群馬県桐生市茂倉沢鉱山の近況 ― 2014年5月 ―













          群馬県桐生市茂倉沢鉱山の近況
              ― 2014年5月 ―

1. はじめに

    北関東・T市で開かれる同期会に出席するため、家をでて3日目の朝を迎えた。昨夜は雨が降っ
   たようだが、この日は良い天気になりそうだ。この日は、午後3時にT市のホテルにチェックインす
   れば良いので、それまで自由時間だ。久しぶりに、「茂倉沢鉱山」を訪れてみることにした。
    桐生市内のファミレスに着く。ここは、茨城県に単身赴任していたころから、茂倉沢鉱山を訪れ
   るたびに立ち寄っているので、15年くらいになりそうだ。当時から働いている人とは顔なじみだ。

    茂倉沢鉱山を訪れようと言う気になったのは、「茂倉沢鉱山は林道工事で産地が消滅した」、と
   いうような情報が飛び交い、真偽を確かめたかったからだ。
    産地に行くとたしかに立派な林道がかつて「ロスコー雲母」が多産した辺りまで整備されている。
   それに伴って、崩れた土砂が沢まで流れ落ちている個所もあり、その土砂が大雨で流れると沢の
   中のズリ石を覆ってしまい、それこそ絶産になりそうだ。

    
           作業道の下の斜面が崩落

    ズリ石を叩きながら沢筋を上流に向かうと、思ったより「バラ輝石」のきている石は多く、以前と
   変わらずミネラル・ウオッチングを楽しむことができた。
    沢筋に、鮮やかな赤地に白い脈の入った『桐生之銘石・サラサ石』があり、マイ・コレクションの
   一つになった。

    持ち帰った石を自宅で小割りしてルーペで観察する作業を繰り返しすと、鮮緑色の「鈴木石」を
   いくつか確認でき、現在のところ産地は”健在”なようだ。
    ただ、人の手によって整備した林道のせいで、産地が消滅する危険を孕(はらん)でいることは
   間違いなさそうだ。
    ( 2014年5月 観察 )
 

2. 産地

    草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」にも詳しく書いてある、あまりにも有名な産地なので詳
   細は割愛する。

3. 産状と採集方法

    これについても、何度か紹介しているので、次のページを参照願いたい。

         2011年 ミネラル・ウオッチング納め
    群馬県桐生市茂倉沢鉱山の『鈴木石』
    ( Last Mineral Watching 2011 , SUZUKIITE from Mogurasawa Mine , Gunma Pref. )

    以前は訪れると先行者が叩いた割れ口が新鮮なズリ石がアチコチに散らばっていたのだが、
   ”産地消滅”のニュースが知れ渡り訪れる人も少ないせいか、ここ数カ月の間に貯まったマンガン
   ズリ石が点々と観察できた。
    それらをバールで掻き出したり掘り出して、大きめのハンマーで叩き、割った断口をみて、『鈴木
   石』や『長島石』そして『ロスコー雲母』などのバナジウム鉱物が来る可能性のある「バラ輝石」や
   「菱マンガン鉱」などの”ピンク系”や『緑マンガン鉱』などが観察できた石はバケツに放り込む。
    現地で小割りして観察までしていると、採集できる”可能性のある石”の量が少なくなり、『バナ
   ジウム鉱物』を手にする確率が下がってしまうからだ。

       
             淀みのズリ石               バケツに入れた採集品
                    採集方法【桐生市茂倉沢鉱山】

    帰宅後、太陽光が当る明るい場所で、バケツの中の採集品を 『ルーペで観察』 ⇔ 『小割り』、
   を繰り返し、”ズリ石”と”標本”とに分類する。

    
             自宅で小割り

    だいたい90%以上は”ズリ石”の運命をたどるのが常だ。

4. 産出鉱物

 (1) 鈴木石【SUZUKIITE:BaV4+Si2O7
     私が、茂倉沢での採集を難しいと思うのは、バナジウム鉱物が少ないだけでなく「母岩」と
    「鈴木石」や「長島石」の大きさがアンバランスな標本が多いことだ。「母岩」は握り拳大あるのに
    「鈴木石」がルーペサイズでは、標本ラベルには「バラ輝石」としか書きようがない。
     今回の採集品本は、5cm大の「母岩」に”肉眼サイズ”の「鈴木石」が見られ、マズマズの標本
    だ。

