栃木県黒磯市百村(もむら)の含硼素鉱物<

       栃木県黒磯市百村(もむら)の含硼素鉱物

1. 初めに

   鉱物採集を始めた20年以上前、草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」の最初の
  ページに、「百村のデュモルチ石」のカラー写真が載っていて、真っ白い母岩にライト
  ブルーの絵の具をしみ込ませたような美しさに、スッカリ魅了されてしまった。
   しかし、どういうわけか、採集に行こうという気にはならず、気がつくと20年余りが
  経っていた。
   2005年に出版された松原先生の「鉱物ウオーキングガイド」を読むと「木ノ俣川」と
  題して、「百村のデュモルチ石」産地が紹介されており、福島での「たたら製鉄体験」の
  帰途、立ち寄ってみた。
   その前日、栃木県の石友・Sさん一家と福島県石川町で1時間ほど採集していた。
  コーヒー・ブレークの時、奥さんが『 鉱物ウオーキングガイドに載っている木ノ俣川の
  デュモルチ石綺麗ですね 』 
と話していたので、私が帰途立ち寄る予定だと話すと
  奥さんは 『 行こうか 』 と乗り気であったが、ご主人は気乗り薄と感じた。
   翌日の15時過ぎ、私が木ノ俣川沿いの林道を産地に向かって走っていると、向こうから
  見慣れた車が近づいてきた。昨日お会いしたSさん一家が帰ってくるところだった。
  2日続けてお会いしたことになる。Sさんたちは、「デュモルチ石」は採集できたが
  「球状の苦土フォイト電気石」は採集できなかった、と残念がっていた。産地への道順を
  教えていただき、迷うことなく露頭に到着でき、「デュモルチ石」と「苦土フォイト電気石」を
  採集できた。
   産地を先に訪れ、状況を教えていただいたSさん一家に御礼申し上げます。
  (2005年11月採集)

2. 産地

   松原先生の「鉱物ウオーキングガイド」に詳しく書かれていますので、詳細は割愛
  します。
   この時期、木ノ俣川沿いの紅葉が素晴らしく、これを眺めるだけでも訪れる価値が
  あります。

    産地から下流の紅葉風景

3. 産状と採集方法

   1982年(昭和57年)に出版された「鉱物採集の旅 −東京周辺をたずねて−」には
  那須鉱業所が絹雲母(セリサイト)や葉ろう石を採掘しているとありますが、その採掘は
  既に休止して久しい様子で、現在は大きな採掘跡が残されています。
   同書によれば、ここは熱水交代鉱床とされ、マグマが固まってくると、後には熱水と
  呼ばれる高温の液体が残り、この熱水が岩石の割れ目を通ったり、すき間に溜まったりして
  周囲の岩石を構成している鉱物と反応し、その鉱物を溶かし去ったり、別の鉱物に変化
  させたりする。百村は、流紋岩や石英斑岩の中のアルカリ長石やガラスが交代作用を受け
  主に絹雲母になったもので、一部が葉ろう石やカオリナイトになっている。
   デュモルチ石と苦土フォイト電気石という硼素(B)を含んだ鉱物は、灰白色でスベスベ
  (水をつけるとヌルヌルする・・・・油脂感)した葉ろう石の密集部に産出する。
   露頭部分を掘り込んで採集すると良い、と松原先生の本にありますが、露頭部分は水が
  溜り、しかもオーバーハングしているので、あまりお奨めできません。
   女性や子供は、露頭の前にある先人が作った”ズリ”の中から探したほうが良いでしょう。

    露頭とその前のズリ【紅葉の絨毯を敷き詰めたかのよう】

4. 産出鉱物

 (1)デュモルチ石【Dumortierite:Al7(BO3)(SiO4)3O3】
    デュモルチ石は、アルミ(Al)と硼素(B)を含む鉱物で、青色の微細な針状結晶が集まって
   母岩の白さと際立ったコントラストを示すので簡単に探し出せる。
    特に、水に濡れた状態では、青色が一段と鮮やかになります。「鉱物ウオーキングガイド」に
   載っている「球形」の標本は、「鉱物採集の旅」に載っているものと全く同一のもので、そうそう
   簡単には見つかりそうにありません。
    母岩を染めるように産するほか、空隙には水晶や絹雲母に伴って微細な柱状結晶として
   見られることがあるようです。

