古希記念 南極ミネラル・ウオッチング 南極探検旅行 【アルゼンチンタンゴの夜】 ( Mineral Watching in Antarctica<BR>  Antarctica Expedition 2015 , - Enjoy Tango in BA - )









        古希記念 南極ミネラル・ウオッチング
        2015年 南極探検旅行 【アルゼンチンタンゴの夜】

             ( Mineral Watching in Antarctica
               Antarctica Expedition 2015 , - Enjoy Tango in BA - )

4. 南極探検

 4.18 『情熱のアルゼンチン・タンゴの夜』
       南極探検に参加した人々は、往きか還りに、チリやアルゼンチンの世界遺産で氷河を見たり、
      往きにブエノス・アイレスで長旅の疲れをとり、時差を調整するなどするケースが多かった。還り
      にブエノス・アイレスに一泊して観光するのは、船室が同じだったAさんと私の2人だけだった。

       私が、ブエノス・アイレスに一泊して観光しようと思ったのは、次のような理由だ。

       1) アルゼンチンでミネラル・ウオッチング
           地球の裏側のアルゼンチンまで来たので、ミネラル・ウオッチングがしたかった。ただ、事
          前にちょっと調べただけで、面積が日本の7倍もある広大な国土で鉱物が産出する西
          部のチリ国境に近い山岳地帯までは、飛行機で行って帰るだけでも丸一日かかってしま
          い、フィールドでのミネラル・ウオッチングが難しいことはわかっていた。
           最悪、アルゼンチンを代表する鉱物「ロードクロサイト(菱マンガン鉱)」『現金採集』
          することになるだろうと予想はしていた。

       2) 自然史系博物館訪問
           私は仕事で海外出張している頃から外国を訪れるとその地にある自然史系博物館や
          美術館、そして郵便局などを訪れるようにしている。
           自然史系博物館はブエノス・アイレス市内にはなくて、100kmほど離れたラ・プラタ市
          にあるので、訪れてみたいと思っていた。ただ、時間的に行って戻れるのか、行くまで判ら
          なかった。

       3) 「何でも見ておこう」
           たぶん、観光を目的に高い代金を払って地球の裏側のアルゼンチンを訪れることは、
          この先ないだろう。南極に来たついでに、3万円ほど余分に払って、「何でも見ておこう」、
          という気になっていた。

  (1) ブエノス・アイレス市内のホテルへ
       空港でスーツケースを受け取り、外に出ると現地駐在のMさんが待ってくれていた。彼女は1月
      20日にブエノス・アイレスの市内観光をしたときにわれわれのバスのガイドをしてくれていたので、
      顔は覚えていた。(Mさんは大勢の中の一人の私のことを覚えていないだろう)

       空港からすぐに高速道路に入ると土曜日なのでそれほど渋滞していない。ブエノス・アイレス
      市内の「ラファイエット・ホテル」を目指す。

       「ウシュアイアで、日本から送っておいたはがきと封筒を受け取れなかった」と話すとアルゼンチ
      ン在住約10年になるMさんから、「ここの郵便はあてにならないから、確実なDHLを利用する」と
      いうことだった。「届かなかったり、届いた小包の中身がなかったりは日常茶飯事」らしい。
       ブエノス・アイレスのホテル宛のはがきと封書が届いているか、不安になる。

       車内で、ブエノス・アイレスの見どころなどの情報を聞く。「ラ・プラタの自然科学博物館に行き
      たい」というと、「数年前に展示品のミイラが盗まれて、大した展示品もないし、行っても・・・・」と
      お勧めポイントではなさそうだ。さらに、追い打ちをかけるように「遠いし、行ったという日本人は
      いない」、とまで言った。
       しからば、記念切手を買ったり、記念押印しに中央郵便局に目的地を変更すると、「明日は、
      日曜日だから郵便局はお休み」、というではないか。明日はどうする?
       Aさんは、大勢の観光客が訪れる「エバの墓」などに行くらしいが、当方はあまり興味がない。