         
                  全体                          拡大
                                鈴木石
                          【桐生市茂倉沢鉱山産】

 (2) 「サラサ石」/チャート【Sarasaishi/Chert:SiO2
      桐生市街は北西から南を流れる渡良瀬川と北からから流れ渡良瀬川に合流する桐生川に
     囲まれている。地元では、桐生川沿いで採集できる「サラサ石」と渡良瀬川沿いで産出する
     「桜石」が『桐生之銘石』として有名だ。

      ・ 群馬県桐生市梅田鉱山の水晶
       ( QUARTZ from Umeda Mine , Kiryu City , Gunma Pref. )

      沢筋に、鮮やかな赤地に白い脈の入った「サラサ石」があり、持ち帰った。岩石の名前として
     は「チャート」だ。紅いのは微量の酸化鉄を含むとされ、白いのは不純物が少ない部分で、
     縞状に互層をなして海底に堆積したものが、地殻変動を受け、縞が乱れ”景色”になっている。
      同じ赤でも、明るいから黒に近い赤まであり、インド原産の木綿布「更紗(さらさ)」のンド茜
     (あかね)の根で染めた多彩な赤を思わせる。織物の街・桐生に相応しい銘石の一つだ。

      
            『桐生之銘石・サラサ石』

5. おわりに

5.1 『古泉に水涸れず』
      石友からのメールやインターネットの情報では、すでに茂倉沢鉱山は過去の産地になって
     いて、「鈴木石」どころか、採集そのものができないような雰囲気だった。
      こうなると、Mineralhunters の性(さが) ”、で真偽を確かめると同時に、「鈴木石」を探して
     やろうという気になったのが訪れた大きな理由かもしれない。

      『 いつまでもあると思うな鉱物と産地 』は私の造った格言(?)だが、それと同時に、新たな
     産地が次々と発見されており、これからミネラル・ウオッチングを始めようと言う人々も悲観した
     ものではなさそうだ。

      『古泉に水涸れず』は生きていて、古い産地でもポイントを変えたり、採集方法を工夫したり
     すれば、それまで知られていなかった鉱物種や”巨晶””美晶”に出会えそうだ。

5.2 「何遍行けば気が済むの」
      いかに同期会出席のついでにせよ、茂倉沢鉱山を訪れたのは5回や6回では済まない。
     茂倉沢鉱山を訪れた最初の記事がHPに登場するのは、2001年で、今から13年前だった。
      ”もくらさわ”、と読むものだとばかり思い込み、"Mokusasawa"になっているのはご容赦
     あれ。

          ・ 群馬県茂倉沢のマンガン鉱物
       ( Manganese Silicate Ore of Mokusasawa Mine,Gunma Pref. )

      HPを立ち上げるはるか以前に訪れていた気がする。最初に訪れた時は林道が荒れ果てて
     いて、下の写真の「三叉路」から先には行けない状況だった。

      
            「三叉路」【2014年】

      「三叉路」の所でUターンしようとしたら、路面の凹凸が激しく、後輪の片側が浮いてしまって
     アクセルを吹かせば後輪は空転し、進むも、バックもならずというありさまだった。接地している
     方の車輪の下を掘って、両方の後輪が接地するようにして抜け出すのが正しい脱出法らしい
     が、そんなことは知る由もない。近くにあったコンクリート片や石を持ってきて、浮いている車
     輪の下に挟み込んでみたが、アクセルを吹かすと弾き飛ばされ何の効果もない。
      進行方向が下り坂になっていて、ハンドルさえ切れればエンジンを掛けなくても惰性でも走れ
     そうだが、当時は沢寄りの方にも小山があり、それが邪魔をしてハンドルも切れない。車から
     スコップを持ちだして、小山を崩しにかかり、一時間ほどでハンドルを切れるところまでこぎつけ
     何とか脱出した。
      それ以来、ミネラル・ウオッチングに使う車は4WDと決めている。