    デュモルチ石

 (2)苦土フォイト電気石【Magnesiofoitite:□(Ma2Al)Al6(Si6O18)(BO3)3(OH)4】
    山梨県京ノ沢で発見された、日本産の新鉱物で、葉ろう石の中に灰〜黒色の球状を
   なして産する。母岩のすき間には、灰白〜薄青色針状結晶が束状〜放射状に集合した
   ものが見られることもある。
    たいがいは、球の表面が見えるだけで、「鉱物ウオーキングガイド」に載っている「球顆状」
   の標本は極めて稀で(今回、採集できなかった)、「放射状」の断面が見える標本すら
   少ないので、『 採集できない 』 と思われがちだが、”青黒〜黒いシミ”に見える部分は
   ほとんど苦土フォイト電気石である。
   ( 「鉱物採集の旅」に、『デュモルチ石より多量に産する』 と書かれているほどである )
    厳密には、放射状集合の周縁部分が苦土フォイト電気石【Magnesiofoitite】であって
   中心部はフォイト電気石【Foitite:】らしい。

       
          外観               放射状                針状
                        苦土フォイト電気石

 (3)このほか、葉ろう石の中には緑色の緑泥石、淡褐色の微細なルチルや苦土フォイト電気石か
   デュモルチ石を内包し、青紫色に色ついた水晶(石英)などが見られます。

    青紫水晶(石英)

5. おわりに

 (1)原産地になり損ねた百村
    百村の苦土フォイト電気石は、世界的な新産地である「山梨県京ノ沢」のものが発表される
   以前から、「苦土電気石」として知られていた。
    1994年、京ノ沢の電気石がフォイト電気石をマグネシウム(Mg)で置き換えた「苦土フォイト
   電気石」であることが松原先生等によって学会で発表され、百村でも同様の鉱物が産することも
   同時に報告された。
    「苦土フォイト電気石」は未登録の”新産鉱物候補”であったが、産出が稀でないことから
   ミネラルショーなどに出回り、”Magnesiofoitite”のラベルがつけられ、海外に渡った。
    その標本を入手したカナダのF.C.Hawthorneらが研究し、新鉱物・”Magnesiofoitite”として
   国際鉱物学連合の新鉱物・鉱物名委員会に申請した。
    すでに、松原先生等によって学会で発表されたと同一産地であることから、松原先生ら
   日本人3名を加えた7名の連名で1999年に論文発表され、新鉱物と認証された。
    原産地標本は、日本で学会発表された「京ノ沢」産となり、古くから知られていた百村は
   なり損ねた。

 (2)千葉の石友・Mさんから加藤先生の『鉱物種一覧』が近々出版される、とメールで知らせて
    いただいた。

    『 2005年9月迄に世界で知られている鉱物 4,254種について英名をアルファベット順に
     収録し、和名、化学式、結晶系他情報を添えて、更に日本で産出する鉱物には■印を
     つけてあるそうです、松原先生の『日本産鉱物種』との違いを楽しもうかと思っている』

     鉱物に4,254種もあるとは、驚きです。そのうち、私が知っているものは10%にも
    満たないのではないかと思います。
     まして、持っているものとなると・・・・・・・・・。

     Mさんのように、本の上で楽しむ方が、鉱物全体を楽しめるような気もしてきました。

 (3)ここは、硼素(B)を含んだ熱水の作用でできたとされ、同じような産状の山梨県京ノ沢では
   トパーズやズニ石などの産出が報告されており、ここでも出る可能性があり、面白い
   フィールドです。
    同じ産地でありながら、私のように「鉱物採集の旅」や「鉱物採集フィールドガイド」でこの
   産地を知った年代はこのHPのように『百村のデュモルチ石』、最近出版された松原先生の
   「鉱物ウオッチングガイド」で育った年代には『木ノ俣川のデュモルチ石』の方がわかりやすく
   なるのでしょう。

6. 参考文献

 1)草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 2)松原 聰:鉱物ウオーキングガイド,丸善株式会社,2005年
 3)加藤 昭、松原 聰:鉱物採集の旅 −東京周辺をたずねて−,築地書館,1982年
 4)宮島 宏:日本の新鉱物 1934−2000 ,フォッサマグナミュージアム,2001年
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