真付き切手「山梨県乙女鉱山産双晶」の記念封筒を作成し、早速以前の
   会社の友人に送りました。
   これから、このような趣味のありそうな石友にお渡しする予定です。
(2)@の普通の手紙に貼ってだすは、千葉県のOさん一家宛に、発送しました。
(3)Aの自分宛の手紙に貼って、「使用済み例」として、次のような封筒を作成した。
   今後、外信便(外国宛の郵便物)も作ってみる予定です。

   自分宛双晶記念封筒

(4)V.Goldschmidt が「日本式双晶」を命名したのは1905年頃とされ、来年(2005年)こそ
   ”日本式双晶命名100年”となり、それまでに、もう少し見栄えのする日本式双晶を
   採集するのが先決のようです。

5.参考文献

1)神津俶祐:水晶の日本式双晶に就て(T)」,岩石鉱物鉱床学誌第17巻第1号,昭和12年
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