      【閑話休題】
      初めて訪れたときにには、どの石を叩けばよいのかもわからず、叩いた石の半数は単なる
     堆積岩だった。したがって、結果もミジメなもので、ルーペサイズの「鈴木石」と「ロスコー雲母」
     を採っただけで、「鈴木石」の写真は、草下先生の「鉱物採集フィールドガイド」から拝借する
     体(テイ)たらく、だった。

      『石の上にも3年』、ならぬ『茂倉沢鉱山に通って13年』、今回訪れて叩いた石の95%以上は
     マンガン鉱石で、”スカ”は数えるほどしかなかった。
      ミネラル・ウオッチングにはいかに経験の要素”も”(ここが重要)大きいかを改めて認識した
     次第だ。

      ただ、これだけ通っても未だに納得のいく標本を採集できない自分の”採集力”と”運”のなさ
     にはわれながら呆(あき)れてしまう。

      益富先生の著書に「物象鑛物学」がある。日本が戦争に負けて1年もたたない、昭和21年
     (1946年)5月に印刷、6月1日に発行した。印刷されたのは限定4,000部と少なく、今となっては
     「稀覯本」の仲間だ。
      最近、古書店で昭和18年に発行されたこの本の姉妹本を入手した。姉のほうにある「鉱物
     資源利用の展望」、という章がどういう訳かは知らないが、妹本ではスッパリ削除されている。

      
          姉(昭和18年刊)         妹(昭和21年刊)
                    「物象鑛物学」

      姉妹本とも、「鉱物採集心得」なる章の「産地に於て注意すべき事柄」として、次の7項が
     説かれている。

      イ. 採集は雨上り又は降雨の翌日が最も効果的である。・・・・・・・・・・・・・・・
      ロ. ・・・・・鉱物を探す場合は下から上へと歩を運ぶ・・・・・・・・・・・・・
      ハ. 採集にとりかかる前に現場付近を一わたり見渡した上、最も面白そうな所から
         採集にかかる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
      ニ. 採集品は一定の場所に集めるか新聞紙に包み布袋に入れる。岩角などに置くと
         持参するのを忘れ帰宅後に口惜しがってもあとの祭りとなる。・・・・・・・・・・・・・
      ホ. 採集品産出地点を地図に印し、・・・・・・・・・・・・写真を撮っておく。・・・・・・・・
      ヘ. 採集は1産地について2、3度、必要あらば10数回も訪れること。筆者等の経験で
         は・・・・・・回を重ねるに従い種類を増し美晶を得られる。これは1つは眼が慣れる
         ことに因る。・・・・・・・・・・・・
      ト. 採集道徳をまもること。
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

      これらのほとんどは、鉱物採集ガイドブックの類に引用され御存知の読者も多いはずだ。
     しかし、「ヘ項」の、 採集は1産地について2、3度、必要あらば10数回も訪れること。には
     度肝を抜かれたのではないだろうか。
      私などは、学識・経験豊富な益富先生ですら、1つの産地に10回以上通い詰めるのを
     厭(いと)わぬ姿勢だったことに妙に安心感を覚えた。
      ( でも、本音は、早くこの産地を卒業したいのだが・・・・・・ )

6. 参考文献

 1) 益富 壽之助:物象鑛物学,日本鑛物趣味の会出版部,昭和18年
 2) 益富 壽之助:物象鑛物学,高桐書院,昭和21年
 3) 草下 英明:鉱物採集フィールドガイド,草思社,1988年
 4) 加藤 昭:マンガン鉱物読本,関東鉱物同好会編,1998年
 5) 加藤 昭:二次鉱物読本,関東鉱物同好会編,2000年
 6) 宮島 宏:日本の新鉱物 1934-2000 ,フォッサマグナミュージアム,2001年
 7) 松原 聡・宮脇 律郎:日本産鉱物型録,東海大学出版会,2006年
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