       Aさんと、「今夜タンゴが見られるか」と尋ねると、Mさんが携帯で連絡してくれ、「2ドリンク付きで
      70米ドル(邦貨8,500円)」だというので、予約してもらった。「送迎バスが20時に迎えに来るの
      で、夕食を済ませてそれに乗れば会場に連れて行ってくれる」、ということだった。

       そうこうするうちに、車は古いヨーロッパの街並みを思わせる通りに入り、ホテルに着いた。ブエ
      ノス・アイレスは、『南米のパリ』と称されるようだ。そういわれれれば宿泊する「ラファイエット・ホ
      テル」もフランス風の瀟洒な名前だ。

       
               「ラファイエット・ホテル」

  (2) ホテルで
       ホテルのチェックインを済ませ、「MHあての郵便物が届いているはずだが」、と尋ねるとウシュアイ
      アと同じく「届いていない」と言う返事が返ってきた。「やっぱり」、と諦(あきら)めの心境だった。

       「明日18時に迎えに来る」と言い残してMさんは帰って行った。ポーターに荷物を運んでもらい
      部屋に入る。2ベッド、もちろんバス・トイレ付のヨーロッパ風の間取りだ。
       狭い船室や機内での生活が長かったので、広すぎて何だか落ち着かない。贅沢な悩みだ。

          
                   ベッド方向                               バス・トイレ方向

       タンゴ劇場の送迎車が来るまで1時間あるので、その間に買い物だ。ホテルの向かいに食料品
      店があり、100mも歩くとコンビニがある。
       食料品店でミネラル・ウオッチングでなくて、ミネラル・ウオーターを買う。コンビニに行くと、数え
      きれないくらい多種多様な絵葉書を売っているのでタンゴ図柄のものを2枚買う。たしか、2枚で
      15ペソ(邦貨200円)くらいだった。

          
                                     タンゴを描く絵葉書
                           【実逓便なので自宅に着いた時には折れていた】

        ホテルの1階にあるレストランに戻って簡単な夕食をとる。食べ終わってロビーで迎えの車を
       待っていると、マイクロバスがきた。車内には観光客と思しき男女が5、6人いた。

  (3) ”LA VENTANA RESTAURAN"
       20分ほど走って、20時半過ぎに”LA VENTANA RESTAURAN"についた。現金の持ち合わせが
      残り少ないのでカードで料金を払う。
       領収書には「$995.00」とあり、995ペソ(邦貨14,000円)で、添乗員の言う70米ドル(邦
      貨8,500円)よりだいぶ高いが、今さら出る訳にもいかず、入場する。

       
             タンゴショーのレシート

       ここは、店の名前に「レストラン」とあるように、食事をしながらタンゴのショーを楽しめるような
      つくりになっていて、私たちのようにショーだけを見る人は舞台の”かぶりつき”のような場所に座
      らされた。
       店には200人くらいがすでに入って飲み食いしていた。すぐに、ウェーターが水と赤ワインの2つ
      のグラスを運んできた。「2ドリンク制」だと聞いていたので、赤ワインを飲み終えた後でワインを
      もう一杯注文しようとすると、「別料金」だという。水一杯とワイン一杯で2ドリンク制ということら
      しい。
       入場料金にしろ2ドリンクにしろ、何だか、『一杯喰わされた』感じだが、これがアルゼンチン流と
      思うしかない。

          
             "かぶりつき"でタンゴを堪能                            「2ドリンク」

       向かいの席に一人の日本人男性が座った。アルゼンチン・タンゴを見るために3回来ていると
      言う。アルゼンチンまで、われわれとは逆に成田→中東→ブラジル→ブエノス・アイレスと西回りで
      来たという。確かに地球の裏側だからどちらを回っても似たような距離だし、利用客が少ない
      せいかビジネスクラスの割引率が高いのが西回りを選んだ理由らしい。
       入場料、2ドリンクで何だか騙されたようなわれわれには、「ここのショーは、これが3回目だが、
      ほかに比べて質が高い」というのがわれわれには何よりの救いだった。

