(1) 乗船5日目のスタートだ
現地時間1月25日、朝5時前に起きる。デッキに出てみると南極半島から太陽が昇ったばかりだ。天
気は晴れで風も弱く、絶好のクルージング・上陸日和だ。
巨大な卓状氷山(Tabular Icebergs )が、ゆっくりと舷側を流れていく。棚氷の前面から崩れててっぺん
が平坦なので卓状(テーブル型)と呼ばれている。これを見ると、南極にいるんだ、という気持ちが一段
と深まる。
この日のスケジュールは、「船内新聞」によると、『グラハムパッセージのクルージング』と『ポータル
ポイントの上陸とクルージング』で忙しい一日になりそうだ。
6時に操舵室に行くと、南緯64度02分、西経61度22分だから、船はグラハムパッセージに向って、ゆっ
くり進んでいる。
この日の7時ごろの『ブリッジ(操舵室)レポート』から、船の位置、天候などをまとめておく。
日付 時刻 | 緯 度 | 経 度 | 累積航海距離 (海里) (km) | 気圧 (hp) | 風向き・風速 (NM/時) (m/秒) | 気温 (℃) | 日の出 日の入 |
1月25日 | 南 緯 64°11.8′ | 西 経 61°25.2′ | 873 | 993 | 南西 15 | 1 | 4:03 | 午前7時 | ( 1,616.8 km) | 7.7 | 22:30 |
気温は+1℃だが、風が弱いので寒さはそれほど感じない。
海図の上でこのときの位置を確認すると、前日ブラウン・ブラフからアンタークチック海峡を抜け、南極半
島の西海岸に沿って南西に進み、トリニティ島を過ぎて南に針路をとり、シェルパ岬沖でグラハムパッセー
ジ「○」印に向っている。パッセージ(Passage)とは、「水路」の意味だから、海峡よりも狭い海上通路だ。
午後には、目と鼻の先にあるポータル・ポイント「○」印でクルージングと上陸の予定だ。
(2) 『朝飯前のホエール・ウオッチング』
まだ7時前で、7時30分の朝食までは間がある。操舵室でウラジミール一等航海士が「このあたりには
ザトウクジラがいる」と教えてくれたので、『朝飯前のホエール・ウオッチング』だ。そろそろ旅の疲れが
出てきたのか、こんな朝早くに甲板にいる人は少ない。
いつもの、「○時方向にクジラが見えます」、と教えてくれるアナウンスもない。広い海面を見渡してい
ると、クジラの「潮吹き」が見えた。次に見えるであろう位置を予測し、見やすい船べりに移動して待つ。
すると、クジラが浮かび上がり大きな体が見えた。『自力でクジラ発見!!』だ。
(3) 朝食
この日も、2箇所でクルージングと上陸があるので、いつもより早い7時30分から朝食だ。朝食が終わ
るころ、風も無く波も穏やかなので、問題なくクルージングに出発できそうだ。
(4) クルージングに出発
われわれの11班は遅いグループなので、9時05分に4階のザ・クラブに集合だ。いつもは、ゾディアック
に乗り込むだけだが、どのように準備してくれているのか見学した。
ゾディアック・ボートは大きくて重たいので、海面に降ろすときや船に回収するときはクレーンで吊って
いる。これに、エクスペディション・ガイドが乗り込み、舷側のタラップ下か船尾側でわれわれを待ってい
るという段取りだ。
ゾディアックに乗り込む手順にもなれ、クルージングに出発だ。
(5) 氷、氷、氷
われわれの船のガイドはシェリーさんだ。彼女はアラスカの田舎町で、雄大な山々や氷河そしてクジラ
や熊などに囲まれて育った。極地でガイドをしていないときは、アラスカでシーカヤックのガイドしている。
2001年に海洋生物学の理学士を取得した。
意外だったのは芸術も好きで、2009年鳥の絵本を出版し、現在も制作活動を続けているということだ。
パッセージ(水路)といっても幅は1km以上ある。まず目についたのは海面を流れてくる大小の氷だ。
大きなものはダンプトラック何台か分、小さなものは掌(てのひら)サイズだ。氷の形がいろいろあって
面白くて、「あれは、アザラシ」、「これはマーライオン」などと名づけてみた。
海面を漂っている氷を拾い上げてみると、内部に気泡を含んでいる。温度計を持っている人が、「水温
は3℃です」と教えてくれる。水の中の氷は溶けていて、水より上の部分は成長するようだ。その結果、
頭デッカチになって上下反転するらしい。表面がツルツルしている氷山は、その結果だそうだ。氷は透
明で、美味しそうにみえたので、食べるまねをしてみた。
(6) クジラとの遭遇
氷山の上にはペンギンが数匹いるだけで、食傷気味のわれわれには写真を撮る気も起きない。やは
り、われわれが興奮するのはクジラだ。