  (4) 『情熱のタンゴショー』
       そうこうしていると舞台の幕が開いて、ショーが始まった。残念なことに、ショーの模様を撮影
      するのは禁止されていて、写真を撮るとすぐにウェーターが回ってきて注意される。
       ( 注意されるまで撮るという、”郷に入っては郷に従う”流儀もあったな、と思った・・・・・)
       そんなわけで、ショーの写真はレストランのHPから引用させていただいた。

       タンゴショーなるものを観るのは初めてだった。ショーの構成は劇場によっても多少違うのかも
      知れないが、ここのショーは代表的なものだろう。

       第1部    タンゴショー
               1組あるいは複数組男女の踊り、楽団の演奏、男女の独唱など

       第2部    民族音楽ショー
               ケーナや太鼓などの民族楽器を使った演奏と歌。「コンドルは飛んで行った」
               など、私でも知っている曲も入っている。

       第3部    ヨーロッパと民族音楽のコラボ
               歌と踊りと合奏

           
                    ダンス                 楽団演奏                  独唱
                              【”LA VENTANA RESTAURAN"のHPより引用】

       タンゴの踊りには、男女の出会い、歓喜、嫉妬そして別れなどが表現されているらしいことは
      朴念仁(ぼくねんじん)の私にも伝わってきた。何よりも、生の演奏でスピード感のある踊りとス
      カートの大胆なスリットからチラチラする色気がたまらなく良い。

       演奏の主役は、「アコーデオン」だろうか。日本で見かける肩から掛けるのと違い、座って膝の
      上でひく、「手風琴」というのがふさわしいタイプだ。哀愁を帯びた音色が心を震わせる。ブエノ
      ス・アイレスは真夏だったが、落ち葉が散り始める秋も深まったころに聞くと、また違った感傷に
      浸ることができそうだ。

       女性の独唱は、今でもアルゼンチンで絶大な人気を誇るエヴァ・ペロンの歌だった。舞台に
      夢中になっていると、何だか髪が薄くなった後頭部が”スウスウ”する。振り向くと、会場の両脇
      に等間隔に10人くらいが並び、歌に合わせて大きなアルゼンチン国旗を振り回していて、それ
      が巻き起こす風(文字通り、アイレス!!)だったのだ。

       【後日談】
       2015年6月30日、ギリシャが借りた金が返せないデフォルト(債務不履行)になりそうだ、と
      いうので全世界で株価が暴落した。
       アルゼンチンは、2001年に最初のデフォルト(債務不履行)に陥って以降、何回もデフォルト
      を繰り返して、国の経済は破綻している。
       かつての『栄光の日々』のノスタルジーに浸ることで、現実を忘れようとしているのだろうか。

       ショーが終わったのは、23時半を回っていた。素晴らしかったタンゴショーに満足して会場を
      出て階段を昇って店の入り口まで出てくると、入口附近が展示スペースになっているのに改めて
      気づいた。古い楽器やレコード、そしてダンス用品などを展示している。

          
                                     古いタンゴ音楽関係の展示

  (5) 『南米のパリ』の夜はふけて
       外に出ると日中の暑さが嘘のように涼しい。湿度が低い大陸性気候だからなのだろう。劇場
      の赤いネオンだけがけばけばしいが、周辺の建物は古い感じで、道路は割石を敷き詰めた石
      畳になっていて『南米のパリ』と形容される理由がよくわかる。

          
                                  『南米のパリ』の夜はふけて

       再び来た時と同じマイクロバスに乗って送ってもらい、ホテルについて着いたのは1時近かった。
      久しぶりに浴槽に浸(つ)かり、南極の汚れを落とし、広々としたベッドに入って、思い切り手足
      を伸ばすと、いつの間にか寝入っていた。

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