広い範囲に散らばってしまうと他のゾディアックボートが一隻も見えない。シェリーさんは他のガイドと
無線で交信している。やがて、エンジンをふかして飛ばした。1km、いや2kmも走っただろうか、前方に
何隻かのゾディアックが集まっている。
われわれのゾディアックが近づいてみると、その中央にはクジラがいるようだ。右のゾディアックのガイ
ド・スコットさんが手に持っているのはクジラの鳴き声を聞く器具のようだ。前号でザトウクジラが物悲し
い鳴き声でコミュニケーションをとることを紹介したが、その鳴き声を探知してクジラのいる場所に真っ先
に着いて、その情報を他のゾディアックのガイドに連絡してくれたようだ。
しかし、クジラはすぐに潜ってしまい、どこに現れるか予測がつかない。クジラの回りをゾディアックが取
り囲んでいるのだが・・・・・・。
次に現れたのはわれわれのゾディアックの後ろだった。
クジラを驚かさないように、低速で近づく。こうして、追跡を繰りかえし、動画や静止画を堪能するほど
撮り終えると、頃合(ころあい)を計ったかのようにクジラは去っていった。
(7) 天空のショー
われわれのゾディアックのだれだったかが、「太陽の周りにリングが見える」と言い出した。言われて
見てみるとなるほど見える。
水晶の中に放射能鉱物があるとその周辺の水晶が黒く色づく現象を”ハロ【Halo:放射性色暈(しき
うん)】”をと呼ぶことを次のページで紹介した。
・ 山梨県甲府市黒平のアマゾナイト(天河石) その2
( Amazonite from Kurobera - Part 2 - , Kofu City , Yamanashi Pref. )
鉱物の世界だけでなく、太陽や月の周りにリングができる現象もハロ(色暈、単に暈(うん、かさ)と呼
び、太陽の周りのを「日暈(にちうん、ひがさ)」、月の周りのものを「月暈(げつうん、つきがさ)と区別す
ることもある。虹のようにも見えることから白虹(はっこう、しろにじ)ともいうらしい。
【後日談】
これは、鉱物の一種、氷【ICE:H2O】の結晶が作り出す現象だとは判っていたが、パソコンなどがない
旅先ではその理論的な説明ができなかった。帰国して2ケ月近くが経ち、『南極遊趣紀行』も航海の中
盤に差し掛かったので、理論的な解析を試みた。
ヒーローは南極の雲の中にある氷の結晶(雪)で、ヒロインが太陽や月の光だ。氷の結晶は「六方晶
系」で水晶と同じ六角柱状をしている。氷の結晶は質の良い水晶と同じく透明で光をよく通す。水晶との
違いは、頭が尖っていなくて平らなことだ。
氷の結晶に太陽の光が当たると、光は屈折して結晶を通りぬけたり、表面で反射してしまうケースが
ある。屈折するケースには次の2つがある。
氷の結晶への光の入りと出を「柱面→1つおいた隣の柱面」のケースは頂角60度、「柱面(端面)→
端面(柱面)」のケースは頂角90度のプリズムでの光の屈折と考えれば良いことに気づくだろう。
頂角α度のプリズムで、入射角θ1の角度で入った光が出て行く出射角θ2、そして入射光と出射光
のなす角度(偏角:δ(デルタ)度)との関係を明らかにししてみる。
まず、偏角δをもとめておく。
δ = (θ1−θ1')+(θ2−θ2')
= θ1+θ2−(θ1'+θ2')・・・・・・・・(式1)
θ1'+θ2'=α ・・・・・・・・・・・・・・・(式2) だから、
δ= θ1+θ2 − α ・・・・・・・・・・・・・(式2')
屈折率nの物質における入射角と屈折角の関係は「スネルの法則」より、2つの界面(空気→氷、
氷→空気)で次の2つの式が成り立つ。氷の屈折率 n=1.309 とする。
sinθ1 = n sin θ1' ・・・・・・・・・・(式3)
nsinθ2' = sinθ2 ・・・・・・・・・・・・(式4)
θ1が決まれば、θ1'が決まり、プリズムの頂角αを決めておけばθ2'→θ2が決まる。(式2)から
θ1と偏角 δの関係が求められる。ただ、θ1はバラバラな氷の結晶の向きや太陽の位置で変わり
一義的には決まらないので、0度から90度までの範囲でシミュレーションしてみる。
頂角60度と90度の場合について計算結果を図にして示す。
グラフは下に凸で、プリズムの頂角によっても違うが、偏角が一番小さくなる入射角がある。その条
件と、偏角の最小値を求めて見る。
(式2')をθ1で微分すると、
dδ/dθ1=d/dθ1(θ1+θ2+α)=1+dθ2/dθ1 ・・・・・・・・・・(式5)
最小値をとるのは、(式5)=0 のときだから、
dθ2/dθ1=−1 ・・・・・・・・・・・(式6) のときとなる。
(式2)、(式4)、(式5)もθ1で微分すると、
dθ1'/dθ1+dθ2'/dθ1=0
cosθ1=ncosθ1'・dθ1'/dθ1
cosθ2・dθ2/dθ1=ncosθ2'・dθ2'/dθ1
dθ2/dθ1=ncosθ2'/cosθ2・dθ2'/dθ1=−ncosθ2'/cosθ2・dθ1'/dθ1
=−cosθ2'cosθ1/cosθ2cosθ1'
(式6) を代入し、
cosθ2'cosθ1=cosθ2cosθ1' ・・・・・・・・(式7)
「スネルの法則」の”sin”の世界に変換するため、(式7)の両辺を2乗し、cos2θ=1-sin2θから
(1-sin2θ2')*(1-sin2θ1)=(1-sin2θ2)*(1-sin2θ1') ・・・・・・・・・・(式8)
(式3)、(式4)の両辺も2乗し、(式8)のθ1'をθ1、θ2'をθ2で置き換える。
(1-sin2θ2/n2)*(1-sin2θ1)=(1-sin2θ2)*(1-sin2θ1/n2)
(n2-1)sin2θ1=(n2-1)sin2θ2
∴ θ1=θ2
(式2')より、δmin=2θ1−α
θ1=θ2=(δmin+α)/2
θ1'=θ2'= α/2
これを(式3)に代入すると、
sin(δmin+α/2)=n・sinα/2
【頂角が60度(柱面→柱面)の場合】
arcsin(δmin+α/2)=40.88度
∴ δmin=21.76度
【頂角が90度(柱面← →端面)の場合】
arcsin(δmin+α/2)=67.76度
∴ δmin=45.52度
これがどのような意味をもっているのかを考えてみよう。「ハロ」が起きているときには、周りより
明るいリングが見える。
氷の結晶の向きはバラバラだが、偏角が一番小さい所から来る光が人間の目に”より明るい”と
感じさせ、その結果として明るいリングが見える。
つまり、偏角が一番小さいところに「ハロ」が見えることになる。この関係を下の図で説明する。
太陽を中心として角度にして約22度離れた場所に第1のハロのリング(輪)ができ、約46度離れたと
ころに、第2のリングができることになる。
第1のリングあるいは第2のリングしかできないケースが多かったが、2つのリングが見えることもあり、
その日の雪雲の範囲や量そして太陽の位置などによるようだ。
「ハロ」がゾディアックの中で話題になっていると、添乗員が「前の日にもハロが見えた」という。だれ
か写真に撮っていないかお土産に貰ったDVDの写真集を調べてみたらいたのだ、しかも2人も。
Aさんが撮った写真だ。リングの下半分に虹(にじ)が見える。上の理論解析では氷の結晶の屈折率
を 1.309 で一定として計算したが、実際は光の波長(=色)によって違う。
その結果、分光が起き、リングの内側が赤、外側が紫になるのだが色々な光が混じってしまい白く
見えるのがほとんどだが、この場合、赤〜紫色の虹が見えている。
こうして午前中のクルージングでは、ザトウクジラを間近で観察し、写真や動画に撮った。さらに、
鉱物・氷がつくりだす天空ショーを楽しみ、探検船に戻った。
船では、左党にはたまらない、下戸でも一度は試してみたい、南極ならではのサプライズが待ってい
た。
私が南極探検に行っている間に届いていた、切手趣味の会誌「郵趣2015年2月号」を読むと『世界郵趣
紀行 郵趣家は世界をめぐる!』と題する特集記事がある。
海外旅行が珍しくなくなった昨今、郵趣家3人による、現地からの郵趣事情のレポートだ。
・ ラインの流れとロマンチック街道
・ ラオスの郵便局と切手商めぐり
・ バルト海とアドリア海クルーズ
私の趣味は、郵趣だけにとどまらず、鉱物・古銭・絵はがき・古書と幅広いので、趣味に遊ぶところから、
『南極遊趣紀行』(その1)と題して、旅のハイライトを紹介していく予定だ。
このような記事を、地元の郵趣誌に寄稿させてもらったりしている間に、南極から戻って2ケ月になろうと
している。肝心な南極探検旅行記は、まだ旅の半ばだから、あと2ケ月はかかる勘定だが、これからは農
園の作業や石器観察そしてミネラル・ウオッチングが忙しくなるのでペースはダウンしそうだ。
さらに、膨大な写真と動画の整理も待っているが、もうパソコンの残りメモリー容量が1GBを切る寸前で、
動画編集の前にパソコンを更新しないとクラッシュしそうだ。
南極探検は、参加を検討してから行くまでのほぼ1年、そして帰ってきてからも長い時間楽しめ、それほど
高い旅行ではない気がしている